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流鉄「明星」さよなら運転を撮影 後編

流山駅に到着した「明星」。この後、馬橋までの1往復が最後の運転となる。出発前の僅かな時間を利用して、最後のラストランに向けた準備が進められていた。

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「惜別」札に代わって、「最終」の札が下げられた。

直前までは、西武時代の「快速急行」種別札を模した「明星惜別」の札が掲げられていたが、最後の1往復は、ご覧のように「最終」の札が用意された。これは、2007年11月に引退した「流馬」でも掲出され、更には西武鉄道でも101系低運車が本線系統から引退する際にも、同じような札が掲出された。

準備が整い、いよいよ最終運行に向けて「明星」が流山駅を出発して行く。私はホームの端から、出発する瞬間を見届ける事にした。

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馬橋駅に向かって出発して行く「明星」。

関係者及び鉄道ファン等が見守る中、出発して行った「明星」。この1往復が本当に最終運行と思うと、寂しさが伝わって来る。

この後、私はホームの馬橋方に移動し、「明星」」の到着を待つ事に。昼間、もう1本運行されている「青空」が到着すると、この場所にも徐々に同業者の数が増えてきた。そして、14時51分、「明星」の最終列車が流山駅に到着した。

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流山駅に進入する「明星」の最終列車。

これまでの列車と異なり、最終列車は、お別れ乗車をした鉄道ファンが多く、特に先頭車両は多くの鉄道ファンが乗っていた。その為、最終列車到着後の流山駅ホームは鉄道ファンでいっぱいになる。その直後、「明星」に代わって、2番線に停車していた3000系「若葉」が営業運転に就いた。その後、暫くの間は、事故防止のためか、定期列車を2番線から発着させる措置を取っていた。

さて、流山に到着した「明星」は、この後、検車区への入庫のため、入替が始まった。まずは、検車区方向へ進んだ後、点線作業を実施し、いったん馬橋方向へ。ちょうど私がいた場所まで「明星」がやって来た。そして、そのまま検車区の方へ進んで行く。

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入替中の「明星」

ファンサービスなのか、入替中の「明星」は、方向幕が「試運転」となっていた。

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転線を終えて検車区へゆっくりと入庫。

転線作業の際、同じようなカラーの「流星」と並ぶ。この後、「流星」も入替をして、「明星」の隣の線へと入って来た。そして「流星」の入替作業を終えた後、流鉄側の粋な計らいにより、「明星」の撮影会が実施された。

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撮影会では、ヘッドマークや方向幕を組み合わて、集まったファンを楽しませてくれた。

「明星」の撮影会は、15時50分頃まで実施。最後には、お別れ運転で掲出された全てのヘッドマークなどを先頭車の前に持ってきて、撮影会は終了となった。

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最後は、全てのヘッドマーク、惜別札、最終札を並べて、撮影会は終了となった。

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撮影会が終了し、静かにパンタグラフを下ろした「明星」。

こうして、「明星」のラストランが終了した。1965年に所沢車輛工場で誕生してから、今年で44年。その最後は、多くのファンに見守られながら、有終の美を飾った。

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コメント

この顔を見ると、ほっとします。。。
まだ洗車機がない頃、保谷でモップ洗いされていたのを思い出します。
101系とは異なるモーター音、良いですよ。。。
流鉄に移って、あのゆらゆらする乗り心地が眠気を誘いましたzzz。
西武所沢の車両も徐々に少なくなるのが寂しいです。

投稿: 準急豊島園 | 2009/05/05 15:04

こんにちは
後編を見逃していました。「最終」と言う札も掲げられたのですね。 古き良き時代の車両が、だんだん無くなって行くのは淋しいものですね。これも時代の流れなのでしょうね。

投稿: 熊田 虎之助 | 2009/05/06 07:04

準急豊島園さん、熊田虎之助さん、コメントありがとうございます。

準急豊島園さん>
やはり、昔からの西武ファンの方は、この顔(スタイル)の車両を見ますと、ホッとすると言う方が多いですよね。私もその一人であります。実際に、「明星」に乗りますと、西武時代、運転席後部の特等席に座って、前方の景色を楽しんでいた頃を思い出しました。701系のモーター音も、まだ三岐鉄道では聞けますが、この流鉄、そして伊豆箱根鉄道でも少しずつ数を減らしています。寂しくなりますよね。

熊田虎之助さん>
前編に引き続き、後編もご覧いただきありがとうございます。最後は、ご覧のように「最終」と言う札も用意されておりました。この点は、2007年に引退した「流馬」でも掲出されていましたので、付くんじゃないかなあと予想はしていましたが、まさにその通りでした。西武OBの車両も、このブログでも取り上げていますように、伊豆箱根鉄道ではワンマン化で旧701系の1100系が徐々に姿を消しつつあり、三岐鉄道では、今年1月に旧571系である601系が引退しました。仰る通り、だんだん古き良き時代の車両がだんだん姿を消して行くのは寂しいですよね。

投稿: TOMO | 2009/05/06 22:45

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