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さよなら中央線201系H4編成 高麗川・河辺号を撮影

5月16日のお話。

4月11日から実施されている中央線201系H4編成によるさよなら運転。八王子支社管内各地へのお別れ運転は、これまでに河口湖・武蔵五日市・奥多摩・初狩・笹子と行われ、この日、第五弾となる高麗川・河辺へのツアーが運転される事になっていた。H4編成のさよなら運転としては、最初で最後となる八高線への入線。201系自体、八高線へは、高麗川まで入線する運用が有ったが、いずれも4両編成での運転だった。今回のイベントでは、6両編成での入線と言う事で、今までにもあまり例は無い筈。と言う事で、今回は八高線の線内での撮影をメインとして、H4編成の撮影に出かける事にした。

前の記事でお解りの通り、前日は、秩父鉄道のイベントへと出かけたのだが、その疲れが影響してか、この日もスロースタート。それでも、201系さよなら運転のダイヤが遅い事が幸いし、何とか間に合うタイミングだった。とりあえず、前日までにネット上で検索して把握していた箱根ヶ崎~金子間の撮影ポイントを目指す事にする。

萩山を9時57分発の拝島行きで出発。途中、拝島で八高線に乗り換え、箱根ヶ崎駅に到着したのは、10時31分の事だった。接続が良かった事もあり、ここまでは順調。駅前からひたすら線路に沿って歩き、撮影地となる狭山池踏切に到着したのは、10時47分頃のことであった。既に、多くのファンが集まっており、自分一人入れるかどうか不安だったが、どうにか踏切近くに入れる場所を見つけた。通行する歩行者や車の邪魔にならないように、そっと踏み台を置いて待機。本番前に上り・下りとも1本ずつ列車があるので、この2本でタイミングを練習。本番に備えた。

現地到着からおよそ20分後となる11時03分頃の事、201系H4編成の団臨が、この狭山池踏切にやって来た。

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さよなら201系H4編成第五弾は、高麗川・河辺が目的地。まずは高麗川へ向かうため八高線内を行くH4編成を撮影。

カーブを曲がり、これから金子へ向けて長い直線区間に入ろうとする201系H4編成。御覧のように下り列車は逆光ではあるが、なかなか良い感じに撮る事が出来た。この後、すぐに向きを変えて後追いも撮ってみたが、ちょっと気持ちが焦ってしまったのか、失敗してしまった。

さて、高麗川へと向かったH4編成だが、高麗川での折り返し時間は意外と短く、再び、この場所を通過するまでは1時間も無い状態だった。そこで、折り返しも、この狭山池踏切で撮影するために、この場所で待機する事とした。その間、201系さよなら運転シリーズではお馴染みとなったたけしー氏も合流。定期列車を撮影しながら、H4編成を出迎える事にした。

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205系3000番台車ハエ82編成による八王子行き。

山手線へのE231系投入に伴い、同線で活躍していた205系が各地へ転用されたが、この八高線にも、当時活躍していた103系3000番台・3500番台車の置き換えのために、半自動ドア改造等を施した205系3000番台車が5編成投入された。5編成とも、先頭車はサハ205からの改造車であり、当初は、何となく馴染めなかった205系の先頭車改造車だが、登場から丸5年が経過し、今やすっかり八高線の顔になった。

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209系3000番台車ハエ63編成による八王子行き。

1996年3月の八高線八王子~高麗川間の電化開業に合わせて投入されたのが、この209系3000番台車である。当時は、川越線で活躍していた103系3000番台車も合わせて使用される事から、209系の新製投入数は4編成に留まった。京浜東北線の209系が引退し、そして南武線も生え抜きの209系が1編成引退してしまった事もあって、行先表示が字幕のままで、尚且つ制御装置等の更新を行っていない209系は、この八高線用の4編成と、南武線に残る1編成のみとなってしまった。八高線の209系は、今後も使用されるようなので、近い将来、この車両にも更新工事が実施され、その際には行先表示機のLED化も併せて行われうのではないかと予想している。

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折り返し拝島へと向かう201系H4編成。

高麗川から折り返してきた201系H4編成。当初の予定では、箱根ヶ崎12時00分着だったのだが、やや遅れての通過となった。

この後は、青梅線内を走るH4編成を撮影するために、後続の電車で拝島へと移動する。箱根ヶ崎から乗車した八高線の車内で、マニはら氏くましげ氏に遭遇。お二方とも金子駅周辺で撮影されていたとの事。ここから4人で行動する事に。まずは拝島駅で青梅線の上り列車に乗り換え。この電車、河辺から三鷹へ向かうH4編成に、5分ほど先行できる列車で、青梅線内でも駅撮りと言う条件であれば、H4編成の撮影が可能となった。そこで、我々は東中神駅で下車。下りホームは人が多かったので、改札を出て、西立川方向に向かっていった線路脇の道路から撮影する事にしたのだが、思っていたよりも、H4編成の接近が早く、中途半端な所で同編成が来てしまった。

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青梅線東中神~西立川間を行く201系H4編成。

H4編成がすぐそこまで迫っていたため、ちょっと焦ってしまい、何とか撮ったのがこの1枚。201系の後ろには、薄汚れた壁が写っている。お若い方はご存知ないかもしれないが、この辺りは、旧米軍立川基地だったところで、立川基地は1977年に全面返還された。当時の青梅線は、旧型国電の73系を置き換えるために、京浜東北線からスカイブルーのまま103系が転属してきた頃で、親に連れられて、拝島経由で立川に行った時には、スカイブルーの103系の車内から、基地の敷地との境界線である壁を眺めていた。あれから30年以上経過し、その頃の面影を残す壁も、今では東中神駅付近に僅かながら残るのみ。子供の頃の青梅線の記憶は、立川基地の壁とスカイブルーの103系なのだ。旧立川基地の面影を残す壁を入れて201系を撮れた事で、子供の頃の青梅線の思い出が少しだけ蘇った。

この後、東中神駅から青梅線の電車に乗って立川駅に向かうと、2番線に201系H4編成が停車していた。そこで、お隣の3番線から同編成を撮影する事に。

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立川駅2番線に停車中のH4編成。

そして、立川駅構内で昼食を摂った後、三鷹から戻ってくるH4編成の回送を撮影するため、国分寺~西国分寺間のポイントへと移動した。この場所は、今回初めて訪れた場所であるが、結構注目されているようで、私達が到着した時には、既に10人以上のファンが集まっていた。どうにか入れる場所を見つけて撮影してみる事に。

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豊田車両センターへと回送される201系H4編成。

この撮影を以て、201系H4編成の撮影を終了とした。終了後は、西国分寺まで徒歩で移動した後、同駅で貨物列車などを撮影。そして、立川のキョーサンに立ち寄ってから帰宅した。

201系H4編成のさよなら運転も、残すところあと2回。チャンスがあれば、この2回も撮影したいと思っている。

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コメント

スカイブルーの103系を親に連れられ…!!!(笑)

私は大学生でした(笑)

中央総武慣行線の101系に冷房改造の101系が入り、大喜びしてました!

もちろん73系バッチリ見ましたよ!

あれから…32年ですか!

昔の立川消防署の前に親父の友人がいて、立川の米兵がウロウロしていたのを思い出します!

米タン以外の貨物列車は全廃でしたよね。

昔の青梅線は首都圏のお古ばかりでした…。

投稿: 準急豊島園 | 2010/05/30 01:04

これは、ニアミスですね。

実は拝島で粘って撮影して、そのあとの立川行きで立川で追いついているのです。
しかも3番線の混雑を見てあわてたというのが本音です。

いつものメンバーがいたのなら、ご挨拶したかったですね。

そうしたら、6月13日は乗車するため、6月20日は合流させていただければと思います。

投稿: 横山 正典 | 2010/06/01 23:41

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