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JR東日本 京浜東北線工事により一部運休

11月28日(日)の出来事。

前日の「懐かしの白根」のリベンジを兼ねて、早朝から撮影に出かけることにした。目的地は高崎線北上尾付近。私の住む東村山からの行程では、武蔵野線で南浦和へ出て、京浜東北線に乗り換え、大宮へ出て、そこから高崎線と言うのが早いと言う結果だった。駅すぱあとの検索の結果、萩山駅6時27分発の多摩湖線で間に合うことになり、安心して寝ることにした。

さて、当日の朝、目が覚めると、あることを思い出した。そう言えば、今日は浦和駅で線路切替工事があったはずだ。と言うことは、京浜東北線は南浦和~北浦和間が運休になる。これは大変だ。慌てて別ルートを検索し、結局、都心へ出て、湘南新宿ラインに乗ることになった。

前日とは違って、しっかりと「白根」の絵入りマークを出した183系を撮り終えた私は、この北浦和行き京浜東北線電車を撮る事にして、大宮へと戻ってきた。大宮側の終点となる北浦和だが、当然のことながら、折り返せる設備も無く、車両の方向幕にも「北浦和」は用意されていない。では、どうやって運転するのか。写真の通りである。

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御覧のように「京浜東北線」と言う幕を表示して対応していた。問題は線路である。北浦和駅は折り返し設備が無い。これは、2本の電車を北行・南行各線路上に1本ずつ入れて、それぞれ単線扱いにして折り返しているのだ。従って、北行線路上の電車は、北浦和行が通常と逆向きに、南行線路上の電車は、大宮行が通常と逆向きに運転されることになる。この逆線走行も記録に残したかったのだが、残念ながら時間帯が合わず撮影できなかった。

今回の一部運休だが、浦和駅の高架化工事に伴うもので、今後も何回か行われることが予想される。次回行われるときは、この逆線走行も記録したいと思っている。


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JR東日本 懐かしの白根号を撮りに行ったはずが・・・

11月27日(土)の出来事。

JR東日本新前橋電車区の183系を使用した、リバイバル特急「懐かしの白根号」が上野~万座・鹿沢口間で運転された。夕方、この列車を撮りに行こうと上野へ向かった。「白根なんてしらねぇ」と言う人もいるかもしれない。特急「白根」は、国鉄時代に週末運転の臨時特急として運転された。運転開始当時は157系だった。その後、157系を置き換えた183系により運転が継続され、さらには185系へと変わり毎日運転になったが、昭和60年の東北・上越新幹線上野開業時のダイヤ改正で、新特急「草津」へと変わってしまった。

上野駅に到着したのは、18時ちょっと前。到着ホームは16番線と言う事で、ホームへ向かうと、たくさんのファンが駆けつけていた。やがて到着時間が来た。カメラを構える。183系が見えて来た。しかし、無常にも走行中にヘッドマークが回転している。ちょうど停車した時には回送になっていた。周りのファンからはブーイングの嵐だ。

まあ、せっかくなのでやってきたS3編成を撮ることにした。この編成は、新前橋電車区の183系で唯一特急シンボルマークが残された編成だ。元は中央本線の「あずさ」に使われた編成で、2002年2月2日に運転された「懐かしのあずさ2号」にも使われた編成だ。

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これを撮り終えて、ふと横を見ると、13番線には、カシオペアカラーのEF81に引かれた「北斗星」が入ってきた。この列車、下り列車ではなく、東北地区の強風の影響で、大幅に遅れが出ていた「北斗星4号」らしい。白根号より、こっちの方が良かったかも。

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その後、知人と上野駅構内で1時間ほど雑談をして、再び13番線ホームへ向かうと、あらら、再び183系S3編成がやってきた。

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この編成の特徴は、もう一つある。それは両端の先頭車が改造車であること。交直流特急形電車である485系のサハを先頭車に改造したため、中間モハのドアとはステップの高さが違うのだ。写真右側が先頭車である。↓

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懐かしの白根号は、28日も運転される。この列車、27日朝の上野出発時には、どう言う訳かヘッドマークも「臨時」だったそうだ。途中から幕を出したと言う。このような列車はイベントとして企画しているだけに、運転する乗務員たちにも、少しはファンサービスと言うものを意識してもらいたいと思うのは私だけだろうか。

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JR東日本 183系・189系を追え!田町編

ここ最近、私は183系を追うことが多いが、幕張電車区の183系だけではなく、他所の183系も追っている。今回は、田町車両センターの183系・189系の話。

首都圏を走る団体列車用として配置されていた167系の置き換え用として、昨年から田町車両センター(旧田町電車区)にも183系・189系が配置されるようになった。167系は、4連単位で使用されていたが、183系・189系の場合は、4連から10連まで4種類の編成を用意し、対応しているのも大きな特徴である。

当区の車両は、他区の車両と異なり、団体列車として使用されることが多い。その中でもよく目にするのが、首都圏の小学生たちを日光まで運ぶ修学旅行列車だ。この列車には、8連と10連のどちらかが使用され、ヘッドマークにも、しっかりと「修学旅行」と表示される。↓

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183系シリーズ唯一の4連として使用されているH41編成は、小回りが利くことから、広範囲な活躍が目立つ。通常は4連しか入線できない、相模線・八高線・青梅線青梅以遠などに入線できることも大きい。

大崎駅にて。↓

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時にはJR東海エリアにも。沼津駅にて。↓

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団臨としての活躍が目立つ田町車だが、6連のH61編成は、他客臨での使用もある。つい先日、今シーズンの運転が終了してしまったが、大宮から河口湖までを結ぶ、「ホリデー快速河口湖3・4号」にも使用されている。このときは、かつて特急として活躍した中央本線を「快速」と表示して走ることになる。しかし、臨時列車の悲しい宿命か。下り列車は立川駅で、上り列車は八王子駅で特急「あずさ」「かいじ」を先に通すことになっている。写真は、上り列車を八王子駅にて撮影した物。

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さて、田町車の新しい動きだが、10連のH101編成又はH102編成が、しばらくの間、上野発の「ホームライナー鴻巣」の一部に使用されているらしい。この列車には、急行「能登」で上京してきているJR西日本の489系が使用されているのだが、新潟県中越地震の影響により、最近では、田町の車両が使用されているというのだ。これらの編成は、冬休みになれば、「ムーンライトながら91・92号」に使用されるので、おそらく12月20日頃までの運転ではないかと予想される。期間限定ではあるが、かつては、特急「あさま」として上野駅に出入りしていた車両も含まれているだけに、思わぬことで里帰りを果たしたことになる。機会があれば、こちらも追ってみようと思っている。

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JR東日本 拝島駅に2週続けて旧客登場!

11月14日と21日、JR拝島駅に旧型客車が現れた。

それぞれ記念列車で、14日は八高線全通70周年記念号として、21日は、青梅線立川~青梅間110周年記念号としてである。八高線ではDD51が前後に、青梅線では、青梅方がDD51、立川方が茶色のDE10を連結しての運転となった。

通常、拝島駅では201系を中心とした通勤型電車と、一部の貨物列車ぐらいしか見られないのだが、この両日は旧型客車が来ると言うこともあって、大勢のファンでにぎわった。私も両日共に出動。ただし、八高線記念号は、時間の都合で、拝島駅のみでの撮影となった。

八高線70周年記念号。大勢のファンが撮影していた。↓

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こちらは、青梅線を走った110周年記念号。立川方は茶色のDE10が連結されていた。↓

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21日運転の青梅線110周年記念号だが、拝島で撮影した後、r104さんからのご案内により、昭島駅近くで撮影。さらに、青梅へと向かったが、青梅駅も大混雑。さらに、青梅~宮ノ平間の定番撮影ポイントは、貨物列車廃止時でも見たことが無いほどのファンの数であった。青梅線の場合、早くから電化されていたこともあり、茶色の旧型客車よりは、茶色の旧型電車の方が、私にとってはピンと来るのだが、これだけのファンが集まると言うことは、旧型客車の人気を改めて知る1日であった。

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JR東海 身延線、脇役も活躍

11月20日(土)の続き。

夕方の富士駅。私は東海道本線の運用を調べながら、身延線の様子も観察していた。私が富士駅に到着すると、クモハ123が停車していた。この車両は、国鉄時代末期に、飯田線で活躍していたクモユニ147を旅客化改造したもの。主に富士周辺のワンマン運転を中心に活躍している。313系デビュー後は脇役になってしまった感じがする。↓

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このクモハ123、JR東海が所有するのは、身延線用の7両。5040番台、5040番台を前面貫通化改造した5140番台(5145のみ)、クモヤ145を改造した600番台と3タイプが存在する。写真の車両は、最もポピュラーな5040番台。123系はワンマン運転が主体だが、一部には例外がある。5040番台車使用だと、こんな列車もあるのだ。↓

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ワンマン2両運転の場合、無人駅では、運転士による集札業務があるため、互いの車両が貫通できるように、5145号車か600番台2両が使用される。しかし、この5040番台車同士の2両運転では、互いの車両が貫通できないため、ワンマン運転が出来ない。従って、この列車はツーマン運転である。私もこの組み合わせは初めて見た。

続いて、さらに地味な脇役を紹介しよう。湘南色の115系である。でも、よく見てもらいたい。この編成どこかが違います。↓

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中間車のモハ114がポイントである。このモハ114、パンタグラフが2つある。通常、115系のパンタグラフは、モハ114型1両あたり1台なのだが、この編成はダブルパンタ。つまり1台は霜取り用パンタと言って、冬場、架線に付着した霜を落とすためのパンタグラフなのだ。集電用パンタグラフのみだと、この霜と接触することにより、パンタグラフを破損してしまう恐れがあるため、保護用のパンタグラフを予め用意しておくのだ。この霜取り用パンタ、冬場以外は、パンタグラフが上昇しないように固定されて、集電用パンタのみを使用するのだが、この時点で2つ上げていると言うことは、もう霜取りを実施していることになる。↓

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身延線の115系のうち、このようにパンタグラフが2台ある編成は1編成のみ。冬場は限定運用を組む。この列車は、富士駅16時23分発の西富士宮行3567M。実は、今年の3月末に身延線を訪れた時も、同じ列車に充当されていた。と言うことは、既に限定運用に組まれている可能性が高い。冬の訪れを感じた瞬間でもあった。

最後に、面白い列車を紹介しておこう。身延線の115系・123系・313系は、実は沼津を拠点に運用されている。特に115系と313系は御殿場線と共通運用を組んでいることもあり、その方が効率が良いのだ。その為、1日数本、沼津発着の直通列車が存在する他、沼津~富士間で定期回送列車が設定されている。その中でも、沼津駅を11時50分に発車する身延行4229Mは、なんとクモハ123型の2両編成。短い区間とは言え、天下の東海道本線をクモハ123が走っていく姿は何ともユニークである。沼津方面へお出かけの際には、ぜひ、この列車にも注目して欲しい。


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JR東海 113系T編成、静岡へ帰る

11月20日の出来事の続き。

御殿場線の撮影を終えた私は、東海道本線の運用調査のため、富士駅へと向かった。富士駅を選んだ理由は、静岡方面からの富士折り返し列車があること。そして、身延線も見られるからだ。

沼津駅15時52分発の静岡行に乗車する。来た列車は、つい先日まで東海道本線東京口の増結用として使われていた113系T1編成だった。10月のダイヤ改正以後、東京駅で見かける機会が少なくなったT編成だが、一説によると、12月3日を以て東京口での運用が終了するらしい。今は、JR東日本国府津車両センターへのE231系投入→113系捻出→捻出車より増結編成を組む→T編成を東海へ返却。と言うシナリオが進行している。乗車したT1編成も、静岡地区の停車駅案内図が貼られており、他の東海エリア内の113系と同じ仕様となっていた。

ちなみに、この日、他にもT編成を見かけたが、静岡地区で運用に就いていたのを確認したのは、T1・3・5・13・16編成の5本。東京口で運用に就いていたのを確認したのは、T8編成のみであった。彼等の東京口での最後の活躍を見守ってやりたいと思う。そして、地元静岡での活躍を期待したい。

793Mに充当され沼津駅2番線に停車中のT1編成。この編成は、4両とも2000番台車が種車で、編成も綺麗に揃っていることから、私のお気に入りの編成だ。↓

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JR東海 御殿場線70周年記念号を撮る

では、11月20日のメイン、御殿場線70周年記念号の話。

特急「ワイドビュー東海1号」で沼津に到着した私は、まず駅改札を出て、みどりの窓口で、JR東海静岡支社管内が乗り放題となる、休日乗り放題きっぷを購入。そして、駅売店で東海地区小型時刻表を購入した。

時刻表を手にして、さあ、どこへ行こうかと思いつつ、東海道本線のホームへと向かった。目的地は、隣の駅の片浜。ここなら、特別列車の通過に間に合うのである。早速普通列車で向かうと、案の定間に合った。この駅は、撮りやすい駅ではあるが、意外なことに、ファンの数は少なかった。みんな御殿場線内での撮影が多いのだろう。数分後、茶色いEF58を先頭に特別列車がやってきた。とりあえず、第1弾は成功である。

片浜からは、先程の特別列車を追って山北へ向かう。まず、沼津へと戻り、御殿場線に乗り換えると、313系ワンマン運転の御殿場行だった。この列車は、御殿場で国府津行に連絡があるので乗ることにする。臨時列車運転の関係で、多少遅れていたが、313系の高性能と、大杉連似のベテラン運転士さんによる味のある運転で、最終的には1分遅れでの運転だった。御殿場からは、御殿場線では少数派となる113系。それもクモハ113が入った3両編成だった。山北駅に到着すると、下りホームのすぐ隣の留置線に特別列車が留置されていた。何とか撮ろうとするが、JR東海が所有する2両のEF58が総出演と言う事で、山北駅は大勢のファンが駆けつけ、大パニック状態であった。

下り本線隣の留置線にて↓

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2両のEF58が仲良く繋がっている。↓

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ホームの国府津方では、御覧の通りの状態である。↓

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この後、私は、駅近くの公園で開催されていた、御殿場線70周年まつりの会場を覗いた。会場内では、沿線の各自治体による模擬店や、JR東海・小田急による部品即売会も行われていた。私もJR東海の部品即売会場で、改札鋏を購入した。そして、公園内には、かつて御殿場線で活躍した蒸気機関車、D52の70号機が保存されている。うまい具合に70号機と言うこともあり、この機関車にも装飾がされていた。↓

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イベント会場を後にして、山北駅へと戻る。沼津方面へ向かい、特別列車の折り返しを撮影するのだが、列車の間隔が空いている上に、次の列車は2両ワンマン運転。この列車も朝ラッシュ時よりもすごい混雑となった。とりあえず、イベント列車に先行し、人の少なそうなところへ行くことにする。実は、山北へ向かう時の車内で、ある程度目星は付けておいたのだ。もう富士山をバックに撮れる所は、まず入るのは不可能。天気もそんなに良くないし、編成で撮れるところと言う事で、裾野駅へと向かった。車内から見ると、私が目をつけた踏み切りは4人しかいなかった。よし、ここへ行こう。駅から歩くこと約10分。中丸踏切で待つことにした。ここは本当に空いていた。300ミリの望遠レンズを使って、下り勾配を下がってくるところを順光で撮影できるのだが、特別列車通過直前までにここへ来たファンは、私を含めて6人だった。あとは、地元の人達が10人ちょっと。私も、地元のおばちゃんたちと話しをしながら撮影をしたが、殺伐とした有名撮影地と違い、和気藹々とした感じでのんびり撮影をすることが出来た。折り返しの特別列車は、青いゴハチが先頭だったが、やはりゴハチは青が最高。私も思わず8枚もシャッターを切ってしまった。

これで、御殿場線70周年記念号の撮影は終了。裾野駅を後にした。

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JR東海 伝統の列車、東海号の現状

11月20日の出来事。

この秋、JR東海の御殿場線が命名70周年を迎えた。それを記念して、御殿場線沿線では、EF58型電気機関車による特別列車を、20日と21日の2日間走らせることになった。当然、私も撮影に行くことにした。

JR東海ファンの私としては、御殿場線へのルートも色々と考えてしまう。今回の特別列車は、浜松が始発駅で、20日は山北、21日は御殿場までの運転となる。東京から行くには、山北で待つのは楽だが、それでは芸が無い。そこで時刻表を見ると、ちょうどいい列車があった。東京駅を7時18分に出発する、特急「ワイドビュー東海1号」である。

国鉄時代から見て、この東海号は伝統の列車である。元々は、準急電車としてデビュー。当時としては最新鋭、東海型として親しまれた80系電車に始まり、後に急行に格上げ。車両も80系から153系へ。153系から165系へと変わって行った。そして、平成9年の春、165系も東海号から引退し、373系特急型電車へ置き換えられ、これと同時に特急へ格上げ。伝統の列車は、ついに特急へと進化したのだ。

その特急東海号、現状はどうなのだろうか。私も何年かぶりの乗車である。朝、高田馬場駅で切符を買おうとすると、みどりの窓口が混み合っていた。これでは間に合わない。Suicaで入場し、品川駅へと向かう。品川駅に着いたのは、東海号発車の8分前だ。慌ててみどりの窓口へ向かう。駅員に、「品川から沼津までの乗車券、東海号の自由席特急券」と言うと、駅員さんが「沼津?三島じゃないんですか?」と言われた。予想通りの展開。駅員氏は、1日2往復の特急ではなく、新幹線を売ろうとしているのだ。私は、在来線の特急東海だと告げ、きっぷを発券してもらった。今回はJR東日本の窓口で購入したのだが、新幹線と違い、東海号ならば、熱海まではJR東日本の売り上げになる訳だから、もう少し駅員も積極的に売って欲しいものだ。

なんとか発車3分前に改札を通過しホームへ向かうと、やはりホームで東海号を待つ人は少ない。6両中、自由席は4両なのだが、入線してきた列車を見ると、やはり車内は空いていた。私も楽に自由席車両で着席成功である。列車が発車し、川崎までの間に、車掌の検札があった。いつの間にか、担当車掌がJR東日本の東京車掌区になっていた。以前乗ったときは、JR東海の車掌が全区間担当だったのだが、この日観察すると、境界駅の熱海で交代していた。

乗客の流れだが、川崎からの乗車は僅かだが、横浜・大船と停まる度に乗客は増えていった。特に大船からの乗車数はすごかった。車内の電光掲示機でも、「大船~静岡間、最速1時間○○分」と言う売り文句が流れた。その広告の通り、大船からの乗車は多かった。大船の場合、新幹線も停車せず、新横浜と小田原に挟まれていると言う立地条件から起きた現象だろう。JR東海も、東京駅からの乗客は取れないと思っているのだろう。大船からは積極的である。1号はまだ乗るほうだが、午後の3号はもっとひどい状況だ。このままでは廃止になってしまうかもしれない。これならば、新宿発着にするなど、JR側の改善もお願いしたいところだが、1日2往復のみ運転の列車では、JRもあまり乗り気ではないのだろう。結局、この日も、混み合ったのは熱海までだった。私は予定通り沼津で下車したが、沼津で下車した客は少なかった。

伝統の列車も、これからどうなって行くのか。頑張れ、特急東海号。↓

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JR東日本 幕張の183系を追え! その3

意外と早く「その3」をお送りすることになった。

11月16日、13年ぶりの「成田エクスプレス」乗車の帰り道、四街道からの普通列車で千葉に到着すると、隣のホームには、「あやめ1号」が入ってくると表示されていた。津田沼で知人と待ち合わせすることになっていたが、少し遅れそうだと言う情報が入ってきたので、撮影していくことにした。

千葉駅停車中の「あやめ1号」↓

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撮り終えて、次の快速電車が出るホームへと向かう。すると、快速電車の前に、新宿行「しおさい」が入ってきた。LED式ヘッドマークの0番台車が先頭の編成だった。これは全くのノーマークだった。↓

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快速電車で津田沼へと向かう。到着すると、隣のホームに183系の8連が入線してきた。画像では読み取れないが、ヘッドマークには「ホームライナー」と書かれていた。どうやら幕張電車区から出庫してきたらしい。これから東京駅にでも向かうのだろうか。↓

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と言うわけで、今回は、とんとん拍子に3本も撮影してしまった。時間帯が良かったのかもしれない。

183系と言えば、期待のブログが登場。ここです。

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仕事のあとの小さな旅

11月16日(火)の出来事。

先週の土曜日、r104さんと一緒に千葉へ撮影に行ったという話は、このココログでも取り上げた。その中で、ちょっとしたトラブルがあったと書いたのだが、今日はその解決編である。

この撮影時、最初に四街道駅で下車した。そのあと、佐倉駅へと行ったのだが、このとき、私の三脚が無いことに気がついた。慌てて佐倉駅に遺失物の届出を出した。このとき、列車の中なのか、四街道駅に忘れたのかは解らなかったので、四街道まで乗車した列車のことと、四街道駅に立ち寄ったことを伝えた。しかし、乗車した列車が鹿島神宮行きだったという不運な結果から、鹿島神宮まで行かないと遺失物捜査が出来ないと言うのだ。仕方なく承諾して、見つかったら携帯へ連絡するように依頼した。ところが、実際に探してもらったところ見つからないと言うのだ。実は、その連絡の直前に、四街道駅にも立ち寄ったが、ここでも届出がないと言う。そのまま、その日はあきらめた。

翌日の夕方、教えてもらった千葉駅の忘れ物センターへ電話をした。ここは、毎日15時以降になると、前日までの管内全ての忘れ物の情報が解ると言う。やっと繋がったと思ったら、そんな届けではないと素っ気無く言った係員の態度に腹が立った。前日の佐倉駅も、結果を報告してこなかったこともあり、ついにこちらも堪忍袋の緒が切れてしまい、自分の不注意ではあるがと前置きした上で、千葉支社の対応の悪さを抗議した。その抗議が効いたのか、10分後に携帯へ連絡があった。なんと四街道駅に届出があると言う。しかし、四街道への届出があったのは17時だと言うのだ。私が立ち寄ったのは、朝の8時半頃なのだから、やはりおかしいのである。四街道駅に電話をすると、どうやら私の物のようだ。まあ見つかった訳だから、引き取りに行くことにした。

私の勤務先は、西荻窪であるが、ここから四街道はやはり遠い。何とかして楽に早く行ける方法がないかと時刻表を見ると、面白いことを発見した。なんと夕方になると、成田エクスプレスが四街道に停車するのだ。これなら新宿から乗れる。ちょっと高くつくが、成田エクスプレス自体、乗るのは久々だったし、こんな機会がないとなかなか乗れない列車なので、奮発することにした。

新宿駅に18時ごろ到着し、3番線ホームへ向かうと、18時11分発の成田エクスプレス43号は既に停車していた。デビューから13年。あの時は、成田エクスプレス専用ホームとして作られた、新宿駅3・4番線ホームも、今日では埼京線や湘南新宿ラインが幅を利かせており、成田エクスプレスは肩身が狭そうだ。しかし、この列車は12両と言う長大編成だった。デビュー当時は、新宿と横浜から3両ずつで出発し、東京駅で6両編成になるのが基本だったのだが、今では新宿・横浜発車時点でも、3両と言うのは僅かになってしまった。

新宿駅3番線に停車中の成田エクスプレス43号↓

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早速車内へ入ってみよう。やはり乗客はスーツケースを持った海外旅行客が多いが、私が乗った7号車は、半分ぐらいしか乗っていなかった。この時期だとこんな物なのだろうか。しかし、最初の停車駅、東京に到着すると、あっという間に車内は満席。やはり東京からの利用客が多いのである。東京を発車し、総武本線に入り、地上へ出て錦糸町を通過すると、スピードは徐々に上がっていく。成田エクスプレスも登場から13年も経つと、そろそろ陳腐化が目立ってくる。窓のブラインドの金具が、台車から来る微振動に反応してガタガタと煩いのだ。先日、同じ区間で最新鋭のE257系にも乗車したが、乗り心地は全く違う。やはり253系も年月には勝てず、古さを感じてしまうのだ。後ろの6両は、ワールドカップ開催に合わせて増備された編成なので、いくらか違うだろうけど・・・

そのまま、列車は千葉に到着。若干の乗車はあった。千葉を出れば、あと数分で四街道である。果たして、どれだけの乗客が四街道に下車するのだろうか。気になってみてみることにした。するとどうだろう。降りる仕度を始める乗客がどんどん増えているではないか。ざっと見たところ、12両編成の車内から30人以上は降りたのではないだろうか?この列車を通勤ライナーの代わりに使っている人は多いのだろう。これには驚いた。

その後、四街道駅で三脚返却の手続きを済ませて、東京方面へ戻ることした。改札を入って正面の電光掲示を見ると、次の電車も成田エクスプレスだった。

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千葉方面への列車はどうだろう。こちらの掲示を見ると、次の電車は4連。郊外の電車とはいえ、夕方のラッシュ時でこの両数というのもちょっと。↓

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到着の千葉行きは、各ボックスに1~2人程度が座る程度の乗車率だった。千葉に到着したら、そのまま折り返してしまうのかと心配していたが、一旦回送になった。どうやら増結用に回ったようだ。

このあと、千葉でしばらく183系を撮影し、津田沼で知人と食事。西船橋から東京メトロ東西線を経由して帰宅した。仕事のあとの小さな旅、帰宅したのは0時ちょっと前だった。

なお、千葉駅での模様は「幕張の183系を追え!その3」としてお送りする予定です。

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JR東日本 幕張の183系を追え! その2

11月13日(土)の出来事。

r104さんからお誘いを受け、この日は総武本線へ幕張電車区の183系の撮影に出かけた。なぜこの日になったかと言うと、臨時特急「小江戸さわら号」が、東京~香取間に運転されるからだ。早朝からの外出となったのは、約1ヶ月ぶりである。

前日、現地への行程の打ち合わせの際、私はあることに気がついた。それは、新宿から内房線・外房線への特急が土日だけは運転されていること。それぞれ「新宿さざなみ」「新宿わかしお」と名乗っている。どちらも、この10月のダイヤ改正から、新型車両E257系へ置き換えられた。では、183系を追放する憎いやつとでも言えるE257系の試乗を兼ねて千葉へ入ろうではないか。と言うことになった。千葉での時刻が良い「新宿わかしお」に乗ることになった。

新宿駅へ7時到着すると、既に7番線には、このE257系が入線していた。正面のLED幕もしっかりと「新宿わかしお」と表示されていた。↓

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早速乗車してみる。車内も含め、基本的には中央線仕様と変わっていないようだ。この車両は、関西の近畿車輛で製造されたようだ。最近では、こう言った製造メーカーの名盤も、横文字表示が流行みたいだ。↓

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千葉までは約50分。自由席料金500円で乗れるのは、なかなか快適だ。しかし、編成が5両になったのは良かったのだろうか。指定席は満席。自由席も秋葉原から立ち客が出た。ラッシュ時は2本つなげて10両にするようだが、せめて基本7両、増結3両には出来なかったのだろうか。

さて、千葉に到着し、総武本線ホームへ移動する。この駅はY字型になっているので乗り換えも面倒な場合がある。再びホームへ上がると、銚子行「しおさい」が入っていた。最近、工場から出場した幕張電車区第6編成だった。往年の国鉄特急色とはちょっと違うが、やはり、このカラーは特急列車らしくていい。↓

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「しおさい」を見送ったあと、後続の鹿島神宮行きに乗車した。四街道へ立ち寄った後、佐倉へと向かう。この駅で臨時特急「小江戸さわら号」を撮影することにした。やってきたのは、前夜のライナー列車に使用され、大船で夜を明かした幕張電車区第24編成6連だった。ただ、残念なことに、ヘッドマークを無理やり回しすぎたのか、銚子方の先頭車のヘッドマークは破損していた。↓

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その後、我々は、物井へ向かい、有名撮影ポイントで、しおさいと第24編成の折り返し回送などを撮影した。ヘッドマークを破損していた183系第24編成だが、下りの「小江戸さわら号」充当後、一度幕張電車区へ回送されている。午後、再び上りの「小江戸さわら号」へ充当するために、香取へ向かうが、この一旦帰区した際に、しっかりと修復していた。幕張電車区の国鉄型車両に対する技術力はなかなかのものである。

この日は、他にも、東京~伊豆急下田間にて中央ライナー用183系使用の臨時特急「あまぎウォーキング号」が運転されていた。かつて運転されていた特急「あまぎ」号に近いヘッドマークが付いているとの情報が入ったので、夕方、東京駅でこの列車を撮影することにした。19時ちょっと前から東京駅10番線で待っていたが、時間が経つ毎にファンの数が増え、最終的には30人近くが183系の雄姿を撮りに来たようだ。やってきたのは、模型にもなったC4編成だった。私も携帯で撮影しようとするが、バッテリーが少なくなってしまった。カバンの中から予備の携帯を取り出し、こちらで撮影することにした。ちょっと画像が小さいがお許しいただきたい。↓

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最後に、当日色々とご案内していただいたr104さんに、心より感謝いたします。

さて、この撮影時、私の不注意で、実はちょっとしたトラブルが発生しています。この件に関しては、明日16日の夜に解決の予定です。16日以降に、このココログでもご報告したいと思います。


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JR東日本 ついに東京駅でE231系近郊型を目撃!

11月13日(土)の出来事。

房総方面への撮影の帰り道、東京駅に立ち寄った。八重洲北口の書店へ行くためだ。駅構内の通路を歩いていると、9番線の東海道本線の発車案内機に「4ドア」と言う表示が見えた。

東海道本線は、これまで「湘南電車」と呼ばれ親しまれている113系電車を主力として運用されてきたが、10月のダイヤ改正での湘南新宿ラインの大増発に合わせて、宇都宮線・高崎線で運用されているE231系近郊型車を投入した。しかし、宇都宮線・高崎線のE231系には、グリーン車組み込み作業が行われており、運用を離脱している車両があり、その穴を埋める形で、本来は東海道本線と湘南新宿ライン用として増備されたE231系の一部が、宇都宮線・高崎線へ貸し出されていることから、東京駅でE231系を見ることはまだ少ない。しかし、全く来ないと言うわけではないので、このダイヤ改正から、電車の両数の他に、ドア数も表示されることになった。そして、この日だが、東京駅で初めて「4ドア」と言う表示を見たのである。

9番線ホームにある発車案内機も4ドアと表示されている↓

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そして、ホーム上には真新しいE231系が停車していた。↓

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東海道本線の東京口では、まだまだ少数派のE231系。この車両の出現により、利用客も整列乗車の際はドア数を気にすることになっただろう。この列車の直前直後は、いまだに113系で固められていた。しかし、いずれは、E231系だらけになってしまう日がやってくる事だろう。それまでに113系の雄姿も記録しておかなくては・・・

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JR東日本 幕張の183系を追え!

今日は、私が今追いかけている車両の話。

以前、このココログで165系直流急行型電車の話をしたことがある。私は、この165系が大好きで、以前は、この車両の追っかけをやっていた。しかし、165系も老朽化には勝てず、中央線の特急「あずさ」にE257系新型車両を投入することにより捻出された、183系直流特急型電車へ役目を譲り、昨年の秋に引退した。

165系の引退当初、183系のことを、165系を追いやった憎いやつと思いながらも、房総半島で特急運用に就いている183系に関しては、違った目線で見ていた。団臨用に転用されてしまった車両と違い、今でも本来の用途である特急運用で活躍しているからだ。

そんな房総半島の183系も、先月のダイヤ改正で、内房線・外房線の特急に、E257系が投入されたことにより、置き換えが始まった。↓

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来年度までに、特急運用に入っている183系を全てE257系に置き換えることが決定している。来年度末になると、幕張電車区の183系は、中央ライナー用の9連4本と波動輸送用の旧あずさカラー6連2本のみとなってしまうらしい。そこで、今回は、最近撮影した、幕張電車区の183系の姿を取り上げることにしよう。

これは、10月のダイヤ改正前、京葉線の東京駅で撮影した8連の183系である。先頭の0番台車は、ヘッドマークをLED式に改造している。8連口の0番台車は全てLED仕様である。この光景も今では見られなくなってしまった。(映りが悪くてごめんなさい)↓

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続いて、ダイヤ改正後も残った6両編成。このタイプは4本存在するが、6連口は、全て幕式のヘッドマークなので、原型に近い。↓

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これは、中央線のライナー列車、中央ライナーで活躍するC編成。このタイプは4編成存在する。先頭車とグリーン車は、中央線の特急で使われていた車両の転用、中間のモハは、生え抜きの0番台車である。0番台のモハも、今や中央ライナー用に残されているのみだ。房総半島の特急用車両の転用が進むと、この0番台モハも差し替えられる可能性が高い。ライナー列車を中心に使用されるため、夜の運用が多いが、季節臨で夜行列車に使用され、大糸線まで足を伸ばすこともある。↓

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昼間は殆ど走らない、ライナー用のC編成だが、真昼間に、前夜の留置先である三鷹電車区から、幕張電車区へ1編成が回送される。私の勤務地、西荻窪は12時34分頃の通過だ。↓

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こうしている間にも、幕張電車区の183系は確実に少なくなっている。ダイヤ改正で運用を離脱した編成が続々と廃車回送されているらしい。彼等の特急車としての活躍も、残り1年程と思われるが、可能な限り彼等の活躍ぶりを記録していこうと思っている。


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JR東日本 中央線線路切替後の様子

11月8日(月)の出来事。

週明けの月曜日。新しくなった中央線での通勤1日目である。朝、国分寺駅からいつもの快速電車に乗り、西荻窪へ向かう。国分寺~三鷹間で、上り電車のすぐ隣を下り電車が駆け抜けていくと言う、実に当たり前のシーンは、1年以上ご無沙汰だった。それだけに、逆に新鮮に感じた。

帰り道。この新しい下り線の切替地点を観察することにした。まず立ち寄ったのが三鷹駅である。この駅には、いかにも切替間近と言うような物が一つ存在した。↓

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これは、下りホームの発車メロディボタンの近くに貼られていた物だ。お隣の武蔵境は、線路切替でホームも移動し、出口が進行方向左側から右側に変わったためである。この事を乗務員へ促すために貼られている物だ。このような物は、線路切替をやった路線では、よく見かける光景である。

続いて、三鷹から一駅乗車して武蔵境へと向かう。私がたまたま乗車したのは、混雑の激しい青梅行。ここ数年で、夕方の中央線~青梅線への直通運転は大幅に増えた。その為、青梅直通列車は人気が高く、通勤快速・快速共に混雑が激しい。ホームが上下共用の島式になった武蔵境は、混雑の激しい青梅行だと、乗降にかなり手間取っていた。朝ラッシュ時は、階段の右側通行を促すアナウンスを入れていたし、しばらくは武蔵境の駅係員も気を使うことだろう。

ここ、武蔵境では、7日より西武多摩川線も乗り場を変更している。その為、構内の随所に、多摩川線の乗り場変更の案内が貼られていた。構内では、ガードマンも案内札を持って案内に当たっていた。↓

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ここまで来たら、多摩川線の新しい改札口も見たくなった。とりあえず、新しい乗り場となる南口へ降りてみることにした。

切替前日に見たとき、自動券売機のところはシャッターが閉まった状態だった。新しい自動券売機は、タッチパネル式のものかと思っていたが、ふたを開けてみると、実際には旧式のものだった。タッチパネル式券売機導入で捻出された機械を転用した物かもしれない。↓

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こちらは、西武多摩川線の改札口である。新規に改札を設けることから、もしかしたら自動改札かなと言う予想は見事に外れ、係員が改札印を押す、有人改札である。まあ、これも多摩川線らしい姿ではある。↓

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このあと、私は東小金井でも下車した。中線を備えた駅に生まれ変わった東小金井は、形式写真も撮り易そうだ。明るい時間帯にカメラを持って試してみることにしよう。

武蔵境・東小金井とも、新ホームは、電車とホームとの段差がだいぶ緩和されていて乗り降りがし易かった。この点は、仮線への切替をして良かったことかもしれない。しかし、武蔵境駅の混雑状況を見ると、そう喜んでもいられない。ある程度は予想していたことだが、混雑による事故防止が、今後の課題になるかもしれない。

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JR東日本 中央線線路切替前日の様子

11月6日(土)の出来事。

私が通勤で利用する、JR東日本の中央線は、三鷹~立川間で連続立体化工事を進めている。そのうち、三鷹~国分寺間の線路を仮線に切り替える工事が、ようやく7日に終了しようとしていた。そこで、6日の午後は、仮線へ切り替える前日の様子を見に、現地へ出かけた。

まず、武蔵小金井駅で降り立った私は、マスコミで散々に取り上げられた緑町踏切の歩道橋へ向かった。ここは、突如出現した中央線の撮影ポイントでもある。下り列車はなかなか良い感じで取れるのだ。ところが、仮下り線へ切り替えられると、柵が建ってしまい、電車は隠れてしまうはず。そこで、綺麗な姿を撮っておこうという趣向である。携帯のカメラで撮ると、少しボケてしまうのだが、こんな感じで撮れると言うことでお許しを↓

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同歩道橋から、工事区間を見る。上の写真でお解かりのとおり、一番右側が現在線。真ん中の線路が仮下り線である。↓

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続いて、私は東小金井駅へと向かった。この駅は、仮ホームに移ったことで、駅がグレードアップした。上下ホームとも全体に屋根が付けられ、雨の日でも電車を待つのが快適になる。

上りホームから、武蔵境方を見る。今にも下り電車が走ってきそう。↓

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既に下り仮ホームには、ジュースの自動販売機も設置されていた。↓

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最終日の下りホーム。既にベンチとジュースの自動販売機は仮ホームへ。↓

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続いて、私は武蔵境駅へ向かった。ここは西武多摩川線を含めて、一番撮影している人が多かった。

まずは、上りホームから下りホームを見る。上りホームは7日から下りホームと共用の島式ホームとなるため、ホームの混雑が予想される。現在設置されている中線も、東小金井に設置された中線に役目を譲り、この日が最後となる。↓

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同駅南北自由通路から西武多摩川線を見る。だいぶ高架橋も完成してきた。↓

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7日初電から使用される、西武鉄道多摩川線武蔵境駅の仮駅舎の様子。既にきっぷうりばには、運賃表が貼られている。多磨、競艇場前までは往復乗車券も発売される。↓

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中央線の線路切替は、今回で3回目である。第1回目は、大失敗に終わり、大問題となったが、7月に行われた第2回目に続き、今回も無事に終了。今では仮下り線を当たり前のように電車が走っていると言う。私自身は、明日の帰宅時が最初の利用となるが、第1回目が失敗だっただけに、当たり前のことが成功するととても嬉しく感じる。今後、国分寺~立川間でも切替が実施されていくことになるが、通勤路線だけに、工事の状況はこれからも観察していこうと思っている。

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西武 代走20105F

11月5日(金)の出来事。

食事を終えて、所沢21時4分発の急行西武新宿行に乗車した。新宿線では今時珍しい、3ドア車の10両編成だった。281F+311Fの組み合わせで、311Fの方は池袋線からの借り入れらしい。そのまま小平まで乗車したが、良い組み合わせの電車に乗ったせいか、暫くホームで車両観察をしていた。

今、新宿線には、311Fの他、池袋線から20000系も10両編成が1本代走で来ているらしい。20000系とは、以前にもこちらで紹介したが、西武が誇る最新鋭車両。池袋線・新宿線の両方で活躍している。先に新宿線へ投入されたが、ここ数年は、池袋線への投入が続いている。これは、池袋線で新型列車選別装置(以下新型列選と略します)の使用が開始されたことにより、最近の新製車は、新型列選のみの対応となっているせいでもある。新宿線でも新型列選の工事が進み、整備は終わっているらしい。そのせいか、20000系の代走編成は、新型列選装備の20105Fとのこと。

西武の最新鋭形式。20000系↓

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実は、小平駅で、この20105Fが来ないかなあと思いながら観察していた。すると、私が乗ってきた急行の続行でやってきたのが、なんと20105Fだった。これはラッキー。早速、一駅だけ、花小金井まで乗ってみた。池袋線へ新製配置された20000系は、全てホームと車両の段差を解消した車両で、新宿線では、この対策をした20000系は初営業運転である。乗り降りする際に感じたが、やはりホームとの段差が、他の新宿線車両と違って解消されている。足を怪我した経験があるから言えるが、こう言った段差は少しでもない方が良い。花小金井で下車し、折り返し下り列車を待つ。その間に上り普通として、新宿線の20000系が来たが、やはりホームとドアの段差が発生している。この段差を見ると、20105Fの有り難味が改めてよく解った。

ちなみに、花小金井からの折り返しで乗車した本川越行は、新宿線新製配置の20101Fだった。新宿線では1本しかいない10両固定編成の20000系である。それが今日は借入車と合わせて2編成走り、ほぼ同時に2編成に乗車したのはラッキーだったかも。

最後に、20105Fが新宿線で走ったと言う証拠写真をアップします。あんまり良い写真ではないですが、お許しください。↓

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これは、10月24日に上石神井車両基地で撮影したもの。新宿線の2000系と並んでいる。↓

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今日の晩飯 回転すし

11月5日(金)の出来事。

今日は、仕事を終えてから、所沢駅前のくすのきホールで開催している、彩の国古本まつりへ行ってきた。一昨日も行ってきてが、もう一度見落としが無いかどうかをチェックするのが目的だった。いつもと趣向を変えて、西国分寺から武蔵野線経由で所沢へと向かった。会場では、鉄道ピクトリアルを1冊購入だけ購入し、20時ちょっと前に会場をあとにした。

さて、今日は、家から連絡があり、夕食は外で済ませて欲しいとの事。さあ、どこへ行こうか。とりあえず、所沢駅を西口側へ向かう。そうだ、以前よく行った回転すしの店に行こう。そう思い、西口のプロペ通りを進む。所沢では比較的古い回転すしの店である。早速入ると、今日もそこそこ混んでいた。しかし、何かが違う。ネタが全然回っていないのである。どうもシャリが足らなくて、慌てて準備しているらしい。その代わり、お客の注文があったものはその場で握ると言うので、まあ出来立てが食べられるから良いとしよう。

4皿ほど食べた時、隣に若い女性の二人組みが来た。その子達も同じように食べたい物を注文する。しかし、この女の子、私の隣の子の方に変わった癖と言うか好みがあるようだ。注文時に必ずアワビを頼むのである。例えば「マグロとアワビ」と言うように、2種類注文すると必ず1品がアワビになる。余程好きなのだろうか。好奇心から、この子が何皿アワビを注文するかを気にしてみた。結局3回繰り返して、シャリの用意が出来て皿も回転しだしたころ、アワビが回ってきた。4皿目か?と思ったら、相方の子が、「あんた何皿食べれば気が済むの。」なんて言い出した。さすがに、その言葉が効いたのか、4皿目には行かなかった。

そんな観察をしていたら、いつの間にか9皿食べてしまった。ちょっと食い過ぎである。気をつけなくては・・・

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西武 今日の低運101系(池袋線と新宿線)

入間航空祭ダイヤ観察の合間に見た、101系低運車の動きです。

まずは、池袋線のツートンカラー車。今日は、いつもの西武秩父乗り入れをこなした後、小手指車両基地へ入庫せず、そのまま小手指始発の準急に充当された。航空祭ダイヤで車両も総動員。ツートン車も老体に鞭打って活躍したようだ。

秋津駅にて。↓

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新宿線も負けていない。191Fが、251Fと組んで急行運用に入っていた。航空公園駅にて。↓

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あれだけ沢山あった101系低運車も、ワンマン車を除き、いよいよ年内で消えることになる。彼等に残された時間もあと僅かとなった。


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西武 入間航空祭ダイヤを観察する

11月3日(水)の出来事。

書かなくてはいけないことが色々あるんですが、皆様からのリクエストにお答えしまして、ちょっと順番を入れ替え、今日のリアルタイムの速報から書くことにします。

今日は、文化の日でお休み。毎年恒例の入間基地航空祭が開催される。会場の最寄り駅となる稲荷山公園駅を抱える西武池袋線では、この日のために臨時列車を大増発。昨年からは特急列車も臨時列車として増発し、稲荷山公園駅に臨時停車させるようになった。今日は、毎年11月3日しか運転されない入間市行と、東京メトロ有楽町線からの各駅停車飯能行を撮りに出かけた。

早速、東村山市内唯一の池袋線の駅である秋津駅に到着すると、いきなり東京メトロ車の各駅停車飯能行がやって来た。運行番号25S。7005Fだった。ちょっと見難いかも。↓

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続いて、池袋からの各駅停車入間市行。2065Fだった。方向幕がLEDじゃなくて一安心。↓

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続いて、有楽町線新木場からの各駅停車入間市行。昨年の踏切事故から復活したばかりの6152Fだった。私にとって復活後初めての撮影が入間市行となった。↓

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3000系の入間市行も運転された。↓

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これは池袋からの準急入間市行。↓

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これは新線池袋からの各駅停車飯能行。西武車使用なので、飯能行の6000系は当たり前だが、種別が普通となっている。椎名町・東長崎・江古田・桜台の4駅のホームが10両対応ではないので、10両固定編成である6000系の普通飯能行と言うのは、小手指など、車両基地からの出庫列車以外では見られない。↓

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御覧頂いたように、私が観察した時間帯は、殆どの列車が6000系である。これらの臨時列車は、入間市駅の隣駅、仏子駅の中線などで折り返す。ホームの無いところでの折り返しが主体のため、編成が貫通できる6000系や2000系・3000系が主体なのだろう。

さて、西武鉄道の沿線イベント対応も殆どが終了。年内の残る大イベントは秩父夜祭のみ。今年ももうすぐ終わりかと実感させた1日だった。

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模型 するがシャトルを購入

10月30日(土)の出来事。

この日、本来は休みだが、午後から西荻の職場へ休日出勤。18時まで仕事をした。仕事を終えて帰宅する時に、いつも行く立川の「マイホビーキョーサン」と言う模型店のセールをやっていることを思い出した。たまにはセールも覗いて見るか?と思い、三鷹から中央特快に乗り換えて立川へ行ってみた。

お店に着くと、店長と目が合い、まずは雑談。一度だけ松葉杖姿で来たことがあったので、色々と怪我のことで聞かれた。もうしっかりと歩いている姿を見て安心してくれたようだ。さあ、特価品を覗いてみよう。1050円から7350円のコーナーまで色々と商品が並んでいた。最初、3150円のところにあった、マイクロエースの185系試案塗装に目が行った。オレンジがあり、以前に、このオレンジを購入して、185系のJR東海仕様だ!と言うのをやろうと思っていたからだ。しかし、マイクロ製品は出来があまり良くない。やっぱりやめようかと思って、奥の方を見る。7350円の所で、グリーンマックスの119系完成品が目立ったが、その中に一つだけ赤い塗装の「するがシャトル」があった。

「するがシャトル」とは、いわゆる国鉄時代末期に、各地方都市に国電形ダイヤが導入されたが、このうち静岡地区の増発列車に付けられた名前だ。当時は静岡を中心に、興津~静岡~島田間で東海道本線の電車が増発された。最初は111系電車にヘッドマークをつけて運転していたが、飯田線から119系を転用。冷房改造を実施し、専用塗装に変更した特別編成を8本用意して111系を置き換えた。2両単位で動くため、小回りが利くが、運転区間が徐々に東へ延長(富士・沼津)するに連れて2両では捌ききれなくなり、115系の転用や211系の新製投入により、119系は再び飯田線へと戻ったのだ。

この模型「するがシャトル」だが、私は既に1本持っている。限定品として発売になり、ちょっと割高なので1本だけ購入し、他の塗装の119系と併結できるように、飯田線へ復帰した頃の姿にした。しかし、東海道本線を走っていた姿も忘れられない。余裕があればもう1本買おうかと思っていた頃だったので、店頭で7350円と言う表記を見たときは、思わず手にとってしまった。定価は12800円だから、4割ぐらいは引いてある。

模型版「するがシャトル」↓

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さて、話を本物の方へ戻そう。

かつて東海道本線を走っていたことがある119系だが、飯田線へ戻った後は、JR東海標準塗装へ塗り替えられた。しかし、これらの8本は、今でも元「するがシャトル」車だったかどうかは容易に区別が出来る。この写真の前2両が、かつての「するがシャトル」車である。↓

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まず、冷房装置が各車両中央に大きいのが1台載っている。これは国鉄時代末期に改造されたため、当時の標準仕様である。他の119系は、JR東海になってから低コストでの冷房改造を実施しているため、冷房装置も小さいのが屋根上に2~3台載っている。これはインバーター電源方式で、3台載っている車両は、1台は電源装置である。この方式だと、車両番号も元番号+5000に改番(ワンマン車はさらに+300)されているので、車両番号を見ても、元「するがシャトル」かどうかが解る。

さあ、縁あってやってきた2本目の「するがシャトル」119系。東海道本線で活躍していた頃の姿に仕上げるとしよう。

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西荻窪の新名所?

10月28日(木)の出来事。

この日の昼食は外食。昼休み、いつものように西荻窪駅方面へ出かけた。さて、どの店に入ろうか。と思いながら駅の自由通路を歩き、南口へ出ると、あらら、いつの間にか新しい店が出来ていた。なんでもメロンパンのお店らしい。元々はカメラ屋だったと思うのだが、いつの間にか変わったらしい。

このところ、メロンパンがブームらしく、新宿辺りにも専門店が出来て、なかなか人気があるらしいが、私は一度もそのような店のメロンパンを食べたことが無い。所詮はメロンパンなんだし、そんなに並んで買うほどのものなのかとも思ったりするのだが、好きな人はやはり並ぶんだろう。この西荻窪駅前に出来たメロンパンの店も、平日のお昼休みで、そこそこ並んでいた。こう言う光景を見ると、怖い物見たさで買ってみようかなとも思ったりする。味の方はどうなんだろう。近々試してみようと思う。

西荻窪の新名所になるか?駅前のメロンパンのお店↓

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足の怪我、その後。

10月26日(火)の出来事。

それでは、ちょっと遡って、1週間ほど前の話。

この日は、2週間ぶりに病院へ行ってきた。2週間前から比べると、まだ痛みが残る物の、足もだいぶ良くなった。出来ることなら、今日で最後の通院にしたい。そう思っていた。

いつものように、自分の番が来て診察室へ。今回も大学病院の先生だ。先生から、まだ痛みがありますか。と尋ねられ、まだ多少の痛みはあると答えた。すると、「骨はもう大丈夫です。いつも言っているように、偏平足だから足に負担がかかるので、治りが遅いんです。今の痛みは、骨ではなくて筋の痛みなんですよ。」と言われた。よって、今後は塗り薬で様子を見ることに。この日が最後の診察ならば、保険会社へ提出する診断書を書いてもらうのだが、もし痛みが引かないようならば、また診察しなくてはならないので、診断書の件は診察を受けるかどうかを決めてからと言うことになった。そして、大事なこと。包帯が外れたのである。これで両足とも靴下が履けた。これは嬉しかった。

あれから、まもなく1週間が経つ。相変わらず、筋の痛みは引かないが、塗り薬が大変よく効くので、痛いときも楽になった。もう1週間様子を見て、診断書を書いてもらうことにしようと思う。ようやく長かった治療生活も終わりが見えてきた。

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更新の遅れについてお詫び

TOMOの鉄日誌を御覧の皆様。

いつもお越しいただきまして有難うございます。このココログを開設してまもなく3ヶ月。出来るだけ毎週2回は更新しようというつもりで運営してまいりましたが、10月も月末に近付くにつれて、本業の方がどうしても忙しくなってしまい、時間が取れず、おまけに、私が使用しているパソコンが、スパイウェアなる物に感染してしまい、どうにもならない状態になってしまいました。ようやく復旧作業が終了し、月も変わった11月1日未明より、ココログの書き込みが再開できるようになりました。書きたいことは山ほどありますので、しばらくは記事の連続投稿が続くかと思いますが、どうかお付き合いいただければ幸いです。

これからも、頑張ってまいりますので、応援よろしくお願いします。

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