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西武 奥むさし駅伝開催に伴う臨時列車を観察する

1月最後の日曜日となる25日、今年も恒例の奥むさし駅伝大会が開催された。

すっかり1月の恒例行事として定着した奥むさし駅伝大会。西武鉄道では、毎年、この駅伝大会の開催に合わせて、駅伝のコースと重なる飯能~西吾野間に臨時列車を2往復増発して対応している。私も、奥むさし駅伝開催日には、毎年早起きして、この臨時列車の撮影に出掛けているが、昨年は不覚にも寝坊してしまい、悔いの残る観察となってしまった。その為、今年は早朝から気合を入れて出掛けてきた。

萩山駅6時45分発の西武新宿行きで出発。途中、小平で新宿線に乗り換え、更に所沢から「ちちぶ65号」に乗車する。特急料金を投資する事で、飯能駅7時34分発の西吾野行きに間に合うのだ。7時29分、時刻どおり飯能駅に到着する。西吾野行きの発車時刻まで5分。この間に撮影を終わらせなくてはならない。足早に2・3番ホームへと移動する。

さて、注目の西吾野行き。昨年までは、1本目の西吾野行きに101系・301系が充当されていたのだが、私を待っていたのは、何と2000系だった。

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1月25日、恒例の奥むさし駅伝開催に伴う臨時列車の観察に出掛けた。飯能7時34分発の西吾野行きは、2087Fが充当された。

新型車両30000系の営業運転開始により、101系・301系に廃車が相次ぎ、特に昨年の年末には、301系が3編成運用を離脱している。最近では、休日運転の快速急行にも、3000系が使用されていると言う話を聞いていたので、西吾野行きにも、3000系が使用されるのかな?と予想していたのだが、まさか2000系が使われるとは思ってもいなかった。

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発車メロディ省略は駆け込み乗車防止につながるのか?

27日の朝の事。自宅で「めざましテレビ」を見ていると、JR新宿駅で行われている駆け込み乗車防止の実験の事が取り上げられていた。

この実験は、駆け込み乗車の原因に、発車メロディが関係しているのではないかと言う事で、JR東日本では、1月13日から3月6日までの間、試験的に7・8番線の発車メロディを終日省略し、駅のアナウンスのみでドアを閉めると言うものである。実際にテレビの映像では、発車メロディを使わない方が、駆け込み乗車は見られなかったと言うものだった。

実験の事は、以前より気になっており、一度は状況を確認してみようと思っていた。そこで、27日夜の事だが、仕事が終わってから中央線の快速電車で新宿へ行ってみた。新宿駅に到着したのは、18時10分頃の事。まずは、最後部車両より車掌さんの様子を見てみる。発車メロディは省略しているのだが、車掌さんは、今まで通りボタンは押している。発車メロディのボタンを確認してみると、5秒以上ボタンを押すようメモが書かれていた。どうやら、5秒以上押す事で、何らかの形でホームの立ち番をしている駅員さんの所に出発確認が行われるようである。

そこで、今度は5号車付近にある、立ち番の駅員さんの場所へと行ってみる。邪魔にならないように配慮しながら、駅員さんの様子を観察してみた。すると、立ち番の位置から見える場所に、1つのランプを発見。

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発車メロディ省略実験を実施中の新宿駅7・8番線。同ホームの4号車付近に、ドア閉め合図用のランプ(レピーターの左隣)を発見した。

車掌さんがスイッチを押すと、このランプが点灯し、更に立ち番の位置にあるスピーカーのようなものからも、小さいながらベルが鳴っており、立ち番の駅員さんは、このランプとベルを確認して、ドア閉めのアナウンスを入れるようである。

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ランプが点灯。これがドア閉めの合図となり、駅員さんがアナウンスをする事に。

この後、実際に駅員さんがアナウンスをするところまでの基本動作を観察してみたのだが、これが結構大変だ。実は、この直後に、ホーム上で喫煙をしようとした乗客がいた。おそらく、直前に到着した中央本線の特急列車から降りてきた乗客のようだが、中央本線の特急列車も今や全面禁煙。ようやく到着した新宿駅で一服したかったのだろう。ところが、ホーム上も喫煙所以外は禁煙。駅員さんは、その事を注意したようだが、注意された乗客は我慢できず口論に。その最中でも、駅員さんはドア閉めのアナウンスをしなくてはならない。今回はたまたま口論に発展したが、それ以外にも、駅員さんに乗客が乗り換えについての質問などをすれば、答えなくてはならない。ホームの真ん中に立っていれば、当然乗客に捕まることも多いのだ。であれば、ドア閉めのアナウンスも駅員さんではなく車掌さんが担当した方が良いのではないだろうか。幸いにも、今現在、中央快速線の電車は殆どが新型のE233系。車外スピーカーも装備しているから、車掌さんがホーム上のアナウンスをする事は可能である。201系充当列車以外は、車掌さんが担当しても良いような気がする。

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JR国分寺駅バリアフリー化工事観察記5

このところ、さぼり癖がついてしまったJR国分寺駅バリアフリー化工事の観察記ですが、週が明けて動きが出てきたので、ここで触れておきたいと思います。

1月に入り、17日から25日までの土曜・休日に限り、1・2番線の西国分寺方階段を閉鎖して工事を進めてきたが、期間限定の閉鎖が明けた26日からは、この階段上に新たな告知ポスターが貼られた。その内容は、1月31日と2月1日の2日間、この階段を閉鎖すると言うものである。ポスターには、2月2日(日曜日)と記載されていたが、実際には2月1日が日曜日なので、たぶん書き間違えだろう。そして、ホーム上には、この階段から高尾方先端までの間、2か所に仮囲いが現われた。

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国分寺駅1・2番線の立川方に2か所の仮囲いが現れた。

よく見ると、エスカレーターの資材らしきものが置かれているのが見えた。1月31日から2月1日にかけて、西国分寺方の階段を閉鎖するとなると、この2日間で一気にエスカレーターに切り替えてしまうと言うことなのだろうか。来週の今頃、この付近がどのように変化しているのか、観察が楽しみになってきた。

ちなみに、お伝えするタイミングを逃してしまったのだが、1・2番線のエレベーターが、昨年の12月20日頃から稼働し始めており、1・2番線は、3・4番線に比べてバリアフリー化が順調に進んでいる。

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2008年12月20日頃から稼働し始めた1・2番線のエレベーター。(2008年12月21日撮影)

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さらばEF58 122号機 浜松工場で解体される

さて、EF55が引退してまもなく1週間が経過しようとしているが、そのショックが消えないうちに、JR東海のEF58 122号機が、浜松工場で解体されたと言うニュースが入って来た。

現地での解体作業の模様は、鉄道ファン誌の公式サイト「railf.jp」の2009年1月23日付鉄道ニュースで取り上げられている。EF58 122号機は、2006年のゴールデンウィーク以後、運用を離脱して浜松工場へ回送されたが、これまで工場内で保管されていた。JR東海でも鉄道博物館構想が発表されたばかりだったので、この車両に関しても、博物館入りされるものだろうと思っていただけに、このニュースには驚いた。同機の解体シーンを眺めていたら、その姿から、国鉄時代に解体されてしまった、浜松機関区所属のお召予備機、EF58 60号機の解体シーンを思い出してしまった。

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2006年5月4日、飯田線野田城~新城間で撮影した「トロッコファミリー号」。2006年のゴールデンウィークがEF58 122号機の最後の出番で、この直後、同機は運用を離脱した。

JR東海には、EF58がもう1両、青い157号機が残されている。122号機が解体されてしまった今となっては、残された157号機が博物館で保存されることを願ってやまない。

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きまぐれに西武でも さん

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上信電鉄を撮影する その2

では、続いて1月17日の上信電鉄撮影記。

朝から、ちろ氏とともに行動したこの日。磯部駅でEF55の回送を撮影した後は、後続の普通列車で高崎へと戻り、駅ビル内で昼食。そして、いったん新前橋までの往復乗車を挟んでから、上信電鉄の撮影に入った。

前回、11日に訪れたポイントは、既に先客がいたため、私達は更に南高崎方向へ進む。小さな踏切で999号を撮影したのだが、あまりうまくはいかなかった。再び、高崎駅方向へと戻って、11日に撮影したポイントへ戻ろうとすると、出場したばかりの500形第2編成が、高崎検車区構内で試運転を実施しており、本線の手前まで出てきていた。残念ながら、あと一歩と言うところで撮影が出来なかったものの、貴重なシーンを見る事が出来た。

撮影ポイントに到着後、気を取り直して、入替作業で検車区から出て来た別の車両を撮影する。

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入替作業のため、本線手前までやって来た1000系車両。

1000系は、1976年に輸送力増強と旧型車の置き換えを目的として、新潟鉄工所(現・新潟トランシス)で製造された生え抜きの車両。登場時は3両編成だったが、後に輸送力過剰となり、2002年より2両編成に改められた。

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上信電鉄を撮影する その1

さて、今月は、EF55のさよなら運転撮影のため、高崎方面へ2度出掛けたが、1月のEF55は、いずれも信越本線横川までの運転のため、撮影は13時頃には終了してしまう。そこで、1月11日と17日は、高崎を起点に下仁田を目指すローカル私鉄、上信電鉄を少しだけ撮影してみた。まずは1月11日編から。

群馬八幡駅にて、「EF55碓氷号」の折り返し回送を撮影した後は、そのまま後続の普通列車で高崎へと戻り、駅前の飲食店で昼食を摂る。そして、昼食後に上信電鉄の撮影に入るが、まずは上信電鉄の検車区が良く見える駅近くの駐車場へ。私を出迎えてくれたのは、この機関車達であった。

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上信電鉄の顔は、やはりこの車両。デキ1形電気機関車

上信電鉄デキ1形電気機関車は、1924年、ドイツのシーメンスシュッケルト社から3両購入し、長年に亘り貨物輸送に活躍して来たが、1994年の貨物輸送廃止により、デキ2が廃車となり、現在ではデキ1とデキ3の2両が残る。しかし、残った2両も、2007年に脱線事故を起こし、それ以降は殆ど走っていないようである。この車両が走っているのを見たのは、2004年12月の500形搬入時の入替時のみなのだが、出来れば、もう1度、本線を走行する姿を見てみたいものである。

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西武園線折り返し運用に充当された101系253F

少々前の話になるが、1月20日夜、仕事帰りに国分寺・東村山経由で所沢へ向かったところ、東村山駅で101系253Fによる西武園行きを目撃した。

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西武園線の運用に充当された101系253F。

西武園線の運用は、昨年6月のダイヤ改正より、2000系4連が担当するのが基本となったが、西武鉄道を取り上げている複数のブログを見てみると、1月12日、高田馬場駅での38101Fの車両故障発生以降、新宿線の4ドア車が不足気味になっているようで、3ドア車による代走が発生しているようである。この日の西武園線の253F充当も、車両不足のしわ寄せによるものなのかもしれない。

新幕になってからの101系西武園行きは、この時が初の撮影だったかもしれない。

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寝台特急「あけぼの」を撮影する

さて、前の記事でも取り上げたとおり、1月17日の夜は、大宮駅で貨物列車の撮影をしているが、この日、大宮で撮影したのは、貨物列車がメインではない。寝台特急「あけぼの」を撮影することが本来の目的だった。

「あけぼの」は、上野から東北本線・高崎線・上越線・信越本線・羽越本線・奥羽本線を経由して青森まで運転される寝台特急列車である。1970年に上野~秋田間を奥羽本線経由で結ぶ臨時寝台特急列車として誕生して以来、今日まで40年近く、東京と東北を結ぶ寝台列車として活躍して来た。山形新幹線開業後は、陸羽東線経由となり、さらに秋田新幹線開業後は、高崎・上越・信越・羽越本線経由に変更となり、同じルートで運転していた寝台特急「鳥海」を吸収する形で現在に至っている。

この「あけぼの」を、現在では全区間、青森車両センター所属のEF81が牽引を担当しているが、3月のダイヤ改正を機に、上野~長岡間の牽引機が、長岡車両センター所属のEF64 1000番台車に置き換わることになり、ヒサシ付きの赤いEF81が「あけぼの」を引く姿が、改正後、首都圏では見られなくなってしまうのだ。その為、この日は、どうしても「あけぼの」を撮影しておきたかった。前の記事でもお解かりの通り、痛勤形酷電氏とお仲間の皆さんに撮影場所を提供していただき、大宮駅11番線から、9番線に停車する「あけぼの」を撮影してみた。

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大宮駅9番線に停車中の青森行き寝台特急「あけぼの」

この日、「あけぼの」を牽引していたのは、青森車両センター所属のEF81 138号機。所定では、青森車両センター所属の機関車が使用されるが、運用の都合により、田端運転所のEF81が使用されることもある。また、青森のEF81には、電車牽引も可能な双頭連結器を装備した車両も2両存在するが、この日はノーマルの138号機だった。

ところで、「あけぼの」は、大宮駅を出発すると、高崎線へ入って行く。通常、上野からやって来た下り列車は、高崎線は8番線、東北本線(宇都宮線)は9番線に停車する。この「あけぼの」に関しても、運転ルートを優先にすれば、8番線発着が相応しいのかもしれないが、東北へ向かう寝台列車と言う事で、あえて9番線にしているのかもしれない。当初、駅の時刻表を見たとき、「あけぼの」の出発時刻の横には、括弧書きで「8」と言う数字が書かれていたので、てっきり8番線だろうと思ってしまったのだが、よく見ると、「8」は番線ではなく、車両数を現わしていたようだ。「あけぼの」の発着ホームが、運転経路よりも行先を優先にしている点に、唯一の存在となった上野発青森行き定期寝台特急列車としての貫録を感じた。

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2009年1月17日撮影の貨物列車

さて、EF55撮影がメインだった1月17日。夕方からは貨物列車の撮影がメインとなった。まずは、前の記事でも触れた安中貨物の撮影からスタートとなる。

このところ高崎方面へ行った時には、必ずと言っていいほど、高崎駅で安中貨物を撮影しているが、この日は、「シーハイル上越」がメインとしていたため、当初は、安中貨物は撮影しない予定だった。しかし、昼過ぎに、この日の安中貨物は、元スーパーエクスプレスレインボーの専用機であるEF81 95号機が牽引する事を知り、予定を変更したのである。

私とちろ氏は、安中貨物の撮影に合わせて、17時25分頃に高崎駅2番線へと向かう。俗に言うネタガマが牽引と言うこともあって、高崎駅2番線では、暗闇の中で待機するファンがかなりいた。我々もその中へと近付いて行くが、その中にあの男を発見。EF55の最後の運転に合わせて、関西から仲間を引き連れて撮影に来ていたのだった。久々の再会と言う事で、世間話を交わし、その後に撮影準備に入る。良く知った連中がいたと言うこともあり、後から来ても撮影場所はすんなり確保する事が出来た。後は安中貨物の到着を待つだけなのだが・・・ ここで、高崎線北本~桶川間での人身事故発生の一報が入る。この後の撮影に支障が無いか心配されたが、2番線に停車していた上野行きは、ほぼ時刻どおりに出発し、安中貨物もほぼ時刻どおり高崎駅に到着した。

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高崎駅に到着した安中貨物こと5388レ~5371レ。この日はレインボーカラーのEF81 95号機が牽引を担当した。

いつもは地味な存在である安中貨物も、この機関車が牽引を担当すると、何か明るくなる。ちなみに、95号機牽引の安中貨物は、2007年9月9日にも撮影している。

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臨時快速「シーハイル上越号」を撮影する

さて、1月17日は、EF55の撮影がメインであるが、さよなら運転自体は、お昼頃で終わってしまう事から、午後は殆どフリーとなる。しかし、この日は、夕方運転される快速列車「シーハイル上越号」を、高崎駅周辺で撮影する予定でいた事から、それまでの間は、高崎周辺で過ごすことになる。その分の撮影記に関しては、後日お伝えする事にして、まずは、「シーハイル上越号」の撮影記を。

「シーハイル上越号」は、大宮から石打までを結ぶ快速列車で、スキーシーズンに合わせて運転される臨時列車である。以前は、同様の列車が両毛線内からも設定があったが、現在では、大宮発着の列車のみが運転されている。この日、朝の下り列車は撮影出来なかったので、せめて上り列車をどこかで撮ろうと思っていた。当初は、3分間停車する新前橋駅での撮影を予定していたのだが、急遽、安中貨物を高崎駅で撮影する事になってしまったため、この列車についても高崎駅での撮影となってしまった。

「シーハイル上越号」は、高崎駅に18時09分から11分までの間、7番線に停車する。私とちろ氏は、その時間に合わせて6番線へと向かう。到着1分前に6番線に向かうと、先客の方がいらっしゃったので、その後ろから撮影をする事にした。そして、ほぼ定刻通り、「シーハイル上越号」が入線して来た。

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高崎駅に到着した臨時快速「シーハイル上越号」

この日、「シーハイル上越号」に使用されていたのは、大宮総合車両センターの183系OM103編成。大宮総合車両センターの183系国鉄色編成は、この日の朝、OM101編成+OM102編成の初詣臨を撮影している事から、3編成ある国鉄色編成が、3編成とも運用に就いていた事になる。ご覧のように、高崎駅では、6番線に両毛線の普通列車が停まっている事から、編成全体を写すことはできないのだが、安中貨物との絡みもあって、この形での撮影となった。ヘッドマークの文字もあまり良く写っていない事から、近いうちに再度撮影しようかと考えている。

なお、この日の「シーハイル上越号」だが、高崎線内での人身事故の影響で、湘南新宿ラインの一部列車に運休が出ていた事から、高崎駅からも結構乗車があり、自由席はかなり混んでいた。かつての特急形車両での運転なので、快適な列車ではあるが、立って乗るには少々辛い列車かもしれない。

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さよならEF55碓氷号を撮影する

さて、倉賀野でのウォーミングアップを終えた後は、いよいよ横川方面へと向かっていく。

1月11日に撮影したEF55碓氷号の時と同じく、高崎駅9時13分発の横川行きで出発する。前回同様、この日も107系の2両編成。車内は超満員だ。我々、鉄道ファンは、EF55のさよなら運転が終わってしまえば、おそらくは、この列車にこれだけ乗る事はないだろう。この日だけのために車両運用を変更するのは困難な話だろうから、2両編成での運転は仕方ないのかもしれない。しかし、毎日利用する地元の方にとっては、この混雑は迷惑な話だろう。鉄道ファンの間に混ざって窮屈そうに乗っている地元の方を見ると、何とも申し訳なく感じてしまう。

とりあえず、車内でちろ氏と相談した結果、今回下車駅として選んだのは磯部駅。ここから安中方向へ15分ほど歩いたところにある畑の畔。ここも既に大勢のファンが待機していたが、人と人の間からカメラを構えて撮影することにした。セッティングを終え本番に備える。この日は、上野からの直通運転と言う事で、これまでのEF55碓氷号とは、ややダイヤが異なる。その為、私が乗車して来た横川行きが、碓氷号の前に運転される最後の下り列車となるため、下り列車を使ってのカメラリハーサルが出来ない。つまり「ぶっつけ本番」と言うことになるのだ。まあ、直前に上り列車が来るので、完全な「ぶっつけ本番」ではないのだが・・・

現地到着からおよそ20分後、「さよならEF55碓氷号」がやって来た。

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横川へ向かう「さよならEF55碓氷号」

通過直前まで太陽と雲の関係が微妙で、直前まで太陽が雲に隠れていたのだが、何とか通過直前で日が出てきてくれた。そして、何と言ってもうれしかったのが、ヘッドマークなしでの運転と言うこと。やはり、最後ぐらいはEF55本来の姿で撮りたかった。現地でご一緒した方達からも同様の声が聞かれた。

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183系12両編成の初詣臨を撮る

1月17日、私は、引退が迫っているEF55の撮影のため、高崎方面へ出掛けた。

その前夜のこと、ちろ氏より、当日は183系12両編成による初詣臨が運転される旨のメールをもらった。この列車の事は、鉄道ダイヤ情報誌にも掲載されていたのだが、このところ、仕事の慌ただしさなどから、私自身はノーマークだった。そこで、ダイヤ情報誌の臨時列車運転情報でダイヤを確認し、EF55撮影前のウォーミングアップとして、この列車を倉賀野駅で撮影する事に決めた。

17日早朝、私は地元、萩山駅を5時53分発の西武新宿行きで出発。高田馬場から青春18きっぷを使用してJRへ。しかし、山手線のダイヤ乱れの影響を受けて、しばし足止めを食らう。どうにか池袋から予定していた埼京線に乗車。赤羽から高崎線へと乗り換える。今回も早朝からの移動と言うこともあり、ささやかな贅沢としてグリーン車を選択。車内で朝食として購入したおにぎりを食べた後、睡眠タイムへ。気が付くと新町と言う絶妙なタイミングだった。

8時24分、倉賀野駅に到着。ここでちろ氏と合流し、183系の初詣臨を待つ。撮影場所は高崎線下りホームの高崎方先端。既に183系を待つファンが5人ほど待機していたが、ここはホームの幅が広い事から、まだまだ余裕で撮影できる。手短にカメラのセッティングをして183系の到着を待つ。そして倉賀野到着からおよそ12分後の事。前方より、183系の初詣臨がやって来た。

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倉賀野駅に進入する大宮総合車両センター所属、183系12両編成の初詣臨。

この日、初詣臨に充当されていたのは、大宮総合車両センター所属の183系OM101編成+OM102編成の12両編成。往年の特急列車とは異なり、中間に運転台を挟んではいるものの12両編成と言う長さは、堂々とした特急型車両らしい風格が感じられる。そして、1月11日の初詣臨と同様、絵入りの「初詣」のマークが、華やかさを演出している。

ウォーミングアップは無事に終了。私とちろ氏は、後続の高崎行きに乗り込み、次の撮影地へと向かった。

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ちろログさん

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牽引機変更?米タンを撮る

1月12日のお話。

3連休最終日となったこの日は、久しぶりに米タンを撮ってみようと思い出掛けてみた。米軍横田基地への燃料輸送列車と言う事で、基本的には土曜・休日運休となるのだが、米国に関係ない祝日は平日扱いとされて運転される日が年に何度かある。その為、これまでにも何度か祝日に米タンを撮影しているのだが、ここ最近では空振りが続いていた。年が明けて、成人の日である1月12日はどうだろうか。そう思って西武拝島線で拝島へ行くと、拝島駅到着目前にDE10が停まっているのが見えた。この瞬間、米タンの運転があることを知る。そして拝島駅には、EF65 1034号機が連結された状態で、米タン返空列車が停車していた。拝島駅到着後、私はJRの3番線へ移動。まずはホーム上から貨車の撮影を開始する。

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成人の日、祝日恒例の米タン観察に。まずは拝島駅でタキの撮影から開始。

米タンに使用されているタキ35000も、かなりのベテラン選手。そろそろ米タンの貨車もタキ35000から違う車両に置き換えられると言う話を良く耳にする。この日は、そんな話も踏まえてタキ35000も数両撮影してみた。まず撮影した、タキ35788は、ちょっと汚れた感じだった。

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EF65 1127号機を撮影する

1月11日夕方、携帯電話で情報を収集していると、高崎機関区に所属するEF65 1127号機が高崎線を下って倉賀野へ向かっていることを知った。

EF65 1127号機は、昨年春、岡山機関区から転属してきた車両。岡山機関区時代に、広島車両所で更新工事を受けているのだが、この広島車両所で更新工事を受けた車両には、首都圏で見られる2色更新色、3色更新色とも異なり、貫通扉が黄色く塗られた独特の更新カラーとなっている事から、「広島更新色」とも呼ばれている。岡山から高崎へは、この1127号機の他、同時期に1093号機も、広島更新色のままま転属していたのだが、その後の検査入場時に、2色更新機に塗り替えられてしまったため、この1127号機が首都圏で見られる唯一の広島更新色車両と言うことになる。そんな状況下でのEF65 1127号機の目撃情報とあっては、これは撮らない訳にはいかなくなる。目撃情報から推測して、5771列車のダイヤで動いていると判断。5771列車の到着時刻に合わせて倉賀野駅へ向かうと、独特なカラーである1127号機が、ゆっくりと倉賀野駅構内に入線して来た。

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倉賀野駅構内へゆっくりと入線してきたEF65 1127号機。

こうして、ようやく撮影する事が出来た1127号機。昨年春の転入以来、撮影まで半年以上が経過してしまった。この日は単機での姿であるが、いつまでこの姿で走るか解らないだけに、撮れただけでも有難いと思わなくてはならないのかもしれない。

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EF55碓氷号を撮影する

さて、高崎駅で183系の初詣臨を撮り終えた後は、いよいよ信越本線へと入って行く。

前の記事でも触れたように、高崎駅9時13分発の横川行きに乗車するが、2両編成の車内は、EF55目当ての鉄道ファンでいっぱい。私は後部車両に乗車するが、車内を見渡すと、言葉は交わしたことないものの、よく撮影地でお見かけする人も何人か確認できた。そう言いつつ、私もそう言う目で見られているのかもしれないが・・・ 

車内で、どの駅で下車するかを考えたが、結局、2駅目となる群馬八幡駅で下車することにした。

群馬八幡駅、初めて下車する駅だ。改札口付近にだるまのモニュメントが目立つ。毎年、1月6日から7日にかけて、だるま市が行われる事で有名な少林山達磨寺(だるまじ)の最寄駅であるからなのだろう。「行ってらっしゃい」と書かれただるまのモニュメントを見て、まずは安中方面に向かって歩き出す。目指すは、ここから徒歩25分ほどのところにある撮影地。線路に出来るだけ沿って移動するが、なかなか線路に沿った道が無いため、線路に近付いては離れての繰り返しとなる。探しながら歩き続けて、まもなく30分が経過する頃、ようやく撮影地に到着する。既に大勢のファンが待機していた。何とか隙間を見つけて撮影準備を始める。

それにしても、この日は寒い。しかも、列車が全く来ない。ちょうど1時間近く列車が無い時間帯で、次に下り列車が現れるのが、「EF55碓氷号」通過のおよそ20分前。セッティングをしても、この列車が来てくれなければ、何ともつかめない。ようやく先行列車が来た頃、線路沿いに発煙筒のような障害物があることを知る。さあ大変だ。再びカメラを構える位置を考えなくてはならない。色々と調整をするが、どうにも調整がうまくいかず、結局は、機関車と客車の連結面付近に障害物が来るようにしてクリアすることにした。

そして、10時48分頃のこと。「EF55碓氷号」がやって来た。

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信越本線群馬八幡~安中間を行く「EF55碓氷号」

信越本線は、長野新幹線開業に伴い、横川~軽井沢間が廃線となった事から、今では横川駅が単なる終着駅となってしまった。横川駅では、客車列車の機回しが出来ない事から、この列車も、折り返しの回送列車牽引用として、最後尾にDD51を連結している。この日は、DD51 897号機が担当であった。

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183系の成田臨を撮影する

さて、早朝から出動した1月11日。三鷹駅での撮影を終えた後は、そのまま東京行きの電車で新宿へ移動。新宿駅近くで朝食を摂った後、湘南新宿ラインで一路高崎へと向かった。

この日、高崎へ向かった理由は、さよなら運転を実施しているEF55の撮影。この日は、信越本線横川までの「EF55碓氷号」としての運転。この列車に先行するため、高崎駅9時13分発の横川行きに乗って移動する予定にしていた。よって、この列車に乗るには、新宿駅6時59分発の高崎行きが好都合となる。前夜からあまり寝ていないこともあって、ゆっくり寝て行きたかった事から、グリーン車での移動を選択した。その効果か、池袋を過ぎると爆睡状態に入り、途中、特急退避のために、数分間停車した熊谷だけは記憶があったが、気がつけば倉賀野発車と言う状況であった。

8時53分、高崎駅に到着。乗り換え時間の間にトイレに行き、9時5分頃に横川行きが出発する5番線へ移動すると、6番線側で何やらファンが撮影をしている。何だろうと思ったところ、7番線に国鉄特急色の183系による初詣臨が停車していた。私も彼等に混ざって撮影する事に。

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1月11日朝、高崎駅にて183系を使用した初詣臨と出会った。

大宮総合車両センターOM103編成を使用した、成田山への初詣臨。大宮車の特徴でもある「初詣」の絵入りマークをしっかりと掲出している。そして、OM103編成と言えば、上野方の先頭車であるクハ183-1527。飾り帯の低い独特の表情は、欠かさずに記録しておきたい。

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OM103編成と言えば、やはりこの顔。飾り帯が低い位置にあるクハ183-1527。

ここまで撮影したところで、そろそろ横川行きの出発時刻となる。5番線で待っていた横川行きは、107系の2両編成。普段ならガラガラなのだろうが、この日は、EF55目当ての鉄道ファンで車内は通勤ラッシュ並みの混雑だった。後ろの車両に隙間を見つけて乗り込み、高崎駅を後にした。

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武蔵野線屋根上日記さん

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中央線 国立駅付近線路切替工事に伴う特別運転を観察する

1月10日深夜より1月11日早朝にかけて、以前より工事が進められていた、中央線西国分寺~立川間の下り線の高架新線への切り替え工事が実施された。この工事により、中央快速線では、工事時間帯、西国分寺~立川間で列車の運転を取りやめ、更に国分寺~西国分寺間では単線運転が実施された。例によって、線路切り替え工事に伴う特別運転の模様を、ちょっとだけだが観察して来た。

1月10日夜、私は23時過ぎに家を出発。多摩湖線の列車で国分寺へと向かう。ここで、西国分寺までの単線運転を観察する事に。23時20分頃到着すると、ちょうど2番線から西国分寺行きが出発する所であった。

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1月10日深夜から11日早朝にかけて実施された中央線の線路切り替え工事。国分寺~西国分寺間では、上り線・下り線を交互に使用した単線運転が実施された。

国分寺~西国分寺間の折り返し列車は、10日深夜の場合、下り線と上り線に1本ずつ電車を交互に走らせていた。下り線ではH54編成が折り返し運転を実施していた。少々見辛いかもしれないが、行き先表示もしっかりと「西国分寺」を表示している。

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営業運転を開始した伊豆箱根鉄道1300系を撮る

さて、相鉄で横浜へ戻って来た後は、横浜駅近くで昼食を摂り、その後は東海道本線の普通列車に乗って三島へ向かった。

三島へ向かったのは、2008年12月10日より営業運転を開始した、伊豆箱根鉄道1300系を撮影するのが目的である。この時点で、伊豆箱根鉄道駿豆線の運用を全く調べていないので、実際に行って営業運転に就いていない可能性もある。その場合、三島まで来た事が全くの空振りとなる事から、半ばギャンブル的な行動である。

横浜から小田原・熱海と2回の乗り換えを経て、三島駅に到着したのは14時08分の事。早速、伊豆箱根鉄道のホームへと向かう。8番ホームには、既に3000系が停車していた。とりあえず、車両基地のある大場までの乗車券を購入して中に入る。先発の修善寺行きに乗り込もうとしたところ、9番ホームにはこんな車両が入線して来た。

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1月3日、1300系を訪ねて伊豆箱根鉄道へ。まずは三島駅で「いちご狩り」ヘッドマーク付きの3001Fと出会った。

「江間・韮山・長岡 いちご狩り」と書かれたヘッドマーク。駿豆線沿線である伊豆の国市では、温暖な気候から苺の栽培が盛んで、毎年1月から5月頃まで苺狩りが楽しめると言う。

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E231系の弟分 相鉄10000系に乗る

さて、辻堂駅付近で「富士・はやぶさ」を撮影した後は、相鉄沿線へ移動する。

野暮用を済ませて、横浜へ戻る際、二俣川駅より、いずみ野線からやって来た快速電車に乗り換えることになった。やって来たのは、10000系電車である。

相鉄10000系電車は、JR東日本の主力通勤車両であるE231系をベースに設計・製造した車両である。正面のデザインこそ、やや違いがあるものの、車内や側面だけ見たら、まさにE231系だ。

私は、8号車であるモハ10216に乗車してみた。走り出しのモーター音も、まさにE231系の0番台車。しかし、徐々にスピードが上がっていくと、やや音が異なって来る部分があるようだ。この辺りは、相鉄独自の仕様なのだろう。これは減速時も同様で、停車する瞬間もE231系0番台車と殆ど同じような音が聞けた。

相鉄10000系の体験乗車はあっという間に終了。最後に、横浜駅ホーム上より、10000系の撮影をしてみた。

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相鉄版E231系こと、10000系で横浜まで戻って来た。

ちなみに、乗車した10708Fは、調べてみると10000系のラストナンバー車。10両編成のうち、海老名方の一部の車両に関しては、JR東日本新津車両製作所で製造を担当したようである。私が乗車した車両も、どうやら新津で作られたようだ。

なお、相鉄には、今年度よりE233系をベースにした11000系が登場している。まだ営業には就いていないようであるが、デビューした暁には、E233系との乗り比べをしてみるつもりである。

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終焉間近 寝台特急「富士・はやぶさ」を撮影する

1月3日、この日は早起きして、新宿から湘南新宿ラインで藤沢方面へ向かった。

長年に亘って親しまれてきたブルートレイン。東海道本線を走る九州方面からの列車も、今では「富士・はやぶさ」を残すのみとなってしまった。その「富士・はやぶさ」も、ついに今年3月のダイヤ改正で姿を消すことになってしまった。そこで、残り2カ月少々となってしまった寝台特急「富士・はやぶさ」を、この正月休み中に1度は撮影しておこうと思ったのである。

当初、予定していた列車に乗り遅れてしまった事から、撮影地は、茅ヶ崎より東京方に制限されてしまった。特にここと言う場所を決められないまま、列車は藤沢まで来てしまった。そろそろ決めなくては。私は意を決して、辻堂駅で下車してみる。そのまま線路沿いの道を熱海方向に向かって歩いてみた。遠くに見える富士山がとても綺麗だ。歩くこと数分。良い感じで撮れそうな場所を発見。先行列車で練習を重ねて、「富士・はやぶさ」の通過を待った。およそ15分後、EF66 50号機に牽引された「富士・はやぶさ」が颯爽とやって来た。

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富士山をバックに、東京を目指す「富士・はやぶさ」

う~ん、この日の私は、本番に弱かったようだ。この写真もややピン甘である。ちなみに、「富士・はやぶさ」通過前に、185系や、E231系で練習をしてみたのだが・・・

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こっちの方が上手く写っているかも。

近いうちに、もう1度撮影しなくては・・・

撮影後、辻堂駅から横浜方面へ戻った。

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富田駅で出会った機関車と貨車

さて、今回の三岐鉄道への撮影。名古屋~富田間の移動には、往復ともJR関西線を利用している。もともと三岐鉄道三岐線は、このJR富田駅が起点となっている。但し、富田駅から出発する列車は、現在では貨物列車のみで、旅客列車は、全て近鉄富田駅からの出発となる。

名古屋からの列車を富田駅で下車すると、向い側には、かつて三岐鉄道の旅客列車が使用していたホームが今でも残っている。そのホームの向こう側に、JR貨物のDD51と貨車が停まっているのが見えた。そこで、近鉄富田駅へ向かう前に、JRのホームから、機関車と貨車を撮影してみた。

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12月29日の午後、富田駅に到着すると、JR貨物のDD51 1803号機と数両の貨車が停まっていた。

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三岐鉄道三岐線を訪ねて 後編

さて、保々車両区の様子を観察した後は、保々駅から富田方向へ向かって2つ目の踏切付近で、本線を走行する列車を撮影することにした。

カメラを構えてから最初にやって来たのは、近鉄富田からの西藤原行きだった。

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101系による西藤原行き。

元西武401系である三岐鉄道101系。単線区間を2両編成で走る姿は、我が地元、西武多摩湖線で走っていた頃を彷彿とさせる。

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三岐鉄道三岐線を訪ねて 前編

さて、布袋駅でパノラマカーを撮影した後は、名古屋へ折り返して、ここで昼食休憩。その後、JR関西線に乗り込み富田駅へと向かった。

今回の名古屋地区遠征のもう一つの目的地が、三岐鉄道三岐線である。今現在、旅客列車は全て西武鉄道からの譲渡車で運転されている三岐鉄道三岐線。西武鉄道ファンならば、一度は訪れてみたいと思っているローカル私鉄の一つである。この三岐鉄道に、751系と言う新顔がまもなくデビューすることになっている。751系電車は、西武鉄道の新101系を譲り受けた車両。2008年10月8日に、三岐鉄道へ向けて旅立ち、現地で細かな改造が行われた上で、2009年1月にデビューする予定と聞いていた。そこで、この751系のその後の様子と、751系デビューに伴い引退が予想される旧西武鉄道571系を改造した601系電車の記録をしようと考えたのである。

名古屋から関西線の普通列車に乗り込み富田駅で下車。ここで、三岐鉄道の旅客列車が出発する近鉄富田駅まで徒歩で移動する。かつて、国鉄時代には、この富田駅から旅客列車が出ていた時代もあるのだが、現在では貨物列車のみで、旅客列車は、全て近鉄富田駅からの発車である。富田駅から近鉄富田駅までは、徒歩5分ほどの距離なのだが、6年ぶりぐらいに歩いたせいか、道に迷ってしまった。ようやく辿り着いた近鉄富田駅で、車両基地のある保々駅までの乗車券を購入して入場すると、元西武401系を改造した101系電車が私を待っていてくれた。

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近鉄富田駅で出発を待つ三岐鉄道101系電車。

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布袋駅に留置された名鉄パノラマカーを撮る

さて、金山駅で「ミュースカイ」を見送った後は、後続の準急電車に乗り込み、犬山線の布袋駅を目指した。

先日、惜しまれながらも、定期運用を終えた名鉄7000系パノラマカー。最後まで残った3編成のうち、7041Fと7043Fの2編成が、犬山線の布袋駅留置線に停められていることを知った。この留置線は、先日までデビュー間近の1700・2300系が留置されていた場所である。あの時とは、留置目的が全く対照的だ。

金山駅から新可児行き準急電車に乗って約25分。布袋駅に到着したのは12時ちょうどの事であった。この時点で、布袋駅ホーム及び構内踏切付近には、数名のファンが運用を離脱したパノラマカーを撮影していた。私もホーム上から撮影を開始する。

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12月27日のダイヤ改正で運用を離脱した7000系パノラマカー。最後まで残った3編成のうち、7041Fと7043Fは犬山線布袋駅の留置線に疎開留置された。

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名鉄の新種別「ミュースカイ」

では、再び2008年の年末の遠征記録に戻ります。

12月29日、矢橋工業のホキを笠寺駅まで追跡した後は、東海道本線の下り普通列車に金山まで乗車。ここから名鉄に乗り換えた。目的地へ向かう列車は、10分以上の待ち時間があった。その間に、中部国際空港からの「ミュースカイ」が到着した。

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金山駅に到着した空港特急「ミュースカイ」

皆さんも御存知のとおり、名鉄は12月27日にダイヤ改正を実施した。このダイヤ改正では、7000系パノラマカー及び1000系パノラマスーパー全車特別車編成の定期運用が終了し、鉄道ファンにとっては辛いダイヤ改正と言えるかもしれない。このダイヤ改正を機に、名鉄は特急政策を大幅に見直し、2000系を使用した中部国際空港発着の特急・快速特急以外の全列車が一部特別車編成で運転するようになった。そして、2000系車両を使用した中部国際空港発着の列車には、2000系車両の愛称名でもある「ミュースカイ」を、新たに種別として設定する事になった。その為、2000系車両の行先表示にも、従来の快速特急ではなく、「ミュースカイ」と表記されるようになった。

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「ミュースカイ」と表示されるようになった前面の行先表示。

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側面も「ミュースカイ」を表示。

空港発着の全車座席指定特急に与えられた「ミュースカイ」と言う新種別。何となく、京成の「スカイライナー」と似た感じもするが、車両の愛称名を新種別にした事で、名実ともに、パノラマカーに代わる、名鉄の新しい顔になったことを改めて実感した。

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秩父鉄道 急行「開運号」を撮影する

2009年元日。毎年恒例の秩父神社へ初詣に行ってきた。

ここ数年、秩父鉄道の急行「開運号」撮影に合わせて、秩父神社への初詣にしているのだが、元日に訪れた事は1度もなかった。そこで、今年は元日に秩父神社を訪れて、ヘッドマークを付けた「開運号」を撮影しよう。そう思って出掛けてきた。

所沢9時発の快速急行に乗車し、10時20分、西武秩父駅に到着。改札を出場し、仲見世通りを抜けて、更に御花畑駅前を通過し、目指した場所は秩父神社近くの踏切。ここで、急行「開運号」の通過を待つ。10分ほど待つと、6003Fによる急行「開運号」がやって来た。

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今年も運転された秩父鉄道の急行「開運号」

まずは、順光で撮影する事が出来た。しかし、これだけで安心してはいけない。秩父鉄道の急行のヘッドマークは、前後で異なる事があるのだ。そこで、振り向いて見ると、今回は前後で同じデザインだった。この撮影場所では、後追いの撮影は厳しいので、同じデザインであると確認できたため、後追いはしなかった。

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謹賀新年

皆様、新年あけましておめでとうございます。

旧年中は、TOMOの鉄日誌をご愛顧いただきましてありがとうございました。今年も昨年同様、鉄道を中心に様々な話題を取り上げてまいります。

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平日夜のラッシュ輸送に就くJR東海117系。

名古屋地区の高速輸送を長年支えてきたJR東海の117系も、飯田線用の119系と合わせて、置き換え計画が発表されました。これらJR東海の国鉄型車両は、2010年から順次置き換えられると言う事で、今年は、117系と119系にとって、丸1年活躍する最後の年になってしまうかもしれません。今年は、117系と119系の追跡もしたいなあと考えております。

それでは、今年もどうぞ宜しくお願いいたします。

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