カテゴリー「鉄道:JR九州」の12件の記事

青いキハ200系を撮影

さて、国鉄色キハ66・67系を撮影した後、もう一つ気になった車両が、長崎駅3番線に停車していたので、こちらも撮影してみた。

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長崎駅3番線に停車中のキハ200系。

キハ200系は、1991年に開発された、JR九州の地方路線用大型気動車。登場からおよそ20年が経過するが、モデルチェンジを繰り返しながら、増備が続いており、現時点での最終増備車は2009年に登場している。1991年に投入された車両は、前の記事で取り上げた、キハ66・67系と同じく、筑豊地区の快速列車として登場。車体が、JR九州のイメージカラーである赤を纏ったカラーだった事から、「赤い快速」と言う列車名が付けられ、2001年の篠栗線・筑豊本線(福北ゆたか線)の電化開業まで、筑豊地区での活躍は続いた。その後、1992年には、指宿枕崎線の快速列車に投入され、こちらは黄色の車体となった。そして、長崎地区へは、1994年から登場。大村線経由で長崎~佐世保間を結ぶ快速「シーサイドライナー」に投入され、現在に至っている。

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佐世保方先頭車、キハ200-1015側からも撮影してみる。

この後、なんとなく、キハ200系に乗ってみたくなり、長崎15時12分発の快速「シーサイドライナー」に佐世保まで乗ってみる事にした。発車5分ほど前に乗りこんでみると、2両編成の車内の殆どの座席が埋まっており、結構な利用率である。先頭車両前寄りに空席を見つけて腰を下ろす。売店で購入した竹輪と缶ビールを摘まみながら乗った事や、午前中の軍艦島上陸ではしゃぎ過ぎてしまった事もあってか、諫早を過ぎた辺りから睡魔が襲ってきてしまい、気がつけば大村線の半分以上は寝てしまったかもしれない。せっかく大村湾沿いを走ると言うのに、車窓から海を眺めたのも僅か。これは、もう一度乗車し直しだな。

さて、翌日の事だが、お土産物を買いに長崎駅に立ち寄ると、こんな車両が停まっているのが見えたので、改札口前から撮影してみた。

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キハ200系「長崎竜馬ライナー」ラッピング車。

今年のNHKの大河ドラマ「竜馬伝」の放送に合わせて、12月30日までの期間限定で、キハ200系1編成を「長崎竜馬ライナー」として運転している。運転終了まで残り2週間少々。決して良い画像ではないが、このタイミングで記録できたことは大きな収穫だった。

この他、増結用として両運転台の赤いキハ220系も目撃しているのだが、こちらは残念ながら撮影できなかった。

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キハ66・67系国鉄色編成と出会う

軍艦島への上陸を果たした12月12日午後のお話。

早くも東京へ戻るつぐみさんを見送る為、長崎駅に立ち寄ってみた。改札を入場し、停車していた885系「かもめ」のところまで行き見送ったのだが、その際に、1番線に国鉄色の車両が停まっているのを確認した。そこで、「かもめ」が出発した後、1番線が見渡せる0番線へと移動し、停車していた国鉄色車両を撮影する事にした。

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長崎駅1番線にて出発を待つキハ66・67系国鉄色編成。

前日、小倉駅で撮影した415系と同様、このキハ66・67系もミレニアム企画で登場した国鉄色復刻車両で、キハ66・67系としては記念すべきトップナンバー編成が、国鉄色編成となっている。

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キハ67側からも撮影してみる。

キハ66・67系は、1975年、山陽新幹線博多開業に合わせて、筑豊地区の輸送改善を図る為、30両が製造された。当時の一般型気動車では、初めて冷房装置を搭載した他、座席を転換クロスシートとして、客室設備を向上。当時の国鉄としては、かなり画期的な車両であったと思う。長らく、筑豊地区で活躍を続けてきたキハ66・67系だが、2001年の筑豊本線・篠栗線の電化(現在は福北ゆたか線と言う愛称が付けられている)に伴い、30両全車が、長崎鉄道事業部長崎運輸センターに転属。現在は、大村線・佐世保線(早岐~佐世保間)・長崎本線(長崎~諫早~湯江間)で活躍している。

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415系国鉄色編成と出会う

さて、前の記事で触れたように、今、私は九州を旅行中。12月11日は、まず885系「ソニック」に、博多~小倉間で試乗したのだが、その「ソニック21号」乗車中、八幡駅で国鉄色の415系を追い越した。

JR九州では、今から10年前となる2000年に、ミレニアム企画と称して、管内を走る国鉄型車両のうち、電車では、この415系電車と特急用の485系、気動車では、キハ58やキハ66・67と言った車両を、国鉄時代のカラーに改めて運用に就かせていた。あらから10年。一部の国鉄色復刻車両は、そのまま廃車になってしまった車両もあるが、この415系は、10年前に国鉄色になった編成が、その後も入場時に国鉄時代のカラーを纏ったまま出場し、今も国鉄時代のカラーで走っている。

今回の遠征では、せめて一度ぐらい見られれば良いなあと思っていたのだが、それがいきなり来てしまった。早速時刻表を見ると、土曜・休日ダイヤで運転される小倉行き普通列車で運転している事が判明。早速、小倉駅で撮影準備をするが、この列車が、どのホームに入るかがさっぱりわからない。とりあえず、線路配置から推理して、ここだろうと狙いは覚めていたのですが、実際に、列車が入線して来るまで正直不安。さらに、415系の到着時刻と合わせて、特急「有明」が出発する事もあり、被られるかも不安だったのだが・・・前方には、415系の姿が見えてきており、何とかなるかもと言う気がしてきた。そして、予想通りのホームに電車は入線。

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小倉駅に入線する415系国鉄色編成。

最初は、この列車が「有明」に被られるかと冷や冷やしていたのだが、実際には、「有明」の出発の方がやや遅く、助かった。

屋根上のベンチレーターは撤去されている事から、往年の姿とはかなり異なるものの、やはり、このカラーの415系を見ると、懐かしくなるのは、私だけではないと思う。1編成しかない415系国鉄色編成を、こう言う形で撮影出来るなんて。これから先の九州の旅、良い事が有るかも。と言う気がしてきた。

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初めての九州 885系ソニックに乗ってみる

さて、速報版のブログでも触れておりますが、今、九州に来ています。これは、弊ブログと相互リンクをしているブログ「未来色スケッチ」の管理人である、つぐみさんが、ツイッターで軍艦島へ行こうと呼び掛けた事により、私を含めて計4名で行く事になったためで、12月11日の朝、羽田から福岡へ飛び、その後、乗り鉄をしながら長崎へとやってきました。

実は、私にとって九州は初めて。お恥ずかしい事に、私、高いところ苦手でして、飛行機も大の苦手でありました。その為、なかなか思い切った遠出が出来ないと言う状況でしたが、それを克服する意味も込めて、今回、羽田~福岡間を往復航空機を利用。航空機利用によって捻出された時間を使って、九州の鉄道を出来るだけ乗ろうと決めたのでありました。

さて、九州の鉄道、記念すべき最初の乗車は、福岡市営地下鉄でありますが、それを紹介するのは、ちょっと味気ない。そこで、今回は、博多から小倉まで体験乗車してみた885系「ソニック」を取り上げましょう。

885系電車は、今から10年前となる2000年に投入された振り子式特急形電車。博多~長崎間を結ぶ特急「かもめ」の速度向上を目的として投入された車両である。当初は、「かもめ」のみだった885系だが、その翌年には、日豊本線に向かう「ソニック」用にも追加で投入され、現在では、「かもめ」「ソニック」の両列車で使用されており、博多駅で見かける機会も多い。今回、夕方までに長崎に行くと言う事で、時間に余裕が有った事から、まずは博多~小倉間を1往復してみることにした。その際、携帯位置ゲームのコロプラと連動した企画切符を購入していた為、特急列車の自由席が乗り放題になっている事から、特急列車の乗り比べも楽しそうだ。

お昼ご飯を食べ終わって、11時50分頃に博多駅に向かうと、博多駅12時00分発の特急「ソニック21号」がちょうど停車していた。まずは、ホーム上で撮影する事に・・・

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博多駅で出発を待つ885系「ソニック21号」

停車中の885系。実は、この編成、前面窓周りに黄色い帯が入っているのだが、これは、そもそも「かもめ」用に投入された編成である。その為、車体や車内にも「KAMOME」のロゴが入っている。本来とは違う用途に使われているのだが、これは、「ソニック」編成に予備車が無い為、このように「かもめ」編成が「ソニック」運用に就く事、また、「ソニック」編成が、「かもめ」の運用に就く事もあるそうだ。

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最後の「富士・はやぶさ」を出迎える

さて、話は3月14日、ダイヤ改正当日に遡ります。

東京と九州を結ぶ寝台特急「富士・はやぶさ」。最後まで残った九州ブルトレであるが、惜しまれながらもダイヤ改正前日の3月13日発車分の列車で幕を閉じた。その模様は、テレビのニュース番組でも取り上げられたので、鉄道に興味のない方も、この列車がダイヤ改正を機に姿を消すと言う事を知っている人は多いと思う。

「富士・はやぶさ」は夜行列車と言う事で、3月13日に出発した列車は、上り・下りともに終着駅に到着するのは、ダイヤ改正当日の14日朝となる。そこで、3月14日は、東京駅に到着する最後の「富士・はやぶさ」を見届けようと思い、出掛けてみた。しかし、この日は前日からの悪天候の影響により、「富士・はやぶさ」にも遅れが生じていた。途中駅を1時間20分ほど遅れて運転していると言う情報が入り、東京駅の到着は11時30分頃だろうと判断。10時頃に地元を出発し、中央線で東京駅へと向かう。しかし、東京駅に到着してみると、「富士・はやぶさ」が到着する9・10番線ホームは、人だらけ。そこで、一駅進んで有楽町で様子を見ることにした。この駅も、人だらけで、とてもまともな写真が撮れるような状況ではない。まあ、これも予想していた事だから、別にかまわない。どこで撮ろうかとホームを適当に歩いていると、くましげさんと遭遇。一緒に撮影する事にした。

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有楽町駅で最後の「富士・はやぶさ」を待ち構える人々。

くましげさんと「富士・はやぶさ」を待っていると、見覚えのある方を発見。作家の野村正樹先生だった。野村先生とお会いしたのは、昨年5月の新刊発売記念パーティ以来のこと。やはり、最後の「富士・はやぶさ」を見届けにいらしたようだ。簡単にご挨拶をしたのち、撮影体制に入る。

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さらば寝台特急「富士・はやぶさ」

日付が変わり今日は3月14日。JRグループではダイヤ改正が実施される。

春は別れの季節。このダイヤ改正を機に、東京駅からは九州方面への寝台特急の運転が終了した。最後まで残った九州方面へのブルートレインは、「富士」と「はやぶさ」である。運転最終日となった3月13日は、どこも、最後の撮り収めをしようとするファンや、一目見ようとする一般の方達で賑わった。

この最終運行を残り1週間を切った3月7日の夕方、私は東京駅を旅立つ「富士・はやぶさ」を撮影しようと思い出掛けてきた。まずは、日中の留置先である品川から、始発の東京駅までの回送列車の撮影から開始。田町~東京間の途中駅は、どの駅も人でいっぱいだったが、撮影条件の良さから、あえて田町駅を選択し、3・4番線東京方で待機。回送列車の通過を待つ。やがて、前方からEF66の姿が見えたと思った瞬間、背後からは無情にも京浜東北線の電車が入線。機関車側は撮影出来ず、仕方なく客車の後追いだけ撮影した。

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始発の東京駅へと向かう「富士・はやぶさ」編成。

東京~門司間で併結運転となっている「富士」と「はやぶさ」。車両運用の都合から、下り列車・上り列車ともに前よりが「はやぶさ」となっている。その為、併結区間では、「はやぶさ」のテールマークが顔を出すことはなく、唯一撮影できる場所が、東京~品川間の回送区間のみなのである。当日、田町駅では、私の前に何人も先客の方達がいたため、ライブビュー機能で背伸びして、画面だけを頼りにピントを合わせて撮影したため、ややピントが合っていなかったようだ。

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終焉間近 寝台特急「富士・はやぶさ」を撮影する

1月3日、この日は早起きして、新宿から湘南新宿ラインで藤沢方面へ向かった。

長年に亘って親しまれてきたブルートレイン。東海道本線を走る九州方面からの列車も、今では「富士・はやぶさ」を残すのみとなってしまった。その「富士・はやぶさ」も、ついに今年3月のダイヤ改正で姿を消すことになってしまった。そこで、残り2カ月少々となってしまった寝台特急「富士・はやぶさ」を、この正月休み中に1度は撮影しておこうと思ったのである。

当初、予定していた列車に乗り遅れてしまった事から、撮影地は、茅ヶ崎より東京方に制限されてしまった。特にここと言う場所を決められないまま、列車は藤沢まで来てしまった。そろそろ決めなくては。私は意を決して、辻堂駅で下車してみる。そのまま線路沿いの道を熱海方向に向かって歩いてみた。遠くに見える富士山がとても綺麗だ。歩くこと数分。良い感じで撮れそうな場所を発見。先行列車で練習を重ねて、「富士・はやぶさ」の通過を待った。およそ15分後、EF66 50号機に牽引された「富士・はやぶさ」が颯爽とやって来た。

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富士山をバックに、東京を目指す「富士・はやぶさ」

う~ん、この日の私は、本番に弱かったようだ。この写真もややピン甘である。ちなみに、「富士・はやぶさ」通過前に、185系や、E231系で練習をしてみたのだが・・・

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こっちの方が上手く写っているかも。

近いうちに、もう1度撮影しなくては・・・

撮影後、辻堂駅から横浜方面へ戻った。

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横浜駅で「富士・はやぶさ」を見送る

さて、大船駅での撮影を終えた私は、東海道線の普通列車で東京方面へ。途中、横浜まで来たとき、そろそろ、ブルートレイン「富士・はやぶさ」がやって来る時刻であることに気付く。せっかくなので、ここで下車して、「富士・はやぶさ」を見送る事にした。

現在、2009年春に廃止の方向で協議が進められていると報道された事もあり、この日の横浜駅では、カメラを持って「富士・はやぶさ」を待っているファンの姿が、ホームの両端で見られた。私は東京方の先端付近で「富士・はやぶさ」を待った。そして5分ほど経過。前方より、EF66に牽引された「富士・はやぶさ」がやって来た。

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大船からの帰り道、横浜駅で「富士・はやぶさ」を見送る事にした。

この日の「富士・はやぶさ」は、EF66 50号機が牽引していた。

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2月24日東京着の「富士・はやぶさ」

2月24日、西武鉄道30000系の甲種輸送が到着した日は、前日から全国的に大荒れの天気となり、各地から東京を目指す夜行列車は、大幅な遅れや運休が出ていた。

遠く九州から東京を目指す、寝台特急「富士・はやぶさ」も、途中大雪の影響を受けたらしく、大幅に遅れが出ていた。外出前にネットで検索して見ると、途中駅で50分ほどの遅れが出ているとのこと。ちょうど、30000系の甲種を撮影するために東海道線方面へ出掛けるし、久しぶりに「富士・はやぶさ」を撮ってみようと思ったのだが・・・

途中大井町についた時点で、京浜東北線が抑止。川崎~鶴見間の線路沿いで火災が発生し、消火作業が終わるまで運転を見合わせるとのこと。この時点で、東海道線は強風による徐行運転のために遅れが出ていた事から、この沿線火災による抑止で、遅れが増す事になってしまった。

私は諦めて品川へ戻り、しばし休息。途中で、12時30分頃運転再開と言う一報が入ってきたので、安心して昼飯を食いに行く事にした。そして食事中、運転再開と言う情報が入る。予想より早い復帰。「富士・はやぶさ」は、横浜駅で抑止していたと聞いていたので、このままでは間に合わない。ただ、既に2時間近く遅れていることから、「富士・はやぶさ」は、品川駅で運転打ち切りになるだろうと予想していた。そこで、私は、「富士・はやぶさ」の品川駅到着シーンを撮る事に変更。既に臨時ホームには、7番線に185系回送、10番線に品川始発の横須賀線下り列車が停車していた事から、到着は8番線か9番線だろうと判断。9番線の横浜方先端にて待機する事にした。

そして12時39分頃、長旅を続けてきた「富士・はやぶさ」がゆっくりと品川駅8番線に到着した。

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大雪、強風、そして沿線火災と、様々な困難を乗り越えながら品川に辿り着いた「富士・はやぶさ」

本線から臨時ホームへ、クネクネと曲がって入ってくる姿は、終着駅到着らしい光景。本来の終着駅である東京駅までは、まだ少々あるが、この日の「富士・はやぶさ」は、本当に良く走り抜いてきたと思う。

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寝台特急「なは・あかつき」を撮影する

さて、大阪駅で国鉄特急形車両の共演を撮影した後は、東海道・山陽線の各駅停車で摂津富田へ。今回の遠征の最大の目的の1つである、寝台特急「なは・あかつき」の撮影に向かった。

寝台特急「なは・あかつき」は、3月のダイヤ改正で廃止される事が決定しており、関東在住の私にとっては、この遠征が撮影の最後のチャンスとなる可能性が高い。そこで、今回はどうしても撮影しておきたかったのだ。前夜お会いした痛勤形酷電氏やwakasa-express氏のアドバイスから、この摂津富田に撮影地を絞り込んだ。当初乗車予定の列車より1本後の列車になってしまったので、「なは・あかつき」通過前に到着できるか、少々心配だったが、現地には通過15分ほど前には到着する事が出来た。

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2007年12月30日早朝、廃止が決定している「なは・あかつき」を摂津富田駅で撮影した。

この日、「なは・あかつき」を牽引してきたのは、EF66 42号機。現在JR西日本に在籍するEF66の中では、一番綺麗な車両らしい。早起きして撮影しにきた甲斐があった。

ところで、この「なは・あかつき」は、摂津富田通過直前に、運転士さんがわざわざヘッドライトを減光してくれた。この日、摂津富田で撮影していたのは私1人。どうやら撮影している私を見て、運転士さんが減光してくれたようである。良い運転士さんに当たってラッキーだった。私も自然と運転士さんに向かって軽く会釈をした。

この撮影を以って、摂津富田から一旦撤退。宿泊先である淀屋橋の東横インへと戻り、青春18きっぷを取ってきた。せっかく戻ったので、東横インのロビーでおにぎりを食べてから、再び出発した。

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