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西武 秩父・川越でんたび号走る

12月31日(金)の出来事。

前日より、西武鉄道では、池袋線と新宿線に「秩父・川越でんたび号」を走らせている。この電車は、旅先で見つけた感動と電車の旅の感動を、言葉にしたためていただいた「でんたび大賞」の応募作の中から選ばれた113の入選作を掲載したポスターと、この秋行なわれた「西武沿線小さな旅写真コンテスト」の秩父・川越部門への全応募作品で車内を埋め尽くした車両だ。

この「秩父・川越でんたび号」だが、西武鉄道の公式ホームページでも充当列車を公開している。本日、大晦日の新宿線でんたび号は、午前中、拝島行急行に充当された後、折り返し玉川上水行となって、玉川上水車両基地に入庫となる。池袋線・新宿線共に6000系が充当されるのだが、新宿線の場合、西武新宿~上石神井間の優等列車通過駅のホームが8両までしか有効長が無いため、6000系自体、各駅停車の運用に入るのは、拝島線線内の折り返し列車などに限られてしまう。そこで、拝島線の武蔵砂川駅へ出かけ、でんたび号の急行拝島行と普通玉川上水行を撮影することにした。

でんたび号に先行するように武蔵砂川駅に到着。まずは上りホームの小平方で待機するが、ここで重大なミスが発覚。デジカメのバッテリーが切れていた。従って、一眼レフカメラと携帯のカメラしか使えない。その携帯のカメラもバッテリーが怪しい。足りるかどうかが心配だったが、撮影中はなんとか携帯のバッテリーも維持できた。とりあえず、拝島行と玉川上水行でんたび号をアップしてみる。久々の携帯カメラでの画像なので、お見苦しい点はお許しいただきたい。

下りの急行拝島行↓

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折り返しの普通玉川上水行↓

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それにしても今日は寒い。昼前にとうとう雪が降ってきた。午後から池袋線のでんたび号の撮影に行こうと思ったが、この雪では・・・

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JR東日本 183系・189系を追え!忘年会帰り編

12月30日(木)の出来事。

この日、とある忘年会に招待されて吉祥寺へ行った。22時ちょっと前にお開きとなり、ふらふらと帰ることにした。ふとホームのベンチで気になることがあり鉄道ダイヤ情報を読むと、今日もムーンライト信州号の運転に伴い、189系の回送が三鷹に停車することがわかった。そこで、デジカメを使って三鷹駅で撮影することにした。

三鷹駅でしばらく観察していると、4番線の列車案内機に「回送」と言う表示が出た。どうやら三鷹電車区入庫電車らしい。どんな車両が来るのかと思ったら、国鉄特急色の183系がやってきた。「中央ライナー」用車両である。上り「中央ライナー」として新宿まで運転され、そのまま回送されてきたようだ。側面方向幕も前面のヘッドマークもそのままの状態である。

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このC2編成は、9両全部の車両の赤帯の高さが統一されているのが特徴。↓

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参考:明るい時間帯に見るとこんな感じである。↓

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その後、暫くして、5番線にも回送が入ってきた。これは三鷹電車区からの出庫である。やってきた車両は、豊田電車区の189系旧あずさ色編成。これから新宿へ向かい、「ムーンライト信州」に使用される。

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この189系を撮り終えた直後に、3番線から発車の立川行に乗り込んだが、この電車が混んでいる事と、1番線に続行で運転される、総武線からの209系による立川行があったので、武蔵境で下車し、209系に乗り換えて、ゆったりと座って国分寺へ向かった。三鷹駅での観察時間があったせいか、西武多摩湖線に乗り換える頃には、酔いもだいぶ醒めていた。

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季節の話題 東京で初雪

12月29日(水)の出来事。

この日、東京で初雪が舞った。例年より2日ほど早いらしい。暖冬と言われていた今年だが、雪が降ればそれなりに寒い。

前日までに年内の仕事を終えた私は、この日より休み。家の用事で所沢の銀行へ行くよう頼まれ、昼前より出かけた。出かけたついでに、うっすらと雪化粧した西武線の電車を撮影しておくことにした。

所沢4番ホームに到着した10000系。秩父では雪を見慣れている10000系だが、所沢で雪との組み合わせはそう多くはない筈。↓

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こちらは1番ホームに到着した新宿線の20000系。↓

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所沢からの帰りに、小平駅で電車を待っていると、2009Fの本川越行が入ってきた。この車両、よく見たらパンタグラフがシングルアームパンタに交換されている。つい先日までは菱形のパンタグラフだったが、雪害を見越してなのか、いつの間にか交換されていた。

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この記事を書いている大晦日、天気予報では雪とのこと。ここへ来て急に寒さを感じるようになった。


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東京メトロ ミレナリオ臨走る

このところ多忙だったので、すっかり更新が遅れてしまった。今年も残すところあと少々。今年の話題は今年のうちにアップしておこうと思う。

12月26日の日曜日、この日は、新宿の伊勢丹まで紳士服を買いに行った。スーツを1着購入し、直しが出来るまでの間、都心で暇を潰すことにした。鉄道ダイヤ情報を見ると、25日と26日の両日、東京ミレナリオを記念した臨時列車が、東京メトロ有楽町線・千代田線・東西線で走ると言う。これは暇つぶしには好都合だ。時間帯が最初となる有楽町線のミレナリオ号を撮るために、飯田橋駅へと向かった。

有楽町線のミレナリオ号は、西武池袋線小手指始発で、西武線内は快速として、有楽町線内は急行運転となる。有楽町線内では珍しい通過運転をやる。撮影と同時に通過運転も楽しむことにする。やってきた電車は、西武6000系(6117F)だった。正面の青帯のところにミレナリオの記念マークが貼られている。列車種別が小竹向原を境に変更になるせいか、方向幕は「臨時」と表示されただけであった。

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この列車を撮影後、永田町まで乗車した。先行電車を追い越さないせいか、各駅の通過速度は、かなり遅かった。麹町の手前で先行電車に追いついてしまったようで、さらに減速してしまった。ATCの関係か、速度を落とす時のブレーキがきついのが気になる。

続いて、千代田線のミレナリオ号を撮るために、大手町へ向かった。千代田線のミレナリオ号は、小田急線の相武台前発で、小田急線内が準急。千代田線内が急行扱いだった。車両は小田急1000形(1061F+1251F)が使用された。この列車も、前面の貫通扉付近に、ミレナリオの記念マークが貼られていた。途中駅で種別が変わるからか、大手町の時点では、種別の表示は無く、行き先のみの表示であった。

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最後に、東西線のミレナリオ号だ。この列車は、東葉高速鉄道の東葉勝田台から出発し、九段下までの運転。他線と違い、全区間各駅停車での運転。車両は、なんと東葉高速鉄道の新車である2000系が使われた。ピカピカの新車が入ることと、九段下行という珍しい行き先とあって、3つあるミレナリオ号の中では注目度が高く、大手町駅では、かなりの鉄道ファンが待機していた。

駅の表示も九段下行。↓

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車両は、東葉高速の新車2000系。↓

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東葉高速の2000系は、同時期に製造されている東京メトロ05系を基本に作られているので、車体はほぼ一緒。05系の塗装変更版という感じなのだが、塗装一つ違うと、かなり外観が変わって見える。私もこの時始めてみたのだが、その見た目の違いに驚いてしまった。

それにしても、今回のミレナリオ号。東京メトロで企画したのだろうけど、各線とも車両が他社車両と言うのも面白い。

ところで、このミレナリオ号撮影の際、レアものに遭遇している。これらもご紹介しておこう。

まずはこれ。東武9050系。東武9000系のVVVF制御版。有楽町線のミレナリオ号の先行電車だった。2編成のみの存在である。↓

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続いて、有楽町線ミレナリオ号を永田町で下車し、大手町へ向かう時に乗車した半蔵門線がこれ。東急2000系である。サークルKのようなマークは、東武線乗り入れ非対応を表す。↓

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この他にも、東西線では5000系アルミ車や05系ワイドドア14F(この編成のみワイドドアのVVVF車)にも遭遇した。なかなか充実した1日であった。

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西武 101系ツートン車、解体作業始まる。

12月23日(木)の出来事。

天皇誕生日の日。私は、さよなら運転を終えた後の、101系ツートン車の様子を見に、横瀬へと向かった。11時過ぎに現地へ到着。解体線へ行くと、18日に壊していた191Fの姿は既に無く、代わりに、クーラーとパンタグラフを撤去した197Fの4両が入っていた。

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祝日とあって、解体作業はお休み。18日と違って、解体線を見に来たファンの姿は無く、私と共に197Fを見たのは、近所のパグ犬だけだった。↓

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さて、もう1本、193Fだが、こちらは、横瀬車両基地12番線に停められていた。見たところ、方向幕を抜き取られた以外は、そのままの姿で留置してあった。こちらは、何人か撮影している人がいて、18日に解体線の下でお会いした方と一緒になった。「熱心ですね」と声を掛けられてしまった。

12番線に留置中の193F。この編成もいずれは・・・↓

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武甲山をバックに最期の瞬間を待つ193F。秩父線用として開発された101系だけに、この横瀬は最期の地に相応しいのかも。↓

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解体業者の作業は思ったより早く進んでいる。ツートン車8両の解体は年内に終わってしまうのだろうか・・・


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西武 低運101系、ついに本線最終日

12月19日(日)の出来事。

ついに、この日がやってきた。長年、西武鉄道を支えてきた、101系低運転台車も、いよいよ本線からは、さよなら運転を以て姿を消す。私は、朝から、このさよなら列車を先回りする形で撮影してきた。

まず、朝の西武園への送り込み回送を、西武園線の東村山3号踏切から撮影した。光線状態の関係で、ここは後追い撮影のみとなる。9時30分ごろ、ゆっくりと低運車が通過していったが、撮影後にデジカメの画面を見てびっくり。連結器カバーが黄色く塗られていた。

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新宿線で活躍していた101系の場合、以前は、701系や401系との併結運用があった。この時、701系などに合わせてブレーキ方式を変更していたため、池袋線の101系とは併結が出来なかった。その為、区別をつけるために、電連カバーを黄色く塗った時期が合った。今では701系もとっくに廃車になっていることから、そんな事はしなくなったが、黄色の電連カバーは何とも懐かしい。

続いて、私は、西武新宿線の南大塚駅へ。光線状態から考えて、この駅がベストだろうと判断した。通過30分前に到着すると、ファンの数は少なかった。そこで、この南大塚周辺に住む友人を呼ぶと、1歳半の息子を連れて喜んで撮影に来た。友人宅のホームビデオに私も友情出演。1歳半の息子も合わせて、101系を見送った。

南大塚駅では、老若男女、みんなで101系を見送った。↓

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南大塚駅での撮影後は、再び電車で池袋線へと進む。ちょうど狭山線内を1往復すると言う時間にほぼ一致したため、西所沢で下車。狭山線を行く、低運車を撮影した。この列車、西武球場前方の先頭車は「臨時」と言う方向幕だった。

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最後に、秩父線内でもどこかで撮影しておこうと悩んだ結果、吾野駅で撮影することにした。この駅も、ホームの無い3番線を通過していった。高麗も側線入線だったようだし、あえて待避線や中線を通過すると言う、ファン向けの演出が随所に見受けられた。

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さて、今回さよなら運転を行った197Fと193Fだが、21日現在、横瀬車両基地内で解体に向けた準備が進んでいると言う。197Fに関しては、既にパンタグラフ・クーラーの撤去が終了していると言う。このままでは、年内には8両全車の解体が終わってしまうかもしれない。


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西武 191Fは横瀬で解体中

12月18日(土)の出来事。

午前中、東飯能-高麗間で101系ツートン編成の最後の営業運転を撮影した。昼食後、午後は横瀬へと向かった。一足先に引退した175Fと191Fのその後を見るためである。5日夜に解体のため、横瀬へと廃車回送されたのだが・・・

現地へ着いてみると、もう解体は順調に進んだようで、なんと191Fのクハ1191とモハ191しか残っていなかった。既に、クーラーやモーター類など、部品をもぎ取られ、哀れな状態であった。

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暫くの間、ほぼ同時に現地へやってきた方と雑談をしながら様子を見ることにした。10分ぐらい経過してからだろうか。昼休みを終えたと思われる解体業者の作業員が3人やってきた。どうやら、これから解体作業を再開するらしい。

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バーナーで台車のあたりを切断している。慣れ親しんだ車両に火花が入るのは見ていて辛い。↓

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その後も暫く観察していたが、辺りには、業者が車両を壊していく音が響き渡っていた。やはり鉄道ファンとしては、慣れ親しんだ車両が壊されていく光景を見るのは辛い。今日、何事も無いように走っていたツートンカラー編成も、やがては、ここへやって来るのだろう。


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西武 101系池袋線低運車、いよいよ終焉

12月17日(金)の出来事。

ついに、池袋線に残された低運車も最期の時が近付いてきた。この日、都心方面へ出かけた際、池袋線を利用して帰宅した。運良く低運に当たればなあと言う期待を込めてである。

池袋駅へ着くと、夕方のラッシュ時間帯で、来る電車は殆どが4ドア車。その中で、豊島園行普通に8両3ドアの表示を見つけた。何となくこれかなと思い待つことにする。途中からビデオカメラを持った鉄ちゃんもやって来て確信が持てた。やがて、低運車がゆっくりと入ってきた。

池袋駅1・2番ホームへ入線。↓

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折り返しは豊島園行。↓

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この日は、この後の予定もあったので、豊島園へは行かず、この編成を見送るだけにした。

続いて、12月18日(土)の出来事。

ついに営業最終日である。とりあえず、朝の快速急行は何度か撮影したので、まともに撮っていなかった折り返しの飯能行を撮影しようと思い、東飯能へと向かった。

東飯能駅で下車後、線路沿いに進み、やって来たのは東飯能4号踏切。ここは午前中だと上り電車が順光で狙える。やはり最終日とあり、ここも同業者が4人ほどいた。

快速急行の折り返しの飯能行。これが所定営業運転の最終列車か?↓

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この日の夜、小川駅近くで夕食を食べている時、友人から連絡があった。19日のさよなら運転に備えて、小手指車両基地から南入曽車両基地へ、ツートンカラー編成が回送されると言う。とりあえず、連絡を貰った以上、回送列車を見たくなり、急遽、所沢へと向かった。20時32分、所沢駅1番ホームに、ツートン編成の回送がゆっくりと入ってきた。

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ちょっと見難いが、既に方向幕には「101系さよなら運転」と表示されており、種別札サイズの「回送」と言う札を下げていた。

さあ、さよなら運転当日を迎えてしまった。彼等の最後の姿を見送ることにしよう。


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JR東日本 田町183系をホームライナーに充当

12月17日(金)の出来事。

この日、夕方時間が取れたので、上野駅へ向かった。以前より気になっていた、高崎線の「ホームライナー鴻巣3号」の観察である。実は、この列車には、急行「能登」として上京してくる、金沢総合車両所の489系9連を間合いで使用するのだが、新潟県中越地震の影響で、上越線が不通となっていることから、この489系が首都圏側に1本だけ取り残された。暫くの間は、「ホームライナー鴻巣3号」に使用されたが、所属区で交番検査を受ける関係があり、11月22日より、田町車両センターの183系10両編成に交代。489系自体も、12月8日に東海道本線・北陸本線周りで金沢へと戻ってしまったようだ。発車時間10分ほど前に上野に到着すると、国鉄特急色の183系の姿が見えた。早速撮影を開始した。

ヘッドマーク、側面幕は、ホームライナーが出せないので白表示。↓

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今日はH101編成だ↓

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確かに183系の「ホームライナー鴻巣」である。↓

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H101編成は、東京方先頭車のみ183系で、あとは189系でまとめられている。かつては「あさま」として上野駅にも顔を出していた車両。おそらく上野口の「ホームライナー」にも使用されていたことがあると思われる。久々の里帰りと言ったところだ。

さて、この代走だが、来週になると23日から「ムーンライトながら91・92号」の運転があるため、どのような車両運用になるのか、気になるところである。また時間が取れれば、来週も観察したいと思っている。

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伊豆急行 8000系(旧東急車)長津田を出発!

12月14日(火)の出来事。

本日14日と明日15日にかけて、東急を廃車になって子会社の伊豆急行へ譲渡された8000系電車の輸送が行われた。八王子までは2回に分けて輸送されるため、14日に長津田を出発する車両については、八王子で1泊することになっていた。そこで、この伊豆急向け8000系がどんな姿なのか、この目で確かめようと、中央線をそのまま乗り続け、八王子へと向かった。

跨線橋の上から見渡すと、暗闇の中にステンレスの輝きが見えた。この車両だ。改札を出て近くまで行ってみると、ステンレスの車体に、淡いブルーと濃いブルーの2色の帯が入った8000系車両が停まっていた。なんとかデジカメで撮影してみた。

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鉄道ダイヤ情報の甲種輸送計画表では、2連×3本と書いてあったのだが、実際には、4連1本と2連1本の6両であった。2連は、片側の先頭車が中間車からの改造車だろう。4連の車番は、先頭から8001-8101-8201-8011と言う組み合わせになっていた。中間車は2両ともパンタ装備車である。車内は、片側のみクロスシートになっているが、このシート、西武鉄道の10000系特急車で使用されていたもののようだ。伊豆急の電車は、JR伊東線へ乗り入れているが、この車両に関しては、JRの無線アンテナは付いていないので、伊東までの運転らしい。

8000系車両が伊豆急で運用を開始すると、現在運用中の200系電車(元JR113・115系)が置き換えられる可能性が高い。113系・115系ファンの私としては複雑な心境である。200系の撮影もしておかなくては・・・


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JR貨物 EF65P形特急色、風前の灯

12月11日(土)の出来事。

この日、上信電鉄500系甲種輸送の撮影の合間に、JR貨物高崎機関区で開催されているイベントを見に行った。今回のイベントでは、JR貨物所有のEF65P形2両の引退が決定したことに伴い、P形最後の4台並びが目玉であった。

EF65P形と言えば、かつての「ブルトレブーム」の火付け役ともなった車両。今現在30代後半から40代前半ぐらいの方達は、少年の頃、カメラ片手に東京駅で熱心に撮影された方も多いかと思う。これらのP形車は、ブルートレインから撤退後、地味な貨物運用に転用され、そのまま国鉄からJRへ。JR東日本へ引き継がれた501号機以外は、全てJR貨物高崎機関区所有となり、首都圏の貨物輸送に使用されてきたが、老朽化には勝てず、EF210などの新型電気機関車投入や、旅客会社で余剰となったEF65の編入により廃車が進行。特急色のP形は、ついに535・539・541の3両を残すのみとなった。このうち、535号機については、今年4月に全検出場を果たし、まだまだ暫くは活躍することになったが、残りの539・541号機については、この11日のイベント展示を最後に引退となった。

会場では、JR貨物が所有する3台の特急色P形に加え、JR東日本高崎車両センター所属の501号機も加わり、最後の4台並びにファンが殺到していた。かつてのブルトレ牽引機たちには、それぞれブルートレインのヘッドマークが付けられ、P形車が華やかだった頃を彷彿させた。私もP形車の美しい姿にしばし見とれながら撮影。この日を持って引退する539・541号機を惜しんだ。

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なお、この撮影会の模様は、このココログのマイフォトで公開中です。現在、少しずつ画像をアップしていますので、どうぞ御覧ください。

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上信電鉄 500系(旧西武101系)高崎へ

12月11日(土)の出来事。

9日に小手指車両基地で撮影した、上信電鉄500系(旧西武289F)の甲種輸送が実施された。ちょうどJR貨物高崎機関区の撮影会もあることから、この甲種輸送列車を所沢周辺と高崎周辺で撮影することにした。

前夜、職場の忘年会があり、帰宅が深夜となってしまった。翌朝は小手指9時35分出発と言うことだったので、油断していたら、すっかり出遅れてしまった。西所沢1号踏切で撮影予定だったのだが、間に合わなくなってしまった。結局、所沢駅6番線入線を撮るのがやっとだった。

所沢駅6番線入線。ギリギリに到着したため、ぶれてしまった。↓
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所沢の本社ビルに別れを告げるように、1分ほど停車して出発していった。↓
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所沢での撮影を終えた私は、すぐに3番ホームから急行池袋行に乗車し、池袋へと向かった。途中、秋津までの間に、甲種輸送列車と併走。西武線での最後の走りを見届けた。池袋からは、高崎行特別快速(湘南新宿ライン)に乗車。高崎まで乗車するので、グリーン車に乗ってみた。(この件は別の機会に)高崎まで約1時間30分。甲種輸送列車に十分先行できたので、高崎到着までの合間に、JR貨物高崎機関区で開催されていた撮影会に行ってきた。

撮影会場を抜けて、再び甲種輸送列車撮影に戻る。上信電鉄構内に押し込む関係で、高崎を目前にした高崎操車場で、機関車をDD51に交換したと言う。近くの陸橋の下から望遠レンズでDD51+上信500系を撮影。その後、高崎駅方面へ歩いていると、大勢のファンが集まっているのを見つけて近付いてみた。そこは、上信の車庫が見える場所で、既に上信への押し込み作業は終了していた。しかし、倉庫として残っていた旧西武451系車両と並ぶような場所に停められていたので、そこからも並びを撮影することにした。

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再び、高崎駅へ向けて歩き出すと、今度は上信電鉄の本社ビルを見つけた。ここの駐車場からは、車庫が一望できるのだが、ここにもファンが駆けつけていた。これから500系電車の入替をやるみたいだ。車庫の端には、パンタを上げた凸型電機デキ1が待機している。やがて、デキ1が動き出し、500系のところへ向かう。連結作業後、下り定期列車を交わして、何度か入替を繰り返し、最後は検修庫内に押し込んだ。古典電機デキ1の動く姿も撮影できて、良い1日となった。

凸形電気デキ1がパンタを上げて待機中↓
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入替の途中、我々の目の前までデキ1が500系を引っ張ってきた。↓
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西武 101系上信電鉄向け譲渡車が出場

12月9日(木)の出来事。

この日、西武鉄道武蔵丘検修場から、見慣れない車両が出場した。西武鉄道では、今年度20000系を18両投入し、101系低運車4連4本、新101系2連1本が代替廃車となった。このうち、新101系の2連1本が、縁あって群馬県の上信電鉄へ譲渡されることになり、その譲渡車の改造が武蔵丘検修場で行われていたが、この度、完成し、11日の現地入りを控えて、小手指車両基地へ回送された。

私は、9日に出場と言う噂を聞き、新101系初の譲渡車を一目見ようと、9日の午前中は、小手指に近い狭山ヶ丘の取引先での仕事を選んだ。取引先での仕事を終えて、電車で小手指へ向かうと、車両基地の駅に近い場所に見慣れない電車が停まっているのを確認。電車を降りて、線路沿いの側道から持参したデジカメで撮影することにした。

2000系と並ぶ旧289F↓

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車両だけをアップで見る。側面にLED式行先表示機らしき物が設置されている。↓

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真横から見る。↓

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東京メトロ アルミ車体は資源?

12月6日(月)の出来事。

昨日、デジカメを買った。携帯電話並みの大きさだけど、500万画素のカメラだ。とてもコンパクトなので、これなら仕事へ行く時にも持っていける。仕事でも使えそうだ。

そんな訳で、早速、今日の出勤時に持って行ってみた。昼休み、食事をしてから西荻窪駅へ練習に行く。ちょうど荻窪へ行く用もあったので、好都合だ。しばらくすると、東西線直通西船橋行がやってきた。来た電車は、東京メトロの05系第24編成。この編成は、ちょっと他の編成と違った特徴がある。↓

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この電車は、アルミリサイクル車となっている。車体にも「AL」のマークが付いている。↓

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東京メトロが、帝都高速度交通営団だった頃、同じく東西線を走っていた5000系のアルミ車7連3本を、10連2本へ切り替える際、余剰となった1両が廃車になった。その廃車体1両の車体に使われているアルミをリサイクルして、車内の手すり等の部品に再生し、新製した05系の車内に取り付けたのである。

5000系アルミ車↓

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5000系アルミ車は、現在でも東西線に10連1本が残っている。しかし、この車両も、来年度までには廃車になるであろう。その時、再びアルミ車体を資源として再利用するだろうか。東京メトロの今後に注目したい。

PS 今回の記事で使っている写真は、5000系アルミ車を除き、購入したばかりのデジカメで撮影しています。

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JR東日本 ふれあい鉄道フェスティバルを見に行く

12月4日(土)の出来事。

前夜の秩父夜祭ダイヤ観察で朝寝坊してしまった。今日は、JR東日本尾久車両センターで「第4回ふれあい鉄道フェスティバル」が開催されている。職場近くの西荻窪駅にもポスターが貼ってあり、行ってみようと思っていたので、慌てて支度をする。

なぜか知人と所沢駅で待ち合わせした関係から、西武池袋線で都心へ向かい、池袋から尾久へ行こうとするが、どのルートで行くか悩んでしまった。最寄である尾久駅へは、山手線で上野へ出るか、埼京線で赤羽へ出て、宇都宮線・高崎線の普通列車に乗ることになる。そこで、以前、尾久界隈を歩いた時に利用した京浜東北線の上中里駅の存在を思い出し、田端周りで上中里へ出た。すると、意外にもここは尾久車両センターの入口まで近く、この選択は正解だった。

会場に入ったのは13時30分ごろ。広い構内は、家族連れ・マニアで賑わっていた。私達も構内を歩き回ることにする。まず目に入ったのは、この渋い茶色の機関車。EF64の1001号機だ。高崎車両センター所属の機関車で、国鉄型の機関車では最新鋭になるのだが、イベント運転用に旧型電気機関車並みの茶色の塗装に変更された。↓

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続いて、派手な赤い機関車は、EF65の1118号機。既に廃車になってしまったが、「スーパーエクスプレスレインボー」と言う客車ジョイフルトレインの専用機関車として特別塗装になった車両。同じ塗装でEF81の95号機もある。↓

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こちらは、常磐線特急「フレッシュひたち」用のE653系。7両の基本編成には、青・赤・黄色・緑の4色があり、付属の4両編成はオレンジと色分けしてあるのが特徴。今日は青編成を展示していた。↓

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昔ながらの旧型客車も展示されていた。↓

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次世代通勤型電車試作車のACトレイン↓

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連接台車が特徴↓

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これは、「宴」と言う電車。485系電車の機能を流用して作られたお座敷電車。JR東日本の電化区間の殆どを走行可能。↓

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お座敷客車の「ゆとり」。もともとは欧風客車「サロンエクスプレス東京」としてデビューしたが、後にお座敷客車に改造された。JR東日本に残る数少ない客車お座敷車である。↓

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「ゆとり」の前に連結していたのは、EF81の133号機。この機関車は、前面の窓の上に「ひさし」が付く唯一の北斗星専用機。↓

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「北斗星」用客車も一部展示されていた。↓

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その形から「ムーミン」と言うニックネームが付いているEF55。JR東日本に1両残されている。折り返しの時は、このように転車台に乗る必要がある。↓

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このEF81カシオペア専用機は、運転台見学ができると言うことで子供達には大人気。隣のDE10は、通常、尾久車両センター内で入替業務をしている。↓

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終了が15時だった事もあり、駆け足気味で会場を回ってきた。尾久車両センターのイベントは、ここ最近だと毎年秋から冬にかけて行われている。また来年も開催していただきたいものである。


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秩父鉄道 夜祭の日は電車が停まる

12月3日(金) 夜祭の日の出来事。

今回、西武鉄道のダイヤ観察の合間に、秩父鉄道の観察もやってきた。秩父鉄道では、今年、運転開始が遅れたSL「パレオエクスプレス」を、秩父夜祭の日に特別運行していた。何か装飾があるかなと思ったのである。

西武秩父駅に近い御花畑駅へ向かうと、駅前は既に夜祭ムード。この駅に隣接してある御花畑No1踏切は、夜祭の山車が通過するため、通過時間に合わせて架線を切断し、電車の運行を中止することは有名な話。私が通りかかったのは午前中だが、既に作業員が準備のため待機していた。この時点で、架線は既に電車のパンタグラフに触れる部分以外は撤去されていた。

架線の撤去準備が進む御花畑No1踏切をNo2踏切から見る。↓

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御花畑No1踏切を通過する秩父鉄道1000系。架線は既にパンタグラフに触れる部分のみの状態である。↓

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御花畑駅から、秩父鉄道5000系に乗車。この車両は、元都営地下鉄三田線の車両だ。時間の都合もあり、初乗り運賃で乗車できる区間までと言うことにして、大野原駅まで乗ることにした。この駅の周辺で、急行「秩父路」とSL「パレオエクスプレス」を撮る事にした。まず、先にやってくる「秩父路」は、大野原駅黒谷方の踏切から撮る事にした。望遠レンズを使用したが、やってきた列車を見てびっくり。ヘッドマークには「秩父夜祭」と入っているではないか。これは全くノーマークだった。続けて、SL「パレオエクスプレス」は、この場所とは反対側、秩父側にある本線との合流ポイントを通過するところで待っていた。やがて汽笛の音が聞こえてきた。目の前に現れたC58も「秩父夜祭」のヘッドマークが付けられていた。「秩父路」と「パレオエクスプレス」2つの急行列車に夜祭のヘッドマークを取り付けて、祭りを盛り上げていた。

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SL列車を撮影した後は、再び大野原駅から御花畑駅へと戻った。時刻は12時過ぎ。大野原駅近くの高校は、夜祭のためか、授業は午前中までのようで、車内は高校生たちで満員だった。急行「秩父路」の夜祭マークをもう一度撮りたくなり、昼食後、再び御花畑No1踏切へ戻り、上りの急行を待って撮影した。

夜祭のヘッドマークを付けた急行「秩父路」↓

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西武 秩父夜祭ダイヤを観察する

12月3日(金)の出来事。

毎年恒例の秩父夜祭の日。この日は毎年恒例、私も年内最後の有給を取る日である。目的は、夜祭ダイヤの観察である。今年も朝からスタートした。

まず、最初は5091列車(飯能9時10分発)に入ると聞いていた101系ツートンカラー車からである。予定より早い電車で所沢へ到着できたこともあり、この前運用に当たる4207列車に乗ることができた。ツートンカラーに復元してから初の乗車である。車内には、昔懐かしい秩父線の写真が貼ってあった。小手指に着くと、知人が一人、車両運用の観察をしており、その方と、今日は途中で合流離脱を繰り返す行程となった。

小手指から飯能行に乗り換え、終点飯能で下車。通称逆1号踏切と言われる踏切にて5091列車の出発を撮る事にした。この踏切は午前中は順光で撮ることが出来るが、駅から出て最初の踏切なので、6両以上になると、後ろの車両はホームの位置になってしまうが、それは仕方ないことである。

逆1踏切で撮影した後は、後続の5019列車で西武秩父へ向かう。この列車は4000系のワンマン運転だった。まだ空いている時間なので、ボックス席に座る事ができた。ここに座れれば快適である。朝が早かったため、車内でうとうとと眠ってしまった。西武秩父へ着くと、隣のホームにはツートンカラーの101系が停車していた。急いで改札を出て、線路に沿った通路のところへ行き、出発シーンを撮影した。

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このあと、暫くは秩父鉄道の撮影に行き、再び西武秩父駅へ戻ってきたのは13時頃。一旦、入場券で駅へ入場し、13時25分着の各駅停車を撮影する。この列車は3000系3009Fが充当されていた。3000系も秩父線への入線は少ない。

西武秩父駅にて撮影。停車位置の関係でこんな画像なのはお許しを↓

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続いて、西武秩父発飯能行臨時「ちちぶ」を撮影するため、西武秩父14時30分発の飯能行で吾野へ向かう。この臨時特急、西武秩父駅の特急発車案内機は飯能行と表示されるが、飯能行「ちちぶ」は通常ではあり得ない組み合わせのため、車両側は「臨時」と表示されてしまう。

西武秩父駅特急発車案内機↓

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吾野駅に進入する飯能行臨時「ちちぶ」↓

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ちなみに吾野まで乗車したのはツートン編成だった。↓

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吾野駅での撮影を終えた私は、続いて東吾野駅へ向かった。ここで3000系と2000系の交換シーンを撮影する。その前に、10000系と101系ツートンのすれ違いを見ることが出来た。そして、再び西武秩父へと戻り、2000系を撮影する。

西武秩父へやってきた2000系。↓

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駅の表示も4ドア。ホームにも4ドア乗車位置目標が。↓

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この後、今日3回目となるツートン車で横瀬へ向かい、夜祭の花火と電車の組み合わせを撮影してから帰宅した。長い1日だった。救われたのは、ぽかぽか陽気で動きやすかったと言うことか・・・

来年の秩父夜祭は土曜日になる。今年以上に人出があると思われる。西武鉄道もおそらく朝から直通電車を大増発させて対応することだろう。それはそれで楽しみなのだが、長年親しんできた101系低運車は、来年の夜祭の時には走っていないのかと思うと、何となく寂しい。そう思うのは私だけだろうか・・・


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西武 101系低運車、新宿線での営業を終える!

12月1日(水)の出来事。

ついにこの日がやってきた。西武鉄道の公式サイトによると、最後まで残っていた本線系低運101系4本のうち、新宿線に残っていた2編成(175F・191F)が、この日を以て、新宿線での営業運転を終了することになった。今後の動きは、2日付で池袋線へ転属し、3日に秩父夜祭の輸送に使用した後、5日に廃車と言う段取りだそうだ。

今日が最終日と聞くと、これまで何度も写真を撮ってきたにも拘らず、最後の姿を撮りたいと言う気持ちになる。私は仕事を終えてから、今日の運用を追っていき、拝島線小川駅にて、急行西武新宿行に充当中の低運車を携帯カメラで撮影した。同じ気持ちなのか、私と同じように撮影していた人が、小川駅では他に2名いた。昼間は平日だと言うのに、かなりの人が撮影していたらしい。

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さらに、追い討ちをかけるように、各駅には、12月19日に行われる、101系お別れイベントの案内ポスターが貼り出されている。↓

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新宿線の低運車、あと1週間ぐらいは走るかなと思っていたが、12月に入ってあっという間に終了してしまった感じだ。最後に、運用終了を記念して、少しだけ前に遡って、新宿線系統での活躍シーンを取り上げておこうと思う。

今から1年ちょっと前のこと。新宿線には6連の101系が2本在籍していた。彼等は6連と言う事で、平日は主に国分寺線で運用されていた。小川や恋ヶ窪駅では、低運車同士の列車交換が頻繁に見られた。↓

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6連が完全に引退した後、新宿線からは低運車が多摩湖線のワンマン車を除き、消えてしまった。あとはこのまま池袋線のみかと思った矢先のこと。列車情報装置取り付けに伴う予備車確保のために、再び池袋線から低運車2本がやってきたのは、8月に入ってからのことだった。ここから低運を追いかける暑い夏が始まったのだった。

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当初は、4両ずつ別々の運用に入っていた175Fと191Fだが、季節が秋に突入すると、両車が一緒に連結され8両以上で走行する機会が増えてきた。この光景を見ると、いよいよ引退が近付いたかなと言う気がした。11月27日、夕方都心へ出かけた時、次に到着する急行は3ドアと言う表示があり、ホームで待ってみると、急行札を下げた191Fが誇らしげに入線してきた。↓

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JR東日本 E231系配給列車に遭遇

11月30日(火)の出来事。

仕事で外出した帰りのこと。吉祥寺駅2番線で電車を待っていると、いつもの電車の音とは違う「ゴー」と言う重たそうな音が聞こえてきた。向かい側の快速ホームを見ると、青いEF64 1000番台車がゆっくりとやってきた。さらに、その後ろを見ると、山手線でおなじみのE231系500番台車が連結されていた。これは、新製されたばかりのE231系を首都圏へ送り出す配給列車である。

そもそも、山手線のE231系電車は、新潟県のJR東日本新津車両製作所で製造されている。この工場は、E231系など、首都圏の通勤電車を製造するために整備された工場で、ここでは1日1両のペースで作ってしまうそうだ。従って、2週間もあれば、山手線の11両編成を作ることが出来る。ここで製造されたE231系を、信越本線・上越線を経由して、東京へ回送する。この列車を配給列車と言うのだ。通常、新型車両が陸送される場合は、全て自社線内を走ることは少なく、JR貨物に依頼して輸送される場合が多い。この場合、甲種列車と言う名称になるが、新津で作られた車両を、JR東日本の自社線内を回送すると言う事で、配給列車と言う扱いになる。

この配給列車、通常では、吉祥寺駅を経由することは無い。しかし、新潟県中越地震の影響により、配給列車のルートである上越線が不通となっているため、長野・松本経由で回送されているのだ。ただでさえ、この列車に当たることが少ないのに、迂回ルートで来た列車を偶然にも見てしまうとは・・・

昨年秋、新津車両製作所一般公開時にキハ58と並んだE231系。↓

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おまけ

JR東日本には、配給電車と呼ばれる電車がある。クモル145形と言う車両だ。これは工場から修理用部品を車両基地へ運送するための電車だ。見た目はトラックの電車版である。かつては何本も存在したが、JR東日本では、このような輸送をトラックへ切り替えたため、現在では1本のみが東京総合車両センター(旧大井工場)に残っている。JR西日本にも3編成存在しているが、こちらも出番は少ないみたいだ。

東京総合車両センターの公開時に撮影。向かって左側が配給電車である。↓

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