カテゴリー「鉄道:流鉄(総武流山)」の14件の記事

引退目前 黄色電連になった流鉄「なの花」を撮影

全営業車両が、西武鉄道からの譲受車で運用されている、千葉県の小さなローカル私鉄、流鉄。

2010年1月からは、元西武鉄道新101系を譲受、改造した5000形が登場。毎年、元西武鉄道の701系・801系である2000形や101系である3000形を置き換えていった。そして、3000形は全車引退し、2000形も2両編成の「なの花」を残すのみとなっていたが、この度、「なの花」が4月28日を以て引退することになった。

流鉄のホームページを見ると、4月中の「なの花」は、土曜と日曜のみ動くという。引退を前に、現地へ行って御名残撮影をしてきた方たちの話では、「なの花」の電気連結器のカバーが黄色く塗られているとのこと。西武鉄道では、701系・801系が冷房改造された際、未改造車とはブレーキ性能が異なることから、混結を避けるため、連結器のカバーを黄色に塗装していた。また1981年以降に、新宿線に投入された新101系も、701系グループとの連結対応改造を実施し、これらは他の101系と連結できない事から、701系同様、電気連結器のカバーを黄色に塗って区別した。まさに、黄色電連は、新宿線の3ドア車のイメージともなったと言っても過言ではない。「なの花」は、その愛称名からも解るように、黄色ベースの塗装となっており、かつての701系冷改車のイメージを残していることもあって、黄色電連との相性はバッチリ。これは、ラストランではなく、通常の運用に就いている姿をカメラに収めておきたい。そう思い、4月21日の午後、流鉄を訪れてみた。

武蔵野線の電車で新松戸に到着したのは、13時25分ごろの事であった。新松戸駅の武蔵野線ホームからは、流鉄の線路を見下ろすことができる。ちょうど、流鉄幸谷駅近くの踏切が鳴っており、馬橋に向かう電車が幸谷駅を発車するところだった。幸谷駅を出発していったのは、お目当ての「なの花」だった。昼間は20分間隔で動いているはずなので、40分後の馬橋行から撮影を始めることにして、その間に昼食を摂ることに。お腹も一杯になってから、馬橋~幸谷間の撮影ポイントへ移動する。武蔵野線の馬橋支線の高架をくぐり、おなじみのポイントへ。

撮影地到着からおよそ4分後の事。馬橋に向かう「なの花」がやってきた。

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4月28日を以て引退する流鉄2000形「なの花」

小雨がぱらつく中、馬橋へ向かう2000形「なの花」。この日一発目の撮影は、僅かに咲いていた菜の花を強引に絡めて撮影してみた。さよなら運転の時は、おそらく賑わうであろう、このポイントも、この日は、雨模様と言う事もあってか、この撮影地で撮影している人は、私と同行した知人の2名のみだった。

この後、馬橋から折り返してくる流山行きを撮影する事になるのだが、馬橋方にある踏切へ移動するも、正面気味になってしまう事から、結局は、元の場所へと戻り、撮影する事に。

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折り返し流山へ向かう「なの花」。

折り返しの流山行きは、パンタ付きのクモハが先頭になる事から、ここは前パンを意識したいところであるが、背景の建物のせいか、あんまりパンタは目立たなかった。それでも、こうやって前パン側を撮影してみると、かつて、クハ1791~1796に101系と同等の主要機器を搭載した三代目501系を思い出してしまうのは、私だけではない筈だ。

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流鉄5000系 第3編成が現地へ向けて出発!

西武鉄道からの譲渡車のみで運行されている、千葉県の小さなローカル私鉄、流鉄。今年5月には、同線に最後まで残っていた旧101系低運車改造の「若葉」が引退したが、同編成の代替として、西武鉄道から新101系(旧277F)が譲渡される事になり、今年6月に開催された、西武鉄道武蔵丘検修場のイベント会場でも、赤い流鉄車両を見る事が出来たが、その譲渡車が、10月17日、いよいよ現地に向けて甲種輸送された。今月は、仕事も忙しく、また、怪我の治療も継続している事から、休暇を取って、甲種輸送を撮影する訳にも行かず、せめて、旅立つ前の様子を所沢で撮れないものか・・・と思い、17日朝は、出勤前に所沢に立ち寄り、これから旅立つ流鉄向け譲渡車両を撮影する事にした。

新宿線の遅れの影響を受けながら、所沢に到着したのは7時54分頃の事。急いで5番ホームに向かうと、隣の6番線には、新秋津までの牽引を担当する263Fと流鉄に旅立つ5000系第3編成が停車していた。5番ホームに停車していた飯能行きが出発するのを待って、撮影を開始する。

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所沢駅6番線にて出発を待つ流鉄5000系第3編成。

この後、西荻窪へ向かう事を考えると、ここで撮影できる時間は僅か2分。まずは、牽引役の263Fを含めた編成全体が写るように撮影。続いて、譲渡車を1両ずつ撮影してみる。

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クモハ5103(旧クモハ278)

この時点では、まだ車番が貼られていないが、これまでの譲渡車の現地で与えられた車番から判断して、流鉄での車番を推定してみた。

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クモハ5003(旧クモハ277)

ここで気付いたのは、クモハ5003のパンタグラフが撤去されている事。これまで譲渡された車両は、パンタグラフの集電舟の部分のみ外して旅立っていたが、今回はパンタグラフが完全に外されている。現地で先に廃車となった「若葉」の廃車発生品を取りつけると言う事になるのだろうか。

この撮影を以て時間切れとなった。慌ただしく新宿線上りホームへと移動し、職場へと向かった。

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西武・電車フェスタ2011in武蔵丘検修場 会場編

では、続いて会場編です。

元加治駅から電車で飯能駅へ。到着後、検修場行きバス乗り場へと向かう。今年は、昨年までとは異なり、飯能駅でのバスの乗り場が、南口に変更されていた。バスに乗るまでに、かなり並ばなくてはいけないかなと覚悟していたのだが、実際に並んで見ると、1本見送ったら、すぐに乗れてしまった。会場には10時15分頃に到着。

到着後、真っ先に訪れたのが、リニューアル工事車の展示コーナー。3月に入場した245Fが改造中らしい。この時期に101系をリニューアル改造するとなれば、当然、多摩湖線または多摩川線向けのワンマン車となる。つまり、私にとっては、一番なじみの深い車両となる筈なのだ。早速、展示場所に行くと、クハ1245+クハ1246の2両が展示されていた。

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リニューアル改造中の245Fのうち、先頭車2両が展示されていた。

245Fは、この日、先頭車のみの展示であったが、既に種別幕は埋められており、側面には方向幕用の穴もあけられている事で、もうワンマン車らしくなっている。問題は、この車両の出場時の塗装だ。近くにいた係の方にお尋ねしたところ、出場時には白くなっているとの事。既存のワンマン車についても、白くなっていくことが予想されるだけに、現時点で黄色一色で走っている、多摩湖線の257F辺りも、しっかり記録しておかなくては・・・と、この車両を見た時点で、そう感じた。

そして、今回のイベントのもう一つの目玉は、この車両の展示である。

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流鉄向けに改造が進められている旧277F。

先日、低運101系の生き残りであった若葉が引退した流鉄。その若葉の分を補充する為に、再び新101系が譲渡される事になった。今回、流鉄向けに改造されたのは、池袋線で活躍していた旧277F。てっきり、若葉カラーになるのかと思いきや、かつて旧西武鉄道551系が纏っていた「あかぎ」のカラーが継承された。

ちなみに、旧277Fだが、これまでに譲渡された2編成同様、最終的な改造は、現地でするらしく、塗装以外は、西武時代の様子とそれほど変わっていなかった。

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流鉄「若葉」のさよなら運転を撮影

さて、練馬駅で「ローズエクスプレス」を撮影した後に向かった先は、流鉄沿線である。

西武鉄道からの譲渡車で運転されている千葉県の小さな私鉄、流鉄。この度、元西武鉄道の101系を改造した3000系「若葉」が引退する事となった。「若葉」は、同線に残った最後の3両編成。今や殆ど出番も無く、先に引退して行った3両編成の車両と同様、「若葉」も最終日となる5月15日しか撮影チャンスは無く、午後から沿線に出向き、撮り納めをする事になった。

途中、西日暮里駅付近で昼食を摂り、そのまま東京メトロ千代田線~常磐線の直通列車で馬橋へ。到着後、流鉄乗り場へ向かうと、ちょうど入って来た流山行きが、この日の主役である「若葉」だった。早速、鰭ヶ崎までの乗車券を購入し入場。まずは、乗車前に、ホーム上から「若葉」を撮影する事にした。

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この日を以て引退する事になった流鉄3000系「若葉」

「若葉」には、御覧のように引退記念のヘッドマークの他、西武時代に使用されていた種別札「快速」を模した「惜別」と言う札が下げられていた。「惜別」札に関しては、先に引退した3000系「流星」のさよなら運転の時にも使用されていたが、今回の「若葉」も、「流星」同様に、午後から「惜別」札が掲出されたようだ。

車内及びホーム上には、「若葉」の引退を惜しむファンが数多く集まっていた。あまり時間も無い事から、馬橋駅では手短に撮影を済ませて、流山方の先頭車であるクモハ3002の車内へ。車両の真ん中付近の座席に腰を下ろすと、ドアが閉まり、流山に向けて出発して行った。

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流鉄「流星」のさよなら運転を撮影

では、ここで話はおよそ1か月前、8月29日に遡ります。

西武鉄道からの譲渡車で運転されている千葉県の小さな私鉄、流鉄。この度、元西武鉄道の101系を改造した3000系「流星」が引退する事となった。西武鉄道OBの車両と言う事で、最後の姿は是非とも記録しておきたい。しかし、今の流鉄は、基本的に2両編成でのワンマン運転となっている事から、3両編成の「流星」に、殆ど出番は無く、結局は、最終日となる8月29日に沿線に出向き、撮り納めをする事になってしまった。

この日、前日の飲み会で飲み過ぎたのか、朝起きるのが辛く、ようやく重い腰を上げたのが11時過ぎの事。新小平から武蔵野線でまっすぐ新松戸を目指し、現地入りしたのは13時過ぎの事だった。まずは、新松戸駅付近で昼食を摂った後、撮影に移行する。これまで、このようなさよなら運転の撮影には、小金城趾~鰭ヶ崎間で行う事が多かったのだが、今回は方針を変更し、一発目は馬橋~幸谷間で狙う事に。徒歩移動の間に、「流星」が流山に向かっていったので、撮影地として選んだ踏切は、私一人と言う状態だった。現地到着直後に、まずは、この車両が馬橋行きとしてやってきた。

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馬橋へと向かう流鉄5000系「流馬」

この日、引退する「流星」と共に、運用に入っていたのは、流鉄の最新鋭車両である5000系「流馬」だった。そして、「流馬」の撮影からおよそ20分後に、3000系「流馬」がやってくる事になるのだが、最初は私一人だったこの場所も、最終的には4人ほど集まった。

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馬橋へと向かう3000系「流星」

この日で引退となる「流星」には、御覧のように引退記念のヘッドマークの他、西武時代に使用されていた種別札「快速」を模した「惜別」と言う札を下げての運転となった。

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流鉄5000系「流馬」に会いに行く

では、ここで4月5日のお話に遡ります。

4月5日と6日の2日間、松戸市内の取引先での仕事が入り、この2日間は、ほぼ1日を松戸市内で過ごした。特に初日となる5日は、現地へ直行直帰となり、我が地元からは武蔵野線での往復。さすがに1時間以上、武蔵野線に乗り続けると言うのは、結構しんどかった。

5日夕方、16時30分頃仕事を終えて、武蔵野線の東松戸駅から帰宅するが、ふと流鉄の様子が気になり、新松戸駅で下車。実は2009年6月に甲種輸送で流鉄入りした5000系(旧西武273F)が、現地での改造を終えて、「流馬」として営業運転を開始していたのだが、現地での活躍ぶりは、まだ見ていなかった。幸いにも、日中降っていた雨も上がっており、駅停車中であれば撮影も可能。と言う事で、流鉄流山線に立ち寄る事にしたのである。

新松戸駅で下車し、そのまま流鉄流山線の幸谷駅へと移動する。ちょうど流山行きとして「なの花」号がやって来た。すぐ隣の小金城趾駅で交換してくる馬橋行きに期待して待つ事に。数分後、馬橋行きが到着。期待通り、新顔の「流馬」がやって来た。早速、幸谷駅に停車中のところを撮影する事に。

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幸谷駅に停車中の流鉄5000系「流馬」

この編成は、2009年6月に実施された甲種輸送で流鉄入りした後、流山の検車区で流鉄仕様に改造された。甲種輸送の時は、正面の行先表示が幕のままであったが、行先表示は御覧のようにLED式に改造されており、だいぶ印象が違って見えた。

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流鉄5000系の甲種輸送を撮影

6月22日、流鉄5000系の甲種輸送が予定通り実施された。今回も、この甲種輸送に合わせて休暇を取り、撮影に臨むことにした。

流鉄へ向かう5000系(旧101系)は、前の記事でもお解かりの通り、前日の朝までに所沢駅6番線に送り込まれていた。そして、当日、新秋津を10時25分に出発する事になっている。最近の傾向として、新秋津出発のおよそ1時間前に所沢を出発すると言うパターンが続いているので、9時頃に所沢陸橋へと向かうと、20人ほどのファンが集まっていた。私は階段の踊り場付近に空きを見つけて、カメラを構える。そして9時25分頃のこと、E31+E34+流鉄5000系が、ゆっくりと近づいて来た。

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新秋津へと向かうE31+E34+流鉄5000系。

普段、この場所から撮影をすると、道路標識が必ず入ってしまうのだが、今回は、機関車2両+電車2両と、いつもよりも短めの編成と言う事で、道路標識を入れないように撮影してみた。

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流鉄向け譲渡車の方転回送を撮る

6月22日の甲種輸送を前に武蔵丘検修場を出場した、新101系の流鉄向け譲渡車。西武鉄道ネタを取り上げている複数のブログの記事を見ると、既に流鉄入りしている車両との向きと一致しないため、流鉄へ向かう前に方向転換をするのではないかと気になっていたのだが、流鉄入りを前に、6月20日の終電後、方向転換が実施された。

西武のデルタ線の内側に住んでいる者としては、地元を走る姿をどうしても押さえておきたい。しかし、譲渡車が我が地元萩山に来るのは終電後。となると、走行写真は撮影できない。昨年11月に実施された伊豆箱根鉄道向け譲渡車の方向転換時の記憶を基に、午前1時過ぎに自転車で自宅を出発。萩山駅前を通過すると、2番ホームの発車案内機に「通過」らしき文字が見えた。間違いなく、この後、方転回送が通過する。私はそのまま小川駅方面へ自転車を走らせた。伊豆箱根向け譲渡車の時と同じく、小川1号踏切で待機。踏切で待つ事およそ10分、1時35分頃のことであるが、E31とE34に挟まれた、流鉄向け譲渡車がゆっくりと入線。停車したのを確認して、踏切内から撮影してみた。

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深夜の小川駅に現れた流鉄向け譲渡車。

伊豆箱根向け譲渡車は3両編成だったため、この場所から撮影しても、それなりに譲渡車も写り込んでくれていたのだが、流鉄向けは2両と言う事で、信号機が邪魔となり、譲渡車が良く写らない。踏切上のいろいろな場所から試行錯誤を繰り返したのだが、あまり良いアングルでは撮れなかった。

そこで、この場所を引き上げて、小川駅の拝島・国分寺方にある鷹の台5号踏切へと移動し、こちらから撮影する事にした。ここもトリミング必須の場所ではあるが、小川1号踏切寄りは良い感じに撮れた。

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小川駅で出発を待つ流鉄向け譲渡車。

踏切内から、この画像を撮り終えた頃、方転列車はゆっくりと動き出し、国分寺線東村山方向へ向けて走り出した。まさに間一髪の撮影だった。

この後、私はこの踏切より撤収。自転車で自宅へと戻った。

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流鉄「明星」さよなら運転の裏側で

さて、「明星」のさよなら運転の撮影に訪れた流鉄沿線。この日、「明星」とともに、線内の運用に就き頑張っていたのは、2000系2両編成の「青空」だった。

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引退する「明星」とともに、運用に就いていた2両編成の「青空」

流鉄には、日中の2両編成の列車用として、この「青空」と、同じく元西武鉄道701系を改造した2000系「なの花」が存在する。しかし、「なの花」は、1年ほど前から運用に就いていない。「明星」の引退により、使える部品を「なの花」に移植して復活させるつもりなのかもしれない。「なの花」復帰まで、「青空」の孤軍奮闘は続くことになる。

そして、「青空」にはもう一つ大きな使命が用意されていた。これまで、流鉄は朝の通勤時間帯、3編成ある3両編成の車両で対応していた。しかし、「明星」の引退により、3両編成の車両は3000系の「流星」と「若葉」の2編成のみとなり、どうしても車両不足が生じてしまう。そこで、2両編成の「青空」が、朝の通勤時間帯にも運用に就くことになった。既に流鉄各駅には、4月30日より、朝の一部の列車が2両編成で運転する事になる旨の掲示が貼られていた。

そんな流鉄だが、暗い話題ばかりでもない。ようやく新型車両の導入が決定した。とは言うものの、新しく入る車両も西武鉄道からの中古車。流鉄各駅に貼り出されている告知を見ても、新型車両は、西武鉄道で廃車が進む新101系を改造したものである事は明らかだ。一見すると、カラーディングは、「青空」に近いものがある。しかし、よく見ると、青の色が「青空」よりも薄い事から、2007年11月に引退した「流馬」の後継車両として登場するのではないかと予想している。となると、新型車両は3両編成か?今冬には登場との事だが、それまでは予備車なしの状態が続くことになる。

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流鉄「明星」さよなら運転を撮影 後編

流山駅に到着した「明星」。この後、馬橋までの1往復が最後の運転となる。出発前の僅かな時間を利用して、最後のラストランに向けた準備が進められていた。

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「惜別」札に代わって、「最終」の札が下げられた。

直前までは、西武時代の「快速急行」種別札を模した「明星惜別」の札が掲げられていたが、最後の1往復は、ご覧のように「最終」の札が用意された。これは、2007年11月に引退した「流馬」でも掲出され、更には西武鉄道でも101系低運車が本線系統から引退する際にも、同じような札が掲出された。

準備が整い、いよいよ最終運行に向けて「明星」が流山駅を出発して行く。私はホームの端から、出発する瞬間を見届ける事にした。

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馬橋駅に向かって出発して行く「明星」。

関係者及び鉄道ファン等が見守る中、出発して行った「明星」。この1往復が本当に最終運行と思うと、寂しさが伝わって来る。

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