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旧弥彦色復活 新潟の115系を撮影する その1

国鉄形車両の置き換えが進むJR東日本新潟支社。長年、新潟県内の電化路線を支えてきた115系は、2014年にデビューしたE129系への置き換えが進み、今や3両編成7本までに数を減らしてしまった。そして、非電化路線を支えてきたキハ40系気動車も、今年8月から投入が開始された、新型電気式気動車GV-E400系へ、今年度中に置き換えられる事が発表されており、115系に関しては、もう少し走り続けるものの、新潟県内のJR線の線路上から、国鉄形車両消滅の日が、少しずつ近付いていることは間違いない。(但しSL列車を除く)

そんな新潟県内のJR線の今を記録しておこうと、今年は、これまでに、9月21日と11月17日の二度、新潟を訪れて、国鉄形車両を撮影しました。ちょっと日が経ってしまいましたが、数回に分けて、新潟遠征記を書いていきたいと思います。

まずは、およそ2か月前。9月21日の撮影記です。

2014年から投入されたE129系への置き換えにより、3両編成7本までに数を減らしてしまった115系。最近では、かつて、新潟県内で見られたカラーを復刻させる等、完全引退へのカウントダウンが始まったと思わせるような動きが出ているが、この度、1988年に弥彦線ワンマン運転用に改造された115系電車で見られた「旧弥彦色」が復刻される事になり、9月21日・22日の両日運転される団体臨時列車「復刻旧弥彦色越後ぐるっと周遊号」から、営業運転を開始する事になった。かつて運転されていた、弥彦線ワンマン運転用の115系は、0番台車を改造した2両編成で、今回、復刻される1000番台車は3両編成と、往年の姿とは異なるが、当時の雰囲気は充分に味わえる。115系が大好きな私としては、いち早く、旧弥彦色の115系を見たい。

そこで、運行開始となる9月21日、急遽、新潟へ向かう事にした。と言っても、実は、この日、1ヶ月以上前から決まっていた予定があり、18時までには浜松町へ行かなくてはならなかった。その為。新潟県内に滞在できる時間は、約6時間。分刻みのスケジュールとなった。

当日、私は、大宮駅を7時30分に出発する、上越新幹線「Maxとき303号」に乗って、まずは燕三条へ向かう。新潟駅まで向かう上越新幹線の列車としては、この日2番目の列車と言う事からか、大宮を出ると、次の停車駅は越後湯沢で、そこからは各駅に停車すると言う、新潟県内各駅へ特化した列車だった。

8時49分、燕三条駅に到着。ここから弥彦線へ乗り換えとなる。土曜日の日帰り強行軍ではあるが、乗車券は、土日有効の「週末パス」を利用している為、ここから先、新潟県内の在来線も乗り放題。そのまま弥彦線ホームへ向かい、9時02分発の吉田行きに乗り換える。

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燕三条駅に到着した、弥彦線吉田行き226M。

新幹線から乗り換えて、最初に乗る弥彦線の列車が、115系の6両編成。この日の226Mは、三次新潟色を纏うN34編成と、一次新潟色を纏うN37編成の組み合わせ。停車を待って、ホームの先端からN37編成を撮影した後、いざ車内へ。6両編成と言う事で、車内は空いており、吉田までの約15分。115系の乗り心地を堪能した。

9時15分、吉田駅に到着。ここで越後線の新潟行きに乗り換える。乗り換え時間は4分。その間を利用し、まずは、到着した3番線から跨線橋を渡り、お隣の4番線へ。ここまで乗車してきたN34編成+N37編成を撮ろうと思ったのだが・・・

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吉田駅では、N34編成とN37編成の連結面のみを撮影。

主に弥彦線の列車が発着する4・5番線は、ホームの有効長が短く、6両編成の115系N34編成+N37編成の編成写真を撮るのは不可能だった。仕方なく、両編成の連結面だけを撮影した後、急いで、越後線新潟行きが発車する1番線へ移動した。

 

さて、115系の連結面の撮影を終えた私は、跨線橋を渡り1番線へ。乗車予定の新潟行きは、新潟県内電化区間を走る普通列車の主役となった、新型のE129系。こちらも6両編成で、吉田駅を出発した時点では、車内もガラガラだったが、新潟市内に入っていくと、徐々に乗客も増える。私は、越後赤塚駅で下車してしまうのだが、おそらく、内野駅を超えると、6両編成でも立ち客が出るくらいの乗車率になっていくのだろう。

9時40分、越後赤塚駅に到着する。この日、最初の撮影地は、越後赤塚駅から越後曽根駅方向に歩いて10分少々の踏切付近。既に先客が何名か待機されていて、私も、その列に加わる事に。E129系による先行列車で試し撮りすると、線路沿いの雑草もあまり目立たず良い感じである。

現地到着から、およそ15分。10時06分頃になるが、115系旧弥彦色編成がやって来た。

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越後赤塚~越後曽根間を行く115系N33編成「復刻旧弥彦色越後ぐるっと周遊号」

旧弥彦色を纏った、115系N33編成。実は、私自身、このカラーの115系を見るのは、この復刻編成が初めてのこと。1988年に登場した、弥彦線ワンマン編成を、生で見ていなかっただけに、令和の時代に、まさか、このカラーを見る事が出来るとは・・・ 良く見ると、乗客の手が窓から出ているが、この時は、このカラーを撮れた嬉しさで、こんな事は気にならなかった。

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後追い。ヘッドマークのデザインが違う。

そして急いで反対側にカメラを向け、後追い。クハ115側には、先頭のクモハ115に掲出されたものとは、違うヘッドマークが掲出されており、こちら側も撮っておいて良かった。

とりあえず、この撮影地での目的は、この列車で終了なのだが、実は、この後、吉田方面から115系による新潟行き普通列車がやって来る事になっており、引き続き、この場に留まり、新潟行き普通列車を待つ事にした。

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弥彦色N36編成による新潟行き139M。

旧弥彦色のN33編成と入れ替わりにやって来た越後線の下り新潟行きは、弥彦色を纏うN36編成。弥彦線用のワンマン車は、冷房改造を受けた後に、このカラーに改められ、以後、廃車になるまで、このカラーを維持していたので、このカラーの車両については、何度か見ていたが、復刻編成を見るのは、実はこの日が初めて。どうやら、一つ手前の越後曽根駅で、新旧弥彦色の並びが見られた模様。う~ん、見たかった。

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走り去るN36編成を後追い。

先程と同じように、この列車も後追い。ちなみに、最後尾車両のクモハ115-1522は、新潟に残る115系の中で、唯一の先頭車改造車。この編成も、いずれ時間を作って、しっかり形式写真を残しておきたい。

新旧弥彦色を僅か15分ほどで撮り終えて、上機嫌で越後赤塚駅へ。こう言う時は、帰り道の足取りも軽くなる。そして、越後赤塚駅からは、上り列車に乗り、弥彦線との接続駅である吉田へ戻ることに。乗車したのは、やはり最新鋭のE129系。二駅先、巻に到着すると、ここで吉田からの新潟行き下り列車と交換するため、暫く停車すると言う。そこで、私は、ホームに降りて、下り列車の進入シーンを撮る事に。

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巻駅に進入する115系N37編成+N34編成による新潟行き143M。

入線してきた新潟行きは、この日、燕三条駅から吉田駅まで乗車した115系N37編成とN34編成をつないだ6両編成。燕三条駅や吉田駅では、まともな撮影をしていなかったので、ここで再び出会えた事は嬉しかった。しかし、時間の都合もあり、三次新潟色のN34編成は撮影出来ず、その点については残念であるが、まあ仕方がない。

列車は、このまま吉田駅へ。11時21分、吉田駅に到着すると、4番線には、旧弥彦色のN33編成が停車していた。「復刻旧弥彦色越後ぐるっと周遊号」は、弥彦駅まで運転されて乗客を降ろすと、一旦、吉田駅まで回送される。弥彦駅には、留置スペースが無く、定期列車の合間を縫うように、臨時列車を運転させるには、このような回送列車を運転させる必要がある。苦肉の策ではあるのだが、我々鉄道ファンにとっては、撮影チャンスが増えるので有り難い。

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吉田駅4番線に停車していた、115系N33編成。

時間も余裕があるので、まずは、クモハ115側から編成全体を撮影した後、1両ずつ形式写真を撮る事にした。

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クモハ115-1083

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モハ114-1189

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クハ115-1230

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最後に、クハ115側から編成全体を撮影。

各車両をしっかり撮影し大満足。この後は、再び弥彦へ向かうN33編成を駅間で撮影するため、吉田駅改札口を出場。撮影地へ向けて、徒歩での移動を開始した。

その2へ続きます。

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