« 会津鉄道キハ8500系と出会う | トップページ | 新潟地区で活躍を続ける新津運輸区のキハ47 »

国鉄色キハ52・58で運転 「ありがとう磐越西線国鉄色号」を撮影

さて、会津若松で会津鉄道のキハ8500系を撮影した後は、再び485系「あいづライナー」に乗り込み、当初の予定通り、塩川へと向かう。

この日、磐越西線を訪れた最大の理由は、新潟から会津若松へ向けて運転されている団体臨時列車「ありがとう磐越西線国鉄色号」の撮影である。この列車は、新津運輸区に残っているキハ52・58の国鉄色編成による4両での運転となっている。キハ52もキハ58も老朽化のため、今年の春には新型気動車、キハE120系が新津運輸区に投入され、定期運用を離脱していた。しかし、今年秋になって、新潟・信州デスティネーションキャンペーンの一環で復活。新潟支社各路線をイベント列車として運転されてきたが、冬になり、いよいよ各線でも列車名の前に「ありがとう」と名の付く列車を運転するようになり、そのラストとして、今回、磐越西線で「ありがとう磐越西線国鉄色号」と言う列車が設定されていた。列車名に「ありがとう」と付く以上、この列車が国鉄色車両の最後の運転になる可能性が有り、最後にどうしても撮っておきたいと言う気持ちから、磐越西線に向かう事にしたのである。

私は塩川駅で下車した後、喜多方方向へ向けて歩きだした。特に撮影地も決めずに出発してきたため、自分の足が頼りとなる。駅から歩いて10分ほど経過すると、正面に陸橋が見えてきた。そこで、まずはここで試してみるが、線路沿いの草と架線柱の向きが気になり撮影を断念。更にここから10分ほど喜多方方向に歩くと、踏切を発見。近付いてみると、架線柱の向きも良く、順光で撮れる事が判明。国鉄色編成の通過20分前の時点で、誰もいなかった事から、この場所で撮影する事に決めた。私はのんびりと撮影準備を始める。三脚を広げようとしたが、歩道が会津若松側にしかなく、車の通行を考えて三脚は使わず手持ちでの撮影にした。そして、時間が有るので歩道で待機していると、通過10分ほど前になり、少しずつ人が増え始めた。私は望遠レンズを使用して歩道から撮影するつもりだったが、続々とやって来る人たちは、次々に前に入ってきた。まあ、車の通行量も少なかったから、問題ないだろうと判断し、私もそちらへと移動した。

そして、13時10分頃の事。踏切が鳴り出すと、前方より、キハ58が近付いてくるのが見えた。

Img_d14638s

国鉄色キハ28を先頭に、会津若松へと向かう団臨「ありがとう磐越西線国鉄色号」

順光の中を走る4両編成の国鉄色気動車。これを見られただけでも、この場所まで来た甲斐が有った。撮影後、今度は後追いも撮影してみる。

Img_d14641s

後追い。キハ52も良い感じである。

後追いの場合、逆光となるのだが、思ったほど気になる事もなく、キハ52も良い感じに撮る事が出来た。

この後、この踏切で定期列車1本を撮影した後、塩川駅へと戻る。20分ほど歩いて駅に到着すると、待合室は、地元の人よりも鉄道ファンの数の方が多い感じだった。待合室で更に20分ほど、会津若松行きの到着を待つ。やって来た会津若松行きは、キハ47の2両編成。新津運輸区には、まだキハ40系列が残っており、キハ110系やキハE120系に混ざりながら活躍を続けている。この車両が来る事になっていたのならば、さっきの場所で撮影しても良かったかなと思ってしまった。列車は、途中にある停留場扱いの駅をあっさり通過して、あっという間に会津若松駅に到着した。

さて。会津若松駅では、先程のキハ52・キハ58を撮影するのが目的。国鉄色編成は、折り返しまでの間、1番線と2番線の間にある中線に停車しており、1番線・2番線のどちらからでも撮影が可能な状態となっていた。特に、順光となる2番線には、多くのファンが集まっており撮影も一苦労。何とか、人が少なくなってきた頃を見計らって、中線に停車中の国鉄色編成を撮影してみた。

Img_d14661s

折り返しまでの間、会津若松駅の中線で過ごすキハ52・58国鉄色編成。

編成全体を撮影した後は、模型化の資料収集も兼ねて、1両ずつ撮影する事にした。

Img_d14649s

会津若松方の先頭を務めたキハ28 2371。

まずは1両目のキハ28。この車両、なかなか特徴のある車両で、気付けば、この車両だけでかなりの枚数を撮影していた。

Img_d14654s

変則的なクーラーの配列。

このキハ28に見られるようなクーラーの変則的な配置は、国鉄時代、常磐線の無線アンテナを設置してあった名残である。今でこそ、運転台付きの車両には、当たり前のように列車無線アンテナが取り付けられているが、国鉄時代は、そんな物が無かった頃もあった。しかし、常磐線では、1962年に発生した三河島事故を教訓に、信号炎管と列車防護無線装置が開発され装備されるようになった。今日では、電車が当たり前となった常磐線も、水戸駅から分岐する水郡線への直通急行用として、キハ58・28も急行運用で活躍していた。今回、国鉄色となって新津に残っていたキハ28も、常磐線で活躍していた実績があった事が、この変則的なクーラーの配置で解った。

Img_d14655s

キハ58 1022

先に撮影したキハ28と異なり、この車両のクーラーの位置は正常のようだ。

Img_d14659s

キハ58に掲出されたサボと白文字の車番。

また、これはキハ28とキハ58ともに共通して言える事だが、車番が白文字となっている。実際、キハ58・28の車番は赤い字だった筈で、国鉄色に復元された際に、何故か白文字となってしまったようだ。

Img_d14656s

キハ52 137。

Img_d14657s

キハ52 127。

本来であれば、新津方の先頭を務める、キハ52 127も正面から撮りたかったのだが、大変残念なことに、ホームの先端よりも前の位置に停まっていたため、キハ52に関しては、この形でしか撮影する事が出来なかった。

各車両の撮影を終えた私は、「ありがとう磐越西線国鉄色号」の新潟行きを撮影するため、普通列車で先行する事に。ちょうど3番線に停車していた、キハ47による新潟行き普通列車に乗り込み、先を目指す事に。まだ昼飯も食べていなかった事から、喜多方ラーメンを食べるべく、喜多方で下車した。この時点で、撮影まで約1時間余裕が有ったので、まずは駅近くのラーメン店で腹ごしらえをする。体も冷えていたので、温かいラーメンが有り難かった。お腹も満たされた事で、撮影地を目指す事に。塩川と同様、ここでも自分の足が頼りだ。ちょうど太陽光線の向きを考えると、進行方向左側がベストと言う事で、線路の左側を歩く事にしたのだが、それが大誤算。何と道に迷ってしまった。結局、来た道を戻ったりして、有名撮影ポイントである舞台田踏切を見つけた時には、既に通過1分前となっていた。慌ててカメラの準備をする。そして、待機していた大勢の鉄道ファンの方達の隙間からカメラを構えて、何とか撮影できる事を確認。列車がやって来た時には、心臓もバクバク状態であった。

Img_d14675s_2

キハ52を先頭に、新潟へと向かう国鉄色編成。

夕日を浴びながら新潟へと向かう国鉄色編成。ここへ来るまでに、ハラハラドキドキものだったけど、これを撮れただけで、何かそんな事もすっかり忘れてしまった。

撮影後、喜多方駅へと戻る。道中、舞台田踏切方向を振り向いてみると、夕焼けがとてもきれいだった。この夕焼けを見たら、急に体中の力が抜けてしまった。駅までふらふらと歩き、やっと喜多方駅に着いた時には、だいぶ暗くなっていた。

この後、会津若松からやって来る新津行きに乗車。この日3回目のキハ47である。車内は暖房が効いていてポカポカ。磐越西線の非電化区間に前回乗ったのは、10年以上前の話。本来であれば、景色を楽しみたいところであるが、既にこの時間では何も見えない。当然、自然と眠くなって来る訳で、新津までのおよそ2時間は、殆ど居眠りタイムであった。

さて、すっかり暗くなった新津駅では、新潟から回送されてくる国鉄色編成を出迎える事にする。5番線ホームで待つ事およそ15分。新潟から戻って来た国鉄色編成が、ゆっくりと側線に入線してきた。

Img_d14688s

新津に戻って来たキハ58とキハ52。まずは、キハ58側から撮影。

キハ58側の撮影を終えた後は、ホームの新潟側に移動。キハ52を撮影してみる。停車位置の関係上、ホームの上屋の無い部分まで歩く事になり、所々雪が積もったままの場所もあったので、足元に注意しながらの移動となった。

Img_d14689s

同じくキハ52側も撮影。

この撮影を以て、「ありがとう磐越西線国鉄色号」の撮影を終了とした。

JR東日本新潟支社管内の各路線で運転されていた、キハ52、キハ58の復活運転も、現時点ではこの日の運転が最後となっている。今回撮影した4両は、いずれもATS-PS形を装備しており、このまま廃車にしてしまうのも、何か勿体ない気もする。しかし、4両とも決して新しい車両ではないし、これ以上維持していくのも困難になっているのだろう。出来る事ならば、もう一度、国鉄色車両の力走を見てみたい。そう願いながら、新津を後にした。

この記事より下記ブログへトラックバックを送信しています。
てっくう撮影隊さん

|

« 会津鉄道キハ8500系と出会う | トップページ | 新潟地区で活躍を続ける新津運輸区のキハ47 »

鉄道」カテゴリの記事

鉄道:JR東日本」カテゴリの記事

コメント

実は2006年の「磐西・只見ぐるり一周号」で画像のキハ28を目撃しましたが、クーラー配置までは気がつかなかったです。何せあの時は、キハ52ばかり注目していましたから・・・。

投稿: 岩崎友裕 | 2009/12/31 01:19

岩崎友裕さん、コメントありがとうございます。

キハ28のクーラーの配置に付いてですが、これは走行写真を撮っていると、なかなか気がつかないものです。私も、会津若松駅で1両ずつ撮ろうとしていたら、この件に気付き、この車両は常磐線で運用されていた実績が有ったんだなあと思った訳です。

投稿: TOMO | 2009/12/31 10:50

私も磐越西線国鉄色号の復路を舞台田で撮影しました。エロ光の国鉄色は本当に美しいですね。
私は往路は早出川で撮ったのですが、ドン曇りで撃沈でした。架線があるとはいえ、バリ順で撮影できる電化区間を選んだのは賢明でしたね。

投稿: 等々力工臨 | 2010/01/02 15:49

 トラックバックありがとうございました。
 でも、読んでびっくり。舞台田、新津駅と同じ場所
で撮影されていたのですね。舞台田は人数からして
気づかないとは思うものの、新津駅ではすごく近く
だったと思うので、なんで気づかなかったんだろうと
思ってしまいました。

 いよいよ終わってしまうのでしょうか。列車名から
して最後のような気がしますが。

 今回、撮影されているようですが、キハ47、40、115
系といった車両もまだまだいるので、またお越しくだ
さい。

投稿: GO | 2010/01/03 01:16

等々力工臨さん、GOさん、コメントありがとうございます。

>等々力工臨さん
復路はお近くで撮られていたのですね。夕日に照らされて走るキハ52は、本当に美しかったです。往路も、塩川駅で下車して、適当に歩いて撮影地に行ったのですが、本番直前になって、徐々に天気も回復し光線状態が良くなった事は、本当に有り難かったです。おかげで往復とも順光で撮る事が出来ました。やっぱり国鉄色は光線状態が綺麗な時に撮りたいものですね。

>GOさん
トラックバックありがとうございました。たまたまGOさんの記事を読んで、あれ、随分近くで撮られていたのだなと驚いたほどです。しかも、新津に関しては本当にすぐ後ろぐらいの所ですよね。私もなんで気がつかなかったのだろう。もしかしたらGOさん来てるんじゃないかな?って思ってはいたんですよ。大変失礼いたしました。新潟には、115系もまだまだ撮っていない珍車もありますし、キハ47・40もしっかり撮っておきたいですからね。また暖かくなったら行きたいと思います。

投稿: TOMO | 2010/01/04 02:21

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/52372/47144867

この記事へのトラックバック一覧です: 国鉄色キハ52・58で運転 「ありがとう磐越西線国鉄色号」を撮影:

» ラスト走行? キハ58、52 [てっくう撮影隊]
 今日も「ありがとう磐越西線国鉄色号」の撮影に。今のところ、今回以降、キハ58や [続きを読む]

受信: 2010/01/03 01:18

« 会津鉄道キハ8500系と出会う | トップページ | 新潟地区で活躍を続ける新津運輸区のキハ47 »