カテゴリー「鉄道:JR東日本」の958件の記事

しなの鉄道の115系を撮影する 2021師走 その1

北陸新幹線の開業により、JR東日本から経営分離された長野県内の並行在来線を経営しているしなの鉄道は、1997年の開業時から運行されてきた115系の老朽化に伴い、新型車両のSR1系への置き換えが少しずつ進行しているが、この度、長野色のS15編成が、12月10日を以て引退することになった。

長野色とは、1998年の長野オリンピック開催に合わせたイメージアップのため、1992年から登場。1997年までには、JR東日本長野支社管内に所属する115系の全編成が、このカラーに統一されたほか、しなの鉄道が譲り受けた115系も、1997年の開業当初は、殆どの車両が、長野色を纏っていた。爽やかなカラーリングで、私自身も、この長野色は好きなカラーの一つ。最後の1編成が引退するのであれば、引退前に、一目見ておきたい。12月2日、しなの鉄道のホームページ上に公開されている115系の運用を確認。すると、引退前、最後の日曜日になるであろう12月5日なら、S15編成が効率よく撮れそうなことを確認。更に、早朝の6両編成の運用が、初代長野色のS7編成と、台鉄色のS9編成の組み合わせであることも確認。翌日、西荻窪駅の指定券券売機で、週末パスと12月5日の北陸新幹線「かがやき501号」の指定席券を購入。当日は、朝から115系をたっぷり堪能しよう。この時、現地で運用変更が発生していることを、まだ知らなかった。

12月5日。私は、朝4時45分に起床。約15分で支度をした後、萩山駅から、多摩湖線、国分寺行きの初電で出発。国分寺・西国分寺・武蔵浦和を経由して、大宮駅から、北陸新幹線の一番列車「かがやき501号」に乗り込み、一路長野へ。7時37分、長野駅に到着する。

長野駅到着後、早速、在来線の3番線へ移動する。ここから、7時56分発のしなの鉄道線小諸行き普通列車に乗り込み、お隣の安茂里駅へ移動するのだが、その直前、7時54分に、軽井沢からの普通列車が2番線に到着する。これが初代長野色のS7編成と台鉄号色のS9編成による6両編成での運転。小諸行きの列車に乗車する前に、この列車を撮影する。

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長野駅に進入する軽井沢からの普通列車2619M。

初代長野色のS7編成を先頭に、台鉄色のS9編成をつないだ6両編成の115系による、軽井沢からの普通列車2619M。後ろ3両、台鉄色のS9編成は、しなの鉄道と台湾鉄路管理局との友好協定、さらに台湾鉄路管理局の田中駅と、しなの鉄道の田中駅との友好協定の締結に合わせて、2018年12月1日より、このカラーでの運行を開始している。当初は、パンタグラフも菱形のものであったが、今年7月の検査入場時に、シングルアームパンタに載せ替えられており、パンタグラフ交換後は、今回が初の撮影となった。

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E233系青編成 秋の「青梅線・五日市線」観光キャンペーンに合わせて中央快速線で営業運転

JR東日本八王子支社は、10月と11月の2か月間、「東京アドベンチャーライン」(青梅線 青梅~奥多摩間)を中心とした、青梅線・五日市線エリアの観光キャンペーンを展開している。

この観光キャンペーンに合わせて、青梅~奥多摩間、通称「東京アドベンチャーライン」のPR電車となっている青463編成を、中央快速線の運用に就かせて、「東京アドベンチャーライン」のPRをすることになった。青463編成は4両編成。中央線での運行には、6両編成のE233系を連結させた10両編成での運行となるが、併結される6両編成も、通常は、青梅・五日市線で運行される青編成なので、青編成が10両編成で中央線を走る姿が記録できることになる。

中央線は、私にとって通勤路線。ほぼ毎日利用しているが、運が悪いのか、なかなか青編成には当たらない。しかし、11月に入ってからは、通勤や外出時に、偶然乗り合わせることも出てきた。観光キャンペーンが終了するまでに、一度は撮っておきたい。そう思ったのは、キャンペーン終了まで、残り1週間となった、祝日の11月23日。米タンを撮り終えてから、青463編成の撮影に向かった。当初は、多摩川橋梁へ向かったが、考えてみれば、この場所は、普段から出入庫の際に通過しており、目新しさは感じられない。そこで、普段は青編成が通らない、複々線区間へ。職場の最寄り駅で通い慣れた西荻窪駅で、青463編成を撮影することにした。

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中央線、荻窪~西荻窪間を行く青463編成他。

15時13分、青463編成他による快速豊田行き1473Tがやって来た。少し影が入ってしまったが、順光で撮影することができた。

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中央快速線を走るE231系500番台の回送列車を撮影する

E235系電車の投入により、山手線を追い出されたE231系500番台車。

6扉車両の代替車両として、10号車に連結し、E235系へ編入された車両を除き、最終的には全編成が、中央・総武線の各駅停車に転用され、同線の主力車両となった。転用当時は、早朝・深夜時間帯に限り、中央線の武蔵小金井や立川まで乗り入れる運用もあったが、中央線快速電車のグリーン車連結に向けて、早朝・深夜時間帯の三鷹以西への乗り入れが、昨年3月のダイヤ改正で廃止されている。

しかし、車両メンテナンスの関係で、豊田車両センター武蔵小金井派出(旧武蔵小金井電車区)までは、不定期ではあるが入線することがある。私自身、通勤時に、中央線快速電車の車内から、黄色い帯のE231系が、武蔵小金井の留置線にいるのを見かけることも多々ある。

11月27日、私は、三鷹車両センターを見渡すことが出来る、三鷹跨線人道橋を訪れていた。古くから親しまれている跨線橋。太宰治ゆかりの地としても知らている古い跨線橋だが、この度、撤去することが決まってしまった。撤去時期については、まだ正式に決まっていはいないが、私にとっても、まだ車両センターではなく、三鷹電車区と呼ばれていたころ、169系やパノラマエクスプレスアルプス、地下鉄乗り入れ用の103系や301系を観察するために訪れていた、思い出の場所であり、この日は、久しぶりに、跨線橋上に立って、留置中の車両たちを撮影していた。

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三鷹車両センターに集う車両たち。

E231系、そして特急「あずさ」「かいじ」用のE353系。JR世代の車両が集う三鷹車両センター。ここで撮影したのは何年ぶりだろう。そう考えていたころ、一番右側、中央線の線路を黄色の帯を纏うE231系500番台車が通過していった。突然のことで驚いてしまったが、改めて、撮影した画像をよく見てみると、確かに武蔵境駅方面からE231系500番台車が近付いてくるのが写っていた。

おそらく、メンテナンスのため、武蔵小金井へ行っていた車両が戻って来たのだろう。これまで、武蔵小金井方面から三鷹へ戻って来た車両は、三鷹駅の東京方にある引上げ線へ一旦入った後、三鷹車両センターへ入庫していた。しかし、中央線快速電車の12両編成化に伴うホーム延伸工事の関係で、この引き上げ線が使用停止となっており、中野駅7番線での折り返しに変更されているというのを、鉄道雑誌か何かで見た記憶があった。という事は、今から中野方面へ移動すれば、中野から折り返してくるE231系500番台の回送列車を撮れるかもしれない。

私は、急いで三鷹駅へと戻り、中央・総武線の各駅停車で、西荻窪へ移動。ホームの東京方先端で待つことにした。下りの快速電車にカメラを向けながら、待つことおよそ30分j。14時03分頃になるが、E231系500番台車の回送列車がやって来た。

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快速線を走るE231系500番台車。

三鷹車両センターへ向けて、快速線を颯爽と走るE231系500番台車。この日、快速線を走行したのは、A531編成。LEDによる行先表示が写るように、シャッター速度は400分の1で撮影。8573Mと言う列車番号の表示も、しっかり写ってくれた。

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三鷹へ向けて走り去るE231系500番台A531編成。

そして後追いも撮影。この日は土曜日。あえてA531編成がホームを完全に通過した後に、誰もいない快速線のホームを入れて撮影してみた。

A531編成の回送列車撮影後は、遅めの昼食を摂るため、西荻窪駅の改札を出場。駅近くの飲食店で昼食を食べた。

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さらばE4系Max 定期運行終了

東北・上越新幹線開業時から運行されてきた200系の老朽取替と、増え続ける通勤輸送に対応するため、1997年から2003年にかけて26編成208両が製造された、オール2階建て新幹線のE4系電車。8両編成単位で運行され、2本併結した16両編成での定員は1634人と、高速鉄道車両としては世界最大級。ギネス世界記録にも認定されている。

しかし、オール2階建て車両の宿命として、最高速度は240キロまでに限られてしまう。その為、高速化の進む東北新幹線からは、2012年に撤退。以後、上越新幹線で活躍を続けてきたが、こちらも、北陸新幹線で運行しているE7系を投入することで、スピードアップを図ることとしており、2021年10月1日を以て、定期運行を終了することになった。

お気づきの方もいらっしゃるかと思うが、私自身、新幹線は移動手段と言う考えで、基本的には、新幹線の車両は殆ど撮影しない。とは言え、ギネス世界記録も保持している、日本が世界に誇れる鉄道車両の引退と言う出来事は、弊ブログでも伝えておきたい。直近でE4系Maxは、いつ撮っていただろうか。過去に撮影した写真を探していたところ、こんな写真が見つかった。

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高崎駅に進入するE4系Max。(2018年12月22日撮影)

2018年12月22日、高崎駅の新幹線ホームで撮影したE4系P81編成。この時は、確か、大宮で開催された鉄道模型のイベントで、ワールド工芸の上信電鉄ED316のジャンク品を購入した後、旧JR東日本107系改め上信電鉄700形の第1編成の改造が終わったという事で、勢いで大宮駅から新幹線に乗車し高崎へ。新幹線から降りた直後、たまたま入線してきた東京行きのE4系Maxにカメラを向けていた。このP81編成とP82編成は、2004年の本庄早稲田駅開業に伴う、輸送力増強用に増備された車両で、北陸新幹線、軽井沢~佐久平間の電源周波数切り替え装置(50Hzから60Hzへの切替)を搭載しており、長野駅までの入線が可能となっている。ちなみに、P81編成は、今年5月10日を以て廃車となっている。

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相模線用E131系 G05編成の配給列車を撮影する

本日、9月17日の撮影記です。

昨日、二回目のワクチン(ファイザー)接種を受けた私。二度目のワクチン接種という事で、発熱などの副反応に備えて、分散して取得していた夏休みの最後の1日を充てて、4連休としたのだが・・・

一夜明けて、幸いなことに、体温は平熱のまま。しかし、腕の痛みは1回目より酷い。整形外科で処方されているロキソニンテープを貼って、のんびり過ごすことにした。午前中は、接近してくる台風に備えて、近所のスーパーへ買い出しに出かけた。そして帰宅後、SNSを眺めていると、相模線の新型車両、E131系500番台車の配給輸送が実施されていることを知った。

相模線は、東海道本線の茅ケ崎と、横浜線の橋本を結ぶ路線。民営化後の1991年3月に全線が電化され、専用車両として、205系500番台車が4両編成13本投入され活躍を続けてきたが、ついに置き換えが決定。E131系500番台車の製造が開始された。既に4編成が落成しており、製造元である総合車両製作所新津事業所から、配給列車として、配属先の国府津車両センターへ送り込まれているが、送り込みは、全て平日に実施されていたため、これまで一度も撮影していなかった。

そこで、午後からは、E131系500番台車の配給列車の撮影に出かけることにした。向かった先は、西国分寺駅。14時30分頃、西国分寺駅に行くと、平日とは言え、配給列車狙いの人が、既に10名近く確認できた。

電車を待っている乗客の邪魔にならないように待機すること、およそ30分。15時03分頃のこと。E131系500番台車の配給列車がやって来た。

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EF64 1030号機に牽引され、国府津車両センターへ向かうE131系500番台車。

客車の他、電車も牽引できる双頭連結器を備えた、EF64 1030号機に牽引され、武蔵野線を行く、E131系500番台車の配給列車。新車の他、解体のため、長野総合車両センターへ向かう廃車車両も牽引することから、「死神」と言うニックネームまで付けられてしまっている、双頭連結器を備えた機関車。しかし、この機関車も老朽化が進んでおり、JR東日本は、砕石輸送や配給輸送を牽引するための気動車と電車を新造。既に先行して落成した車両を使用した各種試験が繰り返されており、「死神」に残された時間も、そう長くはなさそうだ。

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更に近付いてきたところでもう一度。

そんな事もあって、相模線用E131系500番台車の配給列車を、どうしても撮影しておきたくなった。私の夏休みの日に運転してくれたのは有り難かった。

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後追い。

ホームの先端には、カメラを持った人が多かったことから、上手く交わそうと、ホームの中ほどで待機していたため、振り向いて後追いを撮るのは逆に有利となる。この日、新津から配給列車として国府津に向かったのは、G05編成。予定では12本作られることになっており、既に3分の1以上が落成済みという事になる。

奇しくも、本日は、JR東日本横浜支社から、E131系500番台車の営業運転が11月18日から開始されることが発表された。そして、本線上のハンドル訓練も、本日から開始されたとのこと。営業運転開始まで約2か月。その間に、E131系は、どこまで勢力を伸ばしているだろうか。

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ブログ開設17周年

いつも「TOMOの鉄日誌」をご覧頂きまして有難うございます。

2004年9月6日に誕生した「TOMOの鉄日誌」は、おがげさまで、本日9月6日で、開設17周年を迎える事になりました。

17周年にちなみまして、「17」の付く車両と言う事で、今回は、この車両のお話をしたいと思います。

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ED17 1号機。(2007年5月26日 JRおおみや鉄道ふれあいフェア会場内で撮影)

ED17形電気機関車です。ED17は、東海道本線の東京~小田原間の電化用として、1923年から1925年にかけて、イギリスから輸入された車両。1931年、中央本線の八王子~甲府間の電化開業に合わせて、ギア比を変更するなどの改造が行われ、この際に形式を、ED50からED17に変更。以後、身延線や飯田線へと活躍の場を移し、1970年代まで活躍を続けました。現在では、この1号機が、鉄道博物館に収蔵されています。

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マイクロエース製、ED17 2号機。(自宅にて)

ここまで執筆した記事は、この記事を含めまして2958件。開設当初は、デジカメも持っていなくて、携帯電話のカメラで撮った写真を使って記事を書いていました。ある意味、勢いで始めてしまったブログが、まさか、ここまで続くとは、自分でも驚いております。SNS全盛の時代ではありますが、過去の記録をすぐに呼び出すことができるのは、ブログの強みです。宜しければ、過去ログにも、お付き合いいただけたらと思います。

本日より、18年目に突入いたしますが、引き続き、多くの皆様に楽しんでいただけるよう、精進してまいります。今後とも、TOMOの鉄日誌を、どうぞ宜しくお願いいたします。

なお、ブログ開設15周年の記念企画として計画をしておりました、しなの鉄道115系の貸切列車についてですが、実は、今年春より、企画の準備を再開し、17周年を迎える9月中に、湘南色の115系S3編成をお借りして運転できるところまで、一度は話が進んだのですが、昨今の新型コロナウイルス感染症の状況を鑑み、延期の決断をさせていただきました。東京の新規感染者数は、少しずつ減りつつありますが、まだまだ感染者数も多く、このような状況では、年内の開催は難しいと思われます。よって、来年以降、感染状況を踏まえながら、企画を進めていきたいと思います。いつの日か、貸切列車のご案内が出来る日まで、気長にお待ちいただければ幸いです。

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キヤE193系「East i-D」武蔵野線を行く

引き続き、9月1日の撮影記です。

小川駅での撮影を終えた私は、所沢を経由し秋津へ。ここから徒歩連絡を経て、新秋津駅から武蔵野線に乗り込み東浦和へと向かった。

月刊誌「鉄道ダイヤ情報」の掲載締め切りに間に合わなかった新着情報などを取り上げる「DJ鉄道楽ナビ」に、JR東日本が所有する事業用車両、キヤE193系「East i-D」が、越中島貨物線の検測を終えた後、武蔵野線を経由して宇都宮へ向かうとの情報が掲載されていた。事業用車両が好きな私。これまでに、勝田車両センターに所属し、JR東日本の標準軌区間を除く電化区間をカバーするE491系「East i-E」は、何度も撮影しているのだが、気動車である「East i-D」は、あまり撮った事がない。こんな情報を目にしてしまっては、撮影するしかない。

キヤE193系「East i-D」のこの日の目的地が宇都宮と言う事で、武蔵野線を走るのは、馬橋(南流山)~武蔵浦和間。この区間内で撮影できる場所として思いついたのが、東浦和付近。通称「ヒガウラ」と呼ばれる有名撮影地である。私自身、この場所を訪れるのは久々。とりあえず、東浦和駅から次の東川口駅方向へ向けて、線路に沿って歩いていく。しかし、実際に線路に沿って歩いてみると、季節柄、草がかなり伸びており、なかなか撮影できる場所がない。15分ほど歩いて、ようやく撮れそうな場所を見つけて、キヤE193系「East i-D」の通過を待つことに。

15時20分、お目当てのキヤE193系「East i-D」がやって来た。

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武蔵野線東浦和~東川口間を行く、キヤE193系「East i-D」+マヤ50。

マヤ50を挟んだ4両編成で、武蔵野線を行くキヤE193系「East i-D」。気動車であるキヤE193系「East i-D」は、数年前まで、首都圏各線を走行する際、気動車を運転できる乗務員がいない路線では、機関車牽引での運転だったが、レール輸送用に使用されていた貨車や、事業用列車牽引用に残されてきた機関車の老朽化に伴い、レール輸送列車の気動車化や工事用車両の牽引用電車・気動車の導入を進めたことで、気動車を運転できる乗務員が増えたことから、かつては、機関車牽引での運転だった武蔵野線でも、自力走行する姿が見られるようになった。

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EF65に牽引され、武蔵野線の馬橋支線を行く、キヤE193系「East i-D」(2009年12月5日撮影)

電気機関車が先頭に立つ姿も魅力的ではあるが、事業用車両好きの私としては、キヤE193系「East i-D」が単独で走る姿の方が魅力的。武蔵野線を自力で走行する姿は、あまり見慣れていないだけに、とても新鮮に見えた。

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カシオペアカラーのEF81が牽引したこともあった。(2010年5月29日撮影)

平日の午後。お天気も悪く、機関車牽引でないと言うこともあってか、この場所で、キヤE193系「East i-D」を撮影していたのは、私一人だけだった。その分、撮影をのんびり楽しむことができた。

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新型車両への置き換えが進む横須賀線

さて、185系を追いかけて、久々に訪れた横須賀線。直通運転をしている総武快速線と合わせて、2020年12月より、新型車両E235系の営業運転が開始され、1994年から運行されてきたE217系の淘汰が始まっている。

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横須賀線・総武快速線の新しい主役、E235系。(東逗子駅から戻ってきた後に撮影)

185系を追いかけて大船から乗車した横須賀線は逗子行き。そして、逗子駅では、185系の停止位置が悪く、撮影し辛かったことから、そのまま東逗子駅まで向かうことにしたのだが、逗子駅で待機していた始発の久里浜行きは、新型車両のE235系。横須賀線も総武快速線もご無沙汰状態だった私。当然のことながら、横須賀線仕様のE235系の乗車も撮影も、今回が初となる。

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逗子駅を発車し、久里浜へ向かうE235系。

東逗子駅から戻ってきた後、改めて、逗子駅でE235系を撮影してみた。山手線のE235系と同様に、この車両も、最後部車両正面の行先表示には、ちょっとしたイラストも表示できるようになっており、この時は、ご覧のように、あじさいの花のイラストが表示されていた。

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185系で運転 臨時快速「鎌倉あじさい号」を撮影する

約10日前、6月12日と13日の撮影記です。

この2日間、私は、西武鉄道40000系の甲種輸送の撮影に出かけていた。6月12日は、茅ケ崎~平塚間、馬入橋で40000系の甲種輸送の撮影を終えた後は、バスで茅ヶ崎駅へ。そして、茅ヶ崎駅から東海道本線の普通列車で東京方面へ向かう。途中、車内で鉄道ダイヤ情報を読んでいると、大船駅で臨時快速列車「鎌倉あじさい号」を見ることができると解り、大船駅で下車することにした。

臨時快速「鎌倉あじさい号」は、6月5日から20日までの土曜・日曜に、青梅~鎌倉間を南武線・武蔵野線経由で運転されるもので、今年3月13日に実施されたダイヤ改正で、特急「踊り子」の運用から離脱した185系電車で運転されることで、鉄道ファンからの注目が集まっている列車である。「踊り子」運用から撤退した185系は。臨時列車用として運用される車両を除き、徐々に廃車となっているようで、既に、長野総合車両センターへ廃車回送された車両もある。その為、今や185系が運転されるとなると、状況によっては、走行区間内の有名撮影地に、鉄道ファンが多く集まることも珍しくない。この日も、横須賀線内は、混雑している撮影地もあるようなので、記録程度に撮れればいいやと言うつもりで、撮影に臨むことにした。

大船駅に到着後、私は、急いで京浜東北線・根岸線電車が発着する9・10番線ホームへ。ここで、隣の8番線に入線する「鎌倉あじさい号」を撮影することに。ホームの中ほどに待機していた先客の邪魔にならないように、カメラを構えた。

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大船駅8番線に入線する臨時快速「鎌倉あじさい号」

10時30分、「鎌倉あじさい号」が大船駅に到着した。この日、「鎌倉あじさい号」に使用されていたのは、6両編成のB6編成。このB6編成は、1982年、高崎線系統の急行列車として運行されていた165系の置き換え用としてデビュー。後に、東北・上越新幹線の大宮駅暫定開業に伴う上野~大宮間の新幹線接続列車にも使用された200番台車で構成されている。長年、グリーン車を含む7両編成で運転されていたが、波動輸送用となった際に、グリーン車が廃車となり、以後、6両編成で臨時快速列車や団体臨時列車などで使用されている。

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大船駅を発車。一路、鎌倉へ向かう。

入線シーンを撮り終えた後は、ホームの端へ移動し、走り去る「鎌倉あじさい号」を後追い。そして、急いでお隣の8番線へ移動し、後続の横須賀線逗子行きに乗り込み、「鎌倉あじさい号」を追跡することにした。

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115系N37編成の出場回送を撮影する

引き続き、6月8日の撮影記です。

今やJR東日本では、新潟車両センターのみの配属となってしまった115系。3両編成7本が在籍しているが、湘南色や新潟色など、各編成、それぞれ色が異なるのも、新潟車両センターの115系の特徴となっている。新潟車両センターの115系の検査は、大宮総合車両センターが担当しており、5月13日に、一次新潟色を纏うN37編成が入場していたが、この日、検査を終えて、所属先である新潟車両センターまで、自力で回送されることになっていた。

東武8000系の南栗橋入場回送を撮り終えた私は、そのまま高崎線へ転線。向かった先は、吹上~行田間の撮影ポイント。実は、行田駅から10分ほど歩いた先にある、有名撮影地に向かっていたのだが、現地へ行ってみると、宅地開発が始まっており、まだ撮影は可能なのだが、ざっと見積もっても5名までとなってしまっており、私が到着した時点で、既に5名待機していたことから、ここでの撮影は諦め、少々行田駅方向へ戻ったところで、撮影できそうな場所を発見。既に多くの方が待機されていたが、何とか撮影できる場所を確保することができた。

現地到着から、およそ15分後。N37編成の回送列車がやって来た。

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新潟車両センターへ回送される115系N37編成。

大宮総合車両センターでの検査を終えて、所属先である新潟車両センターに向かう115系N37編成。一次新潟色と呼ばれるこのカラーは、国鉄からJRへの移行期に登場。雪を現す白いボディに日本海の青と雪椿の赤を現したカラーとのこと。115系に関しては、その後も、二次新潟色、三次新潟色が誕生し、このカラーは早々に消えてしまったが、キハ40系等の気動車では、最近まで、このカラーで運転されていた車両も存在していた。しかし、2017年に9月、信越本線の120周年記念ツアー列車の運転に合わせて、N37編成の塗装を一次新潟色に変更。今回は、4年前に塗装変更を担当した、大宮総合車両センターに入場したが、今回、一次新潟色のままの出場となった。

新潟も暫く行っていないなあ・・・ 

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