富士急6000形の甲種輸送を撮影

お待たせいたしました。それでは、1週間前、1月21日のお話。

大月から河口湖へ向かう富士急行線。現在は、元京王5000系を譲り受けた1000形・1200形が主力車両として活躍している他、自社発注の5000形、更には「フジサン特急」として、元JR東日本のジョイフルトレイン「パノラマエクスプレスアルプス」を譲り受けた2000形など、個性の強い車両が活躍している他、朝晩には、115系やE233系と言った、JR中央線からの直通列車も運転されている。

その富士急行線で、そろそろ深刻な問題となりつつあるのが車両の老朽化である。主力車両の1000形・1200形は、京王帝都電鉄時代から通算すれば、もう50年近く走っている車両。自社発注の生え抜き車両である5000形も、実は私とほぼ同世代。既に登場から30年以上は経過している。

そこで、富士急行は、次世代一般型車両として、JR東日本で廃車になった205系を譲り受け、6000形車両としてデビューさせる事になった。既に第一陣として、長野総合車両センターで3両編成に改造した第1編成が、昨年秋に到着。現在、デビューに向けて、自社工場にて整備が行われている。そして、この度、第二陣が、長野総合車両センターでの改造を終えて出場。1月20日から22日にかけて、甲種輸送にて富士急線へと運ばれた。長野総合車両センターから、富士急行線の始発駅である大月駅へは、篠ノ井線・中央本線を経由すれば、簡単に輸送する事は出来るが、富士急行線への引き渡しの際に、大月駅での入換業務を担当するディーゼル機関車が必要との事で、この甲種輸送は、いったん梶ヶ谷貨物ターミナルまで入線。ここで、DE10を連結するが、今度は、車両自体の方向転換も兼ねているのか、新座貨物ターミナルを経由し、ここから折り返して中央線へと進んで行く行程となっていた。しかも、武蔵野線を走行するのが、土曜日の真昼間と言う事で、通院生活中の私でも、病院が早く終われば撮影可能と言う、大変有り難いダイヤ。当日は、早々と病院へ行き、甲種輸送の撮影に備えていた。

病院からいったん自宅に戻って、撮影機材を持って再出発したのが11時30分頃の事。まずは、西国分寺へと向かう事に。お天気が良ければ、是政駅付近の多摩川の鉄橋にでも行こうかと思ったが、この日は、朝から冷たい雨が降る寒い1日。そこで、駅撮りを選択。更に、最近の傾向から、早々と現地へ行っても、後から来た人に割り込まれるという格好が多かった事から、西国分寺には、甲種輸送通過の15分ぐらい前に着けば良いやと言う気持ちで向かう事に。西国分寺駅に着くと、予想通り、武蔵野線のホームには、多くのファンが待機していた。まあ、機関車を入れて6両分が撮影出来れば充分と言う事で、上りホームの中程に陣取る事に。そして、待機中は、何故か競馬新聞を持ったおじさまに、「がんばって撮ってくれよ」と応援までされてしまった。

現地到着からおよそ15分後となる12時10分頃の事、EH200に牽引された富士急6000形車両の甲種輸送が、西国分寺駅を通過して行った。

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EH200に牽引され武蔵野線を行く、205系改め、富士急6000形。

小雨降る西国分寺を通過する富士急6000形の甲種輸送列車。同列車は、篠ノ井からEH200-4号機が牽引を担当。私自身、EH200が牽引する甲種輸送を撮影したのは、今回が初めてであった。

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後追い。

今回、富士急行へ譲渡された205系は、京葉線で活躍していた旧千ケヨ25編成のうちの3両で、この車両は、1985年、国鉄時代に、山手線へ最初に投入された二段窓の205系車両の生き残りでもある。二段窓の205系は、10両編成4本が存在したが、今回、廃車後も、一部の車両が他社へ譲渡されて活躍を続ける事になったのは、大変喜ばしい事である。最後部の車両は、モハ205に、廃車となった205系先頭車の運転台部分を移植し、先頭車に改造された車両である。

ちなみに、この編成も、既に富士急入りした車両と同様に、富士急の工場で整備が行われる為、帯色も、最後に活躍していた京葉線仕様のままとなっている。富士急では、どのようなカラーリングになるのか楽しみ。

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雪と中央線

1月20日。前夜から降り続いていた雨が、未明より雪へと変わり、夕方まで冷たい雪が降り続いた。

と言っても、水分が多く、積もるような雪ではなかったが、東京では、年間に何度も雪が降ると言う事は無いだけに、こう言う日は、列車と雪を絡めて撮影したくなる。

そこで、昼休みに食事に行きながら、西荻窪駅で少しだけ撮影する事に。コンデジしか持っていない為、大した撮影は出来ないが、まあ、記録と言う事で。

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E231系による津田沼行き1212B。

雪の中を駆け抜けるE231系。雪で編成番号も読めず、列車番号は辛うじて読める状態。積もるような雪ではなかったのだが、こうして見ると、雪がかなり強く降っているようにも見えてしまう。

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371系「ホームライナー静岡35号」に乗ってみる

三連休初日、1月7日のお話。

2012年最初の土曜日と言う事で、この日は午前中、病院へ。昨年秋に怪我した右足の治療のための通院である。もう土曜日の恒例行事と化してしまった感があるが、早く通院生活からは脱却したいものだ。年明け早々と言う事からか、いつもの土曜日よりも気持ち混んでいたようで、帰宅したのは14時を過ぎていた。

前の記事でお伝えしたように、2011年12月29日から31日にかけては、飯田線を訪れ、引退が目前に迫った119系の今を記録しに出かけてきた。その際、大晦日の31日は、自分自身の体調が優れなかった事から、満足できない結果に終わってしまった。もう一度、119系を記録しておきたい。そう思っていたところ、東横インの割引券の存在を思い出した。そして、この日の時点で、手元の青春18きっぷが残り2回分余っている。であれば、これから豊橋に向かって現地で一泊。翌朝、飯田線の撮影をして、午後から東京に向かえば、充分往復できる。幸いにも、東横インは空きがある模様。これは行くしかない。早速、東横インの予約を手配して旅支度開始。16時頃、自宅を出発。新宿から湘南新宿ラインを利用しようと思ったが、ダイヤが乱れている為、東京駅より東海道本線の普通列車で西へ。運が良かったのか、田町車両センターに配属されたばかりのE233系に当たった。

乗車した伊東行きは、熱海駅に19時14分に到着する。ここで浜松行き普通列車に乗り換える。211系5000番台車・6000番台車による5両編成だったが、東京方の2両が沼津止まりとの事。それを承知で、私は沼津止まりとなる6000番台車の方に乗った。と言うのも、沼津からは、タイトルに示した通り、371系による「ホームライナー静岡」に乗車するからである。371系は、新宿~沼津間の特急「あさぎり」に、小田急20000形と共に運用されている車両だが、過日、弊ブログでもお伝えしたように、3月のダイヤ改正で、「あさぎり」の運用から撤退する事が発表されている。その為、371系による「ホームライナー」も無くなってしまう可能性がある事から、今回の移動手段の一つに選択したのであった。

浜松行き乗車中に、twitterで「ホームライナーの整理券はどこで買うの?」と質問したところ、沼津駅のホーム上で購入可能との回答を得て、安心して沼津駅へ。浜松行きの列車で沼津に到着し、整理券を買いに行こうと、ホームの前方に向けて歩いていると、新宿からの「あさぎり7号」が到着。早速、整理券を購入した後、371系を撮影する為に、3番線へと移動する。3番線には、御殿場線の御殿場行きが停車していたのだが、ちょうど発車して行くところで、すぐに2番線に停車している371系を撮影する事が出来た。

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沼津駅2番線に停車中の371系「ホームライナー35号」

新宿から、約2時間かけて走って来た371系は、沼津駅到着から僅か15分で、今度は「ホームライナー」へと変身する。平日ダイヤの場合、この「ホームライナー」は浜松行き「ホームライナー浜松5号」となり、新宿から浜松まで、一気に駆け抜ける事になるが、この日は土曜日の為、静岡止まりとなり、列車名も「ホームライナー静岡35号」となる。それでも、殆ど休む間もなく走る371系は、本当に働き者だ。撮影しながら、そんな事を考えていた。

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引退間近の119系を追って飯田線へ その2

このところ疲れ気味で、更新が遅れてしまい申し訳ございません。引き続き、2011年12月31日のお話にお付き合いくださいませ。

2011年の大晦日。この日は、東横イン豊橋駅東口からのスタートとなる。朝方の豊橋口の注目列車を、名鉄との共用区間である、豊橋~平井信号所間で撮る為に、豊橋に宿泊した。7時過ぎにロビーで朝食を摂った後、撮影準備に入る。8時過ぎにホテルを出発。豊橋駅から、飯田線に乗り込んだ。この日、撮影場所に選んだのは、豊川の鉄橋。早速、豊川行きに乗って現地へと向かう。

しかし、電車が下地駅に差し掛かる頃、とんでもない勘違いをしている事に気付く。なんと、豊川と豊川放水路を勘違いしていたのである。そう。目的地として考えていた豊川の鉄橋は、船町~下地間にある。つまり、船町駅から歩かなくてはいけないのだが、気が付いたら下地駅に来てしまったのだった。とりあえず、下地駅で下車。豊川の対岸に向かおうと、スマホで地図を見てみるが、対岸に渡る橋は、暫く先まで歩かないとない。まあ、この辺りは、故・白井良和先生の本拠地。よくサイドビューの写真を撮られていた事を思い出した。白井先生の本拠地ならば、鉄橋以外にも撮れる場所は有るんじゃないか?そう思い、下地駅から小坂井方向に向けて歩いて、撮影場所を探す事にした。

ところが、これが間違いの始まりだった。最初のうちは良かったのだが、歩き出してから10分ほどしてお腹の調子が悪くなってきた。最初のうちは何とかごまかしていたが、だんだん撮影どころでは無くなって来た。コンビニのトイレに駆け込んで・・・と思ったが、この辺り、コンビニすらない。そして、無情にも、刻一刻と、119系唯一の快速である2518Mの時間が迫って来た。とりあえず、線路に近付ける道路を発見。やや障害物があるが、ここで、快速電車を撮影する事にした。

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名鉄との共有区間を行く119系唯一の快速、2518M。

この日、2518Mに充当されていたのは、集中式クーラーを搭載したE11編成。119系唯一の快速と言う事で、前面の方向幕に、小さくも誇らしげに表示された「快速」の2文字が見えなくては意味ないのだが、どうにか、それだけは、はっきりと写ってくれたので有り難かった。

この後、119系両運転台車(5100番台車)の2両運転となる、長山からの522Mがあるのだが、この状態ではどうにもならないので、いったん下地駅へと戻りトイレへと急行。(お食事中の方、ごめんなさい) 何とか体調の方は回復したが、再び、2518Mを撮影した場所に戻って、522Mを撮るだけの時間的余裕が無く、それより手前、サイドが撮れそうな場所へ移動し、522Mを撮影する事にした。

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下地駅付近を行く522M。

白井先生のサイドビュー写真集を意識しながら撮影した522M。両運転台車両の5100番台同士の2両編成と言う事は、充分に解る画像ではあるが・・・やっぱり、これはもう一度撮り直ししなくては・・・ここで、もう一度、朝の飯田線の撮影に来る事を、心に誓った。

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引退間近の119系を追って飯田線へ その1

年頭の挨拶記事でも触れたように、2011年最後の旅は、引退が迫っている119系を追って飯田線でした。既に、北部のワンマン運転列車は、313系へ置き換えが進んでおり、南部には313系に加えて213系も進出。119系は、まさに風前の灯状態。もっと早く飯田線に行きたかったのですが、怪我や仕事の都合もあり、結局はこの時期となってしまいました。

それでは、年末の飯田線訪問記を少しずつ書いていきますので、お付き合いくださいませ。

2011年12月下旬の事、車両の置き換えが進み、最後の活躍を続ける119系を記録しようと飯田線に行きたいとツイッターに呟いたところ、飯田線に大変詳しい方から、色々とコメントを頂いた。しかも、御叮嚀に、リバイバルカラーのE4編成の運用まで調べてくれると言う。季節柄、中央アルプスとの組み合わせも撮っておきたいところ。すると、12月30日の朝、E4編成は、1503Mとして駒ケ根まで入線すると教えていただいた。ところが、この日のE4編成は、朝の運用を逃すと、夕方まで駒ケ根留置と言う。これでは、中央本線の朝一番の特急で現地入りしても間に合わない。そこで選んだのが、前日に現地入りする事。中央アルプスが綺麗に拝める七久保駅周辺のポイントへ行くには、伊那市または駒ケ根辺りがビジネスホテルも探しやすい。そう思いながらネットで検索すると、伊那市駅から徒歩3分ほどのビジネスホテルに空きを見つけて予約。前夜の12月29日、立川から「あずさ31号」に乗り込み、一気に岡谷へ。岡谷から119系による飯田行きで伊那市へ。宿泊先のホテルに到着したのは23時頃のことであった。

翌朝、6時40分に起床。気温は低いが、天気は快晴。絶好の撮影日和だ。7時に朝食を摂った後、伊那市駅から七久保駅へ飯田線の列車で移動する。やって来たのは、飯田線へ投入する為に、神領車両区から大垣車両区へ転属した313系3000番台車。JR東海の標準型車両とも言える313系は、これまでに様々な国鉄形車両を引退に追い込んだ憎い奴ではあるが、それでもデザイン等に国鉄形車両のイメージを彷彿とさせるものがあり、どこか憎めない車両だ。前夜に乗車した119系同様、セミクロスシート車であるが、シートも柔らかく、乗り心地も快適。この車両なら、飯田線の列車に長時間揺られるのも快適だろうと思った。

七久保駅から歩く事およそ15分。撮影地に到着すると、寒い中、リバイバルカラーのE4編成を撮影しようとする撮り鉄さん達が集まっていた。ざっと数えても20人程はいらっしゃるだろう。お目当ての列車の通過までは、あと15分ほど。この間に、通過する列車は無く、まさにぶっつけ本番。ここまで来て失敗は許されない。私も自然と気合が入る。

やがて通過時刻となり、駅の方を見ると、水色の車両が見えてきた。少しずつ、こちらに近付いて来ると、自分のテンションも更に上がっていった。

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中央アルプスをバックに駒ケ根を目指す、119系E4編成+M9編成。

デビュー当時のカラーに再現されたE4編成と、東海色のM9編成との混結3両編成が、中央アルプスをバックに走る。撮影した画像を、カメラの画面で確認した時、思わずニンマリしてしまった。撮影するのは、ほんの一瞬。この日、この場所に集まった人達は、自分も含めて、この瞬間の為に集まって来ていた筈である。おそらく、殆どの方が、仕上がった画像を見て、私と同じ感想を持たれたのではないかと思う。

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横瀬車両基地へ回送された301系311F

さて、秩父神社の参拝並びに秩父鉄道の急行「開運号」の撮影を終えた後は、秩父鉄道1000系撮影の時間調整のため、横瀬駅まで往復した。

2011年も残り数日となった12月27日の事、新宿線で長年活躍をしていた301系311Fが、横瀬車両基地に廃車回送された。これにより、新宿線からは301系が消滅かと思いきや、今現在、303Fが池袋線から派遣され、運用に就いている。この303Fは、どうやら東村山駅で発生した脱線事故に伴う車両不足を補う為のようで、おそらくは一時的な措置ではないかと思われる。

廃車回送された311Fは、横瀬駅のホームからも良く見える位置に停められていた。そこで、ホーム上から311Fを撮影することにした。

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廃車回送されてきた311F。

311Fは、ご覧のように、廃車回送されてきたままの姿で留置されており、その様子は、新宿線から多客対応で池袋線へ貸し出された後、西武秩父行きの臨時列車に充当され、折り返しまでの間、横瀬車両基地内で待機という感じに見えてしまう。

そして、撮影中に、こんな車両との並びが・・・

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「☆のある町 秩父 長瀞号」こと10107Fと一瞬の並び。

今から、18年ほど前、新宿線には301系が3編成(309F・311F・313F)在籍しており、当時、私は毎日、新宿線の301系を利用していた。それだけに、この3編成には思い出も沢山ある。今回の311Fの引退は、解ってはいた事だが、とても残念である。我が青春の思い出が、また一つ、姿を消してしまった。

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秩父鉄道 急行「開運号」を撮影

2012年の撮り始めは、1月2日。今年もこの列車からとなった。

秩父鉄道では、1月1日から3日までの3日間、急行「秩父路3号」を、急行「開運号」として運転し、6000系1編成に、「開運号」の特製ヘッドマークを掲出して運転している。実おは、ここ数年、私は、毎年、西武鉄道及び秩父鉄道沿線での安全祈願を兼ねて、秩父神社で初詣をしているため、毎年、初詣を兼ねて秩父を訪れ、この「開運号」を、1年の撮り始めとしている。

所沢から特急レッドアローで、一気に西武秩父へ。そこから仲見世通り、御花畑駅前を通り越して、秩父神社最寄の秩父NO3踏切に到着したのは、開運号通過のおよそ15分前のこと。正月早々、この踏切に立ち止まって撮影をしようとする人は一人もなく、今年も私一人で黙々と撮影することに。

先行列車で練習をしていると、何やら怪しげな雲行きに。光線状態等も気になっていたが、通過直前になって陽が出てきて、どうにか順光で撮影できた。

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今年も運転された急行「開運号」

急行「開運号」としてやってきたのは6002F。過去ログを見てみると、昨年の開運号は6003Fと言う事で、昨年とは違う編成が充当されたことになる。ちなみに、後追いの撮影はしなかったが、撮影後に振り向いてみると、三峰口方先頭車と同じデザインのヘッドマークが掲出されていた。

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謹賀新年

皆様、新年あけましておめでとうございます。

旧年中は、TOMOの鉄日誌をご愛顧いただきましてありがとうございました。今年も昨年同様、鉄道を中心に様々な話題を取り上げていきたいと思います。

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新宿線の特急「小江戸」に充当されたレッドアロークラシック。(2011年12月18日撮影)

西武鉄道では、御覧のようにNRAを初代レッドアローカラーにした車両が走り始めました。また、先代のレッドアローが第二の職場として活躍している富山地方鉄道でも、1編成がリニューアルされて、週末を中心に3両編成が復活したと聞いています。これも撮りに行きたいですね。

なお、旧年中に書き残した記事がいくつかありますので、2012年の序盤は、最新記事の他、前年のやり残し分も更新して行く予定です。2011年分のやり残し記事については、更新後、本来の月の最終記事に更新日時を変更して保存しますので、時々、過去の記事も遡ってご覧いただければ幸いです。

では、今年もどうぞ宜しくお願い致します。

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2011年の大晦日

2011年も、残すところ、あと数分。

12月29日の夜より、本日まで、飯田線の119系の撮影に出かけてきました。現地はいいお天気に恵まれまして、119系の最後の勇姿を、しっかりとカメラに収めることができました。

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中央アルプスをバックに、飯田線を走る119系。

今年も1年間、TOMOの鉄日誌をご覧いただき、ありがとうございました。2011年は、未曾有の大震災もあり、まさに激動の1年だったと思います。私自身は、9月に駅で転んで以来、通院生活が続いてしまいましたが、多くの皆さんから、お見舞いや励ましのメッセージもいただき、とても勇気付けられました。2012年も、どうぞよろしくお願いいたします。

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ホワイトも西武園へ 101系ワンマン車が西武園線の運用に就く

多摩川線の101系ワンマン車の床材交換が一段落し、多摩湖線の101系が5編成体制になったことから、多摩湖線用101系ワンマン車が西武園線の運用に就いたことは、先日、お伝えしたばかりであるが、今週に入り、今度は、11月に白くなったばかりの257Fが、西武園線の運用に入るようになった。

白い101系が、西武園線を走るのは、当然のことながら、今回が初めてのこと。そこで、2011年平日ダイヤの最終日である12月29日の午前中に、自転車で西武園線沿線を訪れ、運用中の257Fを撮影してみた。

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西武園線で運用中の257F。

多摩湖線同様、単線の西武園線。単線区間を走るシーンは、101系ワンマン車にとっては見慣れた光景であるが、多摩湖線と違い、この西武園線は、複線分の用地がないことから、多摩湖線よりも、どこか狭苦しい感じがする。自転車で線路に出来るだけ近づけて走ってみたものの、結局は、北山小学校近くの踏切が、一番条件がよかった。

西武園線の運用は、平日が南入曽からの出庫となるが、休日は、上石神井出庫なんだとか。今、西武園線の運用に就いている101系は、玉川上水車両基地から南入曽車両基地に送り込んで運用させているため、明日以降は、年明けまで、101系ワンマン車が西武園線を走ることはないかもしれない。しかし、12月24日に発生した、東村山駅付近の脱線事故により、西武園線の運用にも変更が生じているようなので、もしかしたら、257Fも正月休み返上で働くことも考えられる。

いずれにしても、次のダイヤ改正までは、平日の西武園線は、101系ワンマン車が基本と言う事になりそうな予感。263Fもいずれは西武園線に派遣されるかも。ちょっぴり期待している。

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南武線 高架工事により運転された府中本町行きを撮影

現在、南武線は矢野口~府中本町間で高架化工事が進められているが、この度、同区間の下り線が高架新線に切り替わる事になり、12月23日の夕方から、新線への切り替え工事が行われる事になった。当日は、18時40分頃から終電まで、矢野口~府中本町間が運休となり、南武線は川崎~登戸間での折り返し運転の他、登戸~矢野口間、府中本町~立川間は、大幅に運転本数を減らして折り返し運転を行った。

切り替え工事当日となる23日は、そんな事を忘れて、午後から吉祥寺へ出かけていたが、手元の携帯に、工事に伴う区間運休を知らせるメールが飛び込んできたため、帰りに、そのまま立川へ移動。高架工事に伴い運転される事になった、南武線の府中本町行きを撮影する事にした。

立川駅に到着したのは20時頃の事。到着後、南武線のホームを見ると、運良く府中本町行きが停車していた。早速、南武線のホームへ向かい、停車中の府中本町行きを撮影してみた。

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立川駅に停車中の南武線府中本町行き。

高架工事に伴い運転された南武線の府中本町行き。南武線の矢野口~府中本町間の高架切り替え工事では、これまでにも、同区間を運休として、立川からは府中本町での折り返し運転(府中本町到着後、梶ヶ谷貨物ターミナルへ回送の上、折り返す)を何度か実施しているが、同線の205系には、もともと「府中本町」の幕が無いらしく、ネットで見ても、過去の府中本町行きは、方向幕を白幕にして運転していた。その為、今回も同様だろうと思っていたところ、御覧のように専用幕が用意されていてビックリ。

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臨時快速「プレミアム忘年外房号」に乗ってみる

今年も残り10日ほどとなり、弊ブログを御覧の皆様も、連日、忘年会続きと言う方も多いかと思います。

JR東日本千葉支社では、ここ数年、幕張車両センター所属の485系お座敷電車「ニューなのはな」を使用した臨時快速列車を、週末の金曜日の夜、両国発着で運転している。これは、普段はあまり縁のないお座敷電車に気軽に乗っていただき、車内で帰宅しながら気軽に忘年会ムードを味わってもらおうと言う趣旨で設定されているもの。昨年までは、「お座敷東金号」として、両国~成東間(東金線経由)で運転されていたが、今年からは、列車名を、「プレミアム忘年外房号」と変更。更に、運転区間も両国~茂原間に変更されたが、基本的には、同じ趣旨の列車となっている。

実は、昨年、ツイッターでお世話になっている方々が、この列車に乗車し、その模様を、一人残業しながら指をくわえて見ていた。こんな列車に自分も乗ってみたい。そう思い、Facebookで、同士を募ったところ、5名の方が名乗りを上げてくれた。私を含め計6名。この列車に乗ってみようと手配すると、既に指定券は売り切れに近い状態。しかし、千葉支社管内のびゅうプラザで、この列車を組みこんだツアーを発売しており、無事、6名分のチケットを入手。今年2度目の運転となった12月22日の夜に、「プレミアム忘年号」に乗車する事にした。

当日。私は18時20分頃に両国駅に到着すると、既に3番線には「ニューなのはな」が停車していた。まずは、2番線から一段低い3番線に停車している「ニューなのはな」を撮影してみた。

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両国駅3番線に停車中の485系「ニューなのはな」

房総方面への優等列車は、東京駅の地下ホームが開業するまでの間、新宿駅やこの両国駅の地平ホームから発着しており、かつては、このホームも賑わっていた。しかし、現在では、両国駅の地平ホームから出発する定期列車は1本もなく、ホームも3番線1面のみが残された状態となっている。

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大晦日で閉店 所沢駅の「狭山そば」

久々にエキナカの話題ですが、大変残念なお話です。

所沢駅で長年営業してきた「狭山そば」。西武新宿線の下り電車で所沢駅に到着すると、出し汁の美味しそうな香りがしてきて、つい注文したくなると言う方も多い筈。沿線の皆さんに親しまれてきた「狭山そば」が、所沢駅の改良工事の進捗により、2011年12月31日、大晦日を以て閉店する事になった。

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大晦日の営業を以て閉店する事になった、所沢駅1番ホームの「狭山そば」

御覧のように、所沢駅の「狭山そば」は、1番ホームの中程にあり、店の周りには特別な仕切りもなく、混雑時には、ホーム上で電車を待つお客さんとぶつかりそうになりながら食べると言う事も。この佇まいが好きで、私も長年愛用してきた。特別「御馳走」と言う訳ではないけど、何となく、ここの蕎麦が食べたくなる。ここの蕎麦を食べたら元気になれる。そんな店だった。駅の改良工事が進むにつれて、「狭山そば」がどうなってしまうのだろうと、いつも気になっていたのだが、ついに「閉店」と言う事になってしまった。出来る事ならば、新駅舎の中でも営業してもらいたいが、今のところ、そんな発表はない。

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閉店を告げる張り紙。

「狭山そば」には、運営会社が2つあり、お隣の東村山駅でも「狭山そば」が存在するが、こちらは西武通運が営業しているお店。味も微妙に違っている。所沢駅の「狭山そば」と同じ味を味わいたいのであれば、清瀬駅または武蔵関駅へ行けば、同じ会社が運営する「狭山そば」があり、所沢駅の「狭山そば」閉店後は、これらの2店舗へ行けば、ほぼ同じ味が食べられる事は有り難いが、所沢駅のホームで食べる「狭山そば」とは、味は一緒でも、どこか違うように感じてしまうかもしれない。

閉店まで残り2週間を切ってしまった。あと何回食べられるだろうか。

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西武 101系ワンマン車が西武園線の運用に就く

速報ブログでもお伝えしたように、今週は、レッドアロークラシック運行開始を記念し、拝島線に臨時特急が運転されており、私も毎日、仕事帰りに拝島線を訪れていますが、そんな中、ツイッターを眺めていると、多摩湖線で活躍中の101系ワンマン車261Fが、西武園線の運用に就いているとの事。これは見に行くしかない。そう思い、拝島特急の撮影後に、東村山へ行ってみる事にした。

拝島線を小川駅で下車し、国分寺線に乗り換え。東村山に到着したのは21時06分の事。まだ、この時点で西武園行きは入線していないが、既に国分寺線が発着する2番ホームには、お隣の3番ホームに到着する261Fを撮ろうとするファンが数名待機していた。とりあえず、私は邪魔にならない場所と言う事で、乗り換え専用の跨線橋で待機する。そして、数分後の事。西武園からの列車が到着。ツイッターの書き込み通り、本当に261Fだった。

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西武園線の運用に就いていた101系ワンマン車261F。

西武園線の折り返し運用には、主に4両編成の2000系が運用に就いているが、今年の春頃までは、時々101系の245Fが運用に就く事もあった。しかし、同編成にワンマン運転対応工事が施されて多摩湖線に移ってからは、2000系の独壇場となっており、101系が同線の運用に就くのは、実に久々の事。更に、ワンマン車と言う事になると、101系低運車であれば、多摩湖線の国分寺~萩山間がワンマン運転を開始する前に、本線側に残った1編成が西武園線の運用に就く事があったが、新101系と言う条件に当てはめれば、果たして、入線実績は有ったかなあと考えてしまう。

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折り返し西武園行きに。

ちなみに、この直後の事。拝島特急の運用を終えたレッドアロークラシックの回送列車が、4番ホームに停車し、一瞬ではあるが、リバイバルカラー同士が並ぶと言う光景が見られた。

思わぬ形で西武園線に復活した101系。現在、多摩湖線用の101系は、5編成在籍し、3編成使用と言う状況が続いている事から、運用に余裕がある。その為、浮いた車両を有効に使おうと、西武園線の運用に投入されたのではないかと思われる。もしかしたら、今後も101系ワンマン車による西武園線の列車を見る事が出来るかもしれない。

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西武 秩父夜祭りダイヤを観察する その2

お待たせいたしました。秩父夜祭りダイヤ観察記の続編です。

飯能駅構内の日高屋で、遅い昼食を摂った後は、池袋から来る急行西武秩父行きの撮影の為、入間市駅へと移動する。

池袋線の優等列車は、10両編成が主体となってしまっている為、毎年、夜祭りの臨時列車を設定すると、特急以外は、その殆どが飯能乗り換えとなるが、今回のダイヤでも、特急以外で、唯一、池袋から直通する列車として設定されたのが、この急行西武秩父行き。2143列車の延長運転と言う位置づけになる列車だ。池袋を16時過ぎに出発するため、この時期で走行シーンを撮ろうとすれば、石神井公園辺りが限界。その為、駅に停車した瞬間を狙うのだが、どの駅で撮影しようかと考えた後、入間市を選択する事になった。

飯能から入間市へは、快速急行1002列車を利用した。この列車、普段は秩父鉄道からの直通。その為、4000系が使用されるが、この日は、秩父鉄道との直通運転を中止していた為、西武秩父発で運転され、車両も、飯能~西武秩父間の折り返し列車に使用されていた2000系2089Fが充当されていた。

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1002列車充当中の2089Fの証拠として・・・

入間市到着前の僅かな時間を利用して、乗務員室内の列車番号表示機を撮影してみた。車両番号も入っている事から、2089Fが1002列車に充当されている事が解る。

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西武 秩父夜祭りダイヤを観察する その1

日本三大曳山祭りの一つである秩父夜祭。毎年12月3日に開催されているのだが、今年は12月3日が土曜日となり、例年よりも多くの方が訪れた事と思う。

秩父夜祭りの会場となる秩父市への交通手段の一つともなっている西武鉄道では、毎年、12月3日は特別ダイヤでの運転となっており、私も、毎年、12月3日には、臨時列車の観察をしながら秩父へと向かい、お祭りムードを味わっている。今年は、土曜日と言う事で、仕事はお休み。そこで、朝から臨時列車観察をしつつ秩父へ・・・と行きたいところだが、この日は怪我の治療のため、病院へも行かなくてはならない。なんとか、臨時列車観察と通院を両立できないものか・・・西武鉄道の公式サイトに載っている夜祭りダイヤを見ながら考えていると、どうにかなりそうだと判明。そこで、まずは、病院へ行く前に、こんな列車から撮影してみた。

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12月3日、秩父夜祭り当日朝の所沢駅の発車案内機。

御覧頂いているのは、12月3日朝の、所沢駅4番ホームの発車案内機。問題は2段目の「快速急行西武秩父行き」である。この列車、2ドア車での運転となっている。つまり4000系を使用。4000系の快速急行は、現在、秩父鉄道直通列車のみとなっている。夜祭り当日は、秩父鉄道も特別ダイヤでの運転の為、直通運転を中止し、西武秩父行きでの運転となっている。そこで、今年の夜祭りダイヤ観察は、この4000系による快速急行西武秩父行きの観察から開始する事にしたのである。

とりあえず、この快速急行より先行する列車で、お隣の西所沢へと移動する。外は生憎の雨。ホームの両端の上屋がない西所沢駅での撮影という事で、上屋があるギリギリの位置で待機する。先行する特急列車で練習したのち、いよいよ4000系の快速急行西武秩父行きがやってきた。

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一路、西武秩父へと向かう4000系。

いつもは、長瀞・三峰口行きの行き先表示を出して運転される4000系の快速急行。西武秩父行きとして運転される4000系の快速急行を撮影したのは、いつ以来だろうか。この時、かなり雨が降っていたので、画像には雨がはっきりと写っているが、これはこれで良い記録になったと思う。

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お帰りなさい 西武2075F

12月1日のお話。

西武鉄道では、昨年度に引き続き、今年度も2000系のリニューアル工事を進めている。今年度の対象車は24両。第1弾となる2069Fは、事業計画も発表されていない8月8日に出場し、池袋線で運用を開始している。そして、第2弾となる2075Fがこの度出場。甲種輸送が実施された。

この2075Fは、8月26日、甲種輸送により東急車輛へ入場している。平日朝、しかも月末に所沢を旅立つ為、JR線内の撮影は無理だが、出勤前に、所沢に立ち寄って撮影することぐらいはできる。その為、早起きして、見送る予定だったのだが、見事に寝坊してしまい、見送る事が出来なかった。そこで、せめて出場時は出迎えてやりたい。忙しく働いた11月の分を返上すべく、12月1日は休暇を取った。しかし、業務の都合上、午後からの半休に変更。それでも、2075Fは、午後の出場なので、撮影は充分に可能。昼で仕事を切り上げて、新宿から湘南新宿ラインで北鎌倉へ向かった。

午前中は冷たい雨が降り続いていたが、北鎌倉に到着した時は、雨もほぼ止んでおり、撮影はし易い状態であった。平日なので撮影する人は、殆どいないだろうと思っていたが、ホームに数名。更に北鎌倉駅から、やや大船方に進んだ所にも、撮影されている方をお一人発見しており、それなりに撮影している方がいらっしゃる事を知る。私も負けじと撮影準備を開始。鎌倉方の臨時改札口を出て、円覚寺のすぐ前でカメラを構えてみる。先行するE217系で、機関車を含む9両編成がしっかり入る事を確認する。軌道内の雑草が高く伸びているのは相変わらずだ。

13時54分頃の事。ホームの接近放送がかかると、前方よりDE10の姿が確認できた。早速、撮影を開始する。

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原色のDE10 1155号機に牽引され、横須賀線を行く西武2075F。

東急車輛を出場し、小手指へと向かう2000系2075F。同編成をエスコートして来たのは、国鉄時代の塗装を維持するDE10 1155号機。思えば、この2075Fは、所沢車両工場の生まれで、西武鉄道以外の線路を走ったのは、今回の東急車輛への入場が初めての事。それだけに、今までに経験した事が無い、他社線を走行するのには、相応しい車両が牽引してきたなあと、撮影時に思った。

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北鎌倉駅の構内踏切と2075F。

北鎌倉駅で忘れてはいけないのが、この構内踏切。2000系の東急車輛への入出場時の甲種輸送で撮影したいと常に思うのは、逗子(神武寺)~新鶴見間のディーゼル機関車による牽引シーンと、この北鎌倉駅の構内踏切とのコラボ。今回は、北鎌倉駅周辺での撮影とする事で、この2つを一気に達成する事が出来た。

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東海道線用E233系がやって来た!豊田車両センターを訪ねる

11月20日のお話。

中央快速線を皮切りに、東海道線、京浜東北線、常磐緩行線、京葉線と投入され、今や首都圏のJR各線の顔ともなってきたE233系電車。東海道線用の車両は、これまでに、10両編成・5両編成が2編成ずつと少数派であったが、ここへ来て、田町車両センター所属の211系置き換え及び東北縦貫線開業を見越した増備車が登場。早期落成した車両たちが、尾久車両センターなどに疎開留置されていたが、この度、疎開留置先に、中央線沿線の車両基地も選ばれ、第1陣として、田町車両センター所属のNT4編成が、豊田車両センター武蔵小金井派出へ。そしてNT5編成が、豊田車両センターへと回送されてきた。武蔵小金井の疎開留置車は、撮影には不向きな場所に置かれている為、中央快速線用車両との並びを撮るのは難しいが、豊田車両センターに疎開した車両に関しては、敷地外から、他の車両たちとの並びが撮れそう。落成したE233系も、少しずつ、211系と交代して営業入りして行く現状から、いつまで疎開しているかも解らない為、早い段階で、豊田車両センターを訪ねて、疎開留置中の姿を記録しておこう。そう思い、この日の夕方、光線状態が良くなるのを待って、豊田車両センターを訪ねる事にした。

豊田駅に到着したのは15時20分頃の事。早速、車両センターの奥の方を目指し、歩きはじめる。駅から歩き続ける事、およそ20分。車両基地裏側の細い通りに差し掛かると、目の前にはこんな光景が広がっていた。

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お座敷電車「ゆう」と、中央快速線用E233系との間に挟まるような形で留置されていた、東海道線用E233系。

御覧のように、東海道線用のE233系を囲んでいたのは、お座敷電車「ゆう」と、中央快速線用のE233系。まさか、豊田車両センターで、このようなスリーショットを撮れる日が来るとは、思ってもいなかった。

ちなみに、お座敷電車「ゆう」は、水戸支社管内の勝田車両センターの所属。普段は、中央本線を走る機会は少ないのだが、ここ最近、「ゆう」の中央本線進出が続いており、この日も、中央本線への団臨充当の合間に、豊田車両センターに回送されてきた。

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東海道線用のE233系と、中央快速線用のE233系とのツーショットも撮影。

帯色の異なるE233系同士の並びも撮影してみた。こうやってみると、中央快速線用のE233系も、正面全体にオレンジ帯を巻いた方が、更に格好良くなるのではと私は思うのだが・・・まあ、この辺りは、好みの問題かもしれない。

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西武 レッドアロークラシック 運行開始

西武鉄道は、11月27日より、レッドアロー10000系車両1編成を、初代レッドアローの5000系カラーに変更した「レッドアロークラシック」の運行を開始した。

運転初日となった本日は、池袋~西武秩父間に、「レッドアロークラシック」編成を使用した臨時特急列車が1往復運転された。しかし、本日は、親戚の法事に出席するため、高崎へ行っていたので、この臨時特急列車の撮影も乗車も出来なかった。しかし、夕方、高崎から戻ってくると、ツイッター上に、夕方から出庫して「むさし36号」から運用に入ったと言う有力な情報が流れてきた。ちょうど、その時間帯は上野にいたので、そのまま池袋へ移動。「むさし36号」として到着した「レッドアロークラシック」を撮影してみた。

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池袋駅特急ホームに停車中の「レッドアロークラシック」

「むさし36号」として、池袋駅に到着した「レッドアロークラシック」。車内整備をした後、折り返し「ちちぶ31号」となる。今回、初代レッドアローのカラーが復刻されたのは、10000系10105F。同編成は、11月24日に武蔵丘検修場を出場。その際は、クリーム一色で出場し、小手指車両基地内で赤い帯などが入れられた。初代5000系と、10000系とでは、かなりデザインが異なる為、どんな感じになるか、か、特に前面の処理が心配だったのだが、目の前に現れた復刻編成は、なかなか良い仕上がり。側面だけを見ていれば、5000系の記憶が蘇ってくる程だった。

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西武多摩湖線に復帰する101系259Fの甲種輸送を撮影

11月13日のお話。

前日、多摩川線へ復帰する101系253F(秋)の甲種輸送を撮影したが、この編成と入れ替わりに、多摩川線からは、101系259Fが多摩湖線に復帰する事になり、その甲種輸送が実施された。

今回、多摩湖線に復帰する101系259Fは、ちょうど1年ほど前、車体を真っ白に塗られて、多摩川線に送り込まれ、同線に残る最後の低運転台101系電車となった223Fを置き換えた。その後、四季の電車として送り込まれた101系リニューアル車両の床材交換に伴う、車両不足を補うため、多摩川線で活躍を続けてきたが、今回、253Fの多摩川線への復帰に伴い、1年ぶりに多摩湖線へ戻る事になったのである。

では、今回は、259Fの甲種輸送の模様をご覧いただく前に、1年ほど前に遡り、259Fの多摩川線での様子から振り返りたいと思います。

多摩川線での営業運転を開始した259Fを訪ねたのは、昨年の11月21日の事だった。同日昼過ぎに、武蔵境から多摩川線に乗り込もうとすると、ちょうど259Fが入線してきた。すっかり多摩川線の一員となっていた同編成。早速乗車し、まずはお隣の新小金井で下車する。他の編成を撮影しつつ、259Fの折り返しを待った。

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新小金井駅に停車中の259F。(2010年11月21日撮影)

そして、ここから白糸台へ移動し、武蔵境から折り返してくる259Fを、駅近くの白糸台1号踏切で待ち伏せした。

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白糸台駅を発車し、是政へ向かう259F。(2010年11月21日撮影)

この後も、多摩川線には何度か訪れているのだが、ラッピングもされない真っ白な101系と言う事で、何となくカメラを向ける機会が少なく、まともに撮ったのは、この時だけだった。

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