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富山から帰宅

先程、富山より帰ってきました。

お天気が心配されていましたが、撮影中は、晴れ間が出たりすることも多く助かりました。ただ、列車の遅れは影響受けましたね。帰ってくるときも、乗車していた「はくたか19号」が所定の上越新幹線に接続できませんでした。

富山のレポートは、元日以降、順を追ってお送りします。ご期待ください。

今年1年間、TOMOの鉄日誌を御覧いただきまして有難うございました。本当に沢山の方からメッセージも頂き感謝しております。来年も頑張ります!

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本日より富山へ

突然ですが、本日29日より2泊3日で、富山・金沢方面へ向かいます。

現地では、痛勤形酷電氏と合流。共同企画?で富山港線などをレポートします。お天気が心配ですが、最低限、富山港線の475系国鉄急行色車と富山地鉄に嫁入りした旧レッドアローは見てきたいですね。

ところで、富山と言えば、今月初めに古い友人である入間住民氏より、出張に行ったからと現地の写真を送ってくれました。このブログにも転載許可を頂きましたので、一部掲載したいと思います。

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城川原駅付近を走る国鉄急行色編成。(入間住民氏撮影)

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城川原駅での交換風景。(入間住民氏撮影)

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岩瀬浜駅を出発する475系国鉄急行色編成。(入間住民氏撮影)

今回は秘密兵器も持ち込む予定です。現地でのレポートは、年明け早々にお伝えできるかと思います。

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万博終了後の愛知環状鉄道

リニモの次は愛環です。

リニモは「万博八草」と言う駅名のままであるが、愛環は、万博終了後に「八草」と言う駅名に戻っている。これは万博期間中のみ駅名を変更すると予告されていたので、そう驚く事ではない。それより驚いたのは、愛環の駅の工事の進行状況だった。

万博期間中は名古屋方面行き列車の発車ホームとして使用されていた2番線は、工事のため閉鎖中。既にホームの屋根も所定の4両分に対応した物へと変わっていた。そして2番線ホームの裏側では工事の真っ最中であった。

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その後、ぐるっと回って1番線側へ。万博期間中は、広々とした改札口を出て、リニモへと向かう通路があったのだが、それもすっかり撤去されている。

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では、この八草駅より電車に乗ってみることにしよう。今の八草駅の改札は、万博期間中、入口専用として使用されていたリニモとの連絡橋上にあった改札口が、メインの改札口となっているのだが・・・

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なんと係員が不在時間帯だったので、乗車駅証明書発行機を使用することに。自動改札機も何処かへ行ってしまっていた。この状態も仮設のようだが、何も無ければ、この八草駅は無人駅でも充分なようだ。ホームへ入ると、JRからの岡崎行き直通電車がやって来た。

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名古屋からの岡崎行きの前面表示は「普通」となっている。

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こちらは側面の表示。これも解りにくい。

211系を見送った後、愛環2000系で高蔵寺へと移動した。

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万博期間中と違い、列車は2両編成。車内は適度に座席も埋まっており、やはり何も無ければ2両で充分なのだろう。JRの313系のコピーともいえる車両だけに乗り心地も座席の座り心地も快適。ボックスシートに座れたのだが、クッションが良くついつい眠ってしまった。

高蔵寺ではいったん出場し、今度は岡崎へと向かう。列車は名古屋からの直通。もちろん211系だ。JRのホームである6番線から乗車する。

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JRから愛環の乗務員へと交代して出発。この直通運転開始に備えて整備された連絡線上を直通列車は走っていく。4両編成の車内はガラガラで、やはり愛環の線内では2両でも充分。4両では過剰気味である。まあ、中央線に入ると、今度は2両では足りないから仕方ないのかもしれない。

それにしても、この日はとても寒い。単線区間の多い愛環では、列車行き違いで暫く止められる事があるが、その都度、全てのドアが開くので、風が強いと車内にいても辛い。JR東海の211系は中ドアのみを開けることも可能なのだが、愛環は無人駅が多いことから、ドア操作は運転士がやるため、いちいちそこまで操作するのは大変みたいだ。せめて押しボタン式の半自動ドア対応車が入ってくれると有り難いのだが・・・ そして全区間乗りとおすのなら、やはりロングシートよりもクロスシート車のほうが良いなと思ってしまった。

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岡崎駅0番線に停車中の愛環経由名古屋行き。

岡崎駅では、JR車同士の並びがあるかなと、ちょっとだけ期待したのだが、この列車に関しては、すぐに折り返してしまったため、1番線に入ってくるJR車との競演は見られなかった。それにしても、岡崎駅0番線に停まっているJR車を見るのは何となく違和感があるなあ。


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万博終了後のリニモ

だいぶ日にちが空いてしまいましたが、再び名古屋ネタです。

12月17日のお昼頃、私はリニモの藤が丘駅へ向かった。この日は、今年の名古屋を象徴するリニモ・愛環の今を見ようと言うオフ会を私が企画していた。藤が丘駅に集まったメンバーは約10名。万博期間中だったら、それこそ乗るのも大変だったリニモ。果たして10名で押しかけても大丈夫なのだろうか?

藤が丘駅のリニモの改札口は、我々オフ会参加者以外、殆ど乗客の姿はなく、駅構内はとても静かだった。

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リニモの藤が丘駅改札口。電車の行先は今でも「万博八草」である。

予定では、12時10分発の列車に乗る予定だったが、参加者もすぐに集まってしまったので、予定より1本早い12時ちょうどの列車で出発。ホームに向かうと、3両編成のリニモはガラガラ。先頭車両に乗り込む。藤が丘駅は地下駅なのだが、次の駅までの地下区間だけは、無人運転が認められていないらしく、運転席に職員が座っていた。こんな光景も万博期間中では気がつかなかった。車内ではメンバーと色々と話しているうちに万博会場駅に到着。ここで降りてみる。

万博会場駅は、更に静かだった。あの3ヶ月前の賑わいは何処へ行ってしまったのだろうと思いたくなる。

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自動改札機は一部が撤去されていた。撤去された改札機は何処へ?

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万博八草方面行乗車専用ホームへ向かう通路も撤去済み

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万博会場の取り壊しも順調に進んでいた

この万博会場駅には20分程いたのだが、その間に駅を利用した一般客は殆ど無く、駅構内はひっそりと静まりかえっていた。そんな中、駅売店はしっかりと営業していたのだが、とにかく乗客がいないので店員も暇そうにしている。可愛そうなので暖かいお茶を購入した。

お茶を買った後は、再びリニモに乗車。今度は万博八草駅へ向かう。来た車両は、万博記念塗装編成だった。

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この列車もガラガラ。やはり万博が終わってしまったら、こんな物なのだろうか。そのまま終点まで乗りとおす。

終点の万博八草駅も工事の真っ最中であった。ここでも万博開催中に使用されていた藤が丘行き乗車専用ホームの撤去工事が進んでいた。

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エレベーターだけが残る乗車専用ホーム

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エスカレーターも撤去中

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駅前からリニモの万博八草駅を見る。乗車ホームの撤去作業が進んでいるのが解る。

万博終了から3ヶ月。開幕直前の開業だっただけに、リニモは、開業から今が一番静かな時を迎えているのだろう。リニモ沿線は、まだまだ畑が目立っており、このまま沿線の開発が進まなければ、リニモの運営も厳しいものになるかもしれない。リニモ沿線が今後どのように変化していくか。温かく見守っていきたいと思っている。


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二度目の正直? 上信電鉄500系(旧西武101系)が高崎へ

12月25日、西武鉄道の101系を改造した上信電鉄500系の第2弾が、高崎へ向けて旅立った。昨年に引き続いて今年も1編成が上信電鉄へ譲渡されたのである。

さて、この譲渡車の輸送だが、実は17日に実施される予定だった。私はちょうど前日の16日夜より名古屋へ行っていたため、本来ならばこの輸送には立ち会えない筈だった。10日に知人と会った際に「来週は甲種があるけど行くの?」と聞かれたが、今回は予定があって立ち会えないと、その人にもお話したのだった。

ところが、17日に信じられない出来事が起きたのだ。高崎へ向けて出発した筈の上信500系(旧西武293F)がブレーキ故障で輸送が取り止めになり、新秋津から小手指へ引き返したと言うのだ。この話を名古屋で聞いたときには全く信じられなかった。

そして1週間後のこと。2ちゃんねるの西武関連スレッドで25日に高崎へ向かうらしいとの書き込みを見つけた。最初は信じられなかったのだが、一度は撮れないと諦めていた車両だったので、駄目元で行ってみようと思い新秋津へ向かった。新秋津の連絡線上には、JR貨物の機関車が停まっているのを確認。この時点で甲種が実施される事を確信した。この後の予定(10時30分からの歯医者)も考慮し、移動がしやすい所沢駅へ向かった。

所沢駅5番ホームには、既に同業者を数名確認。みんな甲種狙いである。9時30分を過ぎると、6番線の線路横に作業員が現れた。甲種の到着が近いことを感じさせる。そして、9時46分ごろ、小手指方向からゆっくりと甲種が入線してきた。

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E33+E34に引かれて所沢駅6番線に入線した上信電鉄500系

同車は、所沢で1分ほど停車した後に発車。所沢の西武本社ビルに別れを告げているかのようであった。

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後輩の6000系に見送られ高崎へと旅立つ上信電鉄500系(旧西武293F)

ここまで撮影した後、私は歯医者へ向かうために、一旦帰宅した。

それにしても、この500系の甲種輸送を所沢で撮影できるとは、世の中、何が起こるか解らないものだ。

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7回目の通院

クリスマスの今日は、7回目の歯医者さんの通院だった。今回は2回目の歯石取りが予定されていた。今日は空いていたので、自分の番が来るのが早かった。

早速、歯石取りを開始。もう2回目と言う事もあり、やられる方も慣れてきた。順調に作業終了。その時、先生より歯茎が腫れていると言われた。確かにここ数日、歯を磨いていても腫れぼったい感じはしていた。その為、今日は歯石取りだけで終了。あとは歯茎の腫れを直すために薬を塗ってもらった。薬のせいか、今は腫れぼったい感じは無い。

次回は年明けの1月15日。これで歯茎に異常が無ければ、いよいよ義歯を入れるための準備が始まるそうだ。たぶん大丈夫だろう。

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EF65 535に出会う

今、関東の貨物ファンの間で注目されている列車がある。武蔵野線の8780レだ。

この列車、ここ最近、高崎機関区の注目ガマが連続登板する事が多く、つい先日までは茶色の57号機が連日登板していた。そしてこの3連休の初日である23日には、あの535号機が登板した。57号機の時のように、一度入ると3日間ほど同じカマが入る事があるので、24日の昼間、駄目元で西国分寺駅へ行ってみた。武蔵野線ホームへ向かうと、ホーム先端には既に同業者の姿がチラホラ。みんな同じ事を考えているのだろう。

そして、13時過ぎ、我々の前に現れたのは、国鉄特急色がとても美しい535号機であった。

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昨年の入場時に国鉄時代の姿に近い状態に再現されていたので、御覧のように側面のJRマークも無く、今でも美しい姿だ。JR貨物所有の最後の原色P形カマとして今後も末永く活躍して欲しいものである。


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近鉄名古屋線のローカル列車

では、再び名古屋ネタ。

名古屋車両区を見に行った後は、近鉄名古屋線の米野駅へ向かい、名古屋駅へと戻った。乗車券を買って入場すると、いきなり構内踏切。ここが本当に名古屋駅から一駅目なのかと疑いたくなる。

この米野駅周辺には近鉄も車両基地があり、そのために米野駅の線路配置はなかなか複雑だ。誰もいない上りホームのベンチに座りながら構内を観察。暫くして通過電車接近のアナウンスが入った。やってきたのは名古屋行きの準急だったが、なんと2両!近鉄名古屋線って急行は長い編成だと言うイメージがあるのだが、準急は2~3両が主流のようだ。

準急の通過後、各駅停車がやって来た。2800系と言う名古屋線では古めの車両である。あっと言う間に名古屋駅に到着した。せっかくなのでホームで撮影する事にした。折り返しは準急になるらしい。

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米野駅から乗車してきた2800系。

菱形パンタグラフが前に付いていて、なかなかいい感じである。よく見ると前面には昔使っていたと思われるサボ差しも残っている。

さて、隣のホームには、2両編成の各駅停車が停まっていた。どうやら、先程通過して行った2両編成の準急の折り返しらしい。

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よく見ると、この車両は9000系である。9000系と言えば、元々、京都・奈良線用の通勤車8000系の後継車種として登場した車両だと私は記憶しているのだが、いつの間にか名古屋線に移ってきたようだ。

近鉄の通勤車は、どうもデザインが殆ど同じわりに形式が数多くあるので、どうも関東在住のファンには解り辛い。それだけに研究すると逆に面白いのかなと言う気もする。今度、時間があるときに、一度近鉄通勤車についてじっくり研究してみても良いかなと思ったりもする。何か踏み入れてはいけない、危険な地域に入ってしまったかな?

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最後のカナリア色201系! クハ201-3がついに廃車

名古屋ネタの最中ですが、ちょっと先にこの話題から。

12月20日の朝、私はいつものように中央線での出勤途中に三鷹電車区を見渡すと、色あせた201系のクハがクモヤ145に挟まれて停まっているのを見つけた。その車両は、クハ201-3。

今から17年前の1988年12月5日、中央線の東中野駅構内で列車衝突事故が発生した。緩行線の103系と201系が衝突したのだが、その際に201系は10両中9両が廃車となり、このクハ201-3だけが生き残った。以来17年間、同車は予備車として三鷹電車区の片隅で待機する形となり、本線には滅多に出ない車両となってしまった。総武・中央緩行線は、その後、209系とE231系に統一され、三鷹電車区にいた201系も青梅線・五日市線・京葉線などへと旅立っていったが、この車両だけは、その後も三鷹電車区に残った。まるで守り神のように。

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三鷹電車区の片隅に留置されていた頃のクハ201-3(携帯電話内臓カメラで撮影)

そして、ついに今回廃車になり、大宮へと旅立っていった。実際に本線で活躍している時の方が予備車としての存在より短かったことだろう。まさに不幸な車両だった。

あれから17年。今の若い鉄道ファンの中には、もう東中野の列車衝突事故を知らない世代もいる。そんな世代の方たちも、クハ201-3と言う不幸な車両がいた事を忘れないでいて欲しい。そう願うのは私だけだろうか・・・

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ドクター東海を探す!

お天気が心配されましたが、どうにか名古屋より戻ってまいりました。遅くなりましたが、これから少しずつ名古屋遠征ネタをやっていきます。まずはこの話題から。

ムーンライトながらを大垣まで乗りとおし、折り返し岐阜で下車して朝食。朝食後、名古屋に戻ってきて最初にやったのが、名古屋車両区の様子を見ること。ここではキヤ95系「ドクター東海」を探すのが目的だった。

名古屋駅からあおなみ線の電車で一駅。ささしまライブ駅で下車。まずはホーム上から下にある検修庫を覗く。この中にドクター東海の姿が見えたのだが、庫から顔を出しているわけでもないので、ここの撮影は諦めた。ドクター東海はもう1編成あるわけだし、出かけていなければ、この車両区内にいる筈である。そう判断したからだ。改札を出て、出来るだけ線路に沿って歩く。目指すは前方に見える車両区を横断する黄色い橋。ささしまライブ駅からは15分ほどで到達できた。

橋の上から名古屋車両区を望むと、いました。ドクター東海の姿を発見!

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今度はもう少し近付いてみる。と言ってもトリミング処理をしただけだが・・・

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とりあえず、3両見渡せる状態で撮った初めての「ドクター東海」である。本来なら走っている所を撮りたい所だが、いつ走るか解らない車両だし、そう贅沢も言えない。今回はこれで良しとしよう。

この撮影を終えて、再び名古屋駅へ。帰りは近鉄名古屋線の米野駅を利用した。橋からはこの駅の方が圧倒的に近いようだ。近鉄名古屋から一駅目となる米野駅は、構内踏切が残るのんびりとした駅だった。とても名古屋近郊とは思えないムードだった。

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今夜から名古屋へ

久々の更新がこんなネタで恐縮です。

今夜のムーンライトながらで名古屋へ向かいます。現地で鉄道系サイトのオフ会に出席してきます。18日の夜に帰京予定です。それまでの間、モブログでの投稿が無い限り更新はお休みとなります。ご了承ください。

この2日間の間に、JR東海では蒲郡駅が高架駅に生まれ変わるようです。たぶん現地の模様は取材するでしょう。

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頭上注意!

先週の金曜日、9日夜の事。西荻窪から乗車した中央線の東京行で、ちょっとした珍車に遭遇した。やって来た電車は豊田電車区のT16編成なのだが、8号車のモハ201-123だけがちょっと変わっているのだ。

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一見すると、ごく普通の車両に見えるのだが、このドア付近にある吊革に注目してもらいたい。通常の車両よりも吊革のベルトの部分が長い。つまり吊革が低くなっているのだ。ここはドア付近。従って、そんなに低くすると乗車する際に吊革がおでこにぶつかってしまうのだ。ドア付近に立っている男性と比較してもらっても、その低さは十分に把握できるだろう。私は身長が約173センチなのだが、この車両に乗車する時、一度はおでこに吊革が当たってしまった。この車両、少なくても1年ぐらい前からこの状態になっていると思う。試験的に低い物を付けているのか、間違って付けてしまったのかは不明。

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ちなみに、こちらは一般的なタイプ。この高さなら、私ぐらいの身長の方であれば、おでこに吊革をぶつけることは殆ど無いだろう。

皆さんもT16編成の8号車に乗るときは、頭上には十分注意してください。

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183系房総特急、最終日の様子を見に行く

ダイヤ改正前日となる9日夜は、うちの職場の忘年会。事務所の近くの居酒屋で一次会の後、駅前のカラオケボックスで二次会。183系の定期特急最終日と言うことで、狩人の「あずさ2号」を唄うことに。画面に流れてきた映像は平成3年ごろの新宿駅。201系もスカートが無く、新宿駅5番線から出発していく「あずさ」は、赤と緑の帯の入った初代グレードアップ車。これを見たら、唄ってる場合ではなくなってしまった。

二次会の後、駅ホームへ。時計を見るとまだ20時を少々過ぎたばかり。「最後の183系特急を見送らなければ」と思い、足は自然と東京行電車の車内へ。新宿に到着すると、駅のアナウンスで銚子からのしおさいが到着する事が解り、慌てて下車。まずは新宿駅から撮影を開始した。

銚子発の「しおさい16号」だが、車内から降りてきたお客さんは、普段どおりの様子。若干「お名残乗車」のような人も見受けられたが、それほど多くは無かった。ホームの先端では、カメラを持ったサラリーマンの姿が目立ち、こういった光景は最終日を思わせる。私もその中に混ざって撮影をする。車両のヘッドマークは、既に到着時点で「ホームライナー」になっており、残念ながら「しおさい」を撮ることは出来なかった。

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上り最終の「しおさい16号」は7番編成充当

撮影終了後、再び8番線から東京行に乗り込む。到着後、すぐに地下ホームへ。

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まだ最終の「しおさい」「あやめ」には間に合う時間だった。安心して地下2番線へと向かう。成東行の「しおさい15号」は既に入線していた。それぞれ1号車と8号車の付近はカメラを持ったファンで埋め尽くされていた。私もその中に混じり撮影する。

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下り最終「しおさい15号」は11番編成充当

撮影後、この「しおさい15号」を発車まで見送った。発車メロディが鳴り終わりドアが閉まるが、なぜか再びドアが開いてしまった。駅側のアナウンスによると、一番前で撮影していたファンの中に、発車直前にストロボを使って撮影した人がいるらしく、安全を考慮して発車を一度見合わせたとか。最近は、デジカメが主体となったこともあり、こう言う夜間撮影でもコンパクトなデジカメの活躍ぶりが目立つが、その一方で、ストロボを光らせないようにすると言うような配慮をしない人が増えているような気もする。

続いて同じホームには最終の「あやめ5号」がやって来た。

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最終「あやめ5号」は21番編成充当

この21番編成は、両端の先頭車が3番と4番で、現役最若番車両である。撮影後に、車体の隅々を見て回ったが、よくここまで頑張ってきたなと言ってやりたいほど、車体はボコボコ。中間車も塗装から錆が滲み出ているような部分もあった。

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最若番のクハ183-3

出発時刻となり、今度は先頭部分で見送ることにした。ドアが閉まり、出発前に警笛が長めに鳴った。もちろん、ホーム先端にいるファンへの注意が一番の目的なのだろうが、この警笛が妙に悲しく感じた。この時点で、183系定期特急の運転は終了。あとは津田沼・千葉方面へのホームライナーを残すのみとなった。次に出るホームライナーを撮影して帰宅する事にした。

ホームライナーは、先程とは違い地下3番線となった。そちらへ移動すると、先程までとは違い、今度は通勤客の行列が目立ち、ファンの姿は少なくなった。

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6番編成充当の「ホームライナー千葉5号」

最終日まで地味に走りぬいた183系。いくつかの掲示板を見ると、最終の特急には特製のサボが付いていたようだが、アルコールが入っていたせいか、肝心な所を撮影するのを忘れてしまった。お恥ずかしい。でも、183系定期特急の最終列車を見送れたのは、183系ファンとして良かったと思っている。これから先、幕張の183系にどのような動きが見られるか。静かに見守っていくことにしよう。

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いよいよ本日最終日!房総特急の183系を撮影する!

本日、12月9日は、JR東日本のダイヤ改正前日。この10日のダイヤ改正を以てひっそりと引退する車両がいくつか存在する。房総半島の特急列車として活躍を続けてきた幕張車両センターの183系も、このダイヤ改正で定期特急運用を終了する。この運用終了は、JR東日本の183系が定期特急列車から引退することも意味しており、183系史上、歴史に残る日とも言える。

この引退を前にした11月20日、私は総武本線の物井へと向かった。引退を目前に最後の活躍をする183系の特急列車の撮影をするためである。この物井付近は、総武本線の定番撮影ポイントとして有名な場所である。最終日目前だと相当な混雑が予想されていたので、少し早めに撮り収めをしようと言うのがこの日の趣旨である。ちょっと多忙気味だったことから紹介が遅れてしまったのだが、最終日前日の本日は、この時の様子を取り上げて、183系特急を見送ってやることにしよう。

なお、この記事は、当ブログの総合リンク先であるTHE diary from 5丁目のr104さんとの協同取材となっておりますので、本編に出てくる画像などは、双方で似たようなものが使われるかと思いますが、予めご了承ください。

11月20日早朝、我々は新宿駅からE257系による「新宿わかしお号」で千葉へと向かった。この車両も出てきた時は、何とすごい顔(前面のデザインのこと)をしているなと思ったのだが、最近は見慣れてしまったせいか、どうも思わなくなってしまった。

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12月10日からの房総特急の主役となるE257系で千葉へ

千葉駅に着くと、続けて東京からの特急「しおさい1号」がやってくる。これも当然撮影する。

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この「しおさい1号」には、幕張車両センターの第7編成が充当されていた。この第7編成は、最近になってクハを交換している。元々は、あの変形車であるクハ183-1527が連結されていたのだが、この時点で貫通型の0番台車になっていた。

千葉駅から113系の普通列車に乗り換えて、まずは都賀駅で下車。ここでやってくる「あやめ2号」の撮影をすることにした。逆光ではあるが、ホームの下り方先端で待機。あまり光線状態は良くないが、なんとか撮影する事が出来た。

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第22編成充当の「あやめ2号」

撮影後、下り列車でいよいよ物井へ。物井駅到着後、すぐに上りの「しおさい」が通過した。これはスピードも速く、ホーム先端に同業者が多数いたので、それを避けるために300ミリレンズをつけたEOS7で撮影した。

その後、定番の撮影ポイントへ移動。10分ほど歩いて、比較的、人の少なめなところで撮影場所を確保。EOS7とデジカメを交互に使って撮影を開始した。

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第24編成充当の「あやめ4号」

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第11編成充当の「しおさい6号」

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第10編成充当の「しおさい3号」

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第24編成充当の「しおさい5号」

この後、第7編成折り返しの「しおさい8号」をEOS7で撮影して、この場所での183系の撮影は終了とした。

そして本日、183系の房総特急は最終日を迎える。最後まで装飾も無く、普段着のまま引退していく姿は、何となく183系らしさを感じる。このダイヤ改正で大半の車両は運用を離脱することになるが、8連のグレードアップ編成については、改正後も一部が残留するようで、既に来年2月に運転予定の臨時特急「河津桜号」に使用される事が発表されている。幕張車両センターの183系の新たな活躍に期待したい。

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中央線 マイクロソフトオフィスのラッピング電車運転中

5日夕方の帰宅時、三鷹駅でマイクロソフトオフィスのラッピング電車に遭遇した。

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今回ラッピング電車になったのは、豊田電車区のT19編成。御覧のように、ドア付近にも装飾があり、なかなか目立つ存在である。12月1日より運転中のピクチャートレイン共々、暫くの間、中央線の201系の中では要注目となる編成といっても過言ではない。

ちなみに、7日夜の帰宅時、東京駅からこのT19編成に当たった。乗る前には車内の様子を見ようと思っていたのだが、乗る前に相当アルコールを飲んでいたので、その意識は全く無くなってしまった。さらに途中で眠ってしまい、気がつけば国分寺。よく寝過ごさなかったなと我ながら感心してしまった。

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あれから2ヶ月。227Fは?

イベント列車兼廃車回送列車として横瀬車両基地に回送された227F。その後、同車両基地の解体線に入るも、なかなか解体されずにいたのだが、あのイベントから2ヶ月経った今、同編成はどうなったのだろうか。秩父夜祭りの臨時列車観察の際に、ちょっと横瀬車両基地の様子を見てみた。

3日午前中、飯能から西武秩父へと向かう車中から横瀬車両基地の様子を見てみる。すると、未だに解体されずに放置されているといった感じの227Fの哀れな姿が見えた。

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もう夜祭りの頃には解体作業が終わっているだろうと思い込んでいたので、車内からこの状態を見たときには驚いた。

午後、秩父鉄道線内から戻ってきた際に、横瀬駅で一旦下車し、227Fが留置されている解体線の近くまで行ってみることにした。

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モハ227のパンタグラフと各車両間の転落防止幌が外されているのが解った。ただ、それ以外には見たところ部品が外されているような感じはしない。いつまでここに置いておくつもりなのだろうか。


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秩父夜祭りダイヤを観察する 秩父鉄道編

今回の夜祭りも、前回同様、秩父鉄道線内も観察してきた。とは言っても、まもなく置き換えが始まろうとしている急行用の3000系の乗車がメインなのだが・・・

まずは西武秩父駅ホームより御花畑駅を見てみた。

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手前の御花畑NO2踏切脇のビルの屋上では、夜祭りの観覧席の設営準備が始まっているのが解る。祭り本番まではまだまだ時間はあるのだが、もう町全体が祭りムード一色である。仲見世通りを抜けて、御花畑NO2踏切へと向かう。ここから山車が通過する御花畑NO1踏切を見ることにした。

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昨年同様、この時点で架線を外す準備が出来ていた。手前には25キロ制限の標識が見える。これも夜祭りの時だけの光景である。

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この踏切の模様を撮影して、御花畑駅へと向かう。ここから急行に乗って三峰口へと向かうのだ。駅できっぷを買おうとすると、改札前に掲出されていた注意書きに目が行った。

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秩父鉄道は、山車が通過する時間帯だけ列車の運行を影森~秩父間で運休し、同区間はバスによる代行輸送を実施する。山車は御花畑駅のすぐ脇を通過するので、ホームにいれば山車がよく見えるのだが、その通過時間帯は安全を考慮してか駅を完全に閉鎖するのである。それだけに、この祭り当日は入場券を持っていても駅構内には入れないと言う厳しい措置を取っているようだ。

さて、急行券も購入し、急行秩父路で三峰口へと向かう。混雑の影響で、急行列車も5分ほど遅れが出ていた。やってきた車両は、先日乗車した時と同じ3003Fであるが、今日は1年に1度の特別ヘッドマークである「秩父夜祭」を掲出しての運転。これも昨年と同じであるが、3000系による「秩父夜祭」号は今年が最後かもしれない。列車は、途中遅れを少しでも取り戻そうとしているのか、かなり飛ばしており、165系らしい走りを堪能できた。

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秩父夜祭りの特別マークでの運転となった秩父鉄道の急行「秩父路」

三峰口に到着後、通常ならば、一旦引き上げの後、留置線に入り夕方まで昼寝となるのだが、この日は急行車両もフル回転。車内整備の上、再び上り急行として折り返しとなった。これも夜祭りならではの光景。さらに、通常ならば一般車が留置されている筈の有料駐車場付近の留置線には、なんと急行用の3000系3002Fが停められていた。この3002F、よく見ると、私が乗ってきた3003Fとはヘッドマークが若干違うようだ。

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三峰口駅構内に留置中の3002F

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3000系がこの角度で並ぶのも夜祭りの日らしい光景。

夜祭りのヘッドマークは、もしかしたら編成単位で少しずつ違うのだろうか。これを見ていたら何となく気になった。こうなってくると昨日は遭遇しなかった3001Fが気になるものだ。

続いては、SL夜祭り号。今年も恒例のパレオエクスプレスをSL夜祭り号と名付けて、特別ヘッドマークつきで運転されている。この列車も三峰口駅構内で見ることにした。

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三峰口駅に入線するSL夜祭り号

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よく見ると客車側にも特製マークが付いている

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機回し前に給水作業を実施。この時間帯は記念撮影タイムなので、子供たちが続々と機関車の前に集まっている。

SLと急行用車両、2つの夜祭り号の観察はこれにて終了。ここからは元都営車の5000系で御花畑へと戻った。
各駅、停車するごとに祭り会場へと向かう地元の人達が乗り込んでくる。影森駅構内には1000系が1本停められていた。方向幕は野上を表示。これも夜祭りの日らしい光景の一つであろう。その様子を車内から見て、再び西武秩父線へと向かったのであった。


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秩父夜祭りダイヤを観察する 西武鉄道編

昨日は、恒例の秩父夜祭りだった。今年は土曜日に重なったこともあり、秩父市内は朝から大勢の観光客で賑わっていた。

昨年に引き続き、今年も私は秩父へ出かけた。西武鉄道の夜祭りダイヤの観察が目的だが、今年の場合は、夜の一番良い時間帯に池袋で忘年会に出なくてはいけなくなったので、夕方頃には秩父線から離れなくてはならなかった。従って、観察している時間帯に偏りがあるのだが、記録として残していくことにしよう。

なお、昨年の夜祭りダイヤ観察記は、こちらを御覧下さい。

朝7時に家を出て、まず最初に行った場所は所沢駅である。今年の夜祭りダイヤでは、夕方、池袋を出発する西武秩父までの直通電車が特急しかないため、一般車の池袋からの秩父直通は、この朝の快速急行しかなかった。この快速急行で秩父入りした編成が、日中も秩父線内を走ることになるので、ここに4ドア車が来ないかなあと期待していたのだが、やって来たのは元秩父鉄道乗り入れ対応車の235F+237Fだった。

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所沢駅4番ホームに到着した235F+237Fによる快速急行1001列車

30分後にやって来る1003列車も所沢駅ホームにある発車案内機によると3ドア8両。こうなったら3000系でも入らないかしらと期待したのだが、入間市駅で観察すると305Fだった。

この後、飯能駅へ向かう。飯能始発の西武秩父行がどうなっているかが気になっていたのだ。この時点では、飯能始発の西武秩父行も8両編成に増強されてはいるが、4000系が充当されていた。そして、ここである事に気がついた。ホームの発車案内機の表示に、秩父鉄道直通電車が出ていないことである。所定ダイヤでは、この後やって来る快速急行1005列車と1007列車は秩父鉄道直通なのだが・・・ 駅のアナウンスによると、秩父夜祭りの影響?で、直通運転は中止。西武秩父止まりでの運転との事。しかし、車両は4000系のままであった。現行ダイヤでは、4000系の快速急行西武秩父行は存在していないので、これはある意味レアかも。と言う事もあって、飯能駅で4000系の快速急行を撮影した。

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4000系の快速急行西武秩父行も夜祭りの日だけの光景

飯能駅前で休憩の後、飯能駅10時4分発の西武秩父行に乗車した。この列車も4000系の8連。最前部車両に乗車したこともあってか、まだまだ余裕があった。のんびりとクロスシートの車内で寛いで西武秩父へと向かう。西武秩父目前の横瀬には、4000系8連が2本留置してあった。所定ならば秩父鉄道線内に行っている筈の車両が、横瀬に疎開しているのだ。ここで夕方まで過ごし、折り返し快速急行池袋行きとなるはずである。そのまま西武秩父まで乗り通し、秩父鉄道線内へと向かった。

再び西武秩父線内の観察を始めたのは14時過ぎのこと。まずは西武秩父14時37分発の飯能行で横瀬へと向かった。車両は3ドア車の303Fだった。そろそろ、夜に向けて2ドア車から3ドア車への入替が進んでいるのか、次の電車も3ドア車であった。そして、西武秩父駅では、こんな変わった表示が見られた。

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発車案内機が3両3ドアになっている。設定ミスなんだろうけど、3両3ドアって、かつて多摩湖線で活躍していた351系を思い出してしまう。下段の快速急行池袋行も、本来なら秩父鉄道の三峰口駅からの列車なので、8両2ドアと言うのも直通電車の運転を中止しているために出ている表示。それだけに珍しい組み合わせと言えるかもしれない。

横瀬では、まず上下特急の交換シーンを撮影した。普段だと特急は1時間に1本の運転なので、この駅での交換はないのだが、夜祭りダイヤとなっているため、特急も30分おきに増発されている。

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通常ならば、上下とも特急は奥の2番ホーム側を通るので、上り特急が停車している手前の線路には特急が入線することは少ない。これも夜祭りダイヤらしい光景である。

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そして、横瀬車両基地に疎開留置中の4000系8連。普段ならば秩父鉄道線内に留置されている車両である。

撮影後、再び上り電車に乗車する。次に目指す先は東吾野。ここで列車の交換シーンを撮る。途中の芦ヶ久保では2000系の西武秩父行とすれ違った。いよいよ4ドア車の出番である。この列車もかなり満員であった。東吾野駅では時間の都合上、2本しか撮影は出来なかった。いずれも特急と101系との交換を撮影であるが、ちょっと面白い光景だった。

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下り普通を退避させて、上り特急が通過していく。特急は上下とも左側の2番ホームを通過していくので、それほど珍しい光景ではないのだが・・・

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続いてやってきた上り特急は、なんと先に到着して運転停車。下りの普通列車の到着を待っていた。この特急は臨時特急なので、単線を走る特急の宿命とも言える。

ここまで撮影し、そろそろ池袋へ向かわないといけない時間帯になった。東吾野から飯能行に乗車すると、先程、芦ヶ久保ですれ違った2083Fだった。通常は4ドア車が入線しない区間での貴重な乗車体験となる。そのまま飯能まで乗り通すと、すぐに折り返し西武秩父行となっていった。

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この2000系撮影を以て、私の秩父夜祭りダイヤの観察は終了。池袋で開かれた忘年会会場へ向かった。途中、知人から来た携帯のメールによると、この後にも続々と2000系や3000系が入線したようで、2000系は他に2065Fと2091F。3000系は3001Fと3003Fが入線したようだ。特に3001Fは椎名町駅で目撃していたので、その話を聞いたときには唖然としてしまった。

忘年会のお開きの後、珍しく池袋線で帰宅した。もちろん、夜祭りダイヤのその後が気になったからである。所沢駅で酔い冷ましに20分ほど観察。2091Fの準急池袋行も見た。西武秩父発である。

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そして、その後にやってきた快速急行池袋行。これは3ドア車だった。しかし、3ドア車の上り快速急行は現行ダイヤだと夜は無いので、これも夜祭りダイヤらしい光景になる。

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この後も2本だけ見たのだが、いずれも101系。風邪気味だったこともあったし、終電も気になるので23時27分発の西武新宿行に乗って帰宅した。

さて、来年の夜祭り当日はどんな光景が見られるか。2006年の12月3日は日曜日となる。前夜祭である2日も土曜日となるから、今年以上に観光客が訪れるかも。

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6回目の通院

意外にも長編化してきた歯医者さんの通院記シリーズ。今日は6回目の通院だった。

前回に引き続き、義歯を入れるための土台をはめる。これは意外にも楽だったのだが、辛かったのが、その後の歯石を取る作業。これ、時々歯茎に当たってちょっと痛い。でも、家に帰ってから鏡を見ると、明らかに歯の色が違っていた。やっぱり汚れが凄かったのね・・・

治療が終わってから、先生より模型を使って今後の治療の説明があった。これは解りやすい。最終的に義歯を入れるときに、しっかり固定させるために歯茎の位置も数ミリ下げるんだとか。なんかこんな話をしていると、また「ターミネーター計画」とか言われてしまいそうだなあ・・・ 次回は12月25日。なんか年越しそうな気配です。

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中央線にピクチャートレイン走る

12月3日から9日までの障害者週間に合わせて、今年も山手線と中央線(快速)に、障害のある子供たちが描いた絵を電車内の広告スペースに展示した「ピクチャートレイン」を運転している。山手線で一足早く走り出して、中央線では今月1日より運転を開始している。

この件は駅のポスターで知っていたのだが、実車にはなかなか遭遇しなかった。しかし、2日の朝の出勤時、運良く、このピクチャートレインとすれ違い、運用を確認。事務所のパソコンで時刻を検索すると、ちょうど自分が仕事で外出する時間帯にピッタリ一致しそうなので、これ幸いと三鷹駅で撮影する事にした。

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中央線で走り始めたピクチャートレイン。

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正面に電照式種別幕を備える201系では、この位置がヘッドマークの定位置となる。

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各車両片側1箇所ずつではあるが、ピクチャートレイン美術館と書かれた小さなマークが貼られている。

撮影を終えてから、この電車に吉祥寺まで乗車してみた。車内の中吊り広告の部分には、子供たちの絵が沢山展示してあった。普段は週刊誌の中吊り広告が目立つ位置に貼られた子供たちの素朴な絵はとても新鮮。たまにはこう言う電車も悪くないかも。

このピクチャートレイン。山手線は11月25日から12月9日まで。中央線は12月1日から15日までの運転となっているとの事。今度乗る事が出来れば、もう少し長く乗ってじっくり絵を見たいと思うのだが、運転終了までにもう1回乗れるかどうか・・・

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西荻窪に日高屋が進出

今日の帰り道、西荻窪の西武信金に立ち寄ってから駅へ向かう際に、開店準備中の店を見つけた。ちょっと前まではミスタードーナツだったと思うのだが・・・新しく開店するその店は、なんとラーメンのチェーン店の日高屋だった。

西荻窪と言えば、隣の荻窪と並んでラーメン店の激戦区。はつね・ひごもんず・丸福などと言った人気ラーメン店もある。その中への新規参入である。実は隣の荻窪駅前にも既に進出しており、そこそこ繁盛しているようなので、西荻窪に進出しても採算は取れると言う判断なのだろう。

オープンは1週間後の12月8日。平日なので、初日の様子は見に行ってみようと思っている。

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