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スペーシアが新宿へ 東武・JR直通特急運転開始

3月18日のダイヤ改正で、大きく変わったのが東京から日光への移動手段であろう。このダイヤ改正から、東武鉄道とJR東日本が協同で、新宿から日光方面への東武線直通特急が運転を開始している。あの東武の看板特急である「スペーシア」が新宿や池袋で見られるようになるというのだから、これは大事件である。

私も、この直通特急をダイヤ改正の翌日である、3月19日から撮影しているのだが、強風で列車が大幅に遅れたり、車両故障があったりで、なかなか撮影が出来ず、さらにブログも他のネタが優先になってしまった。今頃何を言うかと思われる方もいらっしゃるかもしれないが、ちょっとの間お付き合いください。

3月19日の昼過ぎ、私は高田馬場駅へと向かった。鬼怒川温泉からの特急「きぬがわ4号」を撮るためである。この列車は、JR東日本が東武直通用に改造した485系が使われている。「スペーシア」に準じた塗装に改められた485系の姿を収めようと、カメラを構えている方が私の他にも1人いた。この日は風が強く、高田馬場駅ホームで撮影していても、強風で体のバランスを崩しそうになる時があった。そのせいか、列車も時間になっても現れない。強風のために10分ほど遅れていたのだ。山手線内回り電車や下りの埼京線などに被られないか心配だったが何とか撮影できた。

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山手貨物線を行く485系特急「きぬがわ4号」

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高田馬場では湘南新宿ラインとすれ違う。

撮影後、私は続けてやってきた山手線の内回り電車で新宿へ移動。3番線に停車中の485系を撮ろうとしたのだが、とにかく人が多い。撮影を諦めて、中央線ホームの7番線へ移動し、折り返し「きぬがわ5号」の出発シーンを撮ることにした。

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鬼怒川温泉を目指して新宿を発車。

ここで、東武直通特急の撮影を一旦終了し、E217系の撮影へと向かった。そして再び夕方のこと。新宿へやって来るスペーシアを撮る予定だったが、宇都宮線が強風で運転を見合わせてしまい、撮影可能な時間帯に、スペーシアが新宿へ来る可能性は低くなってしまった。よって撮影を諦め、後日もう一度撮影する事にしたのだ。

そして21日の昼間、再び東武直通特急の撮影に向かった。JR東日本が東武直通用に用意した485系が、なんと19日の夜、強風の影響でパンタグラフが故障し、24日までは全ての直通列車が東武のスペーシアで運転されることになったのだ。そこで、代走となっている「きぬがわ4号」~「きぬがわ5号」で撮影をした。撮影場所は、新宿駅と池袋駅である。

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スペーシアが新宿に到着。最新のダイヤ情報誌の表紙を真似して撮りました。

この日、代走運用に就いていたのは、直通特急運転開始記念のラッピングをした編成であった。車両の正面や側面に飾りつけがしてあったので、その辺りも解るように撮影。

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先頭車の車端部にあるラッピング。6号車に貼られた小さなグリーン車マークにも注目。

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池袋駅に停車中のスペーシア。この列車の運転開始で、東武東上線沿線からもスペーシアに乗るのが楽になった。

直通運転開始から2日目で、JRの485系が故障するなど、波乱のスタートになってしまった東武・JR直通特急。これまでは浅草や北千住へ行かないと乗れなかった列車に、新宿や池袋から乗れるというのは、我々西武沿線住民や中央線・東武東上線・京王線・小田急線沿線住民からもあり難いことである。今のところ1日4往復と本数は少なめであるが、今後の展開次第では、増発もあるかもしれない。東武側は看板車両のスペーシアであるのに対して、JRは中古車両の485系改造車と言うのも少々寂しい。将来的に増発をする場合には、JRもスペーシアに負けないような車両を・・・ さらには新宿から横浜方面へ・・・と思うのは私だけではない筈。今後の両社の動きに注目していこう。

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西武多摩湖線257F復帰

西武多摩湖線257F復帰

今朝の出勤時に利用した多摩湖線6428列車は、昨年12月より特別修繕工事のために運用から離脱していた257Fでした。この運用は、玉川上水車両基地から出庫なので、今日が出場後初の営業運転のようです。先に出場した2本とはモーター音以外変更点はありません。

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西武 6000系にライオンズのHM

本日帰宅時に、地元の萩山駅に到着すると、隣のホームに停車していた拝島行6103Fにライオンズのヘッドマークが付いているのを確認した。一旦帰宅して時刻表を見ると、拝島到着後の折り返し列車は小平行きで、小平駅1番ホームに到着する運用だった。それならば、どうにか撮影できそう。再び家を出て小平駅へと向かった。

20時25分、小平駅1番ホームに列車接近放送が掛かる。10両編成の6000系がクネクネと曲がりながら入ってくるのが解る。間違いなく6103Fだった。早速、カメラの準備をして撮影に取り掛かる。

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小平駅に到着した6103F。「2006 挑戦あるのみ」の文字が目立つ。

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西武新宿方のヘッドマーク。青と赤の配色が逆転している。

この編成、ヘッドマークの青と赤の配色が前後で異なっており、この微妙な違いがファンの心を燻らせる。さらに車内もライオンズ一色。鉄道ファンだけでなく、ライオンズファンも注目の編成になりそうだ。

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スカ色から湘南色へ変身! E217系が東海道線に進出

それでは、ここから先は先週一週間の間に撮り溜めたダイヤ改正後のニューフェイスを取り上げていきます。まずはこれから。

113系が引退し、少々寂しさを感じるようになった東海道線に、この度ニューフェイスが登場した。と言っても、新車が搬入された訳ではない。東海道線と並行して走る横須賀線から転用されてきたE217系だ。

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大井町付近を走るE217系東海道線転用編成。

E217系は、横須賀線・総武快速線の実態に合わせて、基本11両、付属4両の組み合わせであったが、転用に際して、E231系同様、基本10両、付属5両の組み合わせに変更。新たに付属編成に移動したサハは、基本編成からボックスシート車のサハが移動となった。その為、東海道線用のE231系とパンタグラフ付きモハの位置も合わせられたことになる。この日、私が撮影したのはF3編成+F53編成。基本も付属も3番と言う事は、最低でも基本+付属の3編成分転用されたことになる。編成番号のFが鎌倉時代と変わらないのも面白い。

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田町付近を行くE217系。この付近の地上を営業運転で走るのはデビュー後初めてのことだろう。

このE217系、東海道線では限定運用となっているようで、どうも改正前に最後まで113系が充当されていた運用に入っているようだ。その為、下り3755MはE217系での快速「アクティー」となる可能性が高いようだが、25日に撮影に出かけたところ、残念ながら、この日の3755MはE231系での運転だった。少数派なので、見かけるのも乗るのも、なかなか難しいようだが、何とか運用を調べて一度は乗ってみたいと考えている。乗車できたら、このブログでも取り上げていくことにしよう。

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高崎の185系が転属?

夕方、上野駅で高崎車両センター(旧新前橋電車区)の185系を見かけた。

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上野駅13番線に到着した185系。

最初は何気なく眺めていたのだが、あることに気がついた。それは、乗務員室内にぶら下がっている編成番号が変わっていることである。

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新しい編成番号札。今までは「SOOO」だった筈だが・・・

この編成番号札は、「OM 07」となっている。この「OM」と言うのは何の略なのか。真っ先に思いついたのは、大宮の略である。しかし、今までだと、大宮に車両配置のある基地は存在していない。3月18日のダイヤ改正に合わせて組織変更でもしたのだろうか。この編成は、クハ185-313以下の編成で、旧編成番号はS225とS226。ここまではっきりと違う法則になると、やはり転属したのではないかと想像できる。

ちなみに、各車両の所属表記はどうなっているのか。そう思って確認してみたところ・・・

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御覧のように、まだ「高タカ」のままであった。まあ、これに関しては、新表記を貼っていないだけかもしれない。果たして、転属したのか、それとも単なる編成番号の変更なのか。暫くの間、185系をじっくり観察してみようと思う。

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名コンビ ロクイチ+ゆとりが高崎線を走る

いよいよ春休みに突入し、JRも春の臨時列車の運転が始まった。そんな中、今日と明日の2日間、上野駅から水上駅まで、「EL&SLお座敷ゆとり号」が運転されている。通常運転されている「EL&SL奥利根号」のスペシャルバージョン。上野~高崎間を電気機関車が牽引。そして高崎~水上間をD51 498が牽引するのはいつもと同じだが、今回は、客車がお座敷客車「ゆとり」になったのに合わせて、牽引機がお召し列車用のEF58 61にグレードアップしている。

この件、私自身は全く忘れていて、昼間、とある掲示板を見て、朝の下り列車がEF58 61牽引だという事を知った。そこで、夕方、その姿を一目見ようと、高崎線の上尾駅へと向かった。さすがは千両役者「ロクイチ」牽引とあって、上尾駅に集まったファンは、およそ15人ほど。何も問題なければ、ここで綺麗に撮れる筈なのだが、直前に桶川~北本間で線路内に人が立ち入ったため、高崎線は上下線とも一時的に運転を見合わせ。上尾駅にも2番線に湘南新宿ラインの下り列車が急遽入線。あわや撮影不可能と思われたが、2番線に入線した電車がギリギリになって発車したため、何とか撮影する事が出来た。

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10分ほど遅れて上尾駅に到着した「EL&SLお座敷奥利根号」

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下り列車発車後にもう一度撮影。慌てて撮ったのでこれが限界。

お座敷客車「ゆとり」は、国鉄時代にデビューした欧風客車「サロンエクスプレス東京」を種車として改造されている。塗装自体は「サロンエクスプレス東京」そのままで、デビュー当時、その塗装からEF58 61とは名コンビとまで言われていた。昨年、長期間に渡りEF58 61が入場していたので、期間中は、この名コンビが暫くお預けとなっていた。私自身もこの組み合わせを撮ったのはいつ以来のことかと考えてしまうほどである。撮影後、EF58 61の輝きに、しばし見とれてしまった。

上野駅での画像を追加

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上野駅14番線に到着した「EL&SLお座敷ゆとり号」

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ロクイチと「ゆとり」の連結面を見る。

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ナンバープレートを見る。

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まもなく見納め!3連の名鉄ミュースカイ

名古屋ネタの最後を飾るのは、名鉄ネタです。

今回の遠征中、名鉄ネタで1つ気になっている事があった。それは空港特急「ミュースカイ」用の2000系電車の事である。2000系は3両1編成となっていて、混雑時は2編成連結の6両編成で運用に就いているが、この空港特急が好評で、年末年始やゴールデンウィークなどの繁忙期には、6両編成でも捌き切れないほどの状態だと言う。そこで、名鉄では、4月29日実施のダイヤ改正に合わせて、2000系の4連化を実施。ピーク時には2編成連結の8両編成で運転する事になる。となると、まもなく3両編成の2000系は見納めとなってしまう。東京に帰る前に、3両編成の2000系をもう一度撮っておこう。ならば、そのついでにまだ乗車したことの無かった2000系で空港へ行ってみようと言う考えになったのだ。

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犬山橋を通過する2000系。2005年12月18日撮影。

3月18日、私は金山18時35分発の快速特急で中部国際空港へと向かった。やって来たのは2000系の3連。第4編成であった。指定席は2号車。座席に座ると、すぐに神宮前に停車したが、そこから先は空港までノンストップだと言う。名鉄自慢の新型特急は、揺れも少なく、とても快適であった。座席に座って落ち着くと、ふと目の前のテーブルに目が行った。そうか、この車内案内図も4連化すれば新しいものになってしまう。

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名鉄「ミュースカイ」のテーブルの裏側に貼られた車内設備の説明文。

こんな物を撮影している間に、列車はどんどん進む。金山から僅か25分。本当にあっと言う間に中部国際空港に到着した。隣のホームでは7000系「パノラマカー」がお出迎え。

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中部国際空港駅で7000系パノラマカーと並ぶ2000系。

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パノラマカーの発車を待って撮影開始。

ここ中部国際空港駅では、現在、ホームの増設工事を行っており、4月29日のダイヤ改正からは、快速特急「ミュースカイ」の発着が新設の専用ホームからとなる。そうなると、御覧のように、反対側のホームから編成全体を入れて撮ると言う事が、「ミュースカイ」に関しては出来なくなるようだ。

撮影終了後、せっかく空港駅まで来たので、何か記念になるものは無いかなと思っていたら、駅窓口にて2000系「ミュースカイ」のBトレインを販売しているのを発見、しかも3連。思わず買ってしまった。

さて、空港からの帰り道だが、今度は来る時と違う電車にしよう。暫くホームで様子を見ていたら、後続の特急がやって来た。これの折り返しに乗ることにしよう。往きと違って一部車両が指定席というパターンの特急だ。

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中部国際空港駅で並ぶ2000系と2200系。

御覧のように、この2200系は、2000系とデザインが似ている。帰りは空いていたので、指定席券を買わずに、2200系の一般座席車で名古屋を目指した。

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2200系は特別車と普通車混合の特急用車両。主に名鉄岐阜~中部国際空港間の特急に使用される。写真手前が特別車両。

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同じく2200系の普通車側を見る。

登場後1年で、早くも姿を変えることになった名鉄2000系。とりあえず、3連の撮り収めはこれで済ませた。あと気になるのは、模型でも実車同様、4連用の増結車両が出るかどうかである。GMさんの決断に期待しよう。


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名古屋周辺で貨物列車を撮る

名古屋地区のJR線のもう一つの魅力が貨物列車である。特に関西本線などではDD51が牽引する列車も存在しており、実に様々な機関車を楽しむ事が出来る。今回の遠征では、旅客列車に混じって貨物列車も何枚か撮影したので、ここで取り上げていくことにしよう。

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DD51 856が牽引する関西本線のコンテナ列車

17日の朝、弥富で急行「かすが」を撮る際、撮影地にいた方から、この列車の事を教えていただき、「かすが」通過後も暫く待つ事にした。そして撮れたのがこの写真である。この列車の牽引機DD51 856は、最近KATOから発売されたDD51JR貨物更新機のナンバープレートにも含まれている車両。模型は旋回窓の付いた北海道仕様であるが、この856号機は愛知機関区の所属である。

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名古屋駅を通過するEF64牽引の貨物列車

この列車は、17日夜の飲み会終了後に撮ったもの。たまたま383系を8番線から撮影していたのだが、その間の9番線をEF64重連が引く貨物列車がやって来たので、思い切って夜間の走行シーンの撮影に挑戦してみたのだった。まあまあの感じで撮れた。

そして、貨物列車が圧倒的に多いのが東海道本線。コンテナ列車が主体ではあるが、中にはセメント列車なんかも運転されていて、その種類の多さには見ていて飽きない。

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マンモス機EF200が牽引するコンテナ列車。

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EF66 120が牽引するコンテナ列車。

この2枚は、いずれも東海道本線尾張一宮駅で撮影したもの。尾張一宮駅は高架上の駅で、東京方、大阪方とも障害物が少なく、御覧のような写真が撮れる。但し、ホームの先端には金網の柵があるので、一眼レフでないと撮り辛いかもしれない。

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まもなく運転を終了する樽見鉄道本巣行きのセメント貨物列車。JR線内はEF65が牽引。

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EF66 106牽引の貨物列車が熱田駅を通過。

今回は、残念ながら桃太郎ことEF210牽引の列車を撮る事が出来なかったのだが、もちろん桃太郎も頻繁に見ることは可能である。名古屋は貨物好きにも堪らない場所かもしれない。

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213系に相応しい路線は?

今回の名古屋遠征では、久しぶりに213系に乗車する事が出来た。そこで、今回はこの213系もブログで取り上げようと思う。

JR東海の213系は、165系の置き換え用として平成元年に登場した。形式名が示すとおり、JR西日本の瀬戸大橋線で活躍していた213系をベースに、車端部をロングシート化、2連1組方式にして登場。当時、165系で運用されていた関西本線の普通列車に投入された。

213系投入直後の関西本線は、並行する近鉄名古屋線が圧倒的有利な時代であった。JR東海もどうにか巻き返しを図りたいと思っていたに違いない。この213系投入もその一環であったと思う。しかし、新車を投入したからと言って、急に乗客が戻るわけではない。JR東海も暫くは苦戦が続いた筈である。

月日が経ち、この近鉄優勢の現象が崩れ始めた。近鉄側は相次ぐ運賃値上げでいつの間にかJR東海の方が運賃面で安くなると言う珍現象が発生。乗客の近鉄離れが少しずつ始まっていった。そして、ラッシュ時間帯はJR東海も車両が足らなくなるほどの状態になり、213系だけでは捌ききれない状態になってしまった。この時、165系や103系、211系などが助っ人として借り出され、関西本線の朝の通勤時間帯は様々な車両が出入りしていた。

平成11年、関西本線の普通列車は、昼間の時間帯の列車のワンマン化を実施した。2連で運転できる213系は、当然ながらワンマン化改造が実施されるだろうと予想していたのだが、トイレが無い事もあってワンマン運転には新製の313系が使用されることになり、213系はラッシュ時間帯専用と言うような立場になってしまった。

3月17日の朝、私は急行「かすが」撮影のために弥富へ向かった。名古屋8時20分発の亀山行きに乗り込む。私はこの電車が発着する11番線で到着を待つ事にした。やがて電車が入線。やって来た電車は213系の4連だった。

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朝の名古屋駅に到着した213系電車。

午前8時前後に到着の列車と言うことで、名古屋どまりの列車内からは大量の通勤客が飛び出してきた。213系は、ドアが各車両片側2箇所となっているため、通勤時間帯の使用には無理があると思う。

17日夜、飲み会を終えてから、ふらっと名古屋駅へと向かう。関西線のホームを見てみると、213系が停車していた。しかも2連である。

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深夜帯の普通列車に使用されている213系。この日は金曜日の夜とあって2ドア車2連ではかなりきついかも。

車両運用の都合上、関西本線ではラッシュ時間帯しか213系の出番がないのだが、その時間帯に213系を使用するのは、2ドア車という事を考えると、もう限界が来ているのかもしれない。

では、今の213系に「安住の地」と言うのはあるのだろうか?

現在の213系の配属先は神領車両区。もともとここは中央西線の電車が中心となる車両基地。213系が神領配置になってから、時々211系や313系と併結して、中央西線の快速電車などに使用されている光景を見かけるようになった。

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中央西線の増結運用に入っている213系。

2連単位で運転できる213系にとって、この増結運用と言うのはまさにピッタリな部分もある。しかし、主力として使用されている211系や313系とはドア数が一致しない。となると、整列乗車の案内では不都合な点も多そうである。

となると、残りは東海道本線の大垣~米原間ローカルや飯田線ぐらいとなるが、ここへ持っていくと、特に飯田線ではトイレの問題が生じてくるだろう。そもそも、213系を登場させる際に、何故トイレを廃止したのかが気になるところであるが、いくら短距離利用者が多いとは言っても、今後の高齢化社会などを考慮すると、トイレの設置ぐらいはしても良いのではないだろうか。213系にトイレがあって、ワンマン運転に対応できれば、身延線や飯田線に転用させるかもしれない。117系と違って、まだまだ車両自体は新しいし、何とかして213系を活用できるようにして欲しいと思う。そう思うのは私だけだろうか・・・

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マイクロエース製品化記念? JR東海の117系を撮影する

毎月、大量に新製品を販売する鉄道模型メーカーのマイクロエース。来月発売予定の新製品の中には、JR東海の117系が含まれている。JR東海派の私にとっては、今月のEF64 66+ユーロピアに続いての発売となり、更に117系の後には、JR東海のキハ47も控えている。暫くの間は、マイクロエース製品の購入ラッシュが続いてしまいそうだ。

今回の名古屋遠征中に、JR東海では「さわやかウォーキング」を開催していた。このイベントに合わせて臨時快速を名古屋~米原間に1往復設定しているのだが、その運用に117系を充当することになっている。今回は、マイクロエース製品化記念企画として、この珍しい「さわやかウォーキング」運用や、今までに取り上げなかったシーンを中心に、JR東海の117系の様子をレポートしてみた。

このブログでも過去に何度か触れているが、現在の117系の運用は、朝夕のラッシュ時間帯が中心となる。まずは、朝の8連の快速を撮影するべく、尾張一宮駅へと向かったのだが、見事に下り列車に被られてしまい、進入シーンを撮ることは出来なかった。

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堂々8連で名古屋を目指す117系。尾張一宮駅にて。

私にとって、JR東海の117系はこのブルー快速に充当されている姿のイメージが強く、このマークの姿が一番似合っていると思う。現行ダイヤでは1日1本のみの新快速運用も捨てがたいのだが、やはりこのブルー快速の方が117系らしい気がする。

続いては、今回のメインとも言える「さわやかウォーキング号」である。

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「さわやかウォーキング号」の場合は、通常の快速幕と色の配分が違う。

この「さわやかウォーキング号」は、昼寝主体の運用である117系を活用できる列車。御覧のように種別幕は快速となっているのだが、通常見られるブルーの快速表示とは種別幕の色の配分が逆転しているのが特徴。この時は撮影できなかったが、側面の方向幕も「快速 さわやかウォーキング」と言う独自の物が表示されるようになっている。名古屋駅近郊で4連の117系が見られるのもこの列車ならではの光景である。

そして、続いてはお馴染みの光景。

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熱田駅構内で昼寝中の117系。

今の117系を象徴する姿。熱田駅には、朝のラッシュ時に名古屋・金山止まりの快速に使われた117系が回送されてきて、夜までここで過ごしている。同様のシーンは、他にも豊橋駅や浜松付近の留置線でも見られる。この姿は、新幹線車内から見た事があるという人も多いのではないだろうか。

最後は、夜の名古屋駅での渋い並び。

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中央線113系と並んだ117系の普通列車。

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この時は7番線の113系の方が出発が若干早かった。

これは3月18日の20時20分ごろ、名古屋駅で見られた光景である。117系も113系も発車時刻は共に20時20分。同時に出て行ってしまうのかと思ったのだが、この時は若干117系の方が出発が遅く、117系単独でも撮影する事が出来た。117系の普通は、土曜・休日のみ名古屋始発で6番線からの発車となるので、この並びが実現するようだ。この並びも、あとどれだけ見る事が出来るだろうか。

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樽見鉄道のレールバス

旧国鉄樽見線を引き継いだ樽見鉄道では、現在7両のレールバスが在籍している。そのうち、開業当初から活躍してきたハイモ180型は、今年1月に定期運用を離脱し、現在では残り6両のレールバスが活躍している。これらの車両の一部には、独自のラッピングなどカラフルな車両も含まれていて、ついカメラを向けたくなるほどだ。貨物列車撮影の絡みで、2日間も大垣駅周辺で撮影をしたため、樽見鉄道のレールバスも4両撮影する事が出来た。今回は、沿線を彩るカラフルなレールバスを紹介しておくことにしよう。

1.ハイモ295-516 客車列車及びハイモ180型の置き換え用として、平成17年に登場した最新型車両。

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2.ハイモ230-312 昭和62年富士重工製。平成7年より故池田満寿夫氏デザインの塗装に変更された。

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3.ハイモ230-313 昭和63年富士重工製。旧根尾村(現本巣市)のラッピングが施されている。 

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4.ハイモ230-314 平成4年富士重工製。今年3月より大型ショッピングモール「モレラ岐阜」の全面広告車「モレラ号」となった。

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樽見鉄道では、これらの車両が1~2両で運転されている。今年3月28日を以て貨物輸送が廃止されると、いよいよ旅客収入のみに頼るしかない状態となる。経営改善策の一環として新駅設置も予定されており、ある意味、今年が樽見鉄道にとっては勝負の年になるかもしれない。

一つだけ、気になるのが、沿線の名物ともいえる本巣市の薄墨桜の見物客輸送。今年から客車列車が運転できなくなることから、これらレールバスのみで賄わなくてはならなくなる。樽見鉄道にとっては、この薄墨桜のシーズンが一番の書入れ時なのだが、この時期をどう乗り切るつもりなのか。樽見鉄道の今後の動きに注目して行きたいと思う。

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まもなく終焉 樽見鉄道の貨物列車

今回の名古屋遠征のもう一つの課題が、樽見鉄道の貨物列車の撮影である。

樽見鉄道は、旧国鉄樽見線を引き継いだ第3セクター方式の鉄道会社。沿線の本巣にある、住友大阪セメント岐阜工場からの製品輸送列車(貨物列車)と客車を使用した通勤・通学列車が有名であったが、客車列車は今月4日で、そして貨物列車も今月28日出荷分を最後に鉄道輸送を廃止することになっている。

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一足早く今月4日運転分で廃止となった樽見鉄道の客車列車。

このセメント列車の廃止前の様子を撮影するため、私は17日の昼前、急行「かすが」を撮り終えてから大垣へと向かったのだが、大垣駅構内を見渡すと、貨物列車がいる筈の時間帯なのに、どこにもその姿が見えない。結局、昼過ぎまで待ってみたが、この日は空振りに終わったのであった。

翌日、この貨物列車を撮影するために、もう一度大垣へと向かった。午前10時頃より、大垣駅5番線ホームで観察を開始。10時19分ごろ、本巣からのディーゼル機関車がやって来た。工場からの出荷が無いらしく機関車のみの列車であったが、逆に言えば、今日は間違いなく貨物の運転があるとも言える事なので、まずは一安心。

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お別れマークを付けて大垣駅に到着した樽見鉄道TDE10 5号機。

折り返し便の出発まで、まだ1時間半以上もあるので、ゆっくりと機関車を観察する。樽見鉄道には貨物輸送と朝の通勤・通学輸送の客車列車用として機関車が4両配属されていた。いずれもJR(旧国鉄)のDE10型と同タイプの物である。

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大垣駅構内で貨車の到着を待つTDE10 5号機。

貨物列車の大垣駅出発はお昼頃。まだ時間がある。私は暫くの間、大垣駅前で機関車の撮影をした。本来なら、まだ時間があるので、樽見鉄道の列車に乗車して、沿線のどこかで撮影するのが良いのだが、あいにく、東海道線では117系のさわやかウォーキング号が運転されていたこともあり、それも撮るとなると、結局は大垣駅周辺での撮影に限られてしまうことになった。私は、前日の昼頃にふらふらと立ち寄った樽見鉄道の線路沿いの道へと歩き始めた。ここは、駅から徒歩で行ける距離でありながら、長編成列車を見渡せる場所で、まだ東海道線との併走区間でもある事から、待っていても退屈しないと言う利点もあった。樽見鉄道のディーゼル機関車が、大垣駅で引き継ぐことになっているJRの貨物列車も走行を確認する事が出来た。

そして待つこと約1時間。大垣駅を出発した貨物列車が目の前に現れた。

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TDE10 5が牽引する本巣行き貨物列車。

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後ろ側も撮影。

惜別ヘッドマークは、機関車の大垣方に固定掲示なので、御覧のように本巣行きの場合は、普段のままの姿となり、この光景では廃止目前とは思えないほどである。ある意味、これはこれで良かったのかもしれない。

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48年間ありがとう! 急行「かすが」最後の日

昨夜遅くに名古屋から帰ってきました。これから少しずつ名古屋ネタを書いていきます。

16日夜東京発の「ムーンライトながら」は、強風のため、小田原・熱海・沼津で長時間の抑止を食らい、豊橋に到着したのが6時40分頃のこと。ここから先は、特別快速に乗り換えた方が先に着くと言うので、そちらに移動。朝のラッシュ時間帯の混雑を体験しながらの名古屋入りとなった。

ホームのきしめんで朝食を済ませ、名古屋駅8時20分発の関西線に乗り込む。目的地は弥富。以前、この付近で撮影した画像を見た事があったので、ここなら「かすが」も撮れるのではないかとの判断であった。弥富駅が近付くと、車内から偵察を開始。駅手前の直線付近で、カメラを構えた人を一人発見。あそこなら撮れそうだと実感し、私も徒歩で現地へ向かう。この列車で降りて撮影に来たと思われるのは私一人で、撮影地へ行っても、先程、車内から見た人だけであった。先客に敬意を表し、私から挨拶をする。私が東京から来たと言うと、ご親切に関西線の事を教えてくれた。そのお礼に私も関東の情報を流す。「かすが」までの待ち時間も退屈しなかった。

9時10分ごろ、前方よりキハ75系二次型の特徴的なライトが確認できた。早速カメラを構える。前方に見えるバイパスの陸橋と、ちょっと逆光気味なのが引っかかるが、そこそこの感じで撮る事が出来た。

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弥富駅付近を行く4両編成の急行「かすが」

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同じ地点で反対側も撮影。

これで午前中の「かすが」撮影は終了。終了後は、大垣へ向かい、樽見鉄道の撮影をした。(この話は別記事で)

夕方、今度は最後の「かすが」に乗ってみる。どこから乗ろうかと色々と考えたが、スケジュールの関係で、やはり亀山からとなった。一旦、宿泊先のホテルに立ち寄って荷物を整理し、身軽な格好に変身。名古屋駅17時8分発の関西線亀山行きで亀山を目指した。

亀山駅に到着すると、上り「かすが」が発着する1番線には、カメラを持ったファンが大勢待機していた。私は、一旦改札を出て、名古屋駅で入手してあった普通乗車券で再入場する。窓口では、最後の「かすが」に乗ろうとする人達が急行券を買うために長い列を作っていた。

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亀山駅改札前の発車案内機。急行「かすが」と表示されるのも今日が最後となる。

もう時間があまり無い。改札に入ると、すぐに急行「かすが」が入ってきた。先頭の4号車が自由席らしいが、朝の通勤時間帯を思わせるほどの混雑振りであった。とりあえず、亀山駅ホーム上での「かすが」を撮影してから、指定席車両の方に飛び乗った。

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亀山駅停車中に乗務員も交代。この交代シーンを撮っているファンも多かった。

最終日の急行「かすが」は、指定席車両が満席との事で、私は自由席券を購入したのだが、いざ乗ってみると、指定席車両には空席が目立つ。どうも、指定席券を購入した人は、実際に乗る人よりも、コレクションとして買った人の方が多いようだ。せっかく乗車したのだから、座席にも座りたい。そう思って私は検札に来た車掌に、差額分を払って、指定席車両の空いている席に座ることにした。

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空席も目立つ指定席車両。

この急行「かすが」は、快速「みえ」や武豊線で使われているキハ75が使用されているが、急行運用と言うことで、中央の扉を締め切り扱いにしている。主に205・206番のユニットが使用されているので、この両ユニットには、扉に締め切り扱いのステッカーを貼って対応していた。

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「かすが」専用編成は中ドアを締め切り扱いにしている。

この扉締め切りの表示も、急行運用が解除されてしまえば姿を消すことになる。私以外にも記録している人が何人かいた。

一通り撮影を終えて座席に腰を下ろす。キハ75には、快速「みえ」や武豊線で何度か乗車しているが、急行運用での乗車は、これが初めての体験。走りに関しては自慢の俊足で、急行らしさは充分に伝わってくる。車内設備も、座席はゆったりしており文句なし。名古屋までの約50分間、急行「かすが」の旅を充分に堪能した。

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この表示が出たら、撮影をする人が多くなった。

車内案内機の表示に名古屋と言う文字が出始めた頃、担当車掌から今日で運転終了と言う、最終日らしさを感じさせるアナウンスが入った。なかなか名文句の車内放送で、乗っていた私も思わず感動してしまった。

名古屋には定刻通りの到着。最終列車の余韻に浸りながら、私は反対側の12番線に移動。キハ75系急行「かすが」の最後の雄姿をカメラに収めた。

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急行「かすが」到着と入れ替わりに、快速「みえ」が名古屋駅を発車していった。

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「みえ」が発車して、12番線は撮影タイムに突入した。

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反対側も撮影。

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関西線ホームの時刻表。急行「かすが」の扱いは、かなり悪いような気もする。

名古屋駅12・13番線ホームには、急行「かすが」の到着を待つファンが大勢いたが、改正で廃止となる「出雲」や113系狙いで連日ファンが殺到していた東京駅とは比べ物にならないくらい静かで、名古屋のファンの紳士的な行動に頭が下がる思いであった。地味に走り続けてきた急行「かすが」を、暖かく見送ろうと言う思いが強いのかもしれない。

48年間ありがとう。お疲れ様でした。


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ムーンライトながら車内より

おはようございます。只今ながらに乗車中。昨夜の強風の影響で、ようやく浜松を出たところです。豊橋からは特別快速が先着するそうなので乗り換えることにします。

なお、後寄り3両は、本日のみ豊橋止まりだそうです。

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これから出発!

突然ですが、今夜の「ムーンライトながら」で名古屋方面へ出かけます。

現地では、ダイヤ改正で廃止になる急行「かすが」の撮影&乗車、さらに、まもなく廃止予定の樽見鉄道の貨物列車の撮影を予定しています。帰京予定は18日(土)の夜です。

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明日が最後となる急行「かすが」 2005年9月3日名古屋駅にて撮影

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リゾートしらかみ くまげら 品川駅にて展示会開催

このところ、当ブログでは3月18日のダイヤ改正に合わせて消えていく列車・車両の話題を中心に取り上げてきたが、ここでダイヤ改正でデビューする車両の話題をお伝えすることにしよう。

白神山地や日本海の素晴らしい景観を楽しめるJR五能線。この五能線には、「リゾートしらかみ」と言うクルージングトレインが運転されている。「リゾートしらかみ」には、第1編成の「青池」と第2編成の「ブナ」の2編成体制で五能線を運転してきたが、この「リゾートしらかみ」が大変好評で、第3編成を増備することになった。この度、第3編成となる「くまげら」の改造工事が完成し、デビューイベントとして首都圏でも品川駅と大宮駅で車両展示会を開催することになった。3月12日、この「リゾートしらかみ くまげら」が品川駅で展示会を開催していたので、私も113系の撮影の合間に見学してきた。

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品川駅10番線で展示された「リゾートしらかみ くまげら」編成

御覧のように、車体のデザインについては、既に活躍中の「青池」「ブナ」と同仕様である。第1編成の「青池」は4両編成であったが、この「くまげら」は第2編成の「ブナ」と同様3両編成である。両端の先頭車は、普通車指定席となっているが、中間の2号車はボックス席となっており、家族向けの作りとなっている。

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家族向けのボックス席となっている2号車

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車端部に設けられた「くまげら」の表記

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引退間近の東海道線113系とも顔を合わせた

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車番の表記。なぜか「キハ48」の方が字が小さい。

最初は撮影ばかりしていたのだが、これでは展示会の意味が無い。せっかくなので車内も見ることにする。車内はかなり混んでいたが、それでも両先頭車の車内の写真は何とか撮影できた。

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普通車指定席車の車内

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運転席後部の展望ラウンジはフリースペース。営業運転でもこんな光景が見られることだろう。

今回登場のリゾートしらかみくまげらは、3月18日のダイヤ改正より、秋田~青森間を五能線経由で1往復ずつ運転されることになっている。6月3日までは上り2号(青森8:00-秋田13:22)と下り5号(秋田14:10ー青森19:32)に使用される。私自身、五能線は一度も乗車した事が無いのだが、こう言う車両を見てしまうと、一度ぐらいは乗ってみたいという気持ちになる。いつの日か、この車両で五能線を堪能してみたい。いつになるやら・・・

なお、リゾートしらかみは、昨年3月にも「青池」編成が上野駅で展示されています。その時の模様はこちらを御覧下さい。

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ありがとう113系 東海道線東京口よりまもなく引退 

この3月のダイヤ改正では、長年親しまれてきたものが幾つか消え行く運命にある。1950年の80系電車以来親しまれてきた湘南色の電車である113系も、湘南色発祥の地である東海道本線東京口からは姿を消すことになった。東海道線の湘南色電車引退を記念して、先週辺りから最後まで残った113系には「ありがとう113系」と言う惜別マークをつけて運転している。

12日の昼間は、その113系最後の活躍ぶりを撮影してきた。ネット等で検索した結果、まずは数少ない113系の快速「アクティー」である3757Mから撮影する事にした。東海道本線の下り列車が綺麗に撮れる新子安駅は終日ファンが多いと聞いていたので、ここは最初から避けて、私が向かったのは蒲田駅である。ここは意外にも人が少なく、3757M通過時は、私を入れて5人だった。

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蒲田駅付近を通過する113系快速「アクティー」

続いて向かったのは、先日の「出雲」撮影時に訪れた、大森~蒲田間の歩道橋。ここで上り東京行の113系を狙うことにする。さすがに「出雲」通過時から比べると人は少なく、歩道橋の真上及び階段付近を足して10人程度であった。この程度なら楽に撮影できる範囲内である。

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東京を目指す113系

蒲田での撮影は、この2本のみ。品川駅で開催中の「リゾートしらかみ」の展示会へと向かった。品川駅で「リゾートしらかみ」の見学と食事後に、113系の上り東京行がやって来る時刻となり、品川駅4番線から撮影する事にしたが、さすがにここは撮影している人が沢山いた。人をいれずに撮るのが難しいほどであった。

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品川駅に到着した113系東京行。

この時、113系が東京駅へ行って折り返してくる下り列車に川崎まで乗車すると、17分後に再び別の113系による東京行に乗れる事が解り、お名残乗車を楽しむことにした。乗車するのは、勿論モハである。品川~川崎間では113系による全速力の爆音を堪能した。この音が東京口で聞けなくなるのは寂しいものである。

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川崎駅からは再び113系で東京へ。3757Mの折り返し列車のようだ。

113系で東京駅に着くと、先程の品川駅よりも、さらに大勢のファンが待機していた。東京駅は113系の引退と「出雲」の廃止で終日ファンで賑わっているようである。ここ東京駅では折り返し時間に余裕があったので、JR東日本からは形式消滅しそうな3形式を中心に撮影することにした。

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基本編成に連結されているサハ111は、JR東日本からは形式消滅するものと思われる。

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平屋グリーン車のサロ110。これも既にJR東日本にしか無い形式なので、今回の引退によりJR線上から完全に形式消滅となる。

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2階建てグリーン車連結開始に合わせて登場した113系用のサロ124。この車両は211系への転用が計画されているが、113系としては形式消滅となる。

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113系を撮影する人々。老若男女、幅広い人たちが撮影している。

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朝から撮影を続けて、3種類のヘッドマークを記録する事が出来たのも効率良かった。引退まであと5日。もう1回ぐらい撮影できれば良いなと考えている。

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続続 廃止目前!「出雲」を撮る

3月17日のダイヤ改正で廃止となる「出雲」を、これまでに2回取り上げてきたが、いよいよ3回目となる今回が最終章となる予定である。11日の夜、私は東京駅に立ち寄り、廃止前最後の週末の様子をカメラに収めてきた。

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東京駅10番線の発車案内機にこの表示が出るのもあと僅か。

私は20時40分頃から東京駅10番線にいたのだが、もう既に今か今かと「出雲」の入線を待ち構えるファンが多数駆け付けており、騒然とした雰囲気であった。

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「出雲」の入線を今か今かと待ち構えるファンたち。

20時59分頃、ピリピリとしたムードの中、EF65に引かれた「出雲」がゆっくりと入線してきた。ここからファンたちの熱い10分間が始まる。私も何とか列の中に入り、「出雲」のマークなどを撮影した。

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何とか撮ったマークだが、もう磨り減ってしまっている感じ。

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発車時間ギリギリになり、だいぶ人が減って、ようやくこんな感じで撮れるようになった。

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出雲市へ向けて出発進行!

とにかく発車間際まですごい数のファンが「出雲」を囲んでいた。この列車に乗務していた車掌さんや警備に当たっていた駅員さん達もさぞ大変だったことだろう。ご苦労様。「出雲」が出発すると、再び10番線には静けさが戻ってきた。

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12日昼間、品川駅11番線にて撮影。この車両の「出雲」マークの方が幾らか状態が良さそう。

さて、東京から山陰へ向かう夜行列車には、この「出雲」以外にもう一つ、「サンライズ出雲」と言う寝台特急がある。JR西日本とJR東海が共同開発した寝台電車285系を使用しており、岡山までは四国の高松へ向かう「サンライズ瀬戸」を連結した14両で運転している。この「サンライズ」は、東京駅を「出雲」の約1時間後に出発するので、久しぶりに撮影してみた。

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東京駅で出発を待つ「サンライズ瀬戸・出雲」

この日は14両全てJR西日本所属の車両。東海所有の車両とは、構造も全く一緒で、運用も共通運用となっている。基本的には寝台特急だが、中にはカーペットだけの車両もあったりして、色々と工夫が感じられる。

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電車での運転のため、運転経路は伯備線を経由する。

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12日の昼間、品川で撮影。昼寝中の285系電車。

まもなく運転を終了する「出雲」。最終日は、「瀬戸」の時と同様、赤いEF65でお馴染みの1118号機が牽引するのかどうか。残る数日間も大きな事故など無いように願っている。


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相鉄のレアモノ 5000系に遭遇する

再び、先週の相鉄遠征時のお話。

モニと機関車の回送を撮ろうと思い、大和駅から電車に乗って車両基地のある、かしわ台駅に向かう。かしわ台駅に到着すると、隣のホームに回送列車が停車していた。最初は7000系かと思ったのだが、よく見ると5000系だった。

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相鉄のレアモノ 5000系

この5000系、デビューは昭和30年。相鉄初の自社発注車、高性能車両である。デビュー当時は18メートル車体で2両1編成を組み、昭和35年までの間に20両が製造された。その後、20メートル大型車体に載せかえられることになり、その際に7000系と同様のアルミ車体に変更。一時期5100系と形式を変えた時期もあったが、後にVVVF化改造された際に再び5000系に戻った。10両編成2本に組まれていたが、昨年1編成10両が廃車となり、現在では1編成のみの存在となってしまった。

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ホームとは逆側のドアを開けて出区点検中

1編成のみとなってしまった5000系だが、この日は夕方からの運用増に合わせて出庫してきたようで、この後、海老名方向へ向けて出発していった。そして、私がモニと機関車を撮影している間に、横浜行き急行として通過していったのを目撃している。出来れば乗ってみたかったが、流石に早朝からの疲れが出てしまい、途中で待つ気力が無くなってしまい、撮影終了後は、そのまま横浜まで乗りとおしてしまった。

次に相鉄沿線に出かけた時も見る事が出来るだろうか?

参考

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7000系電車。5000系とは似ているようでも微妙に違いがある。

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相鉄 鉄道フェアに行ってきた

このところ、本業多忙につき、ブログの更新が遅れ気味になっております。今日も一週間前の5日の話からの報告となりますがお付き合いください。

5日午後は再び外出。相鉄の相模大塚駅構内で開催中の相鉄「鉄道フェア」の会場へ向かった。自宅のある萩山からは、国分寺・西国分寺・府中本町・登戸・相模大野・大和と6回の乗り換えて、ようやく相模大塚駅に辿り着いたのは、13時50分頃であった。

私にとって、この相鉄は無縁の私鉄で、実は2年ほど前まで全く乗ったことの無い路線だった。それでも、米軍基地へのタンク車輸送等で活躍した電気機関車や、かつての旧型国電の生き残りである事業用車は興味があって、以前から撮影したいと思っていた。そんな中、2月26日に相模大塚駅構内で、電気機関車と事業用車を並べた撮影会をやると聞き、是非行きたいと思っていたのだが、スケジュール的に不可能と判明。諦めていたところ、大雨により一週間順延となり、奇跡的に行ける事になったのだ。

道中、撮影会場は30分待ちと言う情報も入っていたので心配していたのだが、実際に現地に行って見ると、すんなり入場できた。まず、私の目の前に現れたのは、米タン列車などで活躍していた電気機関車の4重連だった。

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かつて米タン列車などで活躍した相鉄の電気機関車。

この車両は、色はレトロだが、車体は思ったより近代的だったので、比較的新しいのだろうと思ったのだが、昭和27年製と聞き、驚いてしまった。当時としては、斬新なスタイルだったのではないだろうか。米タン列車廃止後は、事業用車両として活躍しているようで、この辺りは地元、西武鉄道のE31に通じるものがある。

続いては、こちらの黄色い車両。

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検測業務で使用されているモニ2000形

このモニ2000形は、かつて相鉄に在籍していた旧型国電の払い下げ車両を事業用車両に改造したもので、10年ほど前でJR東日本の鶴見線で活躍していたクモハ12型と同世代の車両である。この相鉄のモニ2000形は形こそ変わってはいるものの、17メートル級旧型国電の最後の生き残りである。この貴重な車両、今日まで細々と活躍してきたのだが、老朽化には勝てず、10000系等の新形車両の増備で余剰となった7000系改造の事業用車に近々置き換えられることになった。その為、今回の撮影会が最後の晴れ姿となるかもしれない。せっかくなので、1両ずつ丹念に撮影していった。

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モニ2019の反対側は貫通型になっていた

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中間車には架線をチェックするためと思われる照明装置が屋根上に設置されている

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3両目のモニ2005の横浜方運転台は完全な貫通型

今度は、逆光気味なのだが、反対側の模様も撮影してみる。すると、横浜方運転台付近の窓配置が違っている事が解った。

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中間車を反対側から撮ってみる。両運転台車両のようだが、こちら側には乗務員室扉が無いことから、もともとは片運転台車両だったと思われる。

事業用車両と言うことで、最低限の改造で対応したのだろう。それだけに車体構造を見ていると様々な特徴があって面白い。

この電気機関車とモニ2000形、展示会終了後はかしわ台の車両基地へ回送される。このダイヤは相鉄の公式サイトにも載っていたので、私も走行写真を撮ることにした。その間に大和のユザワヤで買い物をしてきたのだが、ユザワヤで予想以上に時間が掛かったので、相模大塚~かしわ台間の主な線路沿いは大勢の鉄道ファンで埋め尽くされてしまい、私が駆け付けた頃には、もう殆ど撮影できる場所が残されていなかった。とりあえず、かしわ台駅付近で撮ることにしたのだが・・・

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先にやって来たモニは影が入ってしまい失敗。

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続けてやってきた電気機関車はどうにか撮れたと言った感じ。

モニは影が入ってしまったので、この撮影場所から少々かしわ台駅寄りへ戻った所で、偶然にも知人に出会い、その場所で一緒に撮らせてもらうことにしたので、どうにか電気機関車の4重連の方は、少しはまともな写真が撮れた。

まあ、最初は諦めていたイベントに参加できただけ良かったと思わなくてはいけないかも。


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15回目の通院

3月5日は大忙し。早朝の撮影を終えた後は、地元へ逆戻り。10時30分から歯医者さんの予約を入れてあるためだ。今回は、前回仮付けした義歯の本付けになる。

2週間前、作り直した義歯を仮付けした後、最初の2日間ぐらいは緊張の連続であった。作り直したから大丈夫だと思っていても、心のどこかに「また外れないだろうか」と言う気持ちが残っていた。幸いなことに、今回の歯は、最初の2日間を過ぎたら、全くと言って良いほど違和感が無く、そのうち、最初から自分の歯として生えていた物とも思えるぐらいになった。歯の相性がピッタリだったと言える。

自分の番が来て、先生と挨拶。早速、歯の感想を伝える。「今度は大丈夫でしたね。」と先生の表情も幾分柔らかくなった。早速、本付け作業開始。まずは仮付けした義歯を外すのだが、これはトンカチのような物で2~3回叩かれたような感触が伝わった後、すぐに外れた。そして、一旦外した歯を綺麗にしてもらって再び挿入。作業はごく簡単に終了。これで自分の歯への仲間入りである。

治療を終えて会計となるが、いよいよ義歯の金額も支払うことに。受付係だった若いお嬢さんから、「領収書は治療費と歯の分と別々に作れますよ。」と聞かれたが、どちらにしても、自分の所得控除に使うことになるんだから、一緒でいいですよと答えておいた。自分の医療費で、一度に約5万近くの金額を払ったのは、これが初めての経験だった。

次回は、3週間後の3月26日。この後は何をするんだろうか。

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東急多摩川線で珍車に出会う

早朝の「出雲」を撮り終えて蒲田駅へと戻ると、なんと武蔵野線屋根上日記の管理人、マニはらさんと出会った。せっかくなので、二人で朝食を食べに行った。私は、この後、地元の歯医者へ行く予定があったので、一旦帰宅しなくてはならない。マニはらさんから、東急多摩川線には目蒲線時代に乗ったきり、乗っていないなあという話になり、東急多摩川線・東横線と乗り継いで渋谷へ出ることにした。

皆さんもご存知と思うが、この東急多摩川線と池上線は、18メートル級車の3両編成での運転となっている。両線とも車両は共通運用で、主力の1000系を中心に、かつての名車7000系を改造した7700系と、7200系を改造した7600系を交えて運転している。種車の都合なども合って、種類は豊富。中にはちょっとした珍車もある。我々鉄道を趣味にしている者にとっては、こう言う路線は、つい珍車の遭遇を期待してしまうのだが、蒲田駅で待っていた電車は、ごく普通の1000系だった。とりあえず、これに乗車する。

発車してから2駅目ぐらいだったか、前方よりこの線一番の珍車が近付いてきた。それは7700系の7915Fである。この7915Fは、もともと4両編成だった7700系を3両編成にする際に余剰となった中間車(サハ)だけを集めて、電装化と先頭車改造を実施。最近では当たり前になったステンレス車の先頭車改造だが、この車両が改造された当初は、それほど実例が無く、試験的要素の強い編成とも言える。

これだけの珍車を見たからには撮影したいと言う気持ちは二人とも一緒。と言うことで、途中駅の鵜の木で降りて待ち構えることにした。珍車7915Fは、2本後にやってくることになる。まずは続けてやってきた7700系で撮影の練習をした。

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その見た目から「歌舞伎塗装」と言う愛称も持つ7700系の7912F。

この7700系歌舞伎塗装タイプは、もともと池上線用に登場したのだが、後に目蒲線の目黒線・多摩川線分離化に伴う運用共通化により、多摩川線でも見られるようになった。

そして、お待ち兼ねの7915Fの登場である。

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1000系譲りの独特な表情の運転台を付けた7700系の珍車7915F。

1本前の列車の7912Fと比較すると、その珍車振りは一目瞭然。もう一つの特徴とも言えるシングルアームパンタも、東急では、確かこの車両が最初じゃなかったかと思う。

珍車を無事に撮り終えて、再び多摩川線に乗車。今度はごく普通の車両で、多摩川まで乗り通した。

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続 廃止目前!「出雲」を撮る

前記事でピンと来た方もいたかもしれないが、5日朝は、上り「出雲」の撮影に出かけた。

萩山から初電で出かけて、高田馬場から山手線に乗り換えて、まずは品川へ。ここで京浜東北線に乗り換える。どこで撮ろうかと考えながら、車内から観察する。意外にも大井町のホームには人が少なかった。大井町を過ぎて大森へ向かう途中、EF65 1118が数両のホキを引いた工臨とすれ違った。大井町で一度降りれば撮影できたかもしれないと、ちょっと後悔。

結局、蒲田で下車し、レールマガジンに出ていた歩道橋へと向かった。さすがに雑誌に出ているだけあって、人がかなり多い。私も最初はそこで撮るつもりが、人が多いので、同じ歩道橋の反対側から撮ることにした。こちら側だと人は少ないのだが、手前の京浜東北線の電車に被られる危険性と、同じく京浜東北線の引き上げ線近くにある黄色い倉庫が邪魔になるのが欠点。それだけにスリルも味わえるのだが、待っている間は、もし撮れなかったらどうしようかと、とても不安になってくる。

やがてEF65特有のヘッドライトが見えてきた。それと同時に後から京浜東北線の209系の接近音が聞こえてくる。大丈夫だ。このタイミングなら回避できる。自分にそう言い聞かせて待った。そして、209系は走り去り、後は「出雲」だけになったのだが・・・

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蒲田付近を走行する「出雲」

変な緊張感が影響したのか、少しだけ早くシャッターを切ってしまったようだ。まあ、これも良い思い出になるかもしない。

なお、この「出雲」撮影時に、運良く113系使用列車も2本撮影する事が出来た。

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この編成の先頭車両は横須賀線から転用の1000番台だった。

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後部4両のS104編成は、JR東海所有のT編成を置き換えるために基本編成から組み替えた編成だった。

こちらも「出雲」同様、3月18日のダイヤ改正で姿を消すことになっている。最近では、すっかり見かけなくなっていただけに、僅かな時間帯に2本も見られたのは幸運だったかもしれない。

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一部締め切り

今朝は西武拝島線の初電に乗って撮影に出かけた。萩山5時3分発の小平行きに乗るためにホームに向かうと、1番ホームに国分寺行きの初電が停車していた。更新101系なのだが、よく見ると中ドアだけを開けていた。

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中ドア以外締め切り扱いの国分寺行き初電

この101系更新車には、一部のドアの締め切り機能が付いているのは知っていたが、自分の目で見たのは今回が初めてだった。普段はすぐに折り返してしまうので停車時間が短いのだが、早朝・深夜の時間帯は停車時間も長く、寒い冬の朝はこう言う機能を使ってくれると実にありがたい。

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西武 多摩湖線で101系非ワンマン車による代走発生

帰り道、いつもように国分寺から多摩湖線に乗車。国分寺駅20時10分発の西武遊園地行に乗ろうとしたのだが、入線してくる車両を見て目を疑った。なんとワンマン非対応の101系253Fが来たのである。

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珍しく多摩湖線(国分寺口)に入線した101系非ワンマン車253F

この253F、どうやら低運車の225Fの代走として運用に就いていたようだ。ワンマン運転に対応していないので、当然のことだが車掌さんが乗務。途中駅の発車時には、しっかりと笛を吹いてドアを閉めていた。昔は当たり前のように聞こえた車掌さんの笛も、最近では発車メロディ化が進んだため、一部の区間を除き、出番がなくなってしまっている。ちょっと懐かしかった。この列車は、西武遊園地到着後、折り返しは小平行きとなる。今頃は、きっと小平~西武遊園地間の折り返し運転に使用されていることだろう。

それにしても、運用を離脱した225F、いったい何が起きているのだろうか。


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最新の鉄道ピクトリアル誌から

最新の鉄道ピクトリアル2006年4月号は201・203系電車の特集。通勤で中央線を利用している者としては、どうしても気になる形式であるので迷わず購入した。

この鉄道ピクトリアルを一通り読んで、私はある事に気がついた。ここをご覧になっている方で、もし同誌をお持ちの方は確認してもらいたい。それは201系特集記事ではなく、後の方の「TOPIC PHOTOS 中部」のコーナー。この中で蒲郡市内の東海道本線上り線高架化が完成と言う記事が載っている。報告しているのは、豊橋を中心にご活躍をされている白井良和さん。一見すると何気ない記事なのだが、よく見ると怪しい人物が写っている。これ、何と私なんです。

12月18日、蒲郡駅付近の高架切替日。私は前日より名古屋に行っていた。せっかく切替日に近くにいるのだから見に行ってみようと、朝、名古屋から311系の新快速で蒲郡へ向かった。真新しいホームに降り立ち、駅構内を一通り偵察。そして、今度は下りホームの名古屋方から、新上り線を走る列車を撮影しようとしたのだ。そして手始めに313系の特別快速から撮影。撮り終えて後を見ると、上りの新ホームを入れて撮影されている方を見つけた。今思うと、この方が白井さんだったようだ。

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新上り線を走行する313系特別快速。鉄ピクの記事と比較すると私の位置関係がお解かりかと。

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ちなみに、この列車の続行としてやってくるのが311系の静岡行き。当然、この列車も撮影した。

実は、私自身、白井良和さんの写真集を2冊所蔵しており、この記事を見たときは、挨拶しておけば良かったと思ったのと同時に驚いてしまった。そして、もう少し左へ寄った方が良かったなと反省。どうも失礼しました。

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珍車健在!高崎車両センター183系S3編成

房総半島の特急から183系が消えてまもなく4ヶ月。幕張に配属されていた183・189系は、大半が廃車の道を歩んでいるが、一部の車両は、幸運にも他の車両基地に所属する状態の悪い183・189系の置き換え用に転用されている。

高崎車両センターに所属する183系も、在籍している6連3本のうち、状態の悪い車両を幕張車両センターから捻出された車両との置き換えを進めている。各編成とも新潟方先頭車だけを残して、残り5両を幕張からの転用車と組み合わせているのだが、その中で注目を集めているのがS3編成である。このS3編成には、あの飾り帯の低いクハ183-1527が連結されているからだ。

2月25日の夕方、私は高崎地区のスキー列車「シーハイル上越」に、S3編成が充当されているのを知った。この列車はしっかりと絵入りマークが用意されている。あの独特の表情であるクハ183-1527が高崎へ移ってからは、まだ一度も撮影していなかったので、良いチャンスと思い、横浜での寝台特急「出雲」の撮影の前に、時間調整をかねて高崎線の上尾に向かった。ところが、この列車30分ほど遅れている事が解り、あとの予定を考えると、上尾駅での撮影は困難となった。仕方なく大宮駅へ戻って撮影したのだが、この大宮駅到着時には、ヘッドマークを回転させて「回送」と言う表示になってしまう。「シーハイル上越」のマークの撮影はお預けとなってしまった。

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高崎車両センターに転用された珍車クハ183-1527。この車両の影響でS3編成の注目度は上がった。

この車両の反対側、新潟方の先頭を勤めるのは、クハ183-103。この車両は、かつて中央本線の特急から183系が撤退する頃、リバイバルカラーの第一弾として登場し、2002年2月2日には1日限り復活した「あずさ2号」にも使用されたことのある車両だ。

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新潟方先頭を勤めるクハ183-103は普通の顔だが・・・

このクハ183-103、さらに元を正せばサハ481で、国鉄最後のダイヤ改正に合わせて改造された車両だ。かつては、このような改造車が多数いたが、現在では、高崎車両センターに残るのみとなってしまった。

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この画像では見辛いが、少し高い窓と後方のドアのステップが元485系の証。

高崎車両センターの183系は、団臨運用以外にも多客臨に入る事が多く、時には特急運用にも入ることも多い。今回の車両入替では、上野方の先頭車は全て特急シンボルマーク付きに統一されたこともあるので、今後、他の車両センター所属の車両よりも注目度が更に上がっていくだろう。私自身も、183系らしい183系となった高崎車両センターの183系を今後も追いかけていくつもりだ。

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