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3461列車を撮影する

さて、町田で「あさぎり」を撮影した後は、町田駅から小田急の快速急行で藤沢へ。更に、藤沢からjは東海道本線に乗り換え、西へ進む事に。

3月17日のダイヤ改正では、今年も様々な列車及び車両が廃止・引退することになっており、お別れ乗車や撮影をされる方も多くなってきているが、地元、武蔵野線を走る貨物列車でも、長年親しまれてきた二軸形有蓋貨車ワム380000が引退する事になっており、武蔵野線内を走る姿は、2012年2月12日付記事でも取り上げたばかり。しかし、ワム380000が使用される3461列車は、新鶴見より東海道本線に入ると、牽引機がEF66に変更される事になっている。ワム380000の今の姿を記録するのであれば、東海道本線に入ってからのEF66が牽引する姿も撮っておきたい。そう思い、「あさぎり」の撮影を切り上げて、東海道本線へ向かった。

藤沢から、東海道本線の熱海行き普通列車に乗り換え、向かった先は平塚駅。ここで3461列車を出迎える事にする。ここの上りホームからは、貨物線を走る貨物列車がそこそこ撮れる事から、ワム狙いの撮り鉄さん達が集まっていらっしゃるだろうと思っていたところ、ホーム上で待機していた撮り鉄さんは、僅かに5名ほど。どうやら、内房線で運転中のSL列車の方に、撮り鉄さん達が集中しているようで、ワムハチ狙いの方は、実に少なめだった。

現地到着からおよそ20分後の事。3461列車が平塚駅に差し掛かった。

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平塚駅を通過する3461列車。

この日、3461列車を牽引していたのは、御覧のようにEF66 118号機。祝日だからか、ワム380000は、いつもよりやや短めの12両だった。

この後、3461列車は、相模貨物駅にて、後部4両のコキを切り離し、ワム380000のみの編成となって西へ向かう事になる。よって、私も後続の列車に乗車し、3461列車よりも先回りして、もう一度撮影する事に。当初、大磯駅で下車する予定だったが、人が多めだったことも有り、そのまま先へ。結局、光線状態も良く、撮影者が誰もいないと言う事で、鴨宮駅で下車。ここで、もう一度3461列車を撮影する事に。

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ワムだけの身軽な編成になって西へ進む3461列車。

そして、ここでは後追いも撮影。

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後部反射板を付けたワム380000の後ろ姿も撮影。

編成は短いが、ワム特有のタンタンタンタンと言う走行音を楽しむ事が出来た。

この撮影を以て、3461列車の撮影を終了とした。この後、小田原へ出て、飛び道具を使い、更に西を目指す事に。

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小田急線内で「あさぎり」を撮影する

2月11日のお話。

土曜日だが、祝日と言う事で病院はお休み。久し振りに、病院に行かなくても良い土曜日。そして、これから3月にかけて本業が忙しくなるため、3月17日のダイヤ改正前、自由に動ける土曜日は、最後となる可能性が高い。撮りたいものはたくさんある。全部はとても撮りきれないから、無理をせずに撮れる範囲で動く事にしよう。そう思い、家を出発した。まず最初に向かったのは小田急線である。

小田急の新宿駅と、JRの沼津駅を結ぶ特急「あさぎり」。1日4往復運転されているこの列車は、1991年3月より、JR東海371系電車と、小田急20000形「RSE」が、それぞれ2往復ずつを担当する共同運行を維持してきたが、今回のダイヤ改正より、両形式共に「あさぎり」運用から引退し、小田急の新型ロマンスカー60000形「MSE」に置き換えられた上、運転区間が、新宿~御殿場間に短縮される事になった。そこで、最後の活躍を続ける、JR東海371系電車と、小田急20000形の雄姿を記録しようと言うのが今回の狙い。本来であれば、御殿場線沿線まで足を伸ばしたいところではあるが、前日までの疲れと、更には、この日の行動予定を考慮して、小田急線内での撮影とした。

新宿駅を10時20分に出発する「あさぎり3号」が、JR東海の371系充当と言う事で、まずは、この列車に間に合うように、和泉多摩川を目指す。地元の萩山から、西武多摩湖線・中央線・武蔵野線・南武線と乗り継ぎ登戸まで来ると、同駅の小田急線下りホームで撮影している人を発見する。ここで撮れるのか?そう思いながら、ホームの先端へ。障害物がやや気になるが、トリミングをすることを前提であれば撮れなくは無さそう。ちょうど急行電車が来たので撮影してみることにした。

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8000形10両編成による急行小田原行き。

アイボリーの車体にブルーのライン。3000形や4000形等のステンレス車の増備に伴い、昔ながらの小田急線のイメージを纏う車両は、今や8000形と、僅か1編成のみ残る5000形のみとなってしまった。1982年登場と、小田急の鋼製通勤車としては一番新しい8000形は、リニューアル工事を実施して、今後も使用される事になっており、暫くは活躍が続くものと思われる。また、2003年度以降の更新車は、足回りをVVVF制御方式に変更しており、この時撮影した8265FもVVVF制御になっている。

さて、ここで撮影した画像を見ると、手前にある車止めがやはり邪魔なので、多摩川を渡り、和泉多摩川へ移動しようと思ったところ、「あさぎり」通過に間に合う為の各停が無く、このまま、ここで「あさぎり」を撮ることになってしまった。まあ、人も少なく、落ち着いて撮れるから良しとしよう。

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沼津を目指す371系「あさぎり3号」

この後、小田急20000形による「あさぎり4号」を撮る事になるが、暫く時間があるので、どこで撮影するか、この後の行動予定とも照合しながら作戦を練る事に。ホームの中程で、スマートフォンを使って小田急のホームページにアクセスし、特急列車の時刻表とにらめっこ。そんな事をしている間に、20000形使用の「はこね」が、登戸を通過してしまった。これはノーマークだった。普段、小田急を撮っていないだけに、こう言うところに注意力が行かないのは痛い。

結局、「あさぎり4号」は、「箱根そば」で早めの昼食を摂った後、町田駅で撮る事にした。

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町田駅に進入する小田急20000形「RSE」による「あさぎり4号」

「あさぎり4号」の到着とほぼ同時刻に、下りの町田始発小田原行き急行と、新宿からの藤沢行き快速急行があり、どちらかに被られるのではないかと、冷や冷やしていたのだが、被られる事無く、無事に撮影する事が出来た。

この後、私は到着した藤沢行き快速急行に乗り込み一路藤沢へ。そのまま東海道線へと向かった。

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西荻窪駅からスカイツリーを見る

2月18日のお話。

昼前、2週間ぶりに病院へ。診察終了次第、事務所へ出て仕事をする予定だった。しかし、この日に限って、手のかかる患者さんがいたらしく、診察が終わったのは14時近くの事だった。すっかり遅くなってしまったが、国分寺で昼食を摂った後、予定通り事務所へと向かう事に。

14時40分頃、西荻窪駅に到着。ホームでTwitterのフォロワーさんが撮影をされていると言うので、ちょっと顔を出すと、ここからスカイツリーが見えると教えてもらった。早速、コンデジを取り出して撮影してみた。

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西荻窪駅1・2番線ホームからスカイツリーを眺める。

住宅設備の総合商社、小泉の看板の左側にドーンと聳え立つスカイツリーが見える。毎日、西荻窪には来ているのだが、こんな風に見えるとは、全く気付いていなかった。まさに、灯台もと暗しとは、この事。

と言う訳で、少しだけ、スカイツリーと電車のコラボ撮影をすることに。

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209系ミツ511編成とスカイツリー。

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東京メトロ東西線15000系15108Fとスカイツリー。

東西線の新型車両15000系とのコラボを撮影したところで、西荻窪駅から撤収。事務所へ向かい3時間ほど仕事をした。

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古い鉄道写真5 田町電車区のクロ157

先日、某サイトで、185系電車と、貴賓車クロ157の事が話題になった。

クロ157は、皇室の小旅行用並びに外国賓客用の貴賓車として、1960年に登場した。登場時は、157系のクモハ157-1+モハ156-1のユニットを牽引車として3両編成で運用されたが、1962年6月の運転時に、牽引車両の電気系統の故障により、走行不能な状態に陥ってしまったため、クモハ157-2+モハ156-2のユニットを、牽引車として追加。以後、157系の2つのユニットに挟まれる形で運用されるようになった。

その後、157系車両の(貴賓車両を除く)全廃により、牽引役を183系に変更するも、1985年3月、183系の田町電車区からの転出により、牽引役が185系に変更される。その際、塗装も185系に準じた塗装に変更し、皇室の小旅行に使用されてきたが、1993年5月の運用を最後に、運転実績が無く、現在では、東京総合車両センター内に保管されていると言う。

そんなクロ157を、過去に一度だけ撮影した事がある。1986年8月23日、当時、中学1年生だった私は、夏休みの思い出にと、185系で行くミステリー列車に乗車した。確か、品川駅発着で、列車名も185系にちなんで「イッパー号」だったと記憶しているが、同列車のルートの中に、田町電車区での撮影会が入っており、その際、このクロ157も展示されていた。滅多に見る事が出来ない貴賓車と言う事で、私もやや興奮気味にシャッターを切った記憶がある。古いアルバムを探していたところ、当時の写真が出てきた。

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田町電車区内で展示されていたクロ157-1。

正面気味の写真となってしまっているが、御覧のように、特別な車両と言う事もあって、ロープで仕切られた状態で展示されていた。今思うと、もう少し右によって側面も入るように写せばよかったのに・・・と思うが、当時の自分には、そこまで考える余裕は無かったのかもしれない。でも、1962年以降は、先頭に立つ事が無かったクロ157を正面から見られるチャンスは、そう多くない筈。そう考えると、この写真でも悪くないのかもしれない。

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メインの撮影会場に並べられた167系・185系・211系。

26年前の田町電車区のスター達が並べられたメインの撮影会場。185系も、まだデビューから5年が経過した程度で、伊豆方面への看板列車として君臨していた。また、一番右の211系は、デビューしたばかり。そんな211系も、今や東海道線からは追われる身となっている。そして、真横を通過する京浜東北線は、当然の事ながら103系。

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当日乗車した185系を品川到着時に撮影。

この日乗車した185系には、御覧のように特製のヘッドマークを掲出しての運転となった。ツアーそのものは、品川駅を出発して、大崎~蛇窪信号場~品川と経由して田町電車区へ。撮影会後、確か横須賀まで往復して終了だったように記憶している。ルート的には単純かもしれないが、あの頃、大崎~蛇窪信号場間は、殆ど通過する事は出来なかった筈。更に、滅多に入れない田町電車区に入れたと言う事で、夏休みの良い思い出になった事は間違いない。

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秩父鉄道「あの花」記念トレインを撮影

さて、奥むさし駅伝の臨時列車観察後は、横瀬駅から西武秩父駅へと移動し、そのまま秩父神社横の秩父鉄道の踏切へと向かった。

秩父鉄道では、毎年、長瀞の宝登山のロウバイの開花に合わせて、急行秩父路号の一部列車を、ロウバイ号として運転している。これまでに、何度か撮影をしており、今年も横瀬まで来ているし、今から行けば、影森行きの「秩父路3号」に間に合う事から、ついでに撮影してみようと思って、ここまでやって来た。しかし、横瀬駅でお会いした方に聞いてみると、「秩父路3号」は、1月21日から運転を開始している「あの花」記念トレインによる運転と聞かされた。

「あの花」とは、昨年、フジテレビ系列で放映されていたアニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」の略称。秩父市内が舞台設定となっており、実在する建物や風景が登場する事も多く、放送終了後も、実際に現地を訪れるファンもいらっしゃるようだ。また、西武鉄道が実に協力的で、劇中に4000系など、西武秩父線を走行する車両が出てきた事もある。そんな事もあって、西武鉄道・秩父鉄道共に、この作品に関連した記念乗車券を発売した事もある。

今回、秩父鉄道で運転されている「あの花」記念トレインは、東武鉄道・秩父鉄道の合同企画、「あの花×らき☆すた」記念乗車券を発売を記念して設定されたもので、1月21日から2月20日までの1ヵ月間、6000系1編成にオリジナルのヘッドマークを掲出して運転している。当初予定していたロウバイ号とは異なるものの、ヘッドマーク付きの6000系が撮れると言う事で、気持ちを入れ替えて撮影に臨む事にした。

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「あの花」記念トレインで運転されていた、急行「秩父路3号」

ちょうど秩父駅構内留置の4000系が見えた事もあり、まずは、西武4000系を絡めて撮影してみる。

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続いて「あの花」記念トレインのみを撮影。

「あの花」記念トレインとなっていたのは、6002Fだった。2012年の撮り始めとなった急行「開運号」も、この踏切から撮影しているのだが、あの時も6002Fだった。なんとなく、6002Fとの相性が良いのかもしれない。

撮影後、踏切近くにある手打ちそば「武蔵屋」へと向かい、鴨せいろそばを食べた後、仲見世通りの焼鳥屋さんに立ち寄り、鉄談義をした後、秩父を後にした。早朝からの行動だった事もあり、焼鳥屋さんで熱燗を呑んだ後は、睡魔が襲ってきて、帰りの列車内では、途中から眠ってしまった。

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西武 奥むさし駅伝開催に伴う臨時列車を観察する

およそ3週間前、1月29日のお話。

1月最後の日曜日となった29日は、恒例の奥むさし駅伝が開催された。西武鉄道では、毎年、この駅伝大会の開催に合わせて、駅伝のコースと重なる飯能~西吾野間に臨時列車を2往復増発。更に飯能~西吾野間が1日乗り放題となる「奥むさし駅伝応援きっぷ」を販売して対応している。

弊ブログでは、この奥むさし駅伝開催に合わせて運転される臨時列車の観察記を、以前より取り上げている。臨時列車1本目は、飯能駅の出発時刻も早く、寒いこの時期の早朝出動は、かなり辛いものがあるのだが、今年も、臨時列車の撮影に合わせて、早起きして現地へ向かった。

臨時列車1本目は、飯能駅を7時35分に出発する。以前は、臨時列車の飯能駅出発直前に到着する特急列車があり、これを利用する事で、その分だけ、萩山を出発する時間が遅らせたが、今のダイヤでは、特急列車の到着と同時に臨時列車が出発してしまう為、特急列車の利用では間に合わない。そこで、萩山駅を6時29分発の西武新宿行きで出発。小平・所沢と経由し、飯能駅に到着したのは7時11分の事。本当は次の列車でも間に合うのだが、小平駅での接続が悪く、結果的に、この列車となってしまったのだ。運良く、所沢から乗った飯能行きが、飯能駅で折り返しまで長時間停車する為、臨時列車到着までは、車内で過ごす事に。それでも、親切な車掌さんがやって来て、「次の池袋方面は、1番ホームからですよ。」と声を掛けられてしまった。

7時26分頃、ようやく西吾野行き臨時列車となる車両が、飯能駅に入線。早速撮影を開始する事に。

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奥むさし駅伝開催に合わせて運転される臨時列車西吾野行き(左)と快速池袋行きが一瞬だけ並ぶ。

今や2000系での運転が基本となってしまった感のある西吾野行き臨時列車。今年は2087Fが充当された。この編成、2009年にも西吾野行きに充当されていた。僅かな時間帯ではあるが、1番ホームには8両編成の快速池袋行きが停車しており、8両編成の2000系同士の並びも撮影する事が出来た。

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2012年1月28日撮影の貨物列車

およそ2週間前、1月28日のお話。

3月17日のダイヤ改正まで2カ月を切った。長年親しまれて来た列車・車両の廃止・引退が報じられており、私も可能なものは、もう一度撮り納めしておきたいと言う気持ちで行動しているが、土曜日は、相変わらず、通院生活が続いており、なかなか思うように行動出来ない。

そんな中、地元、武蔵野線を走る貨物列車の中で、どうしても撮っておきたい列車があった。それは、越谷貨物ターミナルから稲沢へ向かう3461列車。紙パルプの返空列車だが、この列車に使用されている二軸形有蓋貨車、ワム80000形(ワム380000)が、3月17日のダイヤ改正を以て引退する事になっており、あまりギリギリにならないうちに撮り納めをしたいと思っていた。しかし、冒頭でも触れたように、まだまだ通院生活が続く状態。貨物時刻表を見てみると、武蔵野線内だけの撮影で有れば、通院にも支障が無さそう。そこで、1月最後の土曜日は、この列車を撮影してから病院へ行く事にした。

撮影前に、改めて3461列車について調べてみる。同列車は、越谷貨物ターミナルを10時01分に出発する。そして、まずは新座貨物ターミナルに停車するが、ここまでは、ワム380000とコキともに、短い編成で運転され、日によっては、新座貨物ターミナルまでワムは連結されない事もあるとか。と言う事は、新座貨物ターミナルを境に、違った姿が撮れると言う事か。これは両方撮ってみるのも面白そう。そこで、まずは新座駅へ向かう事に。3461列車は、新座貨物ターミナルに10時27分に到着するとなっていたので、10時20分頃より、新座駅上りホームで待機。しかし、10分経っても列車は現れない。この後の予定を考えると、時間通りに来てくれないと困るのだが・・・ちょっと苛立ちが出てきた10時35分頃の事、EF210に牽引された3461列車が新座駅構内に差し掛かった。

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EF210-124号機に牽引され、新座駅の中線を通過する3461列車。

3461列車は、武蔵野線内、越谷貨物ターミナル~新鶴見信号場間は、新鶴見機関区のEF210が牽引を担当。この日は、124号機の担当だった。そして、EF210の後ろに連なるワム380000。この日の3461列車は、越谷貨物ターミナルを出発した時点で、ワム380000が5両連結されていた。

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がんばれ受験生!関東バスの受験生輸送

2月8日のお話。

いつものように、西荻窪駅に降り立つと、改札口の前に、東京女子大学の看板を持った人を発見した。そして、その横では、「御祈祷を受けた往復乗車券」を350円で販売していた。今日は東京女子大学の入学試験の日。早速、北口のバス乗り場の様子を見に行ってみた。

東京女子大学の入学試験の日は、毎年、関東バスが臨時便を増発して受験生輸送に当たっている。ちょうど、目の前には吉祥寺行きが停車していたが、これまでとは、ちょっと様子が違っていた。早速、邪魔にならない場所で観察することに。

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西荻窪駅前に停車中の吉祥寺駅行バス。

停車していたバスは、ノンステップバス。昨年の東京女子大学の試験日の時点では、この界隈を管轄する青梅街道営業所にも3扉車が残っており、往復乗車券を所持している乗客に対しては、通常、降車用に使っている中ドアや最後部のドアからの乗車も認めていたため、改札口方向へ列を作るようにしていたが、今年は、3扉車の引退に伴い、全車が2扉車となった事から、乗客をS字に並ぶように、三角コーンなどを配置して、列を作る様になっていた。

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がんばれ受験生のメッセージがあった!

ここ数年、「がんばれ受験生」メッセージが、車外に見えるように貼られているバスを見かける機会は少なかったが、今年は一発で、このメッセージを見つける事が出来た。

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西武池袋線へ貸し出された2000系2417Fを撮影

このところ、ブログの更新がサボリ気味でしたが、少し落ち着いて来たので、更新を再開して行きたいと思います。

それでは、1月26日のお話。

速報ブログでもお伝えしたように、1月25日より、西武新宿線で運用中の2000系2417Fが、池袋線へと貸し出され、同線所属の8両編成の2000系と併結され、10両編成で池袋線の優等列車の運用に就いていると言う話を、ツイッター上で目にした。2000系のうち、旧タイプの2000系は新宿線に集中配置となっており、池袋線へ入線するのは、野球開催日の西武球場前行き直通列車や、武蔵丘検修場への入場時の回送列車のみで、池袋線の池袋~所沢間への入線は、2009年11月23日、2005Fが池袋線に貸し出された時以来の珍時である。おそらく、今回も短期間の貸し出しだろう。

そこで、1月26日の夜、ホビーセンターカトーへ出かけた帰りに、池袋へと移動。2161列車に充当中の2417Fを捕まえる事が出来た。

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急きょ池袋線へ貸し出された2417F。池袋駅で9103Fと並ぶ。

準急所沢行きに充当中の9103Fと並んだ2417F。この日、2417Fは、東急車輛でリニューアル工事を受けた2075Fと組んで、10両編成で優等列車の運用に就いていた。

2417Fは、1986年3月に発生した、田無駅での列車衝突事故により廃車となった車両の代替として、1988年に新製された車両で、比較的、車齢が若い事から、ドアチャイムや自動放送装置の設置等、既存の2000系更新車とは全く異なる内容の更新工事が実施された。工事内容は、後に東急車輛で実施される新2000系のリニューアル工事でも、ほぼ同じ内容で実施されており、旧タイプの2000系でありながら、中身は新2000系に近いと言う位置付けになっているのだろう。

ちなみに、2000系の自動放送装置付編成は、自動放送装置なしの車両と併結された場合、自動放送装置付編成が後ろになった場合のみ、自動放送が使われる事になっており、これまで、池袋線の2000系は、2両編成に自動放送装置付きの車両ない事から、10両編成の場合、上り列車では、自動放送が使われなかったが、この2417Fを連結する事により、10両編成の上り列車でも、初めて自動放送が使用された事になる。

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2063Fの各停保谷行きとの並び。

新タイプ・旧タイプとも、8両固定編成の2000系は、LED化が進み、今現在、方向幕で残る唯一の8両固定編成が2063F。その2063Fは、元々、新宿線に新製配置された車両。更に、先程並びを撮影した9103Fも、新製時の配属先は新宿線。そして、2063Fの各停保谷行きが出て行ったあとは、20151Fが入線したが、この車両も新製配置は新宿線。と言う事で、これらの編成との並びは、まさに「新宿線車両の同窓会」と言った感じだった。

さて、撮影後は、この2417Fの急行飯能行きに、所沢まで乗車してみた。先頭のクモハ2417には、女性専用車のステッカーが貼られているものの、車内の広告は完全に新宿線仕様。こんな所にも、池袋線での使用期間は、本当に一時的なものと言う事が読み取れた。

最後に、所沢で下車した後、もう一度撮影。

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所沢駅を出発する2417F。

こうして、突如駆り出された2417Fは、翌27日まで運用されたようで、28日には編成を解かれ、同日夜には新宿線に返却されてしまった。もう一度、明るい時間帯に撮影したいと思っていたのだが、その願いは叶わなかった。

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