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夏の18きっぷシーズン突入企画 8年前の大垣夜行救済臨を振り返る

今年も夏の青春18きっぷのシーズンが始まった。私の手元にも、JR四国発行の常備券が1枚あり、この夏もこれを使って出かける計画を立てているところだ。実は今日も静岡県内へ出かけたのだが、時間の都合で、今日は往復新幹線である。

さて、話は私の職場の話になる。今週、事務所のコピー機が新型のものになった。新しい機械はカラーコピー対応で、さらにスキャナーも付いているという。そこで、スキャナー機能の練習にと、私が以前撮った写真をスキャンしてみた。今日は、その写真のお話。

青春18きっぷ愛好家の方なら、一度はお世話になったのが大垣夜行ではないだろうか。今でこそ、定期、臨時ともに全車座席指定「ムーンライトながら」になってしまったが、定期列車が「ながら」になっても、臨時は2003年頃まで、165系などを使用した自由席での運転であった。165系ファンの私は、この救済臨を、よく品川でバブル撮影したものだ。その撮影で、今でも忘れられないのが、2000年問題で大騒ぎした1999年の年末の救済臨である。この年、JR東海では、313系の新製投入が始まり、165系電車の定期運用は終了していた。僅かに残った神領区の車両が、大垣夜行救済臨など、波動輸送に活躍していたが、それもいつまで続くか、時間の問題であった。

12月28日の夜、私は、バルブ撮影の支度をして、品川駅に向かった。帰りが拝島線の終電後になるため、確か小平駅近くに自転車を停めていった筈だ。深夜の品川駅に着くと、既に9375Mは入線している。この日は神領区165系の11両編成だった。6番線にて、まずは大垣方から撮影を開始する。

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1999年12月28日、品川駅で撮影した大垣夜行救済臨9375M。この日は、JR東海神領車両区所属の165系が担当だった。

撮影後、今度は最後部車両を目指す。ホームを歩いていると、5番線に東京行き終電がやって来た。やばい。急がなくては。この列車がこのホームから出る最後の列車。あと数分でホームの灯りも消えてしまうのだ。

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東京方先頭は、原形ライトのクモハ165-108。

神領車両区T8編成。この時点でJR東海に残った唯一の原型ライトのクモハ165だった筈。これが無性に撮りたかったのだ。

さて、ここで友人に会い、おもしろい話を聞いた。それは「明日も面白いよ」とのこと。この頃の救済臨は、JR東日本と東海が1往復ずつ担当していたので、翌日はJR東日本の担当となるのだ。当初は撮る予定がなかったのだが、そんな話を聞くと翌日も行きたくなる。1999年の平日ダイヤ最終日である29日夜も、深夜の品川駅に向かった。この日もまずは大垣方の車両から。田町電車区の167系湘南色編成が先頭だ。

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翌日の9375M。この日はJR東日本田町電車区の167系と三鷹電車区の165系が担当だった。

当時、田町電車区に湘南色ボックスシートの167系は2編成あり、救済臨には、よく充当されていた。この2編成は、どちらも特徴のある編成で、一本はアコモ改良車のように、角形ライトに改造されたH19編成。この編成はどうしても好きになれなかった。そして、もう1本が今回先頭に立っていたH11編成。このH11編成は、167系のトップナンバーで構成されているが、大垣方の先頭車のみ、事故廃車となった車両の代替で組み込まれた、クハ165-3が組み込まれている。

撮影後、急いで東京方の先頭に向かう。この日も11両なので、三鷹電車区の車両が増結されていたが…

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東京方に増結された三鷹電車区165系M6編成。

増結編成が、当時1本だけ在籍していた原型ライト編成、M6編成だったのだ。この編成、一時は新潟の上沼垂運転区内で休車状態だったのを、当時、三鷹電車区に在籍し老朽化していた169系の代替車として、この年に転属されてきたのだ。転属当時、このM6編成は、なかなか運用に入らず、沿線ファンをやきもきさせていた。

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M6編成のクモハ165-103。

クモハ165の特徴である角型通風器が撤去されているのは、新潟地区で活躍していた車両の証でもある。M6編成は、運用に入っても、このクモハ165が中間に入るパターンが多く、なかなかクモハが先頭に立つシーンは撮れなかった。それだけに、この日は撮影も興奮気味だった。

この撮影から、もう8年が過ぎようとしている。今ではデジタル一眼を使っているが、この頃は、EOSを使用しているものの、ネガフィルムを使用。当時の写真を見てみると、バルブ撮影していても、本当に上手く撮れているのかが不安で、何枚も撮影していた。今となっては、懐かしい思い出である。


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コメント

まいどです。

いや~、懐かしいですねぇ。本当にこの臨時夜行にはお世話になりました。

いつもこれを利用する時は品川へは出発の3時間前に着いて時間をつぶしたものです。「ながら」に空席があってもこの臨時を良く利用しました。

画像のT8編成、良く見ると方向幕が「大垣」になっていますね。静岡の165系時代の375Mを思い出してしばらく見入っていました。

投稿: みなづき | 2007/07/21 23:58

こんばんは、Fujickeyです。

165系三鷹色、クモハの通風機が撤去されていたことを初めて知りました。
今、手元にTOMIX製の165系三鷹色車がいますが、通風機は撤去されていませんでした。
それほど難しい改造ではなさそうなので、時間があったらやってみたいと思います。

しかし気付けば稼働している165系列もしなの鉄道に残るのみで、何とも寂しい限りです。

投稿: Fujickey | 2007/07/22 00:28

みなづきさん、Fujickeyさん、古い写真にお付き合い頂き、有難うございます。

みなづきさん>
当時は今と違って座席指定じゃなかったですから、早いうちからホームに新聞紙を引いて座っている人も多かったですよね。私も経験あります。今でもそうですが、当時から品川駅は構内に飲食店も多かったですから、長時間並ぶ場合でも、食べ物には不自由しなかったですね。

Fujickeyさん>
トミックスの169系三鷹色は、基本+増結の6両編成で走らせる事を前提に発売しているようです。しかし、商品の構成を見ますと、基本3両は169系でシングルアームパンタになっています。当時の三鷹電車区の165・169系は、簡リク編成とボックス編成が3編成ずつ在籍し、6両編成を組むには、簡リク+ボックスと言う編成が基本でした。で、シングルアームパンタの編成は、2編成ともボックス車でしたから、このままだと、見た目はボックス車だけの6両編成みたいになってしまいます。ちなみに、私のところでは基本2、増結1を購入し、基本編成の1本は、パンタグラフをPS23に交換。さらに増結編成は、実車に近づけるために、クモハの角型通風器は撤去しました。本来ならば、モハ164の避雷器の位置も変更する必要がありますが、ここまではしていません。

投稿: TOMO | 2007/07/22 13:33

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