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城北線「イルミ☆トレイン」運転中

2010年も残り僅か。九州ネタや秋以降の西武ネタが、まだ書ききれていない状態にもかかわらず、12月30日から31日にかけて、名古屋へ出かけてきました。現地では、今年登場した新型車両や貨物列車を中心に撮影してきましたが、その撮影したものの中から、本日は、この車両をご紹介して、2010年を締めくくりたいと思います。

中央本線の勝川駅と、東海道本線の枇杷島駅とを結ぶ城北線。旧日本鉄道建設公団建設線の瀬戸線の一部を完成させて開業した路線で、全線高架。更に、ほぼ全区間が複線なのだが、電化される事は無く、単行のキハ11が往復すると言う、まさに都会の中のローカル線。城北線の施設はJR東海が保有するものの、運営するのは、JR東海100%出資の子会社、東海交通事業が担当している。

そんな大都会のローカル線の城北線に、この冬、「イルミ☆トレイン」と言う列車が走っている。その名の通り、車体にイルミネーションを装飾して運転すると言う物。と言う事は、夜見なければ意味がない。12月30日の19時頃であるが、枇杷島駅に立ち寄って、「イルミ☆トレイン」を見物してみた。

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枇杷島駅に停車中の城北線「イルミ☆トレイン」

東海交通事業の公式サイトによると、「イルミ☆トレイン」は、2010年12月16日から2011年1月4日までの運転となっており、このうち、12月16日から25日までがクリスマスバージョン、12月26日から1月4日までがお正月バージョンと、2種類のイルミネーションが用意されている。私が撮影したのは、12月30日の夜なので、御覧頂いているのがお正月バージョンと言う事になる。普段はあまり注目されない城北線が、この時ばかりは輝いて見えた。

今年も1年間、TOMOの鉄日誌をご覧いただき有難うございました。今年も多くの皆さまからコメントやトラックバックを頂き、また励ましのメッセージも頂き、本当に感謝しております。なお、本年6月に祖母が逝去いたしましたので、誠に恐れ入りますが、新年のご挨拶は、失礼させていただきます。皆様、良いお年をお迎えくださいませ。

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2010年12月26日撮影の貨物列車

12月26日のお話。

前日までの仕事の疲れからか、朝からのんびり過ごしていたのだが、大宮で鉄道模型のイベントが有ると言うので、午後から行ってみる事にした。会場となる大宮ソニックシティには、15時頃の到着。40分ほど会場内を眺めて、再び大宮駅に戻ってきた。

実は、この日、16時頃に大宮駅を通過する貨物列車の牽引機が、俗に言うネタガマと呼ばれる機関車が立て続けに来る事が解っていたので、どうしても撮影しておきたかったのである。撮影場所となる大宮駅11番線ホームに向かうと、同業者がそこそこ集まっていた。とりあえず、カメラの準備をして、列車の通過を待つ事に。まず最初に来たのは、この列車である。

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EF65 1127号機が牽引する5593列車。

広島車両所で更新工事を受けたEF65 1127号機。貫通扉が黄色く塗られたタイプの物を使用している事から、「カラシ」と言う愛称でも親しまれている車両である。弊ブログでも2009年1月18日付記事で取り上げているが、この後、同機は、大宮車両所に入場。入場時に、他のPFと同じような2色更新機に塗り変わってしまうのではないかと心配していたのだが、入場前と殆ど変らぬ姿で出場し、黄色い貫通扉もそのままである。綺麗なうちに撮影出来て良かった。

この5593列車の通過直後、あの安中貨物が通過する。牽引機が、最近になって、JR東日本が増備を進めているEF510への置き換えられた筈なのだが・・・

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EF81 81号機が牽引する安中貨物。

御覧のように、この日の安中貨物を担当したのは、お召列車牽引の実績があるEF81 81号機。EF510牽引の安中貨物も撮りたかったのだが、残念ながら、ちょうどEF81による代走が掛かっているようで、JR東日本所有のEF510が牽引する貨物列車の撮影は、もう少しお預けとなってしまいそうだ。

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走り去る安中貨物を後追い。

トキ25000が4~5両ほど連結される日もあるのだが、この日の安中貨物は、御覧のように、タキ15600形のみの編成だった。

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西武 多摩湖線で四季の電車「春」(247F)が営業運転

現在、西武多摩川線では、101系低運転台車に代わる車両として投入された新101系リニューアル車を、1編成ずつ、四季の電車と称して、沿線の府中市の児童が描いたデザインを車体にラッピングして運転しているが、3月に投入された四季の電車第一弾「春」として運転していた247Fが、12月19日未明から実施された甲種輸送により、本線側に帰還している。

多摩川線に投入された新101系のうち、この247Fと249F、251Fの3編成は、国土交通省が指摘した、火災対策の基準に満たない床材を使用しているため、今後、床材の交換が実施されるようである。今回、247Fが本線側に帰還したのも、この床材の交換を視野に入れての事だろうと思われる。その為、帰還後もすぐには営業運転に使用されるとは思っていなかったのだが・・・

12月23日の午後の事。前の記事で触れたように、長野電鉄へ向かう253系の甲種輸送を撮影していたのだが、その途中に、知人より、247Fが午後から多摩湖線の運用に就いているとの一報が入った。当初は全く信じられなかったのだが、撮影を終えて国分寺に戻ると、確かに247Fが多摩湖線の運用に就いていたのである。早速、国分寺と萩山で撮影してみた。

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国分寺駅7番ホームで出発を待つ247F「春」編成。

多摩川線の四季の電車シリーズは、4年間、この姿で運転すると発表されている。その為、今回の甲種輸送時には、ラッピングもそのまま。そして、帰還後、多摩湖線の運用に就く時も、そのままの姿で充当された。季節は真冬であるが、多摩湖線は、突然、季節外れの春がやって来た!と言う状況である。

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萩山駅で出発を待つ247F。

なお、多摩湖線運用2日目となった12月24日の朝は、多摩湖線平日ダイヤの名物と言える、国分寺~一橋学園間の折り返し運転に、この247Fが充当された。そこで、247Fの一橋学園行きを撮ろうと思い、いつもより早い電車に乗って一橋学園駅へ。同駅南口へ通じる構内踏切から、一橋学園駅に進入する247Fを撮影してみた。

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平日朝ラッシュ時の名物列車とも言える、国分寺~一橋学園間の折り返し運用に入った247F。

本線側に帰還した、多摩川線四季の電車「春」。床材交換後に、多摩湖線の運用に就いてくれれば・・・と、少しだけ期待していたのだが、帰還後すぐに営業運転に入った事で、少々驚いてしまった。今後、247Fがいつまで多摩湖線で活躍を続けるのか、沿線住民の一人として、春編成の動きをしっかりと追跡しようと思う。

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長野電鉄へ向かう元JR253系の甲種輸送を撮影

さて、米タンと京王のデワ600+DAXを撮影した後は、南武線の電車で鹿島田へと向かった。

7月17日のラストランを以て、成田エクスプレスから引退をしたJR東日本の253系電車。在籍していた殆どの車両が、運用離脱後、長野総合車両センターへの帰らぬ旅に旅立って行ったが、長野へ廃車回送された車両のうち、3両編成2本が、縁あって長野電鉄に譲渡される事になった。長野電鉄では、特急列車として使用されるのだが、ワンマン運転に対応するために改造が必要となり、253系の生まれ故郷である東急車輛に送り込まれた。そして、この度、東急車輛での改造が終了し、再び長野電鉄に向けて旅立つ事になった。

そこで、新天地、長野電鉄へ旅立つ253系の甲種輸送を撮影する為に、まずは、有名撮影地である小倉陸橋へと向かった。私は鹿島田駅から、小倉陸橋を目指して歩く。途中、新川崎駅前に立ち寄り、新鶴見機関区に留置中の機関車を観察した後、小倉陸橋へと向かうが、人が多過ぎて撮影できるような体制では無かった。長野電鉄へ向かう元253系は、新鶴見信号所で1時間以上の停車時間が有る。であれば、この小倉陸橋で無理に撮らなくても、もう1カ所、御幸陸橋に行けばいい。そう思い、来た道を再び東京方向に戻り、御幸陸橋を目指す事に。途中で、再び、新鶴見機関区の留置線が見渡せる場所で撮影をしながら陸橋を目指したのだが・・・もう少しで御幸陸橋と言うところで、DE10に引かれた元253系が来てしまった。とりあえず、道路から撮影する事に。

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DE10に牽引され、新鶴見信号所にやって来た、長野電鉄向け253系電車。

逗子(神武寺)から253系を牽引してきたのは、御覧のように、国鉄色のDE10 1566号機。国鉄色車両であれば、もう少し撮影場所を考えて撮れば良かったなあと、ちょっぴり後悔した。

撮影後、私は、近くの公園から停車中の253系を撮影してみた。ここまで牽引を担当してきたDE10は、既に切り離されており、253系だけが停まっていると言う状態だった。

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新鶴見信号所に停車中の長野電鉄向け253系。

一見すると、JR時代とほとんど同じ姿。前面・側面にあったNEXの翼のマークは消されている。また、後日知った話なのだが、この時点では、車両番号もJR時代のまま。どうやら、東急車輛では、ワンマン運転に対応する工事だけが行われたようである。

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祝日恒例 米タンを撮る

さて、前の記事で触れたように、2010年最後の祝日である12月23日、天皇誕生日は、朝から西武多摩川線の撮影をした後、京王線の電車で分倍河原へ移動していた。分倍河原へ移動した理由は一つ。弊ブログの祝日恒例企画である、米タン(米軍横田基地への燃料輸送列車)の撮影である。このところ、米タンは火曜日と木曜日に運転されるケースが多いと聞いていたのだが、都合良く12月23日は木曜日。そこで、この日の撮影行程の中に、どうしても米タンの撮影を入れておきたかったのである。

貨物時刻表から推測すると、分倍河原駅の通過は12時07分頃の事。京王線で分倍河原駅に到着したのは、通過予定時刻のおよそ3分前。早速、連絡改札を抜け、南武線のホームへと移動する。この時点で、目撃情報等も上がっていない事から、運転されているかどうか不安だったのだが、その直後、上りホームに列車接近放送が入る。旅客列車の時間には早すぎる事から、米タンであることは間違いない。早速カメラを構えて、米タンが近付いて来るのを待った。

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南武線分倍河原付近を行く米タン返空列車。

この日、牽引を担当したのは、EF65 1139号機。PF形とも呼ばれる1000番台としてはラストナンバーの車両である。一時期、この米タンにEF210が充当された事もあったらしいのだが、現在ではEF65牽引で定着しているようである。

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走り去るタキ38000を後追いで撮影。

米タンの運用に就くタキ38000。既に、置き換え用として米タン用のタキ1000が用意されていると聞くが、この日も御覧のように黒いタキ38000が、元気よく米タンの運用に就いていた。この姿もいつまで見る事が出来るだろうか。

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京王 デワ600形+総合検測車DAXに遭遇する

12月23日のお話。

西武多摩川線の冬編成が営業運転を開始したこの日。私は、朝から多摩川線の撮影をした後、次の撮影のため、京王線で分倍河原へ移動していた。その際に、府中駅を過ぎたところで、デワ600形+総合検測車DAXとすれ違った。

私自身、このデワ600形+DAXの組み合わせを見たのは、今年2月7日に見て以来、およそ10カ月ぶりの事。その時の模様は、弊ブログ2010年2月10日付記事にて取り上げている。この時は、高幡不動を出庫して、調布経由で相模原線の若葉台まで回送されていた。もしや、今回も目的地は同じかしら?であれば、飛田給で後続の準特急を先に通し、調布駅に到着後、相模原線の快速電車の後を追うように若葉台へ行くのではと予想。そこで、分倍河原から南武線で稲田堤へ移動し、京王相模原線の京王稲田堤へ移動。おそらくは、同駅12時29分発の快速橋本行きの続行で、デワ600+DAXが来るのではと予想して下りホームへ行ってみると、なんと駅のホームの発車案内機には、「回送」の2文字が・・・

どうやら予想は的中したようだ。早速、下りホームの調布方で待機。やがて、前方から派手なデワ600の姿を発見。近付いたところで撮影してみた。

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京王稲田堤駅に進入するデワ600+DAXの回送列車。

御覧のように、上り列車が見事に被ってしまったのだが、幸いなことに、デワ600+DAXは、京王稲田堤駅に停車してくれた。そこで、今度は振り向いて同編成を撮影する事に。

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京王稲田堤駅に少しだけ停車したデワ600+DAX。

良く見ると、中間に連結された総合検測車DAXのパンタグラフは上昇していない。と言う事は、検側ではなく、前回撮影した時と同様、若葉台への回送列車だったようである。それでも、突然、こんな車両とすれ違い、その列車を予想通りのダイヤで、京王稲田堤駅で捉える事が出来た事は、とても嬉しかった。

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西武多摩湖(南)線に2000系入線

通常は、101系ワンマン対応車によるワンマン運転が実施されている西武多摩湖線の南側部分。現在、259Fが多摩川線に異動してしまった為、257F、261F、263Fの3編成でやり繰りしているのだが、12月13日に、2000系2091Fの東急車輛への入場に伴う甲種輸送、更に12月18日から19日にかけて、西武多摩川線の101系ワンマン車甲種輸送が計画されていた為、牽引車兼任の263Fが、多摩湖線の運用から外れてしまった。

そこで、12月7日より21日までの約2週間、平日のみではあるが、再び2000系による代走が実施された。今回も、2000系の代走は、ほぼ終日実施されており、2000系充当列車に関しては、当然の事ながら車掌が乗務して対応している。

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263Fの牽引業務に伴う運用離脱の為、多摩湖線で2000系による代走が再び発生した。(2010年12月7日撮影)

弊ブログでは、地元路線と言う事もあり、多摩湖線の南側部分で代走が発生した時には、記録を続けているが、しかし、今回の代走は2週間連続と言う、今までに前例のない長期間の代走となっている。一応、毎日撮影はし続けたが、2週間分の画像を一気にアップするのも大変な量になってしまうので、今回は、画像に関しては3枚のみご紹介して、期間中、多摩湖線の代走運用に就いた2000系の編成番号を記録する事とした。

 7日(火)・・・2541F
 8日(水)・・・2531F
 9日(木)・・・2533F
10日(金)・・・2539F
13日(月)・・・2535F
14日(火)・・・2523F
15日(水)・・・2509F
16日(木)・・・2539F
17日(金)・・・2535F
20日(月)・・・2537F
21日(火)・・・2531F

と言う訳で、御覧のように、今回は2531F以降の後期型車による運用が多く、前面の貫通扉の窓が小窓タイプとなった初期形の2000系が運用に入ったのは、なんと12月15日の2509Fのみと言う結果に終わった。

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12月15日に代走運用に入った2509F。

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代走運用最終日、萩山駅に入線する2531F。

2週間に及ぶ代走期間はこうして終了となり、本日より263Fが多摩湖線の運用に復帰する事になる。しかし、今の多摩湖線は、専用編成が3編成のみとなってしまっている事。更に、多摩川線の101系ワンマン車のうち、247F、249F、251Fの3編成が、国土交通省より指摘を受けた、燃焼性基準を満たしていない床材を使用している事から、これら3編成の床材の交換も実施する事になっており、既に、今回の多摩川線の甲種輸送では、247Fが本線側に帰還している。その為、残る2編成についても、定期的に甲種輸送を実施し、床材を交換する事が予想される。その際には、再び263Fが運用を離脱する事になる事から、今後も2000系による代走は頻繁に発生するものと思われる。あと1編成、101系のワンマン車があれば・・・と、いつもながら考えてしまう。

参考:過去の多摩湖(南)線代走運転の記録
1999年12月28日・・・ 245F
2000年12月 4日・・・2531F
2001年 1月31日・・・2541F
2005年 4月 4日・・・2519F(朝)2523F(夜)弊ブログ2005年4月5日付記事参照
2005年 5月 2日・・・ 253F(朝)弊ブログ2005年5月2日付記事参照
2006年 1月 6日・・・2535F(夜)弊ブログ2006年1月6日付記事参照
2007年12月13日・・・ 251F(夜)弊ブログ2007年12月14日付記事参照
2007年12月14日・・・ 251F(朝)弊ブログ2007年12月14日付記事参照
2008年 3月10日・・・2535F(夜)弊ブログ2008年3月10日付記事参照
2009年 2月24日・・・2543FMusashino RM Blogさん参照
2009年 3月16日・・・2535F(朝)弊ブログ2009年3月16日付記事参照
2009年 5月19日・・・2527F(夜)弊ブログ2009年5月19日付記事参照
2009年 6月 1日・・・2525F(夜)弊ブログ2009年6月1日付記事参照
2010年 2月 2日・・・2525F(朝)弊ブログ2010年2月2日付記事参照
2010年11月 8日・・・2527F
2010年11月 9日・・・2539F→2535F
2010年11月10日・・・2507F 11月8日から10日は弊ブログ2010年11月11日付記事参照
2010年11月11日・・・2535F
2010年11月12日・・・2507F
2010年11月15日・・・2537F
2010年11月16日・・・2525F11月11日から16日は弊ブログ2010年11月17日付記事参照


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さよなら西武多摩川線黄色い電車 223F撮り納め

さて、九州ネタはまだまだたくさんあるのですが、気がつけば、地元の西武鉄道ネタを、多摩湖線の2000系代走記事以外殆ど書いておりませんでした。ここで、九州ネタを一時中断して、西武鉄道ネタを中心に1カ月ほど話を遡りたいと思います。まずは、西武多摩川線を引退した101系低運転台車両の話。


11月3日より開始された西武多摩川線223Fへの引退記念ヘッドマークの掲出。初日となる11月3日の朝方に撮影した事については、既に記事にしているが、運用離脱までの約1週間の間に、もう一回、明るい時間帯に撮影に行こうと心に決めていた。しかし、平日の撮影は不可能であり、自分自身のスケジュールを見ると、11月6日の午前中しかチャンスが無かった。ところが、ツイッターで撮影報告などを見ると、どうも平日でも撮影者が多いと書かれていて、これが土曜日だと大変な事になるのではないか?と思ったのだが、やはり、最後にもう一度と言う思いが強く、混雑を承知の上で、この日、多摩川線に行く事にした。午後の行動を考慮すると、あまり荷物を多くしたくなかったのだが、撮影地での混雑対策で、小さな踏み台だけは持っていく事にした。

自宅を9時30分頃に出発し、まずは国分寺経由で武蔵境へ。ちょうど、223F充当列車の到着前に武蔵境に到着したのだが、多摩川線ホームに上がってビックリ。なんと、ホームの是政方には、大勢のファンが待ち構えていると言う状況。ヘッドマーク掲出初日の3日よりも遥かに多い。予想はしていたこととはいえ、あまりの人の多さに驚いてしまった。とりあえず、撮影できるポジションを見つけて223Fの入線シーンを撮る事にした。

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引退まであと3日。武蔵境駅に進入する223F。

前回、11月3日の撮影時とほぼ同じアングルでの撮影だが、時間の都合で、前回は後追いのみの撮影だったので、今回は、どうしても進入シーンを撮りたいと思っていただけに、ここでの撮影は満足できた。

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佐世保駅で松浦鉄道の気動車を撮影

さて、ふらっと快速「シーサイドライナー」に乗って、佐世保へやって来た12月12日の夕方の事。この日の宿は、前日同様、長崎の東横イン。と言う事で、再び長崎に戻るのだが、そのまま大村線経由で戻るのは面白くない。特急列車の自由席に乗れる事を生かし、帰りは、佐世保線の特急「みどり」で肥前山口へ行き、そこから、長崎本線の特急「かもめ」で長崎に戻る事にした。

佐世保駅での滞在時間は約1時間。この間に何をしようかと考えていたところ、まず最初に、第三セクターの松浦鉄道の車両が目に付いた。そこで、まずは、JRのホーム上から、停車していた松浦鉄道の気動車を撮影することに。

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佐世保駅に停車中の松浦鉄道MR600形。

松浦鉄道は、1987年に設立された第三セクターの鉄道会社。翌1988年、JR九州の松浦線を転換し、松浦鉄道西九州線として開業した。御覧頂いている画像のMR600形は、2007年に登場した最新鋭車両で、同じ第三セクターの真岡鐵道モオカ14形をベースにしている。MR600形は、老朽化したMR100・200・300形車両を置き換えるべく、現在も増備が進んでおり、最新の増備車は、塗装が若干変更となり、赤系の塗装になっているとの事。(クロフネ航海手帳さん参照)

さて、MR600形が停車しているホームの反対側に、もう1両、違う車両が見えた。こちらも撮影しておきたいと思い、改札口を出場。駅前のビルの駐車場の入口から撮影できそうな事が解り、そちらへ移動し撮影してみた。

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MR600形への置き換えが進行中のMR100形。

こちらは、間もなく引退となるMR100形。御覧のように、JR西日本のキハ120系がベースとなっている。おそらく、次にこの地を訪れる時は、このMR100形を見ることは出来ないだろうから、やや強引とは言え、こうやって記録できたことは嬉しかった。

この後、駅構内で佐世保バーガーを購入し、783系の特急列車に乗り込んだ。

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青いキハ200系を撮影

さて、国鉄色キハ66・67系を撮影した後、もう一つ気になった車両が、長崎駅3番線に停車していたので、こちらも撮影してみた。

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長崎駅3番線に停車中のキハ200系。

キハ200系は、1991年に開発された、JR九州の地方路線用大型気動車。登場からおよそ20年が経過するが、モデルチェンジを繰り返しながら、増備が続いており、現時点での最終増備車は2009年に登場している。1991年に投入された車両は、前の記事で取り上げた、キハ66・67系と同じく、筑豊地区の快速列車として登場。車体が、JR九州のイメージカラーである赤を纏ったカラーだった事から、「赤い快速」と言う列車名が付けられ、2001年の篠栗線・筑豊本線(福北ゆたか線)の電化開業まで、筑豊地区での活躍は続いた。その後、1992年には、指宿枕崎線の快速列車に投入され、こちらは黄色の車体となった。そして、長崎地区へは、1994年から登場。大村線経由で長崎~佐世保間を結ぶ快速「シーサイドライナー」に投入され、現在に至っている。

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佐世保方先頭車、キハ200-1015側からも撮影してみる。

この後、なんとなく、キハ200系に乗ってみたくなり、長崎15時12分発の快速「シーサイドライナー」に佐世保まで乗ってみる事にした。発車5分ほど前に乗りこんでみると、2両編成の車内の殆どの座席が埋まっており、結構な利用率である。先頭車両前寄りに空席を見つけて腰を下ろす。売店で購入した竹輪と缶ビールを摘まみながら乗った事や、午前中の軍艦島上陸ではしゃぎ過ぎてしまった事もあってか、諫早を過ぎた辺りから睡魔が襲ってきてしまい、気がつけば大村線の半分以上は寝てしまったかもしれない。せっかく大村湾沿いを走ると言うのに、車窓から海を眺めたのも僅か。これは、もう一度乗車し直しだな。

さて、翌日の事だが、お土産物を買いに長崎駅に立ち寄ると、こんな車両が停まっているのが見えたので、改札口前から撮影してみた。

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キハ200系「長崎竜馬ライナー」ラッピング車。

今年のNHKの大河ドラマ「竜馬伝」の放送に合わせて、12月30日までの期間限定で、キハ200系1編成を「長崎竜馬ライナー」として運転している。運転終了まで残り2週間少々。決して良い画像ではないが、このタイミングで記録できたことは大きな収穫だった。

この他、増結用として両運転台の赤いキハ220系も目撃しているのだが、こちらは残念ながら撮影できなかった。

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キハ66・67系国鉄色編成と出会う

軍艦島への上陸を果たした12月12日午後のお話。

早くも東京へ戻るつぐみさんを見送る為、長崎駅に立ち寄ってみた。改札を入場し、停車していた885系「かもめ」のところまで行き見送ったのだが、その際に、1番線に国鉄色の車両が停まっているのを確認した。そこで、「かもめ」が出発した後、1番線が見渡せる0番線へと移動し、停車していた国鉄色車両を撮影する事にした。

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長崎駅1番線にて出発を待つキハ66・67系国鉄色編成。

前日、小倉駅で撮影した415系と同様、このキハ66・67系もミレニアム企画で登場した国鉄色復刻車両で、キハ66・67系としては記念すべきトップナンバー編成が、国鉄色編成となっている。

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キハ67側からも撮影してみる。

キハ66・67系は、1975年、山陽新幹線博多開業に合わせて、筑豊地区の輸送改善を図る為、30両が製造された。当時の一般型気動車では、初めて冷房装置を搭載した他、座席を転換クロスシートとして、客室設備を向上。当時の国鉄としては、かなり画期的な車両であったと思う。長らく、筑豊地区で活躍を続けてきたキハ66・67系だが、2001年の筑豊本線・篠栗線の電化(現在は福北ゆたか線と言う愛称が付けられている)に伴い、30両全車が、長崎鉄道事業部長崎運輸センターに転属。現在は、大村線・佐世保線(早岐~佐世保間)・長崎本線(長崎~諫早~湯江間)で活躍している。

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軍艦島に上陸する

さて、それでは、今回の旅のメインである軍艦島の上陸について書きたいと思います。鉄分0の記事になりますから、鉄道記事にしか興味がないと言う方は、飛ばしていただいても構いません。

12月12日(日)、ついに運命の日が訪れる。つぐみさんの「軍艦島に行きたい」という一言から、およそ半年。全てはこの日の為に何度か打ち合わせをして調整してきた。軍艦島上陸コースの手配も完了しているものの、実際に、当日を迎えるまで、現地で上陸できるのか。そして、そもそも船が運航できるのかという保証もない。全ては、当日の天候状態次第なのである。何しろ、幹事さんはかなりの雨女。私自身は、これまで晴男と言われてきたけれど、最近は、雨男、雨女の知人が増えたせいか、昔ほどの勢力は弱まってしまっている。前夜、軍艦島に渡る4名の顔合わせによる懇親会でも、明日は大丈夫だろうか?と言う不安が会話の中に何度も出てきた。とりあえず、開き直るしかない。そう思って朝を迎えると、雲ひとつない快晴。良かった。まずは第一関門クリアである。

早速、ホテルを出発し、集合場所である長崎港ターミナルへ。宿泊先の東横インからは、徒歩10分ほどのところであった。集合時間ぎりぎりに到着したのだが、まだ、幹事のつぐみさんの姿しかなかった。その後、5分ほどで残りのメンバーが到着。早速、受付を済ませて、船の方へと向かう。

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いよいよこの船で軍艦島へ向かう。

これから乗船するのは、やまさ海運のマルベージャ号と言う遊覧船である。今年の軍艦島上陸コースは、使用する船舶の船舶ドックの関係で、何とこの日が最終日。もうここしかないと言う状況でのオフ決行となった。

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415系国鉄色編成と出会う

さて、前の記事で触れたように、今、私は九州を旅行中。12月11日は、まず885系「ソニック」に、博多~小倉間で試乗したのだが、その「ソニック21号」乗車中、八幡駅で国鉄色の415系を追い越した。

JR九州では、今から10年前となる2000年に、ミレニアム企画と称して、管内を走る国鉄型車両のうち、電車では、この415系電車と特急用の485系、気動車では、キハ58やキハ66・67と言った車両を、国鉄時代のカラーに改めて運用に就かせていた。あらから10年。一部の国鉄色復刻車両は、そのまま廃車になってしまった車両もあるが、この415系は、10年前に国鉄色になった編成が、その後も入場時に国鉄時代のカラーを纏ったまま出場し、今も国鉄時代のカラーで走っている。

今回の遠征では、せめて一度ぐらい見られれば良いなあと思っていたのだが、それがいきなり来てしまった。早速時刻表を見ると、土曜・休日ダイヤで運転される小倉行き普通列車で運転している事が判明。早速、小倉駅で撮影準備をするが、この列車が、どのホームに入るかがさっぱりわからない。とりあえず、線路配置から推理して、ここだろうと狙いは覚めていたのですが、実際に、列車が入線して来るまで正直不安。さらに、415系の到着時刻と合わせて、特急「有明」が出発する事もあり、被られるかも不安だったのだが・・・前方には、415系の姿が見えてきており、何とかなるかもと言う気がしてきた。そして、予想通りのホームに電車は入線。

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小倉駅に入線する415系国鉄色編成。

最初は、この列車が「有明」に被られるかと冷や冷やしていたのだが、実際には、「有明」の出発の方がやや遅く、助かった。

屋根上のベンチレーターは撤去されている事から、往年の姿とはかなり異なるものの、やはり、このカラーの415系を見ると、懐かしくなるのは、私だけではないと思う。1編成しかない415系国鉄色編成を、こう言う形で撮影出来るなんて。これから先の九州の旅、良い事が有るかも。と言う気がしてきた。

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初めての九州 885系ソニックに乗ってみる

さて、速報版のブログでも触れておりますが、今、九州に来ています。これは、弊ブログと相互リンクをしているブログ「未来色スケッチ」の管理人である、つぐみさんが、ツイッターで軍艦島へ行こうと呼び掛けた事により、私を含めて計4名で行く事になったためで、12月11日の朝、羽田から福岡へ飛び、その後、乗り鉄をしながら長崎へとやってきました。

実は、私にとって九州は初めて。お恥ずかしい事に、私、高いところ苦手でして、飛行機も大の苦手でありました。その為、なかなか思い切った遠出が出来ないと言う状況でしたが、それを克服する意味も込めて、今回、羽田~福岡間を往復航空機を利用。航空機利用によって捻出された時間を使って、九州の鉄道を出来るだけ乗ろうと決めたのでありました。

さて、九州の鉄道、記念すべき最初の乗車は、福岡市営地下鉄でありますが、それを紹介するのは、ちょっと味気ない。そこで、今回は、博多から小倉まで体験乗車してみた885系「ソニック」を取り上げましょう。

885系電車は、今から10年前となる2000年に投入された振り子式特急形電車。博多~長崎間を結ぶ特急「かもめ」の速度向上を目的として投入された車両である。当初は、「かもめ」のみだった885系だが、その翌年には、日豊本線に向かう「ソニック」用にも追加で投入され、現在では、「かもめ」「ソニック」の両列車で使用されており、博多駅で見かける機会も多い。今回、夕方までに長崎に行くと言う事で、時間に余裕が有った事から、まずは博多~小倉間を1往復してみることにした。その際、携帯位置ゲームのコロプラと連動した企画切符を購入していた為、特急列車の自由席が乗り放題になっている事から、特急列車の乗り比べも楽しそうだ。

お昼ご飯を食べ終わって、11時50分頃に博多駅に向かうと、博多駅12時00分発の特急「ソニック21号」がちょうど停車していた。まずは、ホーム上で撮影する事に・・・

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博多駅で出発を待つ885系「ソニック21号」

停車中の885系。実は、この編成、前面窓周りに黄色い帯が入っているのだが、これは、そもそも「かもめ」用に投入された編成である。その為、車体や車内にも「KAMOME」のロゴが入っている。本来とは違う用途に使われているのだが、これは、「ソニック」編成に予備車が無い為、このように「かもめ」編成が「ソニック」運用に就く事、また、「ソニック」編成が、「かもめ」の運用に就く事もあるそうだ。

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大宮駅まで直通運転 「むさしの号」と「しもうさ号」運転開始

さて、前の記事でも触れたように、12月4日は、JR東日本のダイヤ改正。この日より、武蔵野線には、大宮駅へ直通する「むさしの号」と「しもうさ号」が運転を開始した。「むさしの号」は、115系で運転されていた快速「むさしの号」を定期列車化及び増発した列車。「しもうさ号」は、新規設定の列車である。

「むさしの号」「しもうさ号」は、共に武蔵野線用の205系・209系での運転との事で、車両面では面白味がやや薄い列車ではあるが、大宮駅への直通運転に関しては、ともに、武蔵野線と東北本線を結ぶ短絡線を使う。しかも、「しもうさ号」に関しては、これまで、団体列車以外の旅客列車が通る機会が少なかった短絡線を通ると言う事で、注目を集めそうだ。

そこで、この2つの大宮直通列車に、ダイヤ改正初日である12月4日、乗車する事にした。ちょうど、同日の夜には、オオゼキタク氏主催の誕生鉄イベントと言うのが有り、イベント自体は、東北新幹線新青森開業を祝うものだったのだが、「しもうさ号」もこの日が誕生日。と言うこじ付けも、乗車する理由の一つであった。

まずは、「むさしの号」に乗る為に、地元萩山から武蔵野線の新小平へと向かう。115系での「むさしの号」は、新小平通過だったが、定期列車化により、この新小平にも停車するようになったのは、とても有り難い。土曜・休日ダイヤでは、2本目の「むさしの号」が、8時34分発なのだが、あえて、その1本前の電車に北朝霞まで行く事にした。これは、乗車前に「むさしの号」を撮影すると言う目的もそうだが、各駅で、「むさしの号」を待つお客さんが、どの程度いるかな?と言うのを見ておきたかったからという理由もある。新小平・新秋津共に、何人かは後続の列車を待つ為に乗らないと言う人を見かけた。

新小平からおよそ15分。北朝霞に到着。ホームの府中本町方先端には、後続の「むさしの号」を撮影しようと考えている人が数名待機していた。私もここで待機する。ややビルの影が気になったが、この時期は仕方がない。これはトリミングで誤魔化すしかない。上り府中本町行きが出た後に、205系による「むさしの号」が入線してきた。

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北朝霞駅に進入する205系「むさしの号」

一見すると、普通の武蔵野線と変わらない205系の「むさしの号」。でも、良く見ると、方向幕には、小さく「むさしの号」とか書いてあるので、違いはあるのだが、やっぱり見た目が・・・まあ、車両が205系だから仕方がないが・・・

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115系快速「むさしの号」運転終了

12月に入り、打ち合わせや秩父夜祭り、更には新デジイチ導入に伴うパソコンの設定などで、更新が滞ってしまいました。そんな状況でも、毎日、大勢の方にアクセスいただき、本当にありがとうございます。

どの話題から書こうかと考えた結果、この話題から行きたいと思います。

12月4日、JR東日本はダイヤ改正を実施した。東北新幹線の新青森延伸開業が目玉となる今回のダイヤ改正。首都圏のJR各線では、在来線特急の一部削減など、暗い話が多い中、武蔵野線では、大宮駅への直通運転が僅かながら増発された。一見すると明るい話題ではあるが、この裏側では、スカ色の115系により運転されていた臨時快速「むさしの号」(臨時列車ではあるが毎日運転されていた)が、新設される武蔵野線内各駅停車の「むさしの号」(武蔵野線用205系・209系で運転)に置き換わる為、ダイヤ改正前日となる12月3日を以て、運転を終了する事になった。

そこで、115系で運転する最終日となる12月3日の夕方、大宮へ向かう快速「むさしの号」を、新秋津駅で撮影することにした。ちょうどこの日は、代休を取っており、朝から西武鉄道を中心に撮影をしていたが、秩父夜祭り関連の臨時列車の合間を利用しての撮影と言う事で、撮影できる場所は、前後のスケジュールを見ると、新秋津駅に限られてしまっていた。しかし、この列車は、新秋津駅で、同じ時刻に府中本町行きがあり、撮影には不向きなのだが、この日は、ダイヤが乱れていた事もあり、被りは回避できそうな状況であった。「むさしの号」到着のおよそ10分前に新秋津駅に着くと、同じような事を考えていた人は、結構いたようで、上りホームにも5名ほどの鉄道ファンが待機していた。

17時20分、ほぼ定刻通りに「むさしの号」が到着。早速、撮影を開始する事に。

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新秋津駅に到着した115系快速「むさしの号」

最終日、いつものように「むさしの号」には、専用編成である豊田車両センターの115系M40編成が充当されていた。この編成は、スカ色の115系としては唯一の存在となったサハ115やモハ115を連結しており、今となっては大変貴重な編成。しかし、今回の快速「むさしの号」の運転終了に伴い、この編成も職を失う事になる。この後、この編成にどのような動きが出てくるかは全く分からないが、車両自体は古い車両だけに、このまま廃車となる可能性が高いのではないかと思われる。

この撮影の直後、府中本町行きが到着しており、まさに間一髪と言うタイミングであった。撮影後は、ホーム上より、大宮へ向かう115系M40編成を見送った後、西武池袋線の秋津駅へと向かった。

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武蔵野線で試運転中の209系500番台車に遭遇

さて、前の記事でも触れたように、11月28日は、午後から貨物列車の撮影に出かけたが、南浦和駅で、隅田川から北長野へと向かう89列車を撮影した後も、暫く、同駅で待機していた。何故、待機していたかと言うと、ある車両の試運転があるかもしれないと思ったからである。

89列車の通過から、およそ7分後の事。お目当ての車両が、南浦和駅へとやって来た。

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南浦和駅に到着した209系500番台車M73編成の試運転。

お目当ての車両とは、御覧のように、209系500番台車である。現在、京葉線へのE233系投入に伴い、同線で活躍していた209系500番台車は、4編成とも、中間2両を外して8連化した後、武蔵野線へと転用される事になっており、今回、試運転を実施していたM73編成は、転用第1弾で、9月17日に長野総合車両センターを出場。現在は、武蔵野線内で乗務員訓練が繰り返されている。

実は、この編成の試運転を、この日の午後、東所沢駅で目撃していた。そして、その1週間ほど前に、知人からも目撃情報が有り、ある程度の時刻は解っていたのだが、実際に来るまでは正直不安だった。

この試運転列車を撮影した後、私は、後続の上り電車に乗車する。東所沢に到着すると、すぐ隣のホームには、209系500番台車M73編成が停車していた。降りて観察と思ったのだが、こちらの電車のドアが開いた瞬間ぐらいに、M73編成は、東所沢電車区に向けて回送されてしまった。

デビューに向けて試運転が繰り返されている209系500番台車。デビュー時から振り返ると、帯の色もこれで4色目。黄色→水色→赤と来て、今回4色目となる武蔵野線色。最近の車両としては、デビューから4回も色が変わると言うのも、珍しい事と言えるだろう。

試運転が繰り返されている209系500番台車、時期的に見て、12月のダイヤ改正からデビューとなるのだろうか。

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