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さよなら中央線201系H7編成 ラストラン山梨そして信州へ 中央線201系最終編成引退

10月17日のお話。

ついに、この日がやってきてしまった。子供のころから慣れ親しんできた中央線の201系。最後まで残ったH7編成が、この日を以て、中央線から姿を消す事になった。H7編成のラストランは、6月に引退したH4編成と同様、豊田駅から松本駅まで、団体列車として運転し、松本駅到着後は、解体作業が行われる長野総合車両センターへ回送されると言うものである。

最後の最後まで残った201系の最後の晴れ姿を見届けたい。しかし、最後の1編成と言う事もあって、H4編成の時よりも、沿線は多くの人出が見込まれるだろう。どこで撮影したら良いか。前日から悩み続けて当日の朝を迎えてしまった。とりあえず、ネットで検索した情報を基に、国分寺駅で、青柳駅までの往復乗車券を入手し、一路、中央本線を下っていく。立川から「あずさ7号」に乗り換えて、まずは甲府で下車。そして、甲府から小淵沢行きの普通列車に乗り換える。「あずさ7号」で、そのまま小淵沢まで乗り通しても良かったのだが、小渕沢までの間に、気が変わって、途中下車し撮影する事も視野に入れて、甲府から乗り換えたのだが、結局、そのまま小渕沢へ来てしまった。小渕沢で約30分ほど休憩した後、後続の長野行き普通列車に乗り換えて、結局降り立ったのは、当初計画していた通り、すずらんの里駅である。

1985年に開業したすずらんの里駅。近隣に事業所があるセイコーエプソン株式会社が、建設費用を負担して出来た駅だが、辺りには特に何もない。何とも寂しい駅を降り立って、青柳方向に向かって歩き続ける。のどかな風景を味わいながら歩く事15分。撮影地に到着する。ここは、S字カーブを行く列車が撮れる場所で、ロケーションは抜群。この時点で、H7編成の通過まで1時間半ほどあり、待機していたファンは、まだ6名ほどと少な目であった。とりあえず撮影準備をするものの、列車本数が少なく、試し撮りが出来ない。列車が来るまで待機。

現地到着からおよそ40分後、ようやく上りの特急列車が通過。これが現地到着後初めての列車となる。早速カメラを構えるが、ここで重大な事実が発覚する。なんと、この場所で撮影すると、電車にケーブル線が掛かってしまうのだ。これは全く想定していなかった。しかし、曇ってしまえば、それ程目立たない。仮に晴れたとしても、まあ、影だと思えば良いかと思えるほどのケーブル線だったので、そのまま、この場所で撮影を続ける事にした。

さあ、いよいよH7編成の通過時刻が迫ってくる。最初は6人ほどしかいなかったこの場所も、気付けば、かなり人が集まっており、頭上の道路も含めれば、おそらく50人近くが集まっているのではないだろうか。多くの鉄道ファンがカメラを構える中、H7編成が、颯爽と駆け抜けて行った。

Img_d209471017s

松本、そして長野へ向けて最後の力走を見せる201系H7編成。

H7編成は、10月14日を以て、通常の営業運転を終了した後、15日と16日の2日間で、ラストランに向けた準備が行われた。これまで、とくに装飾もせずに、さよなら運転を続けてきたH7編成だが、ラストランでは、長野方先頭車に「さよなら中央線201系」、東京方先頭車に「ありがとう中央線201系」のヘッドマークを掲出。更に、両先頭車の正面の方向幕には、「さようなら中央線201系 豊田→松本」と書かれた特製方向幕を掲出しての運転となった。

Img_d209541017s

強引に後追いも撮影。

1979年の試作車登場から、今年で31年。物心がついた頃には、中央線では、少しずつ201系が増え始めており、私にとっての中央線快速電車のイメージは、101系よりも201系だった。1997年12月からは、通勤でも利用するようになり、E233系が登場するまで、私の良き相棒となった。最終編成となったH7編成のラストランは、笑顔で見送ってやろう。そう思っていたのだが、すずらんの里を、聞き慣れたモーター音を轟かせて通過して行く姿を見たら、少しだけ目頭が熱くなってきてしまった。駄目だ。笑顔で見送るんだ。そう心に決めたじゃないか。心の中でそう叫びながら撮影を続けた。結果的に涙は出なかったが、一抹の寂しさが残り、笑顔で見送ると言う訳にはいかなかった。

中央線の201系電車、長い間ありがとう。お疲れ様。君達の活躍は絶対に忘れないよ。

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コメント

こんにちは。
私も当日、豊田でこの車両の最後の姿を見届けた一人です。
7月の初め頃から定期的に走る姿を撮影してきましたが、いずれ「この日」が来るとは分かっていても別れというのは辛いもの。
豊田を出発した後、長年住処としてきた車両基地の前を差し掛かった時に ひときわ長く警笛を鳴らしたのですが、あの音が何処か寂しげで、 聞いていて自分としても込み上げてくるものがありました。
 
今回の引退で、中央線の201系は全廃となりましたが、幸か不幸か 京葉線の数本はまだまだ健在。
しかし、それも後継のE233が増えつつある現状から、そう遠くない将来に引退へと追い込まれてしまうのでしょうね。
”気づいてみたら一編成しか残っていなかった”なんて事にならない内に 撮るだけ撮っておいた方がいいのかな…
 
駄文失礼いたしました。
これからの記事の方も楽しみにしております。

投稿: よしひろ | 2010/10/18 12:50

お久しぶりです。自分も長野の今井で回送列車
を撮っていましたです。
本当は沿線で風景を入れて撮るのがいいので
しょうが、あえて高速で駅を通過するシーンを
動画で撮りました。往年の特快のような
場面になりました。
やはり、これで最後かと思うと来るものがあり
ました。中央線快速の昭和の終わりですね。

投稿: セントラルライナー | 2010/10/19 00:38

最終日に豊田まで行く途中、一番前は込み合っていました。すぐに八王子に向かい、そこで前後をとりました。
松本城で、火縄銃大会の後、姨捨に行きました。

私も最後は涙するかと思いきや、撮影に夢中でそれどころではありませんでしたが、写真を見ていて改めて感動しています。 捨てられていくばあちゃん同様、201系は戻れないと思うとすごいドラマです。

ちなみに電車男のドラマを見ると、6話くらいまで201系の映像がかなり出てきます。 ドラマの中の台詞を借りますが、こういいたいです。 201系は中央線沿線の
宝であり誇りだ!!

投稿: 201系ハンター | 2010/10/20 14:03

撮影お疲れ様でした。
思いいれのある車輌の引退は言葉に出来ない寂しさがありますね。
しかし最後まで中央線に残り有終の美を飾れた事はTOMOさんにとっても201系にとっても良かったとも思います。
こちらでは117系の浜松への廃車回送が始まりました。
高校の通学で使った車輌だけに私も現在寂しさを感じています。

投稿: maa | 2010/10/23 19:41

皆さん、コメントありがとうございます。また、コメント返しが遅くなりまして申し訳ございません。

>よしひろさん
当日は、豊田駅でお見送りされたのですね。あずさの車内から見た時も、凄い人出でしたが、H7編成出発直前の豊田駅は、物凄い騒ぎだったのでしょうね。中央線からは、完全に引退をしましたが、仰る通り、京葉線では、まだ現役車両がいます。しかし、E233系の増備により、こちらも長くはないでしょう。JR東日本の線路上から201系が消えるまで、しっかりと201系の活躍ぶりは記録に残しておきたいですね。

>セントラルライナーさん
私も、当初は篠ノ井線まで遠征する事も考えましたが、結局のところは、すずらんの里に落ち着きました。セントラルライナーさんは、信越本線に入った今井駅で見送られたのですね。ちょうど、行燈式種別幕の所にヘッドマークが貼られましたから、特別快速のムードは出た事でしょうね。

>201系ハンターさん
姨捨を行く201系・・・かつての姨捨山の話と同様、この場所を通過するときは、二度と帰らない(かつて花火大会臨充当の為に戻った車両があったようですが・・・)と言うのは、仰る通り、何とも言えないドラマですね。ちなみに、私がいたポイントでは、201系が徐々に近付いて来る様子が、1分以上前から見えていると言う状態でしたので、何となく近付いて来るに連れて、これがもう最後かと言う気持ちになり、目頭が多少熱くなりました。姨捨にいたら、どんな心境だったかな?

>maaさん
長年、通勤で利用してきた愛着のある車両ですので、もう201系が来ないんだなあと思うと、何とも言えない寂しさが今でもあります。でも、最後まで201系H7編成は頑張りました。仰る通り、有終の美は飾れたと思いますね。ところで、117系は廃車回送が始まったのですか?全くチェックしていなかっただけに、正直驚いています。

投稿: TOMO | 2010/10/25 02:41

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» 中央線201系フォーエヴァーTHE LAST RUN. [岸田法眼のRailway Blog.Season 6]
2010年10月17日(日曜日)9時10分、JR東日本中央本線(以下、「中央線」)豊田へ。各駅停車高尾行きで乗り込んだが、先頭10号車乗務員室寄りは、立川から豊田までレールファンが10人ほど集結。空席があるにもかかわらず、坐らないのは、“201系に早く会いたい”という心意気なのだろう。 6月20日(日曜日)に比べると、1・2番線と1番線の外側にある歩道は、警戒警備が強化され、在京テレビ局が取材合戦をしており、レールファンにインタビュー。オンエアされる保証はないが、確実にいえるのは、至るところで中央線... [続きを読む]

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既に数日前のニュースとなってしまい、今頃取り上げるのもどうか、と思った話題ですが、個人的な想い出もあるので、敢えて取り上げます。 オレンジ色の中央線ラストラン 半世紀余の歴史に幕(47NEWS) 中央線快速の201系が、去る10月17日の豊田〜松本の臨時列車を....... [続きを読む]

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