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富田駅で出会った機関車と貨車

さて、今回の三岐鉄道への撮影。名古屋~富田間の移動には、往復ともJR関西線を利用している。もともと三岐鉄道三岐線は、このJR富田駅が起点となっている。但し、富田駅から出発する列車は、現在では貨物列車のみで、旅客列車は、全て近鉄富田駅からの出発となる。

名古屋からの列車を富田駅で下車すると、向い側には、かつて三岐鉄道の旅客列車が使用していたホームが今でも残っている。そのホームの向こう側に、JR貨物のDD51と貨車が停まっているのが見えた。そこで、近鉄富田駅へ向かう前に、JRのホームから、機関車と貨車を撮影してみた。

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12月29日の午後、富田駅に到着すると、JR貨物のDD51 1803号機と数両の貨車が停まっていた。

JR貨物の更新色を纏ったDD51。そして太平洋セメント所有の私有貨車のフライアッシュ・炭酸カルシウム専用車、ホキ1000形と、近代的な車両が目立つ中、どこか懐かしさを感じさせる黒い貨車も1両だけだが停まっていた。

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太平洋セメント所有のタキ1900形。

1998年に秩父小野田セメントと日本セメントが合併して太平洋セメントとなったものの、この地域を走るタキ1900形は、登場時の社名である小野田セメントと表記され続けてきたが、昨年、先に紹介したホキ1000形と合わせて、ようやく太平洋セメントと書き直された。最近では、タキ1900の出番も減ってきているようであるが、せっかく社名も書き直したのだし、もう少しは活躍が見られるのではないかと信じたい。

この撮影後、私は近鉄富田駅へ向かって歩き出した。そして、三岐鉄道保々駅周辺での撮影を終えて、再び富田駅に戻って来た時は、すっかり日も暮れていた。しかし、ここでどうしても撮っておきたい車両があり、富田駅の跨線橋を渡り、目的の車両のもとへ向かった。

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富田駅構内に今も残る、秩父鉄道からやって来たデキ203。

中部国際空港建設埋立用土砂輸送の特需のために、秩父鉄道からやって来たデキ203。数年前より失業中の状態で、実は2006年10月にも、この場所に停められていたデキ203を撮影している。あれから2年と2カ月が経過したが、ずっとこの場所に停められたままのようで、車体の状態も良くないようだ。

デキ203を撮影した後は、再び跨線橋を渡ってJRのホームへ向かうが、その前に跨線橋の上から、留置してあったホキ1000とDD51を撮影してみた。

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富田駅の跨線橋上から、留置中のDD51 1803号機とホキ1000を撮影する。

昼間、富田駅で出会ったDD51 1803号機とホキ1000が、この時間帯まで留置されたままであった。

撮影後、すぐにやって来た名古屋行きに乗って名古屋へ。名古屋到着後は、知人と「世界の山ちゃん」へ行き、手羽先をつまみに2時間ほど飲んで、500系使用の「のぞみ50号」で東京へと戻った。

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コメント

んちはm(__)m秩父からの移民が多いですな。デキ203は茶色だったから西武のE34 なんてやたらかっちょ良かった記憶がおます。懐かしひ(;_;)おらも も少しぐゎむばろ

投稿: 頭の悪いおぢさん | 2014/06/21 08:23

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