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模型運転会に参加する

およそ1週間前。10月23日は、久々に模型運転会を開催した。

私の家庭の事情などもあり、今年は1月17日に開催して以来、運転会を開催していていなかった。今年も残すところ3カ月を切り、そろそろやっておきたいなと思った事もあり、鉄道の日関連のイベントも一区切り付くであろう、このタイミングに模型運転会開催に踏み切った。

例によって会場は習志野。11時から17時までの6時間缶詰となる為、自宅を9時前にはでなくてはいけないのだが、車両の整備がギリギリまで掛かってしまい、現地到着は15分ほど遅れてしまった。受付で手続きを済ませると、何故か到着済みの参加者全員から拝まれると言う洗礼を受ける。良く解らないまま、昼の部となる運転会は、総勢10名でスタートとなった。

では、例によって当日の模様から。

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名鉄キハ8500系「北アルプス」

日比谷公園で開催された「鉄道フェスティバル」開催に合わせて、アンレール(発売元は中日本航空)から発売された名鉄キハ8500系のディスプレイモデル。3両セットで4200円と言う価格の割には、車内の座席などが一切再現されていないと言う、何とも中途半端な模型ではある。しかし、このようなマイナーな車両は、なかなか完成品で発売される機会がない事もあり、今回、鉄道フェスティバル会場で購入した。

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白くなった259Fの多摩湖線運用を更に追跡

多摩川線への転属(?)に備えて、真っ白になって出場した259F。10月24日の午後から、多摩湖線で営業運転に就いたのは、前の記事で触れたとおりである。

多摩湖線の車両は、一度運用に入ると、3日間は継続して運用される事になる。今回は、10月25日と26日の2日間の259Fのうち、その日運用される列車の中で、特徴的なシーンをまとめてみた。

まずは週明け月曜日となった25日。この日は、朝のラッシュ時間帯、国分寺~一橋学園間の折り返し運用に259Fが充当された。そこで、259Fの一橋学園行きを、国分寺駅で記録する事にした。

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国分寺駅にて、折り返し一橋学園行きとして出発を待つ259F。

休み明け月曜日の朝、突然やって来た白い101系。毎日通勤で利用されている方達も、驚かれた様子で、この時、私の横で携帯電話を使用し、259Fを撮影されている方が何人かいらっしゃった。普段は黄色い電車が行き来する多摩湖線に、突然現れた白い電車は、とてもインパクトがあるのだろう。

ちなみに、この日は、ちょっと出遅れてしまった為、一橋学園駅で待ち伏せする事が出来ず、急きょ、国分寺駅に先回りしての撮影となってしまった。多摩川線への甲種輸送実施日までに、この運用に入る事があれば、今度こそ、一橋学園駅入線シーンも押さえる予定である。

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西武 白くなった259Fが多摩湖線で運用開始

数日前の事、知人より、西武多摩湖線で運用中の259Fが、白一色となって、武蔵丘検修場を出場したと言う連絡があった。現在、多摩川線で進められている、101系低運転台車両の置き換えによる甲種輸送が、来月実施される事になっており、この時期に、259Fが白一色になったと言う点から察すると、今回は、新たな改造車ではなく、既存のワンマン車を塗り替えて送り込む事と言う事になるようだ。

この259F、甲種輸送までの間、南入曽車両基地か小手指車両基地で過ごすのだろうと思いきや、意外な事に、10月23日現在、玉川上水車両基地にいると判明する。玉川上水にいると言う事は、多摩湖線で使用する事を視野に入れているのではないか?そう思い、本日午後、玉川上水車両基地から出庫してくる列車をチェックしてみる事にした。

14時30分頃、自宅を出発。まずは萩山駅へと向かう。まもなく駅に到着と言うところで、何気なく駅のホームを眺めてみると、2番ホームの小平方で、撮影している人を発見する。259Fが来るのか?そう思い、私も2番ホームの小平方先端へ。撮影準備をしていると、国分寺から259Fが戻ってきた。

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白一色となった259F。10月24日午後より多摩湖線の運用に就いた。

カーブを曲がり、萩山駅に進入する白一色となった259F。白い新101系は、これまでに3編成登場しているが、いずれも、甲種輸送当日までの間に、多摩湖線で運用に就いた事は無く、白い車両が多摩湖線を走るのは、今回が初となる。車両そのものは、以前より多摩湖線で運用中の車両だが、突然現れた白い車両は、一般客からも注目の的となっており、この時も、萩山駅では、到着した259Fを携帯のカメラで一生懸命撮影する方を、何人か目撃している。

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あさま色189系で運転 臨時特急「かいじ180号」に乗車する

すずらんの里で、201系を見送った私。この撮影地に集まった殆どの皆さんは、201系を追っかけて行ったが、私は、当初から、ここで引き返す予定だったので、201系を見送った後も、しばし呆然としていた。と言うか、帰りの上り列車が、1時間半後と言う事も影響していたのだが・・・

この後どうしようか。そう考えていると、隣に居合わせていた方から、この後、183系10両編成の団臨がある事を知らされた。201系ばかり気にしていて、そんな列車がある事をすっかり忘れていた。引き続き、雑談をしながら、183系を待つ事にした。

201系通過からおよそ25分後の事。上りの回送列車として、こんな車両が通過して行った。

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すずらんの里~青柳間を行く、長野総合車両センター所属の189系あさま色編成。

御覧のように、背後からやって来たのは、長野総合車両センター所属の189系あさま色編成による上り回送列車。どうやら、甲府始発の臨時特急「かいじ180号」の送り込み回送らしい。

あれ?この時間に回送と言う事は、もしや「かいじ180号」に乗って帰ると良いんじゃないか?そう思って時刻表を見ると、次の普通列車で甲府まで行けば、充分に間に合う事が判明。これは乗るしかない。帰り道の楽しみが出来た。

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さよなら中央線201系H7編成 ラストラン山梨そして信州へ 中央線201系最終編成引退

10月17日のお話。

ついに、この日がやってきてしまった。子供のころから慣れ親しんできた中央線の201系。最後まで残ったH7編成が、この日を以て、中央線から姿を消す事になった。H7編成のラストランは、6月に引退したH4編成と同様、豊田駅から松本駅まで、団体列車として運転し、松本駅到着後は、解体作業が行われる長野総合車両センターへ回送されると言うものである。

最後の最後まで残った201系の最後の晴れ姿を見届けたい。しかし、最後の1編成と言う事もあって、H4編成の時よりも、沿線は多くの人出が見込まれるだろう。どこで撮影したら良いか。前日から悩み続けて当日の朝を迎えてしまった。とりあえず、ネットで検索した情報を基に、国分寺駅で、青柳駅までの往復乗車券を入手し、一路、中央本線を下っていく。立川から「あずさ7号」に乗り換えて、まずは甲府で下車。そして、甲府から小淵沢行きの普通列車に乗り換える。「あずさ7号」で、そのまま小淵沢まで乗り通しても良かったのだが、小渕沢までの間に、気が変わって、途中下車し撮影する事も視野に入れて、甲府から乗り換えたのだが、結局、そのまま小渕沢へ来てしまった。小渕沢で約30分ほど休憩した後、後続の長野行き普通列車に乗り換えて、結局降り立ったのは、当初計画していた通り、すずらんの里駅である。

1985年に開業したすずらんの里駅。近隣に事業所があるセイコーエプソン株式会社が、建設費用を負担して出来た駅だが、辺りには特に何もない。何とも寂しい駅を降り立って、青柳方向に向かって歩き続ける。のどかな風景を味わいながら歩く事15分。撮影地に到着する。ここは、S字カーブを行く列車が撮れる場所で、ロケーションは抜群。この時点で、H7編成の通過まで1時間半ほどあり、待機していたファンは、まだ6名ほどと少な目であった。とりあえず撮影準備をするものの、列車本数が少なく、試し撮りが出来ない。列車が来るまで待機。

現地到着からおよそ40分後、ようやく上りの特急列車が通過。これが現地到着後初めての列車となる。早速カメラを構えるが、ここで重大な事実が発覚する。なんと、この場所で撮影すると、電車にケーブル線が掛かってしまうのだ。これは全く想定していなかった。しかし、曇ってしまえば、それ程目立たない。仮に晴れたとしても、まあ、影だと思えば良いかと思えるほどのケーブル線だったので、そのまま、この場所で撮影を続ける事にした。

さあ、いよいよH7編成の通過時刻が迫ってくる。最初は6人ほどしかいなかったこの場所も、気付けば、かなり人が集まっており、頭上の道路も含めれば、おそらく50人近くが集まっているのではないだろうか。多くの鉄道ファンがカメラを構える中、H7編成が、颯爽と駆け抜けて行った。

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松本、そして長野へ向けて最後の力走を見せる201系H7編成。

H7編成は、10月14日を以て、通常の営業運転を終了した後、15日と16日の2日間で、ラストランに向けた準備が行われた。これまで、とくに装飾もせずに、さよなら運転を続けてきたH7編成だが、ラストランでは、長野方先頭車に「さよなら中央線201系」、東京方先頭車に「ありがとう中央線201系」のヘッドマークを掲出。更に、両先頭車の正面の方向幕には、「さようなら中央線201系 豊田→松本」と書かれた特製方向幕を掲出しての運転となった。

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強引に後追いも撮影。

1979年の試作車登場から、今年で31年。物心がついた頃には、中央線では、少しずつ201系が増え始めており、私にとっての中央線快速電車のイメージは、101系よりも201系だった。1997年12月からは、通勤でも利用するようになり、E233系が登場するまで、私の良き相棒となった。最終編成となったH7編成のラストランは、笑顔で見送ってやろう。そう思っていたのだが、すずらんの里を、聞き慣れたモーター音を轟かせて通過して行く姿を見たら、少しだけ目頭が熱くなってきてしまった。駄目だ。笑顔で見送るんだ。そう心に決めたじゃないか。心の中でそう叫びながら撮影を続けた。結果的に涙は出なかったが、一抹の寂しさが残り、笑顔で見送ると言う訳にはいかなかった。

中央線の201系電車、長い間ありがとう。お疲れ様。君達の活躍は絶対に忘れないよ。

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さよなら中央線201系H7編成 通常運用終了

中央線に最後まで残った201系H7編成。孤軍奮闘運用を続けてきたが、いよいよ明日、10月17日、松本までの団体臨時列車の運行を以て引退となる。

今週は、出来る限り201系の撮影をしておこう。そう思い、毎朝、出勤前に運用を確認。自分自身のスケジュールと照らし合わせて、撮影が可能と言う事で有れば、一眼レフを持参して撮影をする事にしていた。休み明けの12日は15T。昼休みに、西荻窪を通過する青梅特快1215Tが含まれており、これはしっかりと撮影しておきたいところ。この日は、終日、事務所内での勤務と言う事もあり、一眼レフ持参で出勤した。

12時20分頃、西荻窪駅の緩行線ホームへと向かう。ホームの東京方先端に向かうと、先客が一人。お天気も良いし、特快だし、もっと多いだろうと勝手に予想していただけに、これは意外だった。早速ご挨拶をして撮影を開始する。先行列車で練習を重ね、12時31分、H7編成の青梅特快が、西荻窪駅を通過した。

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青梅特快1215Tに充当中の201系H7編成。

西荻窪で撮影する201系。1997年12月に、勤務先が西荻窪に変わってからは、これまで、この場所で何度も撮影をしてきた。しかし、この後の自分自身のスケジュールを考えると、この撮影が、西荻窪で撮る最後の201系と言う事になるのだろう。そう思いながらシャッターを切った。

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埼玉西武ライオンズ応援電車を撮影

プロ野球は、セパ両リーグともに公式戦は終了。一足先にパリーグからクライマックスシリーズがスタートし、ファーストステージは、3位の千葉ロッテと2位の埼玉西武ライオンズが対戦し、3位の千葉ロッテマリーンズがセカンドステージへと進む事になった。

埼玉西武ライオンズの親会社である西武鉄道は、今回のクライマックスシリーズを前に、初の試みとして全社をあげて埼玉西武ライオンズの必勝応援企画を展開した。その内容とは・・・

・渡辺監督以下、選手たちの日本シリーズへの思いを、西武線各駅及びスタジアムエクスプレス車内で放送。
・試合に合わせて、狭山線で3015F(L-train)を運転。
・西所沢駅に柱の装飾を行い応援ムードを盛り上げる。
・一部の車両に応援ヘッドマークを掲出。

我が地元萩山駅でも、渡辺監督のインタビューや、松崎しげるが歌う応援歌「地平を駆ける獅子を見た」が流れているのを聞いた。今では中日ファンの私も、実は、子供の頃、西武ライオンズを応援していた事があり、松崎しげるが歌う応援歌は、まさにライオンズ黄金時代を思い出す事が出来て、ちょっぴり懐かしかった。

さて、この応援企画、鉄道ファンの目線で見ると、やはり気になるのはヘッドマークだろう。西武鉄道を取り上げている各サイトさんの記事を見る限り、ヘッドマークを付けた電車は、池袋線・新宿線と併せて計8編成あるようだが、クライマックスシリーズ開幕までに見られたのは、新宿線の6000系1編成だけ。しかも、道路で踏切待ちしているときだった為、編成番号までは確認できなかった。

沿線在住としては、ヘッドマーク掲出電車を記録しておきたい・・・そう思っていたところ、10月10日の午前中、池袋駅へ「草津51号」を撮影に出かける際に、ちょうど、地元萩山駅でヘッドマーク掲出編成に遭遇。撮影する事にした。

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萩山駅に停車中のライオンズ応援電車38108F。

たまたま遭遇できた編成は、御覧のように、今年度増備車の38108F。側面に「SEIBU」の文字が入っていないのが特徴である。この時は、間もなく入線してくる田無行きに乗らないと、この後の予定に間に合わない事から、萩山駅での撮影は、これ1枚のみに留めた。

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祝!草津号運転開始50周年! 湘南色185系による「草津51・52号」運転

では、ここで、10月10日の小学館のイベントに行く前に撮影したものを先に取り上げておきます。

古くから湯治場として知られている群馬県の草津温泉。東京方面から列車で草津温泉へ行く場合、上野駅からの特急「草津号」の利用が定番であるが、この「草津号」が、1960年6月1日に運転を開始してから、今年で50周年を迎える事になった。

「草津号」は、東海道本線で湘南電車として華々しくデビューした80系電車を使用した臨時準急電車として運転を開始する。そのスタイルから、颯爽と草津温泉へ向かうものと思いきや、長野原線(現:吾妻線)が長野原(現:長野原草津口)までしか開業していない上に、当時は非電化であり、電車本来の姿で運転出来たのは、渋川駅まで。渋川駅からは、C11形蒸気機関車またはC58形蒸気機関車に牽引され、長野原へと向かうと言うものであった。

50周年の節目の年。JR東日本高崎支社は、この「草津号」に運用されている185系を1編成だけ、50年前の運転開始当初に使用されていた80系電車をイメージした湘南色に塗り替えて運転する事になった。湘南色に塗り替えられたのは、大宮総合車両センターに所属するOM03編成。9月21日に出場し、翌22日より営業運転を開始した。湘南色に塗り替えられた同編成は、通常運用に入る為、「草津」に限らず、「水上」や「あかぎ」と言った列車にも充当される為、なかなか同編成だけの単独運用を撮る機会が恵まれなかったのだが、この三連休に合わせて、新宿~長野原草津口間で運転された「草津51・52号」に充当される事になり、三連休の中日である10日の午前中、日比谷公園に向かう前に、この「草津51号」を、池袋駅で撮影する事にした。

私は10時過ぎに家を出発。高田馬場経由で池袋駅に向かうと、同駅2番線ホームの新宿方先端には、多くの鉄道ファンが押しかけており、「草津51号」の到着を待っている状態であった。既に、私一人が入る隙もなく、ホーム先端での入線シーンの撮影は諦め、同ホームの大宮方へと移動。停車してからの撮影に切り替えたものの、こちらも7両編成の停止位置付近には、20人ほどのファンが待ち構えている状態であった。もうこうなったら開き直るしかない。多少人を入れた状態で撮った上で、トリミングで対応する事に。

11時05分、湘南色に塗られた185系OM03編成がゆっくりと3番線に到着。早速撮影を開始した。

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池袋駅に到着した「草津51号」

80系電車の塗り分けを再現した185系OM03編成による「草津51号」。御覧のように、正面には通常のヘッドマークではなく、80系電車時代に掲出していた物を模した「50周年草津号」のヘッドマークを掲出しての運転である。

そして、注目していただきたいのは、この車両である。

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グリーン帯も再現されたサロ185。

かつて、近郊形及び急行形車両のグリーン車には、四葉のグリーン車マークの他、このように窓の下にグリーンの帯を入れて、普通車との区別を付けていたが、今回の塗装変更では、この帯も再現された。これが、なかなか良い味を出している。

また、185系電車は、同年代に製造された201系電車と同様に、パンタグラフがモハユニットの外側にパンタグラフが付く事から、急行時代の「草津号」に使用されていた、新前橋電車区所属の165系電車と、全く同じ位置にパンタグラフが付く為、こうして湘南色に塗り替えらえれると、165系の急行列車を思い出してしまった。

こうして地味だった185系に、注目すべき編成が1編成出現した。しかし、12月に迫るダイヤ改正では、大宮総合車両センターの185系で運転されている特急列車「水上」の季節列車への格下げや、「あかぎ」の一部列車の廃止が予定されており、185系にも余剰車が出てくる可能性がある。登場からまもなく30年。この車両にも、近い将来、大きな変化が訪れる事になるのかもしれない。

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小学館「人気列車で行こう」発売記念ブロガーイベントに参加しました

2010年10月10日と、10が3つ揃ったこの日は、小学館から10月7日に発売されたばかりの雑誌「人気列車で行こう」の出版記念ブロガーイベントに参加してきた。

このイベント、申し込み期限ぎりぎりにTwitterで知り、駄目元で申し込んでみたところ、参加できる事になった。会場が、一度は行ってみたいと思っていた秋葉原の鉄道居酒屋LittleTGVと言う点も、申し込むきっかけとなった。

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西武 トレインフェスティバル2010in横瀬 臨時列車復路編

さて、横瀬車両基地を出た我々は、まずいったん飯能駅へと向かい、30000系の高麗行きを撮影。そして、この高麗行きに実際に乗車してみた。(この件は後日お伝えします)

高麗行き臨時列車の観察の後は、いよいよ3011Fの急行池袋行きの撮影へと移る。我々一行が向かった先は、武蔵横手駅であった。同駅に到着したのは、3011Fの急行の到着およそ40分前の事。まずは、武蔵横手駅のアイドル、そらとみどりにご挨拶。そして、改札を出て、撮影場所である高麗6号踏切へと移動する。現地到着後、まず最初にやって来たのは、2000系の飯能行きだった。通常は4000系の運用だが、この列車も巾着田対策で、朝の快速急行に使用された2000系が、そのまま飯能~西武秩父間の折り返し運用に入っているのだ。そして、この飯能行きは、下り特急との交換待ちをする。そこで、まずは、2000系と下り特急との並びを撮影する事にした。

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武蔵横手駅で交換する2000系の飯能行きと下り特急列車。

一線スルー化されている武蔵横手駅では、通過する特急列車は、向かって右側、上り本線となる1番ホーム側を通過する事になっており、1番ホームを下り特急が通過する場合には、御覧のように、飯能行き各停が、下り本線である2番ホームに入線する事になっている。

この後、いよいよ3011Fの急行池袋行きとなるが、ここで、2000系の飯能行きから降りてきた知人達も合流し、この場所では、計5名で撮影に臨む事になった。それぞれが譲り合いながら撮影する事に。

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武蔵横手を出発。一路、池袋へと向かう3011F。

往路の横瀬行きは、「臨時」幕での運転だった3011Fだが、復路は、池袋行きなので、池袋線の車両であれば、当然含まれている幕なので、御覧のように急行池袋行きでの運転。これだと、池袋~飯能間では、よく目にする光景だが、武蔵横手駅で3011Fの急行池袋行きを見る機会は、そう多くない。

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障害物がやや気になるが、後追いも撮影。

やや障害物があるだけに、後追いは撮らなくてもいいかなあと思ったものの、前後でデザインの違う3011Fと言う事で、後追いも撮影しておいた。

この撮影を以て、高麗6号踏切での撮影を終了とした。

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西武 トレインフェスティバル2010in横瀬 会場編

では、続いて会場編です。

吾野駅で、3011Fと38107Fの交換シーンを撮影した後は、後続の西武秩父行きで横瀬を目指す。巾着田関連で増結・増発対応が行われている中、乗車した西武秩父行き5011列車は、4両編成ワンマン運転の列車だった。

10時26分、横瀬駅に到着。早速、会場へと向かう。ホーム上から会場内を見渡すと、展示車両は、いずれもパンタグラフが下がったままだ。池袋からの臨時急行に使用された3011Fの入れ替えが終了次第、パンタグラフが上昇されるのだろうけど、このままでは、ちょっと不格好だ。会場へ向かう前に、駅前のトイレに立ち寄ってから向かった為、会場の入口に差し掛かったのは、横瀬駅到着から、およそ10分後の事であったが、もうこの時点では、展示車両のパンタグラフは上昇しており、まずは一安心。会場の入口で実施していた、携帯電話を使ったアンケートに協力した後、撮影を開始する。

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折り返しまでの間、横瀬車両基地内で展示された3011F。

トレインフェスティバル会場となった横瀬車両基地では、臨時列車に使用された車両の入替が終了すると、基地内の架線は一時的に電気を流さないようにしている。その為、この3011Fは、方向幕を「快速急行西武秩父」の状態で固定したままの展示となっており、この種のイベントでは定番となっている「方向幕グルグル」を期待しているファンには、少々物足りない結果となったようである。

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西武 トレインフェスティバル2010in横瀬 臨時列車往路編

10月3日のお話。

10月に入り、各鉄道会社では、鉄道の日観連のイベントが続々と開催されているが、我が地元、西武鉄道でも、秋の恒例行事「西武トレインフェスティバルin横瀬」が、今年も10月3日に開催される事になり、このイベントに出かける事にした。

弊ブログでは、「西武トレインフェスティバル2010in横瀬」の模様を、昨年に引き続き、三部構成でお送りします。

まずは、会場への足となる池袋からの臨時列車の撮影からスタートする。今年は、銀河鉄道999のラッピング車である3011Fが使用される事になっていた。まずは、送り込み回送から撮影・・・の筈だったが、例により寝坊。仕方なく、臨時列車からの撮影となるが、恥ずかしい話、家を出るまで、この臨時列車が急行で運転される事を全く知らないでいた。所沢駅の改札窓口で、臨時列車の時刻表が載ったチラシを見て、初めて知ると言う何ともお恥ずかしい話。そんな私を助けてくれた複数の知人より、臨時急行は、仏子駅で特急の通過待ちをすると聞き、私も仏子駅へと急行する。ここで、お馴染みのメンバーと遭遇し、ようやく西武鉄道のイベントらしくなる。

9時04頃のこと。臨時急行が仏子駅に到着する。そして、ほぼ同時刻であるが、上りの快速電車も到着した。

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仏子駅に到着した、3011Fの臨時急行横瀬行きと、6158Fの快速渋谷行き。

3000系には、「横瀬」の幕が含まれていない為、御覧のように、方向幕は「臨時」と表示した状態での運転となった。イベントに合わせて運転される横瀬行きの臨時列車には、毎年、何らかのヘッドマークが掲出されるのだが、御覧のように、3011Fは、車体全体が銀河鉄道999のデザインとなっている事から、ヘッドマークは掲出されていない。

臨時急行到着からおよそ2分後の事。中線をゆっくりと特急列車が通過して行く。待機していた場所からは、特急列車の姿が、直前まで見えない為、撮影のタイミングを計るには、中線を通過して行く音だけが頼りとなる。

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臨時急行を追い越す特急「ちちぶ7号」

仏子で先行列車を追い越す特急。こんなシーンを定期的に見る事が出来た時代もあるが、現在では、春の芝桜ダイヤの時に見られるだけ。ダイヤの都合上、臨時急行をここでしか追い越せなかったのかもしれないが、それが逆に鉄道の日のイベントらしくて良かったと私は思う。

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更に2分後、3011Fが仏子駅を発車。

こうして、臨時急行の仏子駅での撮影は無事に終了。我々は、後続の列車に乗車して、3011Fの追跡を開始する。

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さよなら中央線201系H7編成 初狩スイッチバック体験+甲府号を撮影

9月26日のお話。

H4編成の引退に伴い、H7編成のみが孤軍奮闘を続ける中央線の201系。最後の1編成も、10月17日に実施されるラストランを最後に引退する事になっている。H7編成は、先に引退したH4編成と異なり、4月末から営業運転に復帰しているが、7月25日から、通常運用の合間を縫って、さよならイベントを展開している。初回となる「さよなら中央線201系H7編成甲府号」は、残念ながら撮影できないまま終わってしまった。そして、2回目のさよなら運転として、この日、「さよなら中央線201系H7編成 初狩スイッチバック体験+甲府号」が運転される事になった。初狩のスイッチバックと言えば、H4編成でも実施されており、撮影しているが、今回は10両編成での運転とあって、前回とはやや形が違う。さよなら運転の第1回目を撮り逃しているだけに、これはしっかり撮っておきたい。そう思い、まずは初狩駅へと向かう事にした。

当日、まずは、H7編成の「初狩スイッチバック体験+甲府号」の始発駅となる三鷹への送り込み回送を、国分寺駅で見送る。そして、同駅から大月行きの直通電車で大月へ。更に、大月始発の甲府行きに乗り継ぎ、初狩駅に到着したのは、10時50分頃のことだった。早速、ホーム上から第一折り返し線の脇の公道を見ると、前回のH4編成の時よりも、待機していたファンの数は少なめだった。この日は、千葉県でE655系によるお召列車の運転もあり、そちらにも流れたのかもしれない。改札を出て、第一折り返し線の脇の公道へ行くと、前回同様、鉄道フォーラムでもお世話になっている方がいらしゃってご挨拶をした後、前回とほぼ同じ場所で私も待機し撮影に臨む事にした。そして、H7編成の到着のおよそ10分前に、私の隣に一人の女性がやって来た。持参した脚立に乗り、カメラを構える姿を見て、なかなか気合の入った鉄子さんだなあと思っていたところ、ここにいても撮影の邪魔にならないかと尋ねられた。全く支障がなかったのでそう答えると、なんと、この方は、山梨日日新聞の記者さんだった。終焉迫る中央線の201系を取材に来たらしい。そして、インタビューさせてほしいと言うので、H7編成が来るまでの間、少しだけ201系に対する思いをお話した。この件は、9月27日付の朝刊に掲載され、後日、職場の関係者にお願いして、掲載誌の一部をFAXで送信してもらった。自分の名前が、こう言う形で出ているのを見ると、何となく照れ臭いものだ。

さて、H7編成は、ほぼ定刻通りに初狩駅へとやって来た。まずは、本線から第一折り返し線へ入線するところを撮影する。

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初狩駅第一折り返し線に入線する201系H7編成。

H4編成の時は6両編成だった、初狩駅でのスイッチバック体験。今回のH7編成でのツアーは、10両編成で運転される事から、ポイントをクネクネと曲がって来る姿が良く解るのもありたい。

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