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上信電鉄を撮影する その1

さて、今月は、EF55のさよなら運転撮影のため、高崎方面へ2度出掛けたが、1月のEF55は、いずれも信越本線横川までの運転のため、撮影は13時頃には終了してしまう。そこで、1月11日と17日は、高崎を起点に下仁田を目指すローカル私鉄、上信電鉄を少しだけ撮影してみた。まずは1月11日編から。

群馬八幡駅にて、「EF55碓氷号」の折り返し回送を撮影した後は、そのまま後続の普通列車で高崎へと戻り、駅前の飲食店で昼食を摂る。そして、昼食後に上信電鉄の撮影に入るが、まずは上信電鉄の検車区が良く見える駅近くの駐車場へ。私を出迎えてくれたのは、この機関車達であった。

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上信電鉄の顔は、やはりこの車両。デキ1形電気機関車

上信電鉄デキ1形電気機関車は、1924年、ドイツのシーメンスシュッケルト社から3両購入し、長年に亘り貨物輸送に活躍して来たが、1994年の貨物輸送廃止により、デキ2が廃車となり、現在ではデキ1とデキ3の2両が残る。しかし、残った2両も、2007年に脱線事故を起こし、それ以降は殆ど走っていないようである。この車両が走っているのを見たのは、2004年12月の500形搬入時の入替時のみなのだが、出来れば、もう1度、本線を走行する姿を見てみたいものである。

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デキ1+デキ3を反対側から見る。

今や貴重な存在であるデキ1とデキ3。今度は1両ずつ撮影してみる。

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デキ1

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デキ3

デキの撮影を終えて反対側を眺めてみると、こんな車両が停まっていた。

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両運転台に改造されたデハ204と、西武から移籍したクモハ503。

デハ204は、廃車となった東武鉄道の3000系の部品を流用して両運化された車両。この画像では解りにくいが、富岡製糸場を世界遺産に登録することを呼び掛けるPR車両となっている。左側のクモハ503は、元西武鉄道の新101系293F。2005年12月に上信電鉄入りした車両なのだが、この度、検査を受けた模様で、高崎方の先頭車であるクモハ504は、1月11日時点でまだ入場中であった。

この後、私は、そのまま線路に沿って歩き続けて、上信電鉄と道路が立体交差する付近へ移動し、ここで本線を走る列車を撮影することにした。まずは営業列車の撮影前にこの車両から撮影する。

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廃車後、倉庫代用として余生を過ごす100形103F。

100形は、元西武鉄道の451系電車。1980年から81年ごろにかけて入線したもので、1996年まで活躍した。廃車後は、103Fのみが倉庫代用として高崎駅構内に残されている。西武鉄道の451系電車は、廃車後に、この上信電鉄の他、三岐鉄道、一畑電鉄へ譲渡されたが、いずれも廃車となっており、現存するのは、この上信電鉄で倉庫代用として余生を過ごす2両のみとなっている。

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6000系による下仁田行き。

1981年に登場した6000系は、上信電鉄初の冷房車で、2両編成1本が新潟鉄工所(現・新潟トランシス)にて作られた車両である。現在は、日野自動車のラッピング車となっている。

撮影後、今度は下仁田側にカメラを向けて、上りの高崎行きの撮影に備える。その直後、いつも西武沿線でお世話になっている方に遭遇し、以降、暫くの間、2人で撮影することになった。そして、やって来た高崎行きは、この車両であった。

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500形銀河鉄道999号による高崎行き。

2008年10月20日より運行を開始したラッピング電車「銀河鉄道999号」で、この電車は1日4往復、高崎~下仁田間を運転している。運用は限定されていて、充当列車については、上信電鉄の公式サイトにも掲載されているそうだが、私自身、全くチェックしていなかった事から、突然の遭遇に驚いてしまった。

銀河鉄道999号になっている500形は、ご覧のように、元西武鉄道新101系を購入したものである。元西武車と言う事で、当然、折り返しもしっかり撮影する。

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下仁田へと向かう銀河鉄道999号。

この後、検車区から1編成が出庫し、下り列車に充当されることになっていた。999号の下仁田行きが通過してから、およそ5分後の事。検車区より、150形が出庫して来た。

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出庫して来た150形。

150形は、西武鉄道の旧451系を改造した100形を置き換えるために、同じく西武鉄道の401系・701系・801系を購入したものである。出庫して来た車両は、旧701系の755Fを改造した第3編成(155F)で、マンナンライフのラッピング車となっている。

この撮影を以て、いったん上信電鉄の撮影を中断し、高崎線の倉賀野駅へ移動。EF65 1127号機を撮影した後、高崎へ戻って来ると、別の150形が上信電鉄のホームに待機していたため、再び先程の撮影地へと移動する。

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150形第1編成による下仁田行き。

第1編成は、旧401系407Fを購入したもので、もともと2両編成だった車両である事から、上信電鉄入りに際しては、台車を交換した程度で、特に大きな改造は実施していない。入線後、1999年ころからラッピング編成となっていたが、昨年、500形の501Fが銀河鉄道999号カラーになった事から、501Fで採用されていた塗装が、この編成に継承されている。

時刻も16時を過ぎて、そろそろ走行シーンの撮影は厳しくなってきた。この151Fの撮影を以て、撮影地から撤退し、最後に高崎駅へ戻りながら、留置中の車両をもう1度撮影してみた。

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ED316

飯田線の前身である伊那電気鉄道が1923年に製造した車両で、同鉄道の国有化により、国鉄ED31となる。国鉄編入後も飯田線で使用されてきたが、1955年より廃車が始まり、6両作られた車両のうち、ラストナンバーである6号機が、縁有って上信電鉄にやって来た。もともとは凸型の車体だったが、上信入りに際しては小型の車体に載せ換えられ、今の姿になった。

EF55撮影後の僅か2時間ほどの撮影ではあったが、この日の上信電鉄の撮影は元西武車をかなり撮影する事が出来て、結果的には成果の多い撮影であった。朝が早かったこともあり、この撮影を終えた後は、高崎線の普通列車で帰宅した。

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コメント

この記事を読んで、上信電鉄へ行く気が上がってしまいました。ですが所持金が少ないので(高崎まで往復する金はある)多分行かないでしょう。

ED316の写真と文章を読んで驚きました。と言うのも、私の少し遠め(いや、近いか?)の親類が伊那電気鉄道の創設者だからです。創設者と関係ありながら、ED316を知らなかった私って一体・・・
祖先のお参り?のためにも一度訪れてみたいです。

あと、1/10の相鉄10000系の記事で、誤って「F02のオヤジ」の名前で投稿してしまいました。申し訳ございません。

投稿: F02 | 2009/01/25 11:26

F02さん、コメントありがとうございます。

伊那電気鉄道の創設者の方と親類とは、これは凄いつながりですね。ED316については、私も今回の記事を書き上げるにあたって調査して分かったことですので、無理もないと思います。この機関車、この場所に留置してから随分と月日が経っていますから、今すぐどうこうということはないと思いますので、春の青春18きっぷのシーズンにでも訪ねられてはいかがでしょうか?留置場所は高崎駅から徒歩5分ほどのところです。

相鉄の記事へのコメントについては了解しました。

投稿: TOMO | 2009/01/26 12:07

 ED31というと、1~5号機が、これまた西武鉄道と縁の深い近江鉄道に居ますねぇ。最後の6号機が箱型車体に改造の上、上信電鉄に居たとは知りませんでした。
 ED31は、一部西武鉄道を経由した車両もありますが、伊那電気鉄道由来で近江鉄道に在籍していますが、伊那電気鉄道→国鉄の経歴を持ち、駅長経験者であった祖父の娘(私の母)が滋賀県米原に嫁いでいる事実と照らし合わせると、非常に不思議な縁を感じます。

投稿: ふずりな | 2009/01/27 19:34

ふずりなさん、コメントありがとうございます。

私自身も、高崎に留置したままとなっているED316に、このような経緯があったとは、今回の記事を書く際に調査して初めて解った事でして、少々驚いております。

それにしても、ふずりなさんのお母様と、伊那電気鉄道から国鉄を経て近江鉄道に嫁いだED31、共に伊那から米原へと移った訳ですから、実に不思議な縁ですね。コメントを拝見して、更に驚いてしまいました。

投稿: TOMO | 2009/01/29 02:15

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