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千頭駅構内に留置中の旧西武車他を撮影

大井川鐵道の撮影記も、この記事が最後となります。もう少しだけお付き合いください。

第二大井川橋梁での撮影を終えた私は、崎平駅より下り列車に乗り込んで、大井川本線の終点である千頭駅へと向かった。千頭駅は、井川線の始発駅でもある。ここから更に大井川沿いを進む人達は、井川線へと乗り換えて行くが、今回の撮影記では、それ程の余裕は無い。実は、千頭駅にいられるのも約30分程度。この間にどうしても撮影しておきたいものがあったのだ。それは、千頭駅構内に留置されている引退した車両たちである。

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井川線のホームから見れる位置に留置されている312系。

井川線に対応した小さな貨車の後ろに見える車両は、既に引退した312系車両。ご存知の方も多いと思うが、この車両は、旧西武鉄道の351系電車である。弊ブログでは、先日、351系さよなら運転の模様を撮影した、古い写真を取り上げているので、お若い方にも、351系電車の圧倒的な存在感はお解りいただけたかと思う。大井川に入線した車両は、ドアを3ドアから2ドアに改造し、更に、初代レッドアローで使用していた転換クロスシートを設置。通勤形電車から観光に適した車両に生まれ変わった。大井川鐵道には、1977年と1980年に1編成ずつ、計2編成入線したのだが、現在では1編成だけが、千頭駅構内に留置された状態となっている。

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元京阪特急と元近鉄特急が夢の共演 大井川鐵道大井川本線

さて、タイ国鉄仕様のC56を撮影するために訪れた大井川鐵道大井川本線。撮影の行程上、同線の普通列車には何度かお世話になった。

今現在、大井川鐵道大井川本線を走る普通列車には、関西の大手私鉄である近鉄・南海・京阪の中古車が活躍をしている。近鉄からは、南大阪線・吉野線の特急列車用として活躍をしてきた16000系が、南海からは高野線の急行列車用として活躍してきたズームカー21000系が、そして京阪からは、テレビカーの愛称で親しまれた特急列車用の3000系が、それぞれ入線している。このうち、元近鉄車である16000系が3編成あり、現在の大井川本線の最大勢力となっている。

今回、私が訪れた8月14日現在、元南海の21000系に関しては、在籍している2編成共に、新金谷車両区に検査入場をしており、運用に就いていたのは、元近鉄の16000系3編成と、元京阪の3000系1編成であった。まず、この日の朝、最初に乗車したのは、前の記事でも触れたように、元京阪特急の3000系であった。

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金谷駅で出発を待つ3000系電車。

京阪電鉄で「テレビカー」として親しまれた3000系電車は、この大井川鐵道の他、富山県の富山地方鉄道でも活躍をしている。しかし、富山地鉄では、京阪カラーは消滅しており、この大井川鐵道では、両数は短くなってしまったものの、京阪電鉄で特急として活躍していた頃に近い形で使用されている。とは言うものの、今でも、京阪電鉄には、8000系と改番された上で、この車両が1編成残っているのだが・・・

ところで、この3000系が大井川入りするには1つ問題点があった。それは京阪と大井川鐵道ではレールの幅が異なると言う事。そこで、大井川鐵道では車体のみを譲り受け、台車は、営団地下鉄(現:東京メトロ)の5000系で使用されていたものを組み合わせて対応した。そのせいか、いざ走り始めると、何か走りに違和感を感じる。まあ、大井川鐵道の線路の状態も良くないのかもしれないが、何か浮いたような揺れを感じた。

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まもなく見納め タイ国鉄仕様のC56を撮影

8月14日のお話。

SL列車で有名な静岡県の大井川鐵道。同社は、C10・C11・C12(日本ナショナルトラスト所有)・C56と複数の蒸気機関車を所有し、金谷~千頭間で毎日SL列車を運行している。このうち、C56は、太平洋戦争開戦と同時に戦時輸送のため隊に送り込まれた44号機で、1979年に帰国後、大井川鐵道で運用されてきた。帰国当初は、タイ国鉄仕様のまま使用されたものの、後に日本国鉄仕様に戻された。しかし、2007年、日本とタイの修好120周年を記念して、再びタイ国鉄仕様に戻されて、運用に就いていたが、今年9月に、同機が全般検査を受ける事に伴い、日本国鉄仕様に戻される事が、大井川鐵道の公式サイトで発表された。その事を知った、裏辺研究所の裏辺所長が、8月5日に急きょ、大井川鐵道へと向かい、タイ国鉄仕様のC56を撮影。当初は、何気なく見つめていた記事だったが、見納めになるのであれば、一度ぐらい見ておきたいという気分になり、私も急きょ、大井川鐵道へと向かう事にしたのである。まあ、この日は臨時列車を含めて、SL急行が3往復あると言うのも、現地入りの決め手となった。

当日、私は、品川駅から東海道新幹線で、まずは静岡へ。静岡停車の「ひかり」を選択した事もあって、静岡まではいたって順調だった。静岡からは、東海道本線の普通列車で金谷へ。この時点で朝9時。何とも早い到着である。まずは大井川鐵道の金谷駅で、千頭までの往復乗車が可能な1日乗車券を購入。そして普通列車に乗り込む。停車していたのは、元京阪特急に使用されていた3000系であった。座席はほぼ埋まっていたが、何とか空席を見つける。数ある大井川鐵道大井川本線の撮影ポイントの中から、私が選んだのは、青部~崎平間の第二大井川橋梁。やはり河原での撮影は、何となく待っている間も涼しそうだし、それにキャパも多いから、多少人が多くても大丈夫だろうと言う判断からであった。崎平駅で下車。青部方向に5分ほど歩き辿り着いた河原には、先客が、まだ3人ほどと言う状況だった。しかも、先に待機していた同業者の方は、地元のおじ様と談笑中。何とものんびりとしたムードだ。私もご挨拶をして、その近くで撮影準備をさせていただく事に。

この時点でSL急行通過まで約40分はある。お天気がやや心配されていたものの、多少風が強い程度で、雨は何とか降られずに済むかな?と言う状況であった。SLを待つ間、普通列車で練習したり、先客の方達と、風による煙の流れ方等を打ち合わせして暇を潰す。

そして、いよいよSL急行の通過時刻が迫って来た。遠くから聞こえてくるSLの汽笛。そして、だんだんとその音が近付いて来る。SLの撮影は、この瞬間訪れる緊張感が良い。少しずつ近づいて来る音を聞きながら撮影モードに突入する。

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第二大井川橋梁を行く、タイ国鉄仕様のC56 44号機。

時折ではあるが強い風が吹いていた第二大井川橋梁付近。風向きによっては、煙が待機していた側に流されてしまう為、ちょっと心配ではあったが、通過直前には風も収まり、良い感じで撮る事が出来た。

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立川駅で貨物列車を撮影

7月26日のお話。

夕方、仕事を終えてから、East i-E+マヤ50を撮影するため、拝島へ向かっていた。その際、立川駅で青梅線に乗り換えようと思い下車すると、貨物列車が停車していた。とりあえず、青梅線への乗り換えの前に、停車していた貨物列車を撮影する事に。

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立川駅に停車していたEH200-18号機が牽引の貨物列車。

この列車、手元の貨物時刻表によると、川崎貨物発西上田行き5463列車のようだ。今や、中央本線を走る貨物列車は、その殆どがEH200による牽引。この車両ばかりで面白くないと言う方も多いと思うが、私自身は、この車両は嫌いではない。今回も、EH200がいるから撮っておこうと言う、そんな軽い気持ちでカメラを向けていた。

しかし、次の瞬間、その偶然の出会いに感激する事になる。それは、1両だけ、とても綺麗なタキ43000がいるなあと思って近付いた事で発見した。その車両とは・・・

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タキ43000のトップナンバー車を発見!

なんと、タキ43000形のトップナンバーであるタキ43000号車が連結されていたのである。最近では、タキ1000形の増備の伴い、タキ43000形も徐々に勢力を弱めているのだが、嬉しい事に、同形式のトップナンバーであるタキ43000は、出場したばかりのようで、御覧のように大変美しい姿。まあ、貨車なんだから、少しぐらい汚れていた方が味があって良いと言う感想をお持ちの方も多いと思うが、たまには、こんな姿を撮るのも良いかもしれない。

乗り換えの合間に、EH200を撮ろうとした事が、結果的に貴重な車両を撮影すると言う、嬉しい誤算を生む事になった。

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品川駅でE655系を撮影

さて、金町から京成・都営地下鉄と乗り継いで品川へとやって来た私達が向かったのは、臨時ホームだった。

この日、品川駅では、E655系を使った親子向け展示会を、14時30分まで開催していた。対象は親子と言う事であるが、そうではない人も、8番線側から撮影が可能だった。そこで、この車両を撮影してみようと言う事になり、品川駅までやって来たのである。まずは、ホームの東京方から撮影してみる事に。

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品川駅臨時ホームで展示されていたE655系電車。

ハイグレード車両E655系「和」。時には、特別車両を組みこみ、お召列車としても運転される事がある。ハイグレード車両と言う事もあって、時刻表に載るような臨時列車に充当される事は無く、普段は、「大人の休日倶楽部」向け団体臨時列車で活躍している。それだけに、なかなか乗車する機会の少ない車両だ。勿論、私自身も乗車した事は無い。それだけに、展示会に参加する事が出来た子供たちが羨ましい。

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ホームの反対側からも撮影

この時点で、展示会は終了の時刻を迎えていた。そばにいた駅員さんに、E655系の回送ダイヤを訪ねてみたが、展示会の間だけ、8番線の警備を担当しただけで、解らないとの事だった。暫く様子を見たが動く気配も感じられなかったので、駅構内の飲食店で遅めの昼食を摂る。そして、私のみ、201系H7編成のさよなら運転を撮影するため、中央線沿線へ向かう為、品川駅からは単独行動となった。とりあえず、新宿へ出る為に、山手線の外回り電車に乗り込む。電車が大崎駅に停車した時、ふと貨物線の線路を見ると、E655系が停まっているではないか。どうやら、尾久車両センターへ向かう回送列車と、同じタイミングで品川を出発したらしい。幸いにも、私を乗せた外回り電車の方が先行した。さあ、どこまで先行出来るか。ハラハラドキドキしながら、最後部車両で眺めていると、抜かれずに渋谷駅まで到達する事が出来た。しかし、渋谷駅停車中に、E655系が見える位置まで接近してきた。なんとか原宿まで逃げ切ってくれ。そう願いつつ、原宿駅で下車するが、下車すると同時に内回り電車が出発して行くところだった。駄目だ。被られる。そう思って諦めていたら、E655系のスピードが遅く、後追いではあるが撮影する事が出来た。

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原宿駅を通過するE655系の回送列車。

せっかく原宿で撮影するのであれば、バックに宮廷ホームを入れたいところだが、それだけの余裕は無かった。まあ、撮れただけでも有り難いと思わなくてはいけないのかも。

この後、予定通り、中央線201系H7編成のさよなら運転の折り返しを撮る為、新宿から中央線に乗り換え西八王子を目指した。現地には、H7編成通過のおよそ6分前に到着する事が出来たのだが、下りホームの高尾方は多くの鉄道ファンが待機していた。何とか撮影できる場所を確保したのだが、H7編成が接近してきた瞬間、無情にも背後から下り列車が近付いてきており、見事に被られてしまった。

と言う訳で、E655系は撮れたものの、H7編成のさよなら運転第1弾の撮影は、失敗に終わってしまった。

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京成高砂駅に寄り道

では、引き続き7月25日のお話。

金町駅での撮影を終え、次に向かう事になったのは品川駅であった。品川へのルートとしては、色々と考えたが、JRで行くと、北千住で常磐線の快速に乗り換えるのも結構面倒だった。かと言って、そのまま千代田線に乗り入れて、西日暮里で乗り換えるのも、運賃ばかり高くなりそう。そう、金町と言う場所は、こう言う時に結構不便なのだった。

そこで思いついたのが、京成金町線を活用する事。今の金町線は、全列車、京成高砂駅で乗り換えが必要となるが、京成高砂からは、京成押上線・都営地下鉄浅草線・京浜急行線を直通する列車に乗ってしまえば、品川まで乗り換えなしである。運賃は割高になるが、このルートで行くのも面白そう。そんな結論に達した。

と言う訳で、早速、JRの改札口を抜けて、京成金町駅へ。既に電車は入線しており、改札口を入場し、車内に入ると、すぐに電車は出発した。唯一の途中駅である柴又駅を過ぎると、すぐに高架新線へと入り、そのまま京成高砂駅の金町線専用ホームに滑り込んだ。新ホームは、あまり撮影に適したホームではなかったのだが、乗車してきた電車が、ラッピング車だったので、ラッピングの内容が解るように数枚撮影してみる。

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京成高砂駅の金町線専用ホームに停車中の3300形。

ここまで乗車してきた3300形は、御覧のように寅さん記念館のラッピング車であった。柴又と言えば寅さん。まさに、金町線に相応しいラッピング車である。

ちなみに、京成3300形には、もう一つ、人気アニメ「こちら葛飾区亀有公園前派出所」のラッピング車もあるが、この日は運良く、柴又で交換するもう一方の列車に、この「こち亀」ラッピング車が運用されており、まさに、ご当地電車同士での運転だった。

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置き換えが始まるJR203系、東京メトロ6000系を撮影

では、引き続き7月25日のお話。

East i-Eの撮影のために金町を訪れた訳だが、せっかく金町に来たのであれば、常磐緩行線の車両を撮らないで帰るのは勿体ない。East i-Eを撮りながら、常磐緩行線を走る電車達にも目を向ける事にした。

現在、常磐緩行線~東京メトロ千代田線~小田急線のルートでは、車両の更新が進められている。一足早く着手したのは小田急。JR東日本のE233系をベースにした4000形を登場させて、今日では、地下鉄直通運用の他、自社線内の優等列車にも進出している。そして、JR東日本も、老朽化の著しい203系・207系を置き換える為に、E233系2000番台車が昨年デビュー。昨年は1編成のみ投入し、207系を置き換えたが、いよいよ今年度からは203系を一気に置き換えて行く事となる。更に、東京メトロでも、千代田線の主力車両である6000系の後継車種として、16000系がこの度登場。まだ営業運転には就いていないが、これから徐々にこの車両への置き換えを進めて行くと言う。

そこで、今回は金町駅で撮影可能なJR203系、東京メトロ6000系を中心に、常磐緩行線の撮影をすることにした。まず、最初に撮影したのは、前の記事でも触れたように203系のトップナンバー編成。East i-Eとの並びを優先するため、編成写真は断念したが、それでも良い記録を撮る事が出来た。

そして、East i-Eを見送った後、いよいよ常磐緩行線の列車の撮影を本格的に開始する。まず最初にやって来たのが、この車両だった。

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東京メトロ6000系6118Fによる代々木上原行き。

6000系2次車に相当する6118Fによる代々木上原行きが、金町駅に進入してきた。この編成は、行先表示もLEDとなり、更に足回りもVVVFインバーター制御となり、更に2007年からは、バランスや車両性能を考慮して、編成形態変更工事も実施されている。

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East i-E+マヤ50を撮影

では、ここで7月25日に遡ります。

JR東日本、在来線の電化区間の軌道・架線・信号関係の検測を実施する事業用車E491系「East i-E」。定期的に各線を検測しており、その模様は、これまでにも何度か弊ブログで取り上げている。

この「East i-E」は、時々、建築限界測定車、マヤ50を編成内に挟んだ4両編成で運転される事がある。マヤ50を挟む姿は、1両だけ車体の大きさが異なる為、編成美がやや崩れてしまうが、そんな姿を記録するのも面白い。実は、7月に入り、「East i-E」は、このマヤ50を挟んだ4両編成で運転される事が、鉄道ダイヤ情報誌にも発表されていた。時々撮影をご一緒させていただいているカノコさんが興味を持たれていた事から、この情報を教えると撮影したいとのお返事。ちょうど、常磐線・武蔵野線を走行する7月25日は日曜日であり、かなり撮影に適した時間帯に運転される事もあって、私も現地に向かい、一緒に撮影する事になった。

当日、私は、「East i-E」+マヤが20分ほど停車する金町駅へ先行して撮影する予定だったが、前夜の疲れがたたって寝坊。慌てて支度するも、金町には先行出来なかった。そこで、上野駅から折り返してくる「East i-E」+マヤを北千住駅で撮影した後、金町に向かう事とした。当初は日暮里での撮影を検討したのだが、先行する快速電車で練習してみると、架線柱が邪魔になる事が解った。そこで、この快速電車に急いで乗って北千住へ。ここで、数分後にやってくる、「East i-E」+マヤを撮影する事にした。既に多くの同業者が待機している中、何とか撮影場所を確保した。

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前から3両目に建築限界測定車マヤ50をはさんで常磐線を行くE491系「East i-E」

北千住駅では、撮影した場所の都合上、正面気味の撮影となってしまったが、それでもマヤ50だけ、車体の大きさが異なる為、この位置で撮影しても、混結の4両編成である事は充分に解る仕上がりとなってくれた。

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夕練 京葉線201系通勤快速を撮影

では、引き続き8月9日のお話。

朝方、所沢で西武2000系の東急車輛入場甲種を撮影した事もあり、この日はEOS40D持参で通勤したこともあり、仕事が終わってからも撮影をする事に。早く終わった事もあり、思い切って京葉線に行く事にした。

現在、E233系の投入が進められている京葉線。ここも201系の活躍の場の一つでもある。しかし、ここもE233系の分割運用対応編成が増備されれば、201系は一気に引退する事になるだろう。その中でも、なかなか撮影し辛いのが、夕方の外房線・東金線直通の通勤快速だ。既に6月2日にも、仕事を終えてから、葛西臨海公園駅へ行って、この列車を撮影していたが、今回は、その第二弾。そして、同じ駅で撮影してもつまらないので、一駅先の舞浜駅へ行ってみた。前回同様、この通勤快速の前を走る各駅停車で舞浜駅へ行くと、通勤快速狙いの同業者が2名。早速、彼等の後ろで撮影準備を始めると、すぐに、201系の通勤快速が見えてきた。急いでセッティングをして撮影する。

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舞浜駅を通過する201系通勤快速成東・勝浦行き。

家路を急ぐ通勤客を乗せて舞浜駅を通過する通勤快速。この日、この運用に充当されていたのは、ケヨK3+53編成だった。

この後、続けて快速電車もやって来る。前回撮影した時は205系のトップナンバー編成だったのだが・・・

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後続の快速電車はE233系ケヨ504編成。

御覧のように、後続の快速電車は、E233系5000番台車ケヨ504編成であった。

この後、小岩へ行く用があったので、この撮影を以て撮影を終了とした。私は、後続の武蔵野線の電車に乗り込み、西船橋周りで小岩へ。そして、小岩での用事を済ませて、御茶ノ水・国分寺経由で萩山へと戻った。朝と夕方に撮影をこなし、更に昼間は仕事。何となく長く感じた1日だった。

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西武 2079F東急車輛入場

8月9日のお話。

西武鉄道では、昨年度に引き続き、今年度も2000系3編成のバリアフリー工事を実施する事になっており、既に第1弾として、2071Fがバリアフリー工事を終えて、池袋線で運用を開始している。そして、この度、第2弾として、同じく池袋線に所属する2079Fが、東急車輛に入場する事となった。

前回の2071Fに関しては、甲種前日に、小手指車両基地で準備中の所を撮影しただけに留まっていた。また、出場の際もタイミングが合わず撮影出来ていない。そこで、今回の2079Fに関しては、せめて西武線内の様子だけでも撮影しておきたい。そう思い、勤務先へは20分程度の遅刻を許可してもらい、撮影に出かける事にした。

地元、萩山駅を7時10分に出る西武新宿行きで出発。小平乗り換えを経て、所沢に到着したのは7時22分の事であった。この時点で、2079Fは、263Fと連結した状態で、所沢駅6番線に停車していた。まずは、改札を出場し、所沢駅の池袋方にある踏切から、263F+2079Fを撮影してみる。

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所沢駅6番線で待機中の263F+2079F。

新秋津までの牽引を担当する263Fは、既にパンタグラフを上げた状態で待機しており、出発が近い事を知る。

この後、私は足早に所沢陸橋へと向かう。263F+2079Fと言う事で計12両編成。陸橋上からでは、編成の後ろが切れてしまうのは解っているのだが、列車本数の多い朝のラッシュ時間帯となれば、当然被りの心配もある事から、多少、編成が切れてしまっても、所沢陸橋で撮るのが一番という判断に至った。先程の踏切から歩く事およそ10分。所沢陸橋に到着すると、何と先客はたった2名。E31が現役の頃は、全く隙間が無くなる程賑わっていた所沢陸橋だが、もう263Fでは、面白味に欠けてしまうと言う事なのだろうか。あまりの人の少なさに驚いてしまった。

雨の降る中、撮影準備を進める。そして、待つ事およそ10分後、7時45分頃の事になるが、263Fに牽引された2079Fが、ゆっくりとやってきた。

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263Fに牽引され、新秋津へと向かう2079F。

263Fが牽引する8両編成の2000系。牽引車と合わせて12両編成と言うのは、いつ見ても長く感じる。

この撮影を以て、2079Fの東急車輛入場甲種の撮影を終了とした。撮影後は、所沢駅へと戻り、東村山・国分寺経由で西荻窪へ移動。乗り継ぎの都合がよく、職場へは9時前に到着する事が出来た。

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都電荒川線の主力車両 7000形を撮影

だらだらと続けてきた都電ネタですが、ここまで来たら、この車両の事も書いておきたいと思います。もう暫くお付き合いください。

8500形・8800形・9000形と言った新型車両が幅を利かせてきた都電荒川線だが、現時点でも主力車両と言えば、やはり7000形と言っても過言ではない筈。今回の都電荒川線訪問でも、一番目にしたのが、この7000形であった。

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町屋駅前に進入する7000形のトップナンバー7001号車。

7000形は、昭和29年に登場。2年間の間に90両以上が製造され、都電の様々な路線で活躍をしてきたが、現在の荒川線の存続が決定した際に、経年の浅い車両が31両集められた。更に、後のワンマン化に合わせて車体を更新。その際に、車両番号が7001から7031に揃えられたが、番号の若い順に1番から揃えられた為、現存する7000形の中では、やはり、この7001号車が最若番と言う事になる。

ちなみに、この7001号車(旧7055号車)は、新製配置以来、一度も荒川車庫を離れた事がない生え抜きの車両らしい。

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置き換えが進む都電7500形

さて、前の記事で都電の最新鋭車両である8800形をご紹介しているが、今回は、この車両により置き換えが進んでいる7500形のお話。

都電7500形は、1962年に登場した。製造コストを下げる為に、バスの構造が取り入れられる等、当時としては画期的な車両だった筈だ。計20両が製造されたが、路線の縮小に伴い、1978年の荒川線ワンマン運転化までの間に2両が廃車となった。荒川線に集結されたのは、この形式の他、7000形も存在するが、ワンマン化に合わせて車体更新された7000形に対して、この7500形は既存の車体を生かしてワンマン化をした為、私が子供の頃は、新しい方の7500形の方が、見た目古く感じた。

荒川線の7500形にとって、大きな転機を迎えたのは、1984年の事。当時、全車非冷房だった荒川線の車両だが、この7500形が、都電初の冷房車として冷房改造を受ける事になった。改造と同時に、車体も更新される事になり、7500形も古めかしい姿から、ようやく近代的な姿に変身を遂げる事になる。

冷房改造と車体更新から25年あまりが経過。7000形と共に荒川線の主力車両として活躍してきた7500形だが、この度、老朽化により、順次、新型の8800形に置き換わる事になった。今現在、荒川線に残る7500形は全部で5両あるが、これらの車両も、今年度中に廃車になる予定である。

そこで、この7500形の最後の活躍ぶりを撮影しようと、荒川線にやって来たところ、すぐに7500形を捕まえる事が出来た。

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町屋駅前に停車中の7500形7510号車。

8月8日の午後、オオゼキタクさんの電車ライブに参加する為に、都電荒川線の沿線にやって来て、2番目に撮影したのが、この7510号車であった。今回の乗車に合わせて、7500形は絶対に撮影しておこうと思っていたのだが、その獲物が、いきなり2本目に来たとは・・・これは幸先良さそうである。

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都電荒川線の最新鋭車両 8800形と出会う

さて、オオゼキタクさんのライブ電車に乗る事になった8月8日午後は、ライブ電車乗車の前後に、都電荒川線の撮影&乗車を楽しむ事にした。

まず、新宿での野暮用を終えて、新御茶ノ水から東京メトロ千代田線で町屋へ移動。町屋駅前から都電荒川線に乗って三ノ輪橋へと移動したのだが、町屋駅前の都電の停留所に出ると、新型車両、8800形の早稲田行きが停車していた。

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町屋駅前に停車中の、都電荒川線最新鋭車両、8800形。

この8800形は、老朽化した7500形を置き換える為、2009年に登場。まずは2両が同年4月26日より営業運転を開始。その後、今年3月には3両が増備され、現在は計5両が活躍中である。

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都電荒川線 「オオゼキタク納涼電車ライブ」に参加する

さて、上野駅での撮影を終えた後は、いったん新宿へ向かった後、都電荒川線沿線へと向かう。

この日、都電荒川線では、レトロ電車の9000形を使用した貸切列車が、早稲田~三ノ輪橋間で1往復運転される事になっていた。その貸切電車とは、歌手でシンガーソングライターであるオオゼキタクさんが企画したもので、都電の車両を1車両貸し切って、車内でライブを行うと言うもの。実は、以前からオオゼキさんより、このイベントにお誘いを頂いていたのだが、実際に、ヘッドマークを付けて走行するとなれば、撮影もしたくなるわけで、片道のみ乗車して、あとは撮影というつもりでいた。しかし、貸切列車の詳細を聞いてみると、ヘッドマークが付くのは、実際に貸切電車として走行する1往復のみ。と言う事は、早稲田からの第1便に乗車すると、三ノ輪橋で折り返す間しか撮れないし、三ノ輪橋からの第2便に乗車した場合は、第1便が三ノ輪橋に到着するところしか撮れない。いずれにしても、乗車する以上、撮影地は三ノ輪橋に限られてしまう。どちらの便に乗るか。悩んだ結果・・・

三ノ輪橋で待ち伏せして、撮影後に第2便に乗る。

と言う結論に達した。

オオゼキさんのお話では、貸切電車は14時02分に、三ノ輪橋に到着との事。そこで、新宿で野暮用を済ませた後、中央線で御茶ノ水へ。そこから千代田線で町屋へ。町屋から、この貸切電車に先行する形で都電荒川線に乗り込み、三ノ輪橋へと向かった。

三ノ輪橋に到着したのは13時40分頃のことだった。折り返しの早稲田方面行きが出発する停留所付近へ行くと、スタッフの方が待機していた。まずは料金を支払う。そして、私の番号が16番で、番号順にチケットを渡すので、13時45分頃から番号順に並んでもらうとの案内を聞いたが、スタッフの方に、電車を撮りたいので、撮影後の合流が可能か尋ねたところ、快く承諾いただいた。有り難い。

とりあえず支払いも済ませて一安心。私は、停留所近くの踏切へと向かい、貸切電車の到着を待つ事にした。その間、7000形や新型の8800形等を撮影したが、撮影の合間に、地元のおばあちゃんと、都電の新型電車について語ったりした。このおばあちゃん、新型車が5両ある事を知っていた。恐るべし。まあ、気軽に話しかけてもらえるところが下町らしい。

そして、14時02分、予定通り、オオゼキタクさんの貸切電車が、三ノ輪橋に到着した。

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三ノ輪橋に進入する9000形貸切電車。

2007年に登場したレトロ電車の9000形は、昨年9002号車が増備され、現在2両が在籍している。2両ともアイボリーをベースにしている点は一緒だが、下半分のカラーが異なっており、昨年度増備された9002号車は、下半分が濃紺となっている。今回、貸切電車に使用されたのは、2007年に登場した9001号車の方だった。まずは、三ノ輪橋進入を撮影した後、今度は、踏切内から降車ホームに停車中の9001号車を撮影してみる。

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三ノ輪橋に到着し、降車ホームに停車中の9001号車を踏切から撮影してみる。

この時は、何気なく撮っていた反対側。停車中と言う事もあり、シャッター速度を遅くして、LEDの文字もしっかり写るようにして撮影してみた。後で、オオゼキさんのファンの女の子達から、前後でヘッドマークのデザインが違う事を教えてもらうまで、ヘッドマークの違いが全く気が付かなかったという、何ともお恥ずかしいお話だ。

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カシオペア色EF510を撮影

さて、下総中山で快速「白い砂号」を撮影した後は、秋葉原経由で鶯谷へと移動する。

上野と札幌とを結ぶ寝台特急「北斗星」と「カシオペア」は、長らく牽引を担当してきたEF81に代わり、新型のEF510が牽引を担当するようになった。置き換えは、まず「カシオペア」から開始され、その後「北斗星」もEF510牽引となったが、先に置き換わった「カシオペア」に関しては、専用機登場前の置き換えとなった為、専用機がデビューするまでの間は、青いEF510牽引が牽引を担当してきた。しかし、7月より「カシオペア」色となった509号機及び510号機が登場。今後は、この2両が検査等で運用に就けない場合を除き、「カシオペア」の牽引を担当する事になったのだが、私自身、まだカシオペア色のEF510を撮影していなかった。そこで、今回、このカシオペア色のEF510を撮影しようと思ったのである。

途中、昼食休憩を挟んで、鶯谷に到着したのは、「カシオペア」到着のおよそ10分前。相変わらずギリギリの行動である。早速、4番線ホームへ移動。周りを見ると、同業者の姿がほとんど見当たらない。この状態であれば、京浜東北線の横浜方面へ向かう電車さえ来なければ、撮影はしやすいだろう。

時刻は9時21分。京浜東北線の蒲田行きが出ていくと、そろそろかなと言う気持ちになる。その直後、日暮里方向を見てみると、前方より銀色の機関車の姿を確認することができた。間違いなく「カシオペア」である。背後から列車が接近していないことを確認にした後、撮影体制へ。真新しい銀色の機関車がゆっくりと近づいてきた。

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専用機EF510-510号機牽引による「カシオペア」

ご覧のように、「カシオペア」を牽引してきたのは、EF510-510号機であった。これまでに、銀色の機関車というと、関門トンネル用に作られたEF81の300番台車があるが、このEF510のカシオペア色は、それ以来の車両という事になるのだろうか。後ろに連なる客車とのバランスもピッタリ。なかなかカッコいい車両だ。

この後、約10分後に「北斗星」も到着するため、比較の意味も込めて同じ場所で撮影してみる。

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EF510-507号機が牽引してきた「北斗星」

これまでに、甲種輸送、試運転、営業運転でEF510の500番台車を撮影してきたが、どう言う訳か、撮影した車両は、いずれも501号機だった。今回、先に撮影した510号機と合わせて、初めて501号機以外の車両を撮影したことになる。

「北斗星」と「カシオペア」は、僅かな時間帯であるが、上野駅の13番線と14番線に並ぶことになっていた。そこで、今度はEF510の青と銀の並びを撮るため、鶯谷駅から山手線で上野駅へ移動してみることに。到着後、すぐに向かったが、13番線、14番線ともに多くの鉄道ファンが集まっており、並びを撮るベストポジションも入れるような余裕はなかった。とりあえず、14番線の車止めから撮影してみるが、13番線の車止め付近の鉄道ファンが途絶えない為、並びは撮れない。仕方なく14番線に停車中のEF510-510号機に近付いていく。しかし、近付けたころに、尾久車両センターへ向けて動き出してしまった。慌ててカメラの設定を変えて、強引ではあるが並びを撮影してみた。

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上野駅で青の銀のEF510の並びを強引に撮影する。

14番線では、一般のお客さんが動き出す直後まで記念撮影をしており、このお客さん達を入れないようにして撮るには、EF510-510号機がホームの中程に差し掛かるぐらいにならないと撮れないと言う状況であった。お互いの機関車の位置が揃わない並びの撮影となったが、この状況の中で、同じ画面上に青と銀のEF510が入ったと言う事で、自分自身満足している。

この撮影を以て、EF510の撮影を終了。次の目的地に向けて上野駅から撤収した。

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113系で運転 快速「白い砂号」を撮影

では、ここで順番を入れ替えまして、8月8日の話題を先に書いていきます。

かつて、房総半島には夏ダイヤと言う物があり、海水浴客をターゲットとした臨時列車が多数運転されていた。この夏ダイヤには、臨時の急行列車の他、113系を使用した快速列車も運転されており、内房線に向かう「青い海」と、外房線に向かう「白い砂」があった。いずれも113系使用でありながら、ヘッドマークも掲出しての運転だったが、アクアラインの開業やレジャー志向の変化等の理由から、夏ダイヤそのものが1998年の夏を以て廃止となり、臨時快速「白い砂」も自然消滅となってしまっていた。

ところが、昨年夏に、臨時快速として485系「ニューなのはな」を使用した「青い海」と「白い砂」が運転され、11年ぶりに懐かしい列車名が復活した。そして、今年も「白い砂」が運転されるようになったが、この列車に関しては、引退が迫っている113系を使っての運転と言う事で、注目されるようになった。私自身も早く撮影に行かなくては・・・そう考えていたところ、あっという間に最終日を迎えてしまった。

そこで、8日朝は早起きして、この「白い砂」を撮影する事にした。当初は、新宿から特急「新宿わかしお」に乗り込んで大網まで行き、そこで待ち受けるつもりだった。しかし、「新宿わかしお」に乗り継げる特別快速と接続する多摩湖線の電車にタッチの差で乗り遅れ断念。急きょ、両国駅3番線ホームに停車中のところと総武快速線内の走行シーンを撮影する事にした。7時40分頃、両国駅に到着すると、3番線には「白い砂」のヘッドマークを掲出した113系が停車していた。まずは2番線から撮影してみる。

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両国駅3番線で出発を待つ113系「白い砂号」

久々に見る両国駅3番線に停車中の113系。今年3月までは、内房線・外房線内へ向かう新聞輸送列車として、113系が入線していたが、この列車の廃止に伴い、今では両国駅3番線に入線する列車が、更に減ってしまった。

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高崎車両まつり会場へ

7月24日のお話。

この日は、祖母の49日法要の為、朝から高崎へと向かった。予想最高気温も37度の猛暑と言う事で、喪主ではありながら、礼服を着る気になれず、95%黒く見える夏物のスーツに半袖のYシャツ、黒のネクタイ、更に下着はユニクロのシルキードライと言う組み合わせで高崎へと向かった。そのせいか、幾分涼しく感じられ、炎天下の中の納骨も、何とか乗り切る事が出来た。

納骨を終えた後、高崎駅へ。駅ビルで昼食を摂り終えると、時刻は14時を過ぎたところだった。この日、高崎駅構内で、JR東日本・JR貨物共催のイベント「高崎車両まつり」が開催されていた。イベント自体は15時までと言う事で、まだ間に合いそう。先に湘南新宿ラインで帰宅する母を見送ってから、会場へと向かった。会場に到着したのは14時20分。事前に聞いていた情報では、14時30分までには入れれば良いと思い込んでいたのだが、ここで機関車の撮影会が14時30分終了という事実に気付く。残り10分。これは集中して撮影せねば。とは言うものの、37度の猛暑。肌がひりひりする位日差しが強い。こんな状況では、10分が限界かも。そんな事を考えながら、まずは日影になっている新幹線の高架橋の真下でカメラの準備をして、いざ撮影会会場へと進む。この時、私の服装は、黒のネクタイを外しただけで、まだダークグレーのスーツは着た状態であった。炎天下の撮影会場に進むと、5両の機関車が並べられていたが、ロープで仕切っている位置が機関車に近く、5両揃った状態での撮影は難しかった。そこで、2~3両ずつ撮影を進めて行く事に。

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「高崎車両まつり」会場で並んだEF65 501号機とEF65 535号機。

イベント会場で並んだ2両のEF65 P形。JR東日本所属の501号機には、昔懐かしい「富士」のヘッドマークが、そしてJR貨物に所属し、惜しまれながらも2008年3月に定期運用から離脱した535号機が、会場内で顔をそろえた。535号機には、最終運行時に掲出された惜別のヘッドマークが付けられたが、このマークそのものも、かつてのブルートレイン「富士」のヘッドマークのイメージに近い形のものなので、この501号機と535号機の並びは、ブルートレイン全盛期の頃を彷彿とさせるものであった。

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新三河島で新型スカイライナーを撮影

さて、モノサクを撤収した私は、一路東京方面へ。この日は19時より東京カルチャーカルチャーで開催される「鉄道乗りつぶしナイト」を見に行く為、この後はお台場方面へと向かうのだが、まだ少しだけ時間に余裕があった。7月17日。何か見ていないものがある。そう、この日は成田スカイアクセスの開業日。海外旅行に行く訳でもないのに、成田空港へ向かった鉄道ファンが多かった筈だ。今から成田空港に行くほどの元気と時間は無いが、新型スカイライナーぐらいは撮影出来る筈。そう思った私は、総武快速線で東京駅に到着した後、山手線で日暮里へ。そして、日暮里から京成線で一駅、新三河島へと向かう。同駅の到着が17時16分。日暮里に17時20分に到着する上野行き「スカイライナー」を待つ事にした。ホームが狭いので、誰か先客がいたら撮れないなあと思っていたのだが、幸いなことに、撮影している人はいなかった。リュックからカメラを撮りだし、撮影準備をしていると、すぐにAE形の姿が確認できた。早速撮影する。

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営業運転を開始した新型スカイライナーAE形。

私が新三河島で撮影したスカイライナーは、成田空港を16時39分に出発する「スカイライナー32号」だった。日暮里までの所要時間は41分。テレビCMで報じられているような最速36分と言う訳にはいかないが、日暮里まで41分。京成上野まで乗車しても44分と言うのは、驚異的なスピードである。初代「スカイライナー」も知っているだけに、この斬新なスタイルの「スカイライナー」には、一刻も早く乗ってみたいと言う気持ちになった。でも、海外に行く予定は暫くなし・・・

この後、続けてやってきた普通列車も撮影してみる。

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普通列車の主力として活躍中の3000形。

この3000形、6両編成だけでも24本あり、今や京成上野へ乗り入れる普通列車の主力車両となった。3000形と言うと、どうしても初代の赤電3000形の方が私にはなじみ深い。と言うのも、我が家の本家のお墓が、お花茶屋駅から歩いて10分ほどの所にあり、幼い頃は、よく祖母や母に連れられて、この京成電車で墓参りに出かけていた。普通列車しか停まらないお花茶屋駅の宿命として、必ず千住大橋駅で優等列車の通過待ちをする事になり、当時は茶色のカラーだった初代AE形に良く追い越された。また、当時の普通列車は、3000形の非冷房車が主流で、夏場に冷房車の3500形に当たった時は嬉しかった。そして、何と言っても当時の京成電鉄は、普通列車に自動放送装置が導入されていたこと。今のような日本語と英語が流れると言う訳ではなく、駅名と駅近くの商店の宣伝の入ったもので、バスの車内放送のようなものだった。そんな時代を知っている者としては、この3000形に京成らしさを感じられないのである。

この後、折り返し乗車となる為に、いったん、新三河島駅で改札を出場。そして再入場の後、日暮里へ。そして、三脚と踏み台をコインロッカーに預ける為、いったん大崎へ向かい、大崎からりんかい線に乗って、東京カルチャーカルチャーへと向かった。

東京カルチャーカルチャーで開催された「鉄道乗りつぶしナイト」は期待通りの楽しいイベントで、出演者のお一人でもある栗原 景さんのトークが面白く、時間の経つのがあっという間だった。そして、終了後は、同じく会場内に来ていたオオゼキタクさんを幹事役に二次会を開催。小倉沙耶さん土屋武之さんearthwormさん杉木ヤスコさん乙幡啓子さん、そして後から出演者の栗原 景さんも合流されると言う、大御所揃いの二次会となった。終電の関係で、一番早く会場を離れなくてはならなかったのだが、弊ブログ350万HIT達成の記念すべき日に、このような2次会に参加させていただき、とても良い思い出となった。

こうして、7月3連休の暑い熱い1日が幕を閉じた。

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253系「成田エクスプレス」ラストランを撮影

さて、東十条での撮影を終えてから向かったのは、総武本線の物井である。

7月17日。成田空港への新ルートとなる成田スカイアクセスが開業し、京成電鉄の新型スカイライナーが颯爽と運転を開始したが、その裏側では、約20年間、成田空港への足として君臨してきたJR東日本の初代「成田エクスプレス」である253系が、「成田エクスプレス」としてのラストランを迎えていた。とは言うものの、253系の定期運用は、既に終了しており、今回は大船~成田空港間を、団臨として1往復すると言う形でラストランが設定されていたのだ。

とりあえず、沿線各撮影地の混雑を想定し、千葉までの駅撮りは避ける事にして、駅間での駅撮りにする事にした。そこで思いついたのが物井である。有名撮影地である物井~佐倉間、通常「モノサク」と呼ばれるこの区間。人でも多いとは思うが、その分キャパはあるので、何とかなるだろうと判断したのである。

東十条から京浜東北線で東京駅へ。東京駅より、総武快速線に乗り換えるが、タイミング良く、次の快速電車が成田空港行きの「エアポート成田」だった。これなら物井まで乗り換えなし。と言う事で、奮発してグリーン車に乗る事にした。ホームの自販機で飲み物を購入しグリーン車の車内へ。2階席に腰をおろして、シートを倒したところで、隣のホームに、大船からの253系「成田エクスプレス」ラストランの団臨が入線してきた。ここでも撮っておきたい気持ちもあったが、降りて撮るほど時間に余裕がなく、ここでは見るだけ。

列車は、両国駅の裏側から地上へ。錦糸町を過ぎると、亀戸から先、総武線の各駅で快速電車が撮れそうな駅では、どこも多くの鉄道ファンが、253系の通過を待ち構えている状態だった。これは駅撮りを避けて正解だった。列車は順調に走りぬけて、約1時間ほどで物井に到着する。とりあえず、物井駅から千葉側に戻る形で線路沿いを歩いてみる。駅から歩くこと約10分。253系の通過時刻が迫っている事から、そろそろ撮影地を決めないといけない。そう思いながら歩いていると、ちょうど若い2人組が待機しているすぐ後ろから撮れそうだと判断。声をかけると、快く承諾してくれた事から、彼らのすぐ後ろから撮る事に。足場が悪いところではあるが、なんとか踏み台もセットして撮影体制に。準備が整った頃、253系がやって来た。

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成田空港へ向けて総武本線を力走する253系「成田エクスプレス」ラストラン。

成田空港へ向けて力走する253系。このラストランに充当されたのは、Ne07編成だった。御覧のように、特別な装飾がされている訳でもなく、現役時代そのままの姿。ただ、東京~成田空港間では、横浜方面からの列車と新宿方面からの列車を併結して運転する為、長編成での運転を見慣れていただけに、この区間を6両編成で走る姿には、やや寂しさも感じた。とは言うものの、実はこの場所、6両編成が限界。12両編成だと、確実に8両目以降が切れていまうのだ。だからこそ、この場所で撮れたと言うのも事実だ。

撮影後、画面で画像を確認。良く見るとややぶれているではないか。253系通過のおよそ5分前ぐらいに到着していたのだが、どうやら気分的に慌てていたようで、シャッター速度の設定がやや遅めになっている事を気付かずに切ってしまったようだ。ああ、何ともお恥ずかしい話である。

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EF510牽引の「北斗星」を撮影

さて、東十条で「あいづ」を撮影した後は、朝食休憩を兼ねて上野まで往復する。この日は、ホリデーパスで動いていたので、こう言う乗り方が気軽にできるのは有り難い。

上野駅構内で食事を済ませてから、再び東十条へと戻る。次のターゲットは、札幌から来る「北斗星」だ。運転開始以来、上野~青森間は、長い間EF81が牽引を担当してきたが、EF81の老朽化に伴い、JR東日本は、JR貨物が開発したEF510をベースにしたEF510の500番台車の新製を進めてきた。そして、6月25日より、まずは「カシオペア」から、EF510牽引に置き換えられた。そして、「カシオペア」の置き換えから、およそ3週間後。「北斗星」も7月14日の下り列車から、EF510へ牽引機が変更になった。装いも新たになった「北斗星」を、今回、東十条付近で撮影する事にしたのである。

私は、「北斗星」の通過およそ20分前に、東十条に戻ってきた。まずは、駅のホームの真正面の付近に行ってみるが、既に先客がいるため、ちょっと厳しい。そこで、線路沿いの道を赤羽方向へと進む。環七の陸橋をくぐって少々進んだあたりで、ようやく撮影場所を確保。と言っても、ここでも踏み台を使っての撮影となった。

まずはE231系の普通列車で光線状態を確認する。晴れたら、側面に陽が当たりにくくなるのだが、ちょうど曇って来た事もあり、結果はまずまず。「北斗星」通過まで、このままでいてほしい。そう思っていたのだが、その後すぐに陽が出てきてしまった。そして、その直後「北斗星」がやってくる。

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EF510-501号機牽引で上野を目指す「北斗星」

この日、「北斗星」を牽引してきたのは、EF510-501号機。トップナンバーである。24系客車との組み合わせは、これまでにも乗務員訓練列車で何度か撮影しているが、これだけの長編成は、今回が初めて。しかも、「北斗星」のヘッドマークを掲出しての撮影は、もちろんこの日が初めてである。青い車体のEF510。24系との組み合わせはバッチリ。そして、「北斗星」のヘッドマークが入ると、一弾と格好良く見える。ただ、やっぱり日が出てきてしまった事で、側面の色があまり出ていないのが残念。まあ、EF510自体、銀色のカシオペア専用機も出てきたようなので、また日を改めて、「カシオペア」と「北斗星」を撮影してみるつもりである。

撮影後、東十条から撤収。千葉方面へ向けて移動を開始した。先はまだまだ長い。

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臨時快速「一村一山号」と臨時特急「あいづ号」を撮影

ただいま、弊ブログは約3週間遅れで執筆を続けております。ご迷惑をおかけしますが、普段通りのペースに戻るまで、もう暫くお待ちください。

では、7月17日のお話。

海の日を含んだ3連休。ちょうど数日前より夏らしい陽気となり、気分はすっかり夏。JRグループ各社も、この日より夏の臨時列車の運転が本格化してきた。

その3連休初日は、早朝から臨時列車の撮影に出かける事にした。まずは、上野~土合間(回送で石打まで)で運転される臨時快速「一村一山号」である。この列車は、土合駅出発の「駅からハイキング」に合わせて、年に2回ほど運転されるのだが、今年も、まずは7月の3連休初日である17日に運転される事となった。

「一村一山号」は、上野駅を朝6時45分に出発すると言う事で、東十条へと向かい、「あけぼの」やら何やら色々撮ろうと張り切っていたのだが、こう言う時に限って寝坊するのは、最近ではお馴染みのパターン。今回もやってしまった。急いで出発して、新小平から武蔵野線へ。とりあえず、南浦和経由で蕨へと向かった。途中の南浦和で「あけぼの」を眺め、この列車の撮影は間に合わなかったが、「一村一山号」に関しては、撮影地は変更したものの充分に間に合った。しかし、時間の都合上、「一村一山号」の後に撮影を予定していた、臨時特急「あいづ」の送り込みの回送を、先に撮る事になってしまった。まあ、間に合ったのだから、順番は、この際無視しよう。

6時43分、蕨駅に到着。ホームの東京方先端には、先客の方がお一人。まだまだ充分に余裕がある。列車の通過に支障のない場所に陣取り、485系赤べえ編成の通過を待つ事に。撮影準備が出来た頃、後方からこんな列車がやって来た。

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貨物線を新宿へ向かう東武直通特急用485系電車。

突然やって来た、東武直通特急用の485系電車。新宿駅を7時30分に出発する特急「日光1号」に使用される為の送り込み回送である。2006年3月から開始された、JR・東武の直通運転。JR東日本は、485系電車を改造の上投入されたが、「成田エクスプレス」へのE259系投入に伴い、日韓共同開催のワールドカップに合わせて増備された253系200番台車を、東武直通特急用に転用する模様で、この485系の活躍もそう長くは無くなってきている。そう言う意味では、これから先、東武直通用の485系もしっかり撮っておかなくてはいけないだろう。今回は、突然やって来たので、中途半端な撮影となってしまったが、東武線内にも撮影に行かなくては・・・と思っている。

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古い鉄道写真3 西武多摩湖線351系さよなら運転

今日から8月。いよいよ夏本番。弊ブログを御覧の皆様方の中には、これから夏休みを利用して旅行に行こうと言う方も多いかと思いますが、前の記事でも触れたように、今年の夏は、遺品・私物整理の関係で、あまり遠出はできない見込みです。

と言う訳で、本日も実家の私物整理で出てきた昔の写真の発掘記事。本当は7月中の記事も書かなくてはいけないのだが、地元の西武多摩湖線の写真だし、あまりの懐かしさから、こちらを優先しちゃいます!

毎朝、通勤で利用している西武多摩湖線。国分寺~萩山間は、新101系リニューアル車によるワンマン運転を実施しているが、この区間は、1990年まで351系と言う赤い旧型電車が、多摩湖線の主として活躍していた。351系は、西武鉄道最後の17メートル級車両。多摩湖線は、国分寺駅の多摩湖線ホームが17メートル車体3両編成までしか対応していなかった事から、最後まで旧型電車が使用されていた路線であった。

その351系電車が引退したのが、1990年6月23日。西武鉄道最後の赤い電車と言う事で、引退前最後の1週間は、351系全編成に引退記念のヘッドマークを付けて運転されていた。当時私は16歳と8カ月。学校の修学旅行で、人生初の海外旅行が、6月末に迫っていたのだが、生まれた時から親しんできた351系電車が引退と言う事で、この最後の1週間は、実車に出来るだけ乗り、出来るだけ撮影した。

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萩山駅3番ホーム(現1番ホーム)で出発を待つ351系電車(355F)。

この写真は、さよならイベント初日となる6月17日に、萩山駅の南口駅前広場に通じる歩道橋の階段から撮影したものである。さよならイベントに合わせて、この日からヘッドマークの掲出が開始された。この日は、351Fが、萩山~拝島間をさよなら運転として特別に往復。この特別運転は、事前申込制で、この1週間ほど前に、萩山駅で募集したのだが、その日は、日商簿記検定試験の日。深夜の萩山駅に並んで申し込みをしたかったのだが、当日の試験に影響が出てはいけないと、当時76歳の祖母と私の母が、私の代わりに萩山駅に並んでくれた。この時の祖母の配慮により、私は無事に日商簿記検定試験2級に合格。そして特別列車にも乗車する事ができた。この事は今でも感謝している。

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