カテゴリー「国鉄」の4件の記事

ブログ開設11周年

いつも「TOMOの鉄日誌」をご覧頂きまして有難うございます。

2004年9月6日に誕生した「TOMOの鉄日誌」は、おがげさまで、本日9月6日で、開設11周年を迎える事になりました。

そこで、今回は、11周年にちなみまして、この車両のお話をしたいと思います。

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TOMIX製キハ11形気動車(2015年9月4日 所沢市電気鉄道にて撮影)

JR東海のキハ11形気動車ではなく、国鉄のキハ11形気動車のお話。キハ11形は、1953年に開発したキハ10系一般型気動車のグループの中の一形式で、1955年から登場した便所付き両運転台車両。登場時は、キハ48000形を名乗り、1957年までの3年間で、74両が製造されましたが、国鉄の線路上からは、1980年までに全車が引退。しかし、青森県の津軽鉄道に2両、茨城県の茨城交通(現:ひたちなか海浜鉄道)に3両が譲渡され、このうち、茨城交通に譲渡された3両は、20世紀の終わりまで使用され、廃車後は、このうちの2両が、さいたま市の鉄道博物館と、名古屋市のリニア鉄道館に引き取られ、国鉄時代の車号に戻した上で、保存されています。

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鉄道博物館で展示されているキハ11 25 (2008年10月25日撮影)

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現在はリニア鉄道館で保存されているキハ11 26は、旧車号キハ48036を名乗る。(2009年5月4日撮影)

昨年は、10周年と言う節目を迎え、次の10年に向けて、新たな気持ちで臨んだ1年もあっという間に過ぎ去ったような気もします。弊ブログは、本日より12年目に突入しますが、引き続き、ブログを御覧の多くの皆様に楽しんでいただけるよう、頑張ってまいります。今後とも、どうぞ宜しくお願いいたします。

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さよなら秩父鉄道1003F 貸切ツアー列車を追う

では、ここで話を1ヶ月ほど前に遡りまして、3月21日のお話です。

春は別れの季節。3月6日から続けられてきた秩父鉄道1000系の引退記念企画も、いよいよ最終章に突入。撮影会も交えた、さよならツアー列車の運転を以て、1003Fの営業運転は終了となる。

そこで、今回も秩父鉄道沿線へ。3日間の中で、最終日は別れを惜しむファンが殺到するだろうと判断し、ツアー列車の追跡は、運転初日となる3月21日に実施する事に決めた。ツアー列車の運転区間は、熊谷~秩父間。羽生にも三峰口にも顔を出さない為、撮影できる場所は、かなり絞られてしまう。その中でも、出来るだけキャパが広く安全であり、更に光線状態の良い場所はないか。色々と検討した結果、最初の撮影地は、桜沢~寄居間、JR八高線との並走区間に決めた。この場所は、2010年7月に、東武鉄道51009Fの甲種輸送を撮影する際に、訪れた場所。東武東上線の玉淀駅が最寄りとなる事から、本川越~川越市経由で現地へ向かった。

9時25分頃、現地に到着する。この時点で、1003Fの通過まで15分ほど。さぞや大勢の鉄道ファンが集まっているだろうと思いきや、この場所で待っていたのは10人程。思ったより少ない人数だった。早速撮影準備を開始。桜沢9時37分発の三峰口行きで状況を確認。そして、およそ5分後、1003Fのツアー列車がやって来た。

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桜沢~寄居間を行く1003Fさよなら貸切ツアー列車。

通い慣れた道を走る1003Fの貸切ツアー列車。3月6日からはヘッドマークを掲出して言運転していたので、てっきり、このツアー列車もヘッドマーク掲出と思いきや、現れた1003Fはヘッドマークなしのすっきりした状態。そう言えば、数日前に、ヘッドマークなしで運用に入ったとネットでも上がっていたっけ。そんな事を思い出した。

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昭和のマンモス機 EH10を見に行く

さて、前の記事で触れたように、4月14日は、城東貨物線淀川橋りょう(赤川仮橋)を訪れたが、最寄駅である阪急京都線・千里線の淡路駅から歩いて5分程の所にある、東淡路南公園には、こんな機関車が保存されている。

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国鉄最大級の電気機関車、EH10。

住宅街の公園に、ひっそりと保存されていたのは、国鉄が生んだ昭和のマンモス機、EH10形電気機関車である。

EH10形電気機関車は、1954年に登場した電気機関車で、国鉄史上最大級の電気機関車である。当時の東海道本線は、貨物輸送の需要が大きく、急速に電化が進んだものの、関ヶ原越えが輸送上のネックとなり、同区間でも1200tの貨物列車を、補助機関車なしで牽引するために開発された。EH10形は、1957年までの3年間に64両が製造され、東海道本線(美濃赤坂支線を含む)と山陽本線(神戸~岡山間)及び宇野線の貨物列車牽引用に使用されてきたが、1975年以降、老朽化が進行し、更に国鉄唯一の8動軸機と言うこともあって、他線区への転用が困難となり、急速に姿を消し、1982年までに全車廃車となった。

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古い鉄道写真5 田町電車区のクロ157

先日、某サイトで、185系電車と、貴賓車クロ157の事が話題になった。

クロ157は、皇室の小旅行用並びに外国賓客用の貴賓車として、1960年に登場した。登場時は、157系のクモハ157-1+モハ156-1のユニットを牽引車として3両編成で運用されたが、1962年6月の運転時に、牽引車両の電気系統の故障により、走行不能な状態に陥ってしまったため、クモハ157-2+モハ156-2のユニットを、牽引車として追加。以後、157系の2つのユニットに挟まれる形で運用されるようになった。

その後、157系車両の(貴賓車両を除く)全廃により、牽引役を183系に変更するも、1985年3月、183系の田町電車区からの転出により、牽引役が185系に変更される。その際、塗装も185系に準じた塗装に変更し、皇室の小旅行に使用されてきたが、1993年5月の運用を最後に、運転実績が無く、現在では、東京総合車両センター内に保管されていると言う。

そんなクロ157を、過去に一度だけ撮影した事がある。1986年8月23日、当時、中学1年生だった私は、夏休みの思い出にと、185系で行くミステリー列車に乗車した。確か、品川駅発着で、列車名も185系にちなんで「イッパー号」だったと記憶しているが、同列車のルートの中に、田町電車区での撮影会が入っており、その際、このクロ157も展示されていた。滅多に見る事が出来ない貴賓車と言う事で、私もやや興奮気味にシャッターを切った記憶がある。古いアルバムを探していたところ、当時の写真が出てきた。

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田町電車区内で展示されていたクロ157-1。

正面気味の写真となってしまっているが、御覧のように、特別な車両と言う事もあって、ロープで仕切られた状態で展示されていた。今思うと、もう少し右によって側面も入るように写せばよかったのに・・・と思うが、当時の自分には、そこまで考える余裕は無かったのかもしれない。でも、1962年以降は、先頭に立つ事が無かったクロ157を正面から見られるチャンスは、そう多くない筈。そう考えると、この写真でも悪くないのかもしれない。

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メインの撮影会場に並べられた167系・185系・211系。

26年前の田町電車区のスター達が並べられたメインの撮影会場。185系も、まだデビューから5年が経過した程度で、伊豆方面への看板列車として君臨していた。また、一番右の211系は、デビューしたばかり。そんな211系も、今や東海道線からは追われる身となっている。そして、真横を通過する京浜東北線は、当然の事ながら103系。

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当日乗車した185系を品川到着時に撮影。

この日乗車した185系には、御覧のように特製のヘッドマークを掲出しての運転となった。ツアーそのものは、品川駅を出発して、大崎~蛇窪信号場~品川と経由して田町電車区へ。撮影会後、確か横須賀まで往復して終了だったように記憶している。ルート的には単純かもしれないが、あの頃、大崎~蛇窪信号場間は、殆ど通過する事は出来なかった筈。更に、滅多に入れない田町電車区に入れたと言う事で、夏休みの良い思い出になった事は間違いない。

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