さらば八高・川越線の103系
今年、JR川越線は電化開業20周年を迎える。
国鉄時代末期に電化された川越線には、新車を投入する予算が無い。そこで抜擢されたのが、東北地区の仙石線で活躍し、運用を離脱していた72系アコモ改良車だった。この車両は、旧性能の72系の足回りを生かし、車体を103系と同等の車体に載せ変えた車両だった。車体はまだまだ使えるが、足回りは老朽化が激しいと言うことで廃車になったが、その車体を生かそうということで、103系に再改造。103系3000番台車となり、この車両が川越線の電化開業用に投入された。
あれから20年。途中から八高線も電化され活躍の場を広げたが、あの時再利用できた車体も老朽化が目立つようになり、ついに置き換えが始まった。山手線やりんかい線からの転用車の投入により、徐々に廃車が進み、最後まで残った編成も、この20周年記念行事を最後に現役を引退することになった。
運用最終日となった10月2日(日)は、川越線電化20周年記念号として73運行に入った。この日は西武鉄道の横瀬車両基地でのイベントと重なっていたので、横瀬への往復の道中に、この103系の撮影をすることにした。まず、時刻表を追うと、拝島駅に朝7時30分ごろに八王子行きとして来る事が判明。西武線で拝島へ向かい、同駅の跨線橋から入線シーンを撮影した。
早朝にも関わらず、拝島駅の八高線ホームには多くのファンが駆けつけており、ホーム八王子方はカメラを持ったファンが大勢いた。私もその中に入って撮影する。幸いなことに8分間停車していたので、何とか撮影する事が出来た。
この後、同列車を発車まで見送り、横瀬へと向かうために八高線に乗車。今度はりんかい線から転用されてきた209系3100番台車だった。東飯能まで乗車し、横瀬へと向かった。
13時過ぎに横瀬車両基地を出て、再び103系の撮影に向かう。たまたま現地で出くわした人から情報を聞き、今度は高麗川駅へ向かった。東飯能から八高線に乗り換え高麗川に到着すると、狭いホーム上には朝の拝島駅の倍以上のファンが待機していた。みんなお目当ては103系である。私が高麗川に着くと、それと同時に川越から103系が到着。ホーム上はまさにパニック状態だった。少し様子を見て、人込みが落ち着いた所でようやく撮影。川越方先頭車には、懐かしい電化開業時のヘッドマークが付けられていた。
この後、同列車の発車を見送り、今度は西武の20000系快急を撮影するために、再び東飯能へ移動。西武の撮影を終えて、最後に八王子へ向かう103系の後姿を、東飯能駅の自由通路から撮影する事にした。ここはホーム上と違い、ファンの数は少なめだったが、通過直前にここの存在に気付いたファンが数名やってきたが、それでも余裕を持って撮影する事が出来た。
こうして、大勢のファンに囲まれて惜しまれながら引退していった103系。私は、彼等の複雑な生い立ちも含め、この功績は生涯忘れないだろう。103系3000番台車よ、長い間お疲れ様。
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