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107系ラストラン 団体列車「ありがとう107系号」運転

10月7日のお話です。

211系への置き換えが進み、9月30日を以て、定期運用を終了した、JR東日本高崎車両センターの107系。10月1日からは、これまで高崎駅付近の留置線に疎開留置していた、R15編成とR16編成を使用した団体列車「ありがとう107系号」の運転を開始した。初日となった10月1日は、上越線(高崎~水上間)と、吾妻線(高崎~大前間)を、それぞれ1往復運転。そして、形式の107に合わせた10月7日、信越本線(高崎~横川間)と、両毛線(高崎~小山間)を1往復ずつ運転し、ラストランとなる。

10月1日に運転された、「ありがとう107系号」の画像を、Twitter等で見てみると、ヘッドマーク掲出の関係で、R16編成のクモハ107-116の正面に付いている筈の幌が外されていた。高崎の107系は、デビュー当時から愛用してきたが、私の記憶では、クモハの正面の幌を付けずに、本線上を走ったと言う事はない。最後の最後で、今までにない姿だけに、これだけは、しっかりと撮影しておきたい。

そこで、107系最後の日となる10月7日、私は、「ありがとう107系号」の撮影の為、高崎方面へと向かった。しかし、前日から雨が降り続き、当日朝も、まだ雨が残っていた。また、交通費の節約も考え、この日は、新幹線を使わない事にしていた為、早朝出発となる、信越本線の分については、お天気も悪い為、下り列車は捨てて、上り列車を、北高崎駅付近で撮影する事にした。

朝6時20分頃、自宅を出発。多摩湖線、武蔵野線、埼京線を経由して、大宮から高崎線へ。大宮駅を7時52分に発車する、高崎線の高崎行きに乗り込み、終点高崎まで乗り通せば、7分間の待ち合わせで、信越本線の横川行きに乗り継げる。横川から戻って来る107系を出迎えるには、充分だ。しかし、大宮駅に着くと、何やら様子がおかしい。なんと、高崎線が早朝の人身事故の影響により、遅れているとのこと。乗車する予定だった高崎行きも20分ほど遅れているらしい。まあ、新幹線は平常通り動いてはいるが、これだけの為に迂回するのも悔しいので、そのまま、高崎線の列車を待つ事にした。24分遅れて大宮を発車。10両編成の運転で、途中の籠原駅では、切り離しもないのに、後続の湘南新宿ラインの接続を受ける為、10分近く停車する列車だったが、接続相手の湘南新宿ラインが、既に先行している為、停車時間をカット。なんとか17分遅れぐらいまでに回復した。しかし、このまま高崎まで行っても、信越本線の横川行きは、既に発車している時刻である。一度は諦めていたのだが、なんと、横川行きは、遅れていた高崎線の到着を待ってから発車と言う事で、まだ高崎駅に停車していた。有り難い。この決断をした、JR東日本高崎支社と、横川行きの車内で待ち続けていた乗客の皆さんに感謝をしながら、横川行きに乗り継ぎ、北高崎に到着。休日お出かけパスを見せて、神保原からの差額を駅係員に支払った。

目指す撮影地は、何と駅から徒歩1分。雨も殆ど止んでおり、足取り軽く撮影地へ。生憎、107系に先行する上り列車には間に合わなかったが、107系通過までには10分ほど余裕があった。先客お2人の邪魔にならない場所からカメラを向ける事に。そして・・・

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107系ラストラン。最終日10月7日の団体列車は「ありがとう107系号」は、信越本線と両毛線。まずは、横川からの上り列車を北高崎で撮影する。

手元の時計で、9時54分頃のこと。横川からの「ありがとう107系号」が、ゆっくり近付いてきた。高崎線のダイヤ乱れで、高崎から各方面へ向かう普通列車にも遅れが出ていたので、もしかしたら、高崎駅に、すんなり入線できず、ゆっくり運転していたのかもしれない。御覧のように、遠くまで見通せる場所ではない為、ゆっくり来てくれた事は、撮る側としては有り難かった。

さて、撮影を終えて、高崎駅へ戻ることにする。しかし、信越本線の上り列車は、まだ40分ほど後になる。そこで、高崎駅への戻りは、バスを利用する事にした。数年前に他界した大叔父は、若い頃、群馬バスの運転士だった。大叔父の家に行くときも、群馬バスを利用しており、北高崎駅もバスで何度か通過していた。5分ほど待つと、群馬バスがやって来た。群馬バスに乗るのは何年振りだろうか。約10分ほどで高崎駅前に到着。

高崎駅からは、「ありがとう107系号」最後の1往復を撮影するため、両毛線へと入っていく。群馬バス効果で、予定よりも早い両毛線に乗り継ぐ事が出来た。しかも小山行き。当初は、これまで何度も撮影で訪れた、駒形~伊勢崎間で撮影しようと計画していたが、せっかく小山行きに乗れたので、伊勢崎よりも先を目指す事にした。降りたのは、国定駅。国定~岩宿間の駅間で、適当に撮れそうな場所があればと考えた。朝の高崎線の遅れを未だ引きずり、両毛線小山行きも10分程度遅れが出ていたが、それでも、国定駅には、107系の通過1時間前ぐらいには到着する事が出来た。とりあえず、スマートフォンの地図を頼りに、出来るだけ線路に沿って歩いてみるが、なかなか思ったような撮影地に辿り着く事が出来ない。そのうちに、気付けば畑の中の畦道のような所に入ってしまい、朝まで続いた雨により、大きな水たまりやぬかるみに歩くのも苦戦を強いられる。ようやく、撮影出来そうなポイントに辿り着いた時は、107系通過のおよそ10分前だった。急いで撮影準備に入る。前方に見える鉄塔の処理をどうしようか決まらないまま、107系が接近してきた。

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両毛線国定~岩宿間を行く「ありがとう107系号」

とりあえず、鉄塔を入れない事にして、ややサイド気味に撮影して見た。165系譲りの豪快なモーター音全開でやって来た107系。正面への幌なしクモハ107もしっかり撮る事が出来て、満足する事が出来た。

この後、小山からの上り列車もあるが、疲労と空腹には勝てず、高崎方面へ戻る事にした。国定駅まで戻っても、次の上り列車には間に合わない事から、途中で食事が出来ればと思い、国道沿いを歩いてみたが、上手く発見できた飲食店は、無情にも「準備中」の札が・・・仕方なく、食事は諦め、駅に向かうが、駅で列車を40分以上待つ事になるので、思い立って、国定らしい、あの場所へ行ってみた。

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国定忠治の墓。

国定駅から、歩いて約15分のところにある養寿寺。ここには、国定忠治の墓があり、ちょっと立ち寄って墓参り。赤城の山も今宵限り。107系も今日限り。ちなみに、国定忠治の本名は、長岡忠次郎。よく見ると、墓石には長岡忠治と彫られている。

ちょっと観光気分を味わった後、国定駅へ。上り普通列車に乗り込み高崎へ。駅東口のフードコートで遅い昼飯を摂っていると、「ありがとう107系号」が戻って来るまで、あと20分ほどとなった。今更、近隣の撮影地に行くほど時間はない。とは言え、駅のホームへ入っても、人が多く、まともな写真は撮れないだろう。

そう思って向かったのは、上信電鉄の高崎車両区。10月3日には、R7・R8編成が上信電鉄入りしており、高崎車両区構内が107系だらけになりつつある。

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上信電鉄自社発注の200形と並んでいた107系R8編成。

まずは、お馴染み、駅近くのコインパーキングへ。御覧のように、上信電鉄自社発注の200形と、入線したばかりの107系R8編成が並んで停められていた。200形は、おそらく107系によって置き換えられると思うので、この光景は、何とも意味深な並びに見えた。

そして、この後は、高崎アリーナへ通じる陸橋へ。実は、横川からの「ありがとう107系号」が高崎に到着した際、いったん、高崎車両センター高崎支所へ引き上げたそうなので、今回も引き上げてくれたら、先に上信電鉄入りした仲間と、一瞬ではあるが並ぶ筈。その瞬間が撮れれば・・・という甘い気持ちで向かったのだが・・・

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上信電鉄入りした107系の横を通過する、115系の回送列車。

しかし、午前中は、いったん車両センターへ引き上げた107系も、ラストは、そのまま折り返し新前橋の高崎車両センター本所へ入庫と言う事で、高崎駅には4番線に到着。列車番号5963M(ごくろうさん)で新前橋へ回送されたため、残念ながら、この地で107系同士の並びを撮る事は出来なかった。

ラストランを迎えた高崎車両センターの107系。私が最初に、この地の107系に出会ったのは、1989年3月11日。ダイヤ改正当日だった。この日、私は家族でお墓参りに出かけており、当時、お墓参りに行くには、池袋駅を6時59分に発車する、高崎線の高崎行きに終点まで乗り込み、高崎から上越線の水上行きに乗り換えて新前橋まで行くと言うのが、いつものお決まりのパターン。まだ、湘南新宿ラインもなく、高崎線は115系。そして、乗り継ぐ水上行きは、165系で運転されており、6両編成で高崎駅に入線。3両ずつに切り離され、前3両が水上行き、後ろ3両が信越本線の横川行きになると言う運用だった。それが、ダイヤ改正当日から、車両が107系に変わった。真新しい車両ではあるが、走り出すと、低速域は、西武鉄道401系、高速域で165系になると言うモーター音は、すぐに気に入ってしまった。そして、帰りも新前橋~高崎間は、107系に乗車したのだが、この日は1本、車両に不具合があったらしく、帰りに乗車した車両は、クモハとクハで車番が異なるイレギュラーな編成だった。まさに、1M方式だから出来る業で、新前橋電車区の奥の方に、クモハ107が1両だけポツンと置かれていた事は、今でもはっきり覚えている。

あれから28年。その間に、お墓参り以外でも、SLを撮りに行った際など、107系には、本当に世話になった。ある日、たまたま乗車した列車の運転士が知り合いで、彼がどんな運転をするのか、ずっと被り付いてみた。高崎から井野駅までの間、マスコンを殆ど入れっぱなし。あとで事情を聞いてみると、加速が悪く、なかなかスピードが出ないとのこと。そして、乗務員室内も、夏場は冷房の効きが悪く、冬場は暖房の効きが悪く寒いらしい。まさに乗務員泣かせの車両ではあるのだが、それでも、どこか可愛がっているように感じられた。そんな107系を、私自身、デビューの日とラストランを見届ける事になるとは、何とも感慨深いものがある。

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群馬県内のJR各線を、28年間支えてきた107系。活躍の場は上信電鉄へ。

ラストランから5日経った10月12日、「ありがとう107系号」に使用された、R15編成・R16編成も、揃って上信電鉄入りしたとのこと。JR線からは引退したが、上信電鉄入りした107系には、再び、群馬県の鉄道を支えるという使命が与えられる事になる。

107系電車、28年間、本当にありがとう。上信電鉄で、また会おう。

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