« 西武・電車フェスタ2017in武蔵丘検修場 その2 | トップページ | しなの鉄道 115系リバイバルカラー編成を撮影する その1 »

流鉄 5000形「流馬」撮り納め

全営業車両が、西武鉄道からの譲受車で運用されている、千葉県の小さなローカル私鉄、流鉄。

2009年度からは、西武鉄道の新101系を譲り受けた5000形が活躍しているが、この度、5000形の第一弾として投入された5001F「流馬」が、7月30日を以て運行を終了する事が発表された。運行終了後の「流馬」は、8月に全般検査で入場。来春、装いも新たに新愛称で再デビューする予定とのことで、廃車ではないが、「流馬」としての姿は、見納めとなる。

そこで、「流馬」の撮り納めの為、流鉄沿線へ出掛ける事にした。最終日となる7月30日は、これまでに引退してきた車両と同様に、惜別の装飾がされる事は予想していたが、30日及び前日の29日は、この時点で非鉄の予定が入る可能性があった事から、流鉄沿線に行く事は不可能となる可能性が高い。そこで、最終運行の約1週間前になる、7月22日に、急きょ、流鉄沿線を訪れ、運行終了間近の「流馬」を撮影する事にした。

午前11時頃、地元を出発。青梅街道駅~新小平駅の徒歩連絡を経て、武蔵野線で一路、新松戸へ。自宅を出る時点では、「流馬」が運用に就いているか、確認が取れていなかった為、見切り発車で出発していたが、武蔵野線の車中で、Twitterを確認したところ、「流馬」の目撃情報が流れていた為、一安心。

12時12分、新松戸駅に到着。ご存知の方も多いと思うが、この新松戸駅と、流鉄流山線の幸谷駅は目と鼻の先。早速、改札を出て、少し歩けば、もう流鉄の線路にぶつかる。私は、幸谷駅から100メートルほど、流山方向に進んだ、線路沿いの公道へと向かい、幸谷駅12時21分発の流山行きを撮影する事にした。

Simg_7d53039

7月30日を以て運行を終了する事になった、流鉄5000形「流馬」。

線路沿いの道で待つ事、およそ3分。流山行きとして、幸谷駅に入って来たのは、運行終了まで約1週間と迫った「流馬」だった。やや逆光気味ではあるが、まずは前パン側から撮影する。

Simg_7d53043

後追い。

撮影後、すぐに振り向いて後追いも撮影する。2両編成だと、あっという間に通過してしまう為、後追い撮影もスピードが勝負。何とか間に合った。前後でヘッドマークのデザインが異なる為、後追いも必須となる。

走り去った「流馬」は、お隣の小金城趾駅で、馬橋行きと交換する。そこで、撮影後も、この場に留まり、「流馬」と入れ替わりに来る馬橋行きが、どの車両なのかを確認してから移動する事にした。

Simg_7d53045

入れ替わりにやって来た「流星」。

待つことおよそ5分。馬橋行きがやって来た。「流馬」とペアで、昼の運用に就いていたのは、御覧のように「流星」だった。

この後、徒歩で、馬橋方向へ移動。線路沿いの遊歩道を進み、お馴染みのポイントへ。

Simg_7d53049

馬橋から折り返して来た「流星」。

手元の時計で12時38分頃のこと。馬橋から「流星」が折り返して来た。「流星」は、幸谷~小金城趾間の踏切で、乗用車との衝突事故により、一時的に運用を離脱していた時期もあったが、その影響なのか、先頭のクモハ5002は、2両目のクモハ5102と比較すると、色褪せしているのが解る。

Simg_7d53056

馬橋へ向かう「流馬」。

そして、「流星」と入れ替わりにやって来た、「流馬」による馬橋行き。この場所で撮影すると、2両とも塗装の色褪せが目立つ。

Simg_7d53060

再び流山へ向かう「流馬」。

「流馬」の馬橋行き、流山行き、それぞれ1本ずつ撮影し終えたところで、木陰に入り、一息付く事に。暫し、スマートフォンを眺めていると、頭上に何かが落ちる感触がした。なんと、被っていた帽子の上に、鳥が迷惑な落し物をしていったのだ。仕方なく、持参していたナチュラルミネラルウォーターで、ティッシュペーパーを濡らし、帽子に落ちた落し物を除去。なんとか誤魔化せる範囲内まで除去できたのだが、その間に、「流星」は馬橋へ。

Simg_7d53074

流山行き「流星」を後追い。

結局、「流星」を順光の状態で撮影したいと思っていたのだが、馬橋行きはアクシデントにより撮り逃し、その折り返しの流山行きを、後追いで何とか撮影したものの、動揺していたのか、微妙に場所を誤ってしまい、中途半端な撮影となってしまった。

この後、再び馬橋に向かう「流馬」を撮影するが、この後の予定を考えると、この列車が、私にとって「流馬」を撮る最後の列車となりそう。であれば、最後の撮影は、あの踏切にしよう。そう思い、遊歩道をもう少し馬橋方向に進んだところにある踏切へ。

Img_d8931_1

先代「なの花」に牽引され、流鉄線内を行く5000形「流馬」。(2009年6月22日撮影)

2009年6月22日。西武鉄道の武蔵丘検修場で、流鉄向けの改造を終えた5000形が、甲種輸送により馬橋駅に到着した後、2000形2代目「なの花」に牽引され、流山へ向かったが、その時、流鉄線内を走る同編成を、最初に撮影したのが、この踏切だった。この時、5001Fには、「流馬」と言う愛称は付けられていないが、既に塗装は完了しており、「流馬」の姿そのものである。よって、5000形「流馬」を最初に撮った場所で、5000形「流馬」の最後の撮影をした。

Simg_7d53078

思い出の踏切で5000形「流馬」最後の撮影。

8年前のあの日の思い出を思い出しながら、5000形「流馬」の馬橋行きを撮影。この撮影を以て、撮影地から撤収し、新松戸駅前へ。駅近くで、遅い昼食を摂った後、次の目的地へ向かった。

最後に、お乗換えのご案内です。

私が、流鉄の撮影を終えた後に、向かったのは、神保町の書泉グランデ。この日、書泉グランデでは、TwitterやFasebookで懇意にしていただいている、漫画家のYASCORN先生の著書「おんな鉄道ひとり旅」の発売を記念したトークショー&サイン会が開催されており、その会場にお邪魔しました。実は、この本の中に、私をモデルにした撮り鉄君が、1シーンのみですが登場しています。

鉄道ファンじゃない方でも楽しめる内容となっています。ご興味がありましたら、是非お買い求めください。

|

« 西武・電車フェスタ2017in武蔵丘検修場 その2 | トップページ | しなの鉄道 115系リバイバルカラー編成を撮影する その1 »

鉄道」カテゴリの記事

鉄道:流鉄(総武流山)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/52372/65609862

この記事へのトラックバック一覧です: 流鉄 5000形「流馬」撮り納め:

« 西武・電車フェスタ2017in武蔵丘検修場 その2 | トップページ | しなの鉄道 115系リバイバルカラー編成を撮影する その1 »