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西武 38111Fの甲種輸送を撮影

では、ここで順番を入れ替えまして、10月30日のお話から。

西武鉄道は、今年度も30000系電車を8両編成2本新製する事になっており、既に第1陣となる38110Fが10月7日から9日にかけて甲種輸送され、10月19日より池袋線で営業入りし、301系が1編成(301F)が廃車となっている。そして、この度、第2弾となる38111Fが落成し、10月28日から30日にかけて、甲種輸送が実施されることになった。

新秋津到着が日曜日と言う事で、前回に引き続き、今回の38111Fの甲種輸送も撮影に出かける事にした。既に、日曜日のガーゼ交換は不要となっている事から、直接、撮影地に直行できるのが有り難い。今回は、前回行けなかった府中本町へ行き、ここから撮影を開始する事にした。現地に到着したのは、38111F甲種輸送通過のおよそ30分前の事。南武線ホーム・武蔵野線ホームとも、多くの鉄道ファンで賑わっており、どちらで撮影するか悩んだが、とりあえず、南武線ホームへと行く。中程でカメラを構えていたが、通過時刻が迫ると、更に人が増え始め、ちょっと撮影がし辛くなってきた。また、通過時刻と南武線の立川行き電車との時間の差が気になったこともあり、直前になって武蔵野線ホームへ移動。こちらから撮影する事にした。

11時48分頃のこと。EF65に牽引された38111Fの甲種輸送が、ゆっくりと府中本町駅を通過して行った。

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EF65 1068号機に牽引され新秋津を目指す、西武38111F。

38111Fを牽引してきたのは、EF65 1068号機。既に、ホーム上には武蔵野線の下り電車が停車していた為、この場所での後追いの撮影は出来なかったが、思った以上に落ち着いて撮れたので、満足する事が出来た。

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JRおおみや鉄道フェア2011会場へ

さて、新秋津駅で203系の配給輸送を撮影した後は、そのまま大宮へ。

この日、JR東日本大宮総合車両センター及びJR貨物大宮車両所合同による恒例のイベント「JRおおみや鉄道フェア2011」が開催された。このイベント、毎年5月中に開催されていたが、今年は東日本大震災の影響により、この時期の開催となった。

大宮駅到着後、大宮総合車両センターへと急ぐ。既に時刻は14時を過ぎており、イベント終了までは残り1時間半ほど。長いようで意外と短い残り時間。果たしてどこまで会場内を見て回る事が出来るだろうか。入口でチラシを貰って、まずは右側へ移動。台車置き場を眺めながら先に進むと、こんな車両が展示されていた。

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蓄電池式駆動電車E995系。

E995系電車は、JR東日本と鉄道総合技術研究所が共同開発した試験用電車。もともと、この車両はハイブリッド試験車両として2003年に登場し、その時はキヤE991系を名乗っていた。その後、2008年に燃料電池動車に改造され、E995系電車となった。そして2009年より、現行の蓄電池式駆動電車となり、パンタグラフも設置された。

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さよなら203系 マト55編成の海外譲渡配給を撮影

では、1週間前となる10月15日のお話。

毎週土曜日は、小平市内の病院へ通院する生活が続いて早1ヶ月。この日も通院から1日がスタートとなる。午前中の早い時間帯に病院に行くが、整形外科の外来はいつも混んでいて、終わったのはお昼頃の事であった。

この日、大宮総合車両センターでは、「鉄道ふれあいフェア2011」が開催される事になっており、診察が終わった時点で、現地へ駆け付ける事になっていた。とりあえず、国分寺へ出て昼食を摂った後、大宮へと向かう為、西国分寺から武蔵野線に乗る事に。ふと気になって、携帯で鉄道目撃情報SNSにアクセスしてみると、203系マト55編成の海外譲渡の為の配給輸送が、こちらへ向かっている事を知った。怪我をする前、同じく203系のマト53編成の海外譲渡配給輸送を撮影した。あの時は、武蔵浦和で撮影した後、上り列車で追いかけていたら、自分が気が付かなかっただけで、新秋津で配給列車を追い越していた。その時の記憶から時刻を推定すると、どうやら、新秋津で捉える事が出来そう。そう判断した私は、西国分寺から乗車した武蔵野線の列車を、新秋津でいったん下車する事にした。

13時14分、新秋津に到着。この時点で、203系マト55編成の配給列車は、新秋津駅の中線に停車していない。間に合った。ホームの東所沢方には、上りホーム・下りホーム共に、配給列車の到着を待つ鉄道ファンが待機していた。早速、私もカメラを取り出して撮影準備に入る。そして、新秋津到着からおよそ5分後の事。EF64に牽引された203系マト55編成が、ゆっくりと新秋津駅の中線に入線してきた。

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EF64 1031号機に牽引され、武蔵野線を行く203系マト55編成。

この日、川崎埠頭へ向かった203系マト55編成は、203系として最後まで営業運転に使用されていた車両。最終編成と言う事で、9月に入ると、「ありがとう203系」とお別れのヘッドマークを掲出して運転されていた。最後にヘッドマークを掲出した姿を撮影しておきたいと思っていたのだが、その願い叶わず、9月26日を以て運用を離脱してしまった。もう203系は撮影できないだろうと思っていた矢先の配給列車との遭遇。国内での最後の走行を見送れた事については、何か縁を感じてしまった。

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JR東海371系 特急「あさぎり」運用から来春引退

新宿~沼津間を、JR東海と小田急電鉄が相互乗り入れをして運転している特急「あさぎり」。JR東海の371系と小田急電鉄20000形RSEが2往復ずつ担当し、計4往復運転されているが、このうち、JR東海の371系が、来年3月を以て、「あさぎり」の運用から引退。371系引退後は、全列車、小田急電鉄の車両により運転される事が発表された。

情報源1:共同通信2011/10/17/ 18:05 流線形の名物車両が引退へ JR東海「371系」
http://www.47news.jp/CN/201110/CN2011101701000650.html

JR東海の371系は、1991年3月16日より運行を開始した。小田急3000形SSE車により新宿~御殿場間で運転されていた連絡急行「あさぎり」の車両老朽化により、特急への格上げ、運転区間の沼津までの拡大に伴い、小田急電鉄とJR東海の共同運行となった事により誕生した。デビュー以来1編成のみの存在で、検査等で運用に就けない場合は、小田急電鉄の20000形RSEで代走していた。1編成しかない371系は、実に働き者で、「あさぎり」として沼津~新宿間を2往復する他、間合い運用で、東海道本線の「ホームライナー」にも充当されており、浜松や三島にも顔を出している。

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桜満開の山北駅を通過する371系。(2009年4月5日撮影)

この共同通信の一報を読んだ時は、371系は、来年3月を以て「あさぎり」の運用から引退した後、そのまま廃車になると思ったのだが、どうやら、この車両には「あさぎり」からの引退後に、新たな任務が用意されているらしい。

情報源2:静岡新聞「アットエス」2011年10月18日
http://www.at-s.com/news/detail/100069491.html

静岡新聞「アットエス」が報じた情報によると、371系は、来年3月に「あさぎり」の運用から離脱した後、団体専用列車用に再改造され、来年秋に再デビューされるとの事。かつて、JR東海には、「ユーロライナー」や「ゆうゆう東海」、更にはお座敷客車など、団体専用列車用のジョイフルトレインが多数存在したが、いずれも全て廃車となっている。371系が、どのような形になって団体専用列車に使用されるのかも気になるところだ。

371系の「あさぎり」引退まで、残り半年。時期的に見て、もう山北駅の桜と371系「あさぎり」の組み合わせは見られない事になりそう。桜と371系のコラボは、これまでにも何度か撮影していたのだが、よくよく考えてみると、富士山とのコラボ写真は殆ど撮っていないかも。引退までに、富士山をバックに御殿場線を快走する371系の姿を記録しておきたい。そして、もう一度、改めて371系の「あさぎり」に乗っておきたい。今年の冬は、御殿場線へ通う事が多くなりそうだ。

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流鉄5000系 第3編成が現地へ向けて出発!

西武鉄道からの譲渡車のみで運行されている、千葉県の小さなローカル私鉄、流鉄。今年5月には、同線に最後まで残っていた旧101系低運車改造の「若葉」が引退したが、同編成の代替として、西武鉄道から新101系(旧277F)が譲渡される事になり、今年6月に開催された、西武鉄道武蔵丘検修場のイベント会場でも、赤い流鉄車両を見る事が出来たが、その譲渡車が、10月17日、いよいよ現地に向けて甲種輸送された。今月は、仕事も忙しく、また、怪我の治療も継続している事から、休暇を取って、甲種輸送を撮影する訳にも行かず、せめて、旅立つ前の様子を所沢で撮れないものか・・・と思い、17日朝は、出勤前に所沢に立ち寄り、これから旅立つ流鉄向け譲渡車両を撮影する事にした。

新宿線の遅れの影響を受けながら、所沢に到着したのは7時54分頃の事。急いで5番ホームに向かうと、隣の6番線には、新秋津までの牽引を担当する263Fと流鉄に旅立つ5000系第3編成が停車していた。5番ホームに停車していた飯能行きが出発するのを待って、撮影を開始する。

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所沢駅6番線にて出発を待つ流鉄5000系第3編成。

この後、西荻窪へ向かう事を考えると、ここで撮影できる時間は僅か2分。まずは、牽引役の263Fを含めた編成全体が写るように撮影。続いて、譲渡車を1両ずつ撮影してみる。

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クモハ5103(旧クモハ278)

この時点では、まだ車番が貼られていないが、これまでの譲渡車の現地で与えられた車番から判断して、流鉄での車番を推定してみた。

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クモハ5003(旧クモハ277)

ここで気付いたのは、クモハ5003のパンタグラフが撤去されている事。これまで譲渡された車両は、パンタグラフの集電舟の部分のみ外して旅立っていたが、今回はパンタグラフが完全に外されている。現地で先に廃車となった「若葉」の廃車発生品を取りつけると言う事になるのだろうか。

この撮影を以て時間切れとなった。慌ただしく新宿線上りホームへと移動し、職場へと向かった。

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西武 四季の電車「冬」(253F)が多摩湖線で営業運転

10月2日の甲種輸送で、本線側に戻って来た、多摩川線の四季の電車「冬」こと253F。これまでに、本線側に戻って来た「秋」「夏」と同様に、先に床材交換を行った後、1週間程度、多摩湖線で走ると言うパターンになると思っていたのだが、速報ブログでも触れたように、10月7日の朝より、多摩湖線での営業運転が開始された。これは、30000系増備車や、流鉄向け譲渡車の甲種輸送が目前に迫っており、牽引役の263Fが、多摩湖線の運用を長期的に離脱しているためで、今回は、先に入場せず、263Fの穴埋めとして、多摩湖線の営業運転に入ったようだ。

そこで、今回は10月7日からの3日間の253F「冬」の撮影記をまとめて行きたいと思います。

運用初日となった10月7日の朝、私はいつものように萩山駅へと向かう。松葉杖を使っての通勤の為、萩山駅はもっぱらエレベーターを利用している。北口のエレベーター乗り場に差し掛かった際、西武新宿行きの車両越しに、国分寺からの多摩湖線の列車が入線してくるのが見えた。白い車体だったので、245Fかと思っていたのだが、改札内のエレベーターに乗って、ホームに向かうと、そこにいたのは253F。これには驚いた。とりあえず、萩山では撮影している余裕が無かったので、そのまま253Fに乗り込み国分寺へ。同駅到着後に、折り返し萩山行きとして停車中の253Fを撮影してみた。

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10月7日より多摩湖線での営業運転を始めた、四季の電車「冬」こと253F。

萩山での入線シーンが撮れなかっただけに、この国分寺での撮影が、多摩湖線を走る253Fの最初の撮影となった。いつものパターンが崩れてしまっただけに、ややテンションが上がらないまま、253Fの撮影はいったん終了し、続きは夜の帰宅時にと言う事にしたのだが、こんな日は何か歯車が合わないのか、勤務終了後の通院に時間がかかってしまい、夜の西武遊園地直通便の撮影には間に合わず、結局、初日の撮影は、国分寺駅での撮影のみとなってしまった。

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西武 38110Fの甲種輸送を撮影

10月9日のお話。

西武鉄道では、前年度に引き続き、今年度も30000系を16両(8両編成2本)を新製する事になっているが、この度、今年度増備車の第一弾となる38110Fが、10月7日から9日にかけて実施された。地元、西武鉄道を走る新型車両の甲種輸送。これまでの30000系の甲種輸送は、全て何らかの形で撮影している為、今回もしっかりと記録しておきたいところ。38110Fが西武線内への上陸を果たす9日は、病院でのガーゼ交換をしてもらった後、この甲種輸送の撮影に出かけた。

ガーゼ交換を終えた後、向かった先は西国分寺駅の武蔵野線ホーム。38110Fは、新秋津に12時01分到着予定となっていたので、この駅の通過は、おそらく11時50分頃の事だろう。病院で思った以上に時間がかかってしまい、西国分寺駅に到着したのは、11時40分頃の事であった。相変わらずギリギリの行動だ。同駅の武蔵野線上りホームの府中本町方は、多くの鉄道ファンが待機しており、殆ど余裕が無い。そこで、後追いを優先するべく、同ホームの新小平方に移動。こちらもそれなりに人は多かったが、私一人が入るスペースは充分にあった。ホームの柱の陰に隠れてカメラを構える事に。

11時52分頃の事、前方よりEF65に牽引された38110Fがゆっくりとやって来た。

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EF65に牽引され、西国分寺駅を通過する38110F。

38110Fをけん引してきたのは、EF65 1065号機。この車両、西武鉄道の甲種輸送でよく遭遇している気がする。

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走り去る38110F。ゴールまであと少し。

この時、上りホームには、接近放送が掛かり、貨物列車が近付いていたが、何とか被られる事なく、後追いまで撮る事が出来た。

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八王子から日光へ直通運転 特急「はちおうじ日光」253系で運転

10月9日のお話。

三連休の中日。JR各社では、各観光地へ向けて臨時列車を多数運転して対応しているが、JR東日本八王子支社では、この三連休に、新宿駅から東武鉄道に直通し日光まで運転している特急列車を、中央線八王子始発とした、臨時特急「はちおうじ日光号」を運転する事になった。「はちおうじ日光号」は、これまでにも189系「彩野」編成で運転された事があり、その時の模様は、弊ブログ2009年7月18日付記事で取り上げているが、JR東日本が東武鉄道直通用特急車両を、485系リニューアル車及び189系「彩野」編成から、253系(1000番台車)への置き換えられた事により、この「はちおうじ日光号」も、253系で運転されるようになった。

そこで、253系による「はちおうじ日光号」を撮影しようと思い、9日朝、病院へ出かける前に、近場で撮影する事にした。どの駅で撮影しようか悩んだが、被りの危険性が無い東小金井駅で撮影する事にした。同駅の通過予定時刻は、7時59分。およそ10分前に東小金井駅に着くと、同駅2・3番線の高尾方には、先客が4人。運転2日目と言う事もあるのか、思っていたよりも、少なめであった。早速準備をして先行する中央特快で練習し、253系の通過を待つ。通過予定時刻よりも2分ほど遅れた8時01分頃の事、253系の「はちおうじ日光号」がやって来た。

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八王子から日光へ。253系「はちおうじ日光号」が東小金井を通過する。

この日、「はちおうじ日光号」として、中央線を走行したのは、大宮総合車両センター所属のOMーN01編成。253系は、東武鉄道直通特急への転用改造の際、正面に、LED式の愛称表示機を設置。4ヶ国後に対応しており、東小金井駅での撮影時には、中国語による表示となっていた。その為、1行目と2行目には「八王子日光」と、漢字で列車名が表示されているが、日本語表示の時には、「はちおうじ日光」と、列車名と同様、八王子が平仮名表示となるようだ。

車両も253系になり、装いも新たになった臨時特急「はちおうじ日光号」。今月の運転は、この三連休を以て終了となっているが、この後、11月にも何度か運転が予定されている。行楽シーズンの定番列車として、八王子から日光への直通列車の存在が、中央線利用者にも、しっかり定着してくれると良いのだが・・・

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西武 四季の電車「夏」(249F) 多摩湖線での思い出

前の記事でも触れたように、10月1日から2日にかけて実施された甲種輸送により、本線側に戻っていた、四季の電車「夏」(249F)が、無事に多摩川線へと戻り、新たに四季の電車「冬」(253F)が本線側に戻って来た。

床材交換を終えた249Fは、9月15日より多摩湖線での営業運転を開始したが、この時点で、甲種輸送実施まで約2週間。そして、この249Fは、運用の巡り合わせが実に悪く、平日ナイター開催に伴う運用変更(運用2日目での強制入庫)に二度遭遇し、実質的に7日間しか走らなかった為、本当に「短い夏」となってしまった。今回は、四季の電車「夏」の多摩湖線の思い出として、249Fの多摩湖線での活躍シーンを振り返ります。

9月16日、運用2日目の朝。私は、いつもより1本早い電車で出勤。運用2日目の目玉である一橋学園折り返し列車を撮影する事に。一橋学園駅で下車し、毎度おなじみ、同駅南口へと向かう構内踏切から、入線してくる249Fを撮影してみた。

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平日朝の名物列車、一橋学園折り返し列車に充当された249F。

多摩湖線を走る以上、やはり、平日朝の一橋学園折り返し列車の記録は、絶対に外せられない。この日は、まだ左手が痛む為、一眼レフが使えず、コンデジでの撮影となった。

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西武多摩川線 101系253F(冬)の甲種輸送を撮影

さて、横瀬車両基地でイベントが開催された10月2日は、西武多摩川線の甲種輸送も実施されており、武蔵境を未明に出発した、253F(冬)が、本線側に戻ってくる事になっていた。

横瀬車両基地へ行くのは断念したが、この多摩川線の甲種輸送に関しては、西武線内だけでも記録しておきたい。時間的に見ても、横瀬からの上り急行を撮影する前に撮影する事が出来るのも有り難かった。病院から帰宅した後、1時間半ほど休憩し所沢へ。13時20分頃、所沢駅に到着すると、お目当ての253Fは、牽引役の263Fと繋がれた状態で、6番線に停車していた。まずは5番ホームから、停車中の253Fを撮影してみる。

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横瀬車両基地でイベントが開催された10月2日、多摩川線からは、253F(冬)が戻って来た。

休日の昼過ぎに、所沢駅に現れた白い101系。鉄道ファンに混じり、一般のお客さんも、突然やって来た珍客を携帯のカメラで撮影すると言う光景が見られた。

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西武 トレインフェスティバル2011in横瀬 臨時列車を撮影

10月2日のお話。

10月に入り、各鉄道会社は、鉄道の日に合わせたイベントが続々と開催されている。西武鉄道でも、毎年恒例となった横瀬車両基地でのイベント、西武トレインフェスティバルが、今年も10月2日に開催されることになった。私自身、このイベントは毎年出かけており、今年も楽しみにしていたのだが、まだ怪我が治っていない事、更には、日曜日も病院でガーゼ交換をしてもらわないといけない事から、横瀬車両基地へ出かける事は断念した。しかし、このイベントに合わせて運転される臨時列車の撮影はしておきたい。発表されていた臨時列車のダイヤを見てみると、どうやら入間市駅で特急列車の待ち合わせがある模様。ここで撮影しても、すぐに引き返せば、病院の予約時間に間に合う事も解った。と言う事で、臨時列車の撮影は、入間市駅でする事に。

萩山から小平・所沢と経由して、入間市に到着したのは、8時44分の事だった。既に、上りホームの池袋肩には、先客の方が3名いらっしゃるのが、車内から確認できた。撮影終了後は、すぐに病院へ向かう為に引き返す事から、まずは、折り返し乗車に備えて改札の出場・入場を先にしておく事に。そして、ホームの先端へ向かい、先客の方達にご挨拶。邪魔にならない場所で待機する事にした。撮影準備が終わると、すぐに9000系の飯能行きが到着。この列車の後が、横瀬行きの臨時列車である。準備は万端。あとは、列車の到着を待つだけとなる。8時58分、上りの急行池袋行きが出発する。その1分後に、横瀬行きが到着となるのだが・・・

上りの池袋行きが、出発すると、すぐにカーブに差し掛かる為、ゆっくりと走り出す。その間に、横瀬行きが到着してしまった。と言う事で、進入シーンは見事に被られてしまった。

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トレインフェスティバル開催に合わせて運転された、臨時急行横瀬行き。

入間市駅に到着した臨時急行の横瀬行き。今年は、30000系38107Fが充当された。30000系の行先表示は、全駅対応済みと聞いた事がある。当然、横瀬行きと言う表示はできる筈と思うが、御覧のように、実際には「臨時」表示での運転となった。そう言えば、駅の案内放送も、「この電車はお乗りになれません」と流れてしまっていた事から、車両側の表示は出来ても、運行システムの都合上、横瀬行きと表示できないのかもしれない。

期待はずれの「臨時」表示で、ややテンションは下がってしまったが、やるべき事はきちんとやっておこう。と言う事で、続けて、こんな並びも撮影してみた。

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入間市駅では特急「ちちぶ7号」を先に通す。

入間市駅で並んだ、特急「ちちぶ7号」と38107Fの臨時急行。昨年は、お隣の仏子駅での追い抜きとなったが、今年は、入間市駅での追い越しとなった。

この後、横瀬行き臨時急行を出発まで見届けた後、副都心線直通の快速渋谷行きに乗り込み、病院へと向かった。

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幕張車両センター211系 内房・外房・東金線より撤退

では、房総半島ネタをもう一つ。

少数派ではあるが、113系と共に、房総半島のローカル列車の一員として、2006年10月から活躍してきた211系電車。今回の209系への車両置き換えは、この211系も置き換えの対象となっており、房総半島での活躍は、僅か5年ほどと言う事になりそうだ。と言いつつ、113系から比べれば、まだ新しい車両だし、もう少しの間は、房総半島全域で見られるだろうと、勝手な解釈をしていたのだが、10月1日からは、211系の活躍の場が、総武本線と成田線のみになってしまうと言う。

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東金線の運用に就く211系。(2011年8月13日撮影)

画像投稿サイト等を見ても、113系の陰に隠れて目立たないが、211系も、既に運用から離脱し、旧習志野電車区へ疎開留置している車両もあると言うから、この運用縮小も頷ける。今回、113系の撮影の為に訪れた大網駅でも、何気なく211系を撮影したのだが、まさか東金線ホームに停車中の211系が、東金線運用の撮り納めとなってしまうとは、この時、夢にも思っていなかった。

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外房線で運用中の211系。(2010年7月11日撮影)

幕張車両センターに所属する211系は、全編成、サハ211を廃車にし、残りの車両については、豊田車両センター転属し、同センターに残るスカ色の115系を置き換える計画が、鉄道ファン2009年11月号でも掲載されており、当時発表された計画通りに事が進むようであれば、今後は、209系改造車の完成に合わせて、1本ずつ運用を離脱し、豊田車両センターへの転属に向けた転用改造が実施されるものと思われる。転用後の帯の色が何色になるのかも注目だが、まだ全編成が存在する今のうちに、豊田車両センターの115系の撮り納めもしておかなくてはならない。豊田車両センターの115系は、全編成撮影完了まであと1編成と迫っているだけに、悔いの残らないように、しっかり撮影しなくては・・・

弊ブログ内関連記事
2006年11月11日付記事 新天地で運用開始!幕張車両センターの211系

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幕張車両センター113系 さよならヘッドマーク付き編成を撮影する

悪夢の地元駅での転倒から間もなく1カ月。9月は、怪我の治療であっという間に過ぎ去ってしまいました。当然の事ながら、いつもの月よりも撮影は少なめ。こんな時は、リアルタイムにお送り出来なかった撮影記をまとめろと言う神様のお告げだと思い、ちょっと前の話題も書いていきたいと思います。なお、執筆に関しては順不同となる可能性があります。、また、記事の内容によっては、後日、記事の日付を、撮影月の末日に変更する場合もありますのでご了承ください。

では、8月13日に遡ります。

房総半島の各線のローカル運用に従事していたスカ色の113系。ちょっと前までは、当たり前のように走っていた車両であるが、京浜東北線で活躍していた209系の転用車により置き換えが進み、遂に、2011年8月31日を以て、定期運用が終了する事になった。長年の活躍に敬意を表し、JR東日本千葉支社は、7月27日より、幕張車両センターの113系マリ116+217編成を、8両編成扱いにしたうえで、それぞれの先頭車に引退記念のヘッドマークを貼って運転する事になった。近郊型電車大好きな私にとって、幕張車両センターの113系が引退すると言うのは、何とも寂しい話。せめて、最後の姿も記録に残したい。自宅で、この日の運用を確認し、午後から千葉方面へ向かう事にした。

東京から京葉線の快速電車で蘇我へ。そして、同駅から内房線の電車で一駅、浜野駅へと向かう。この日の113系の運用は、内房線の千葉~木更津・君津間が主体。このまま行くと、浜野駅で数分待てば、木更津から戻ってくる113系に出会える筈。浜野駅のホームの先端には、既に113系狙いの方が、お一人待機していた。邪魔にならない場所で待機していると、何と、私のズボンに蝉がとまった。驚いて掃っていると、113系が近付いて来た。

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浜野駅に進入するマリ116+217編成。

まずは一発目。進入シーンを撮り、この列車で蘇我へ戻る事に。最後部車両に乗り込むと、車内に懐かしいステッカーが貼られているのを確認した。

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最後尾クハ111-230車内にあった禁煙車ステッカー

懐かしい禁煙車のステッカー。かつて、普通列車でも東京近郊区間を過ぎると、車内で喫煙する事が出来た。それでも、禁煙志向の流れに反映し、普通列車にも先頭車を禁煙車とする動きが出てきており、このステッカーはその当時の物。後に、普通列車は全面禁煙化され、「禁煙車」と言う表現から「禁煙」へと変化していった筈なのだが、この車両に関しては、そのまま残されたようである。

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経過良好 入院回避

今日から10月。すみません。今月一発目の記事も経過報告からです。

今日は一週間ぶりに小平市内の病院へ。1週間前の状況と比較する為、今日も血液検査を実施。1週間前は、かなり危険な数値だったが、血液検査の結果はおおむね良好。最悪の場合、入院が必要と言われていたが、血液検査の数値も良く、更に傷口も綺麗に回復してきているとの事。

今週は、勤務先近くの整形外科の先生の所へ毎日通院し、ガーゼ交換、更には9月28日より、3日間、抗生物質の点滴を打ってもらっていたが、この点も良かったらしい。

弊ブログを御覧の皆様には、ご心配をおかけしましたが、ようやく長いトンネルの出口が見えてきたような気がしました。完全復活までもう少しかも。頑張ります!

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