カテゴリー「鉄道:JR西日本」の73件の記事

古い鉄道写真9 「トワイライトエクスプレス」宮原駅停車!

今日、3月14日は、JRグループの全国ダイヤ改正。

春は出会いと別れの季節。このダイヤ改正を機に、北陸新幹線が開業。華やかな北陸新幹線開業の裏では、「トワイライトエクスプレス」が、大阪~札幌間の運行を終了した。

そこで、弊ブログでも、近江鉄道遠征記をいったん中断して、旬な話題として、「トワイライトエクスプレス」の話題を取り上げたいと思います。と言っても、写真は古い写真。今から24年前、1991年3月のお話。

「トワイライトエクスプレス」が、団臨として、北陸本線・信越本線・上越線・高崎線・山手貨物線経由で、浜松町まで運転される事になった。当時、私は17歳。普段、首都圏では絶対に見られない豪華寝台列車だけに、何としても撮りたい。撮り鉄仲間と共に撮影に出かけた。狙ったのは、下り列車。たぶん、長岡周りで大阪へ戻る列車だったと思う。同行した撮り鉄仲間の勧めもあり、高崎線の宮原駅で撮影する事にした。なぜ宮原駅か。当時、「トワイライトエクスプレス」の客車は、JR西日本の宮原客車区に所属していた。同行した撮り鉄曰く、「宮原客車区の車両は宮原駅で撮るのが一番」との事。

私は、宮原駅2番線の上野方に陣取り、その瞬間を待つ事に。そして、ついに、「トワイライトエクスプレス」がやって来た。

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1991年3月、「トワイライトエクスプレス」が団臨として上京。高崎線宮原駅に入線する「トワイライトエクスプレス」の団臨。

この日、「トワイライトエクスプレス」を牽引したのは、専用機のEF81 104号機。「トワイライトエクスプレス」自体は、この後、2005年にも上京しているが、この頃には、首都圏各線に続々とATS-Pが導入されており、JR西日本のEF81が、そのまま入線してくると言うような事はなく、「トワイライトエクスプレス」専用機のEF81が上京してきたのは、現時点でこの時のみ。おそらく、この時が最初で最後と言う事になってしまうだろう。

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宮原駅の駅名票と「トワイライトエクスプレス」

宮原客車区所属の「トワイライトエクスプレス」が、宮原駅に停車しているところを撮る。当時のTOMO少年は、同行した撮り鉄仲間と、このアングルでの撮影を終えた時、きっとニンマリしていたと思う。

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電気検測試験車クモヤ443系 湖西線を検測する

では、引き続き、2014年12月16日のお話です。

3007Fが近江鉄道に到着したこの日、私は3007F以外にもう一つ、撮りたい車両があった。その車両は443系電車。JR西日本が所有する電気検測試験車である。

443系電車は、1975年、国鉄が製造した、電気検測用の交直両用電車で、架線を検測するクモハ443形と、信号検束を行うクモヤ442形がペアを組む2両編成。2編成が近畿車両で製造れ、JR発足後は、JR東日本とJR西日本に1編成ずつ承継されたが、JR東日本所属車は、2003年、E491系「East i-E」に置き換えられ廃車となり、現存するのは、JR西日本所属車の1編成のみとなっている。

デビューから今年で40年。JR西日本には、次世代の検測車両として、軌道と信号系統を検測するキヤ141系気動車を、2006年に2編成製造している。

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JR西日本が2006年に導入した、キヤ141系。

電化・非電化を問わずに走行できるよう、気動車で製造されたが、この車両に架線検測用車両を挿入する事で、クモヤ443系を置き換える計画は、キヤ141系デビュー当初からあるようで、事業用車両好きの私は、ぜひ一度、このクモヤ443系を撮影したいと思っていた。しかし、私が関西に遠征するタイミングと、クモヤ443系の検測スケジュールが合わず、これまで一度も撮影できなかったのだが、12月15日の夜、彦根のホテルに着いてから、スマートフォンで、ぴたのり鉄道ダイヤ情報を見ていたところ、クモヤ443系が、向日町操車場~敦賀間を、湖西線経由で検測するという情報を発見。どうにか撮影できないものかと検討した結果、3007Fが京都方面へ向かっている間に撮影できると解り、今回の撮影スケジュールに加える事にした。

午前9時10分過ぎ、彦根駅を通過する3007Fの甲種輸送を撮影した後、いよいよ念願のクモヤ443系の撮影に移る。まずは、彦根駅で再会した、twitterのフォロワーさんと、作戦会議を始める。クモヤ443系は湖西線経由での運転の為、当初は、このまま山科まで行くことも考えたが、彦根からであれば、逆に北上して、湖西線と北陸本線の合流地点である近江塩津に向かう方が良いのではと言う結論に達した。そこで、フォロワーさんの車に便乗し、いざ近江塩津へ。車が北へ進むにつれて、だんだんと雪景色に。

およそ1時間後、近江塩津駅に到着。完全に雪景色である。駅構内に入場し、撮影準備を始める。そして、11時35分、時刻通りに、クモヤ443系が近江塩津駅にやって来た。

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近江塩津駅を通過する電気検測試験車、クモヤ443系。

湖西線の下り本線を行く、クモヤ443系。湖西線の下り本線にはホームが無く、通過前提の構造となっている為、先行の特急列車と同様、そこそこのスピードで通過して行った。

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後追い。

振り向いて後追いも撮影する。長編成なら、振り向いても余裕が有るが、2両編成となると、時間的な余裕が少なく、タイミングが難しかった。

こうして、以前から撮りたかったクモヤ443系を、無事に撮り終える事が出来た。撮影後、再び彦根へと戻り、3007Fの入替作業を撮影した。

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古い鉄道写真7 新幹線開業前の長野駅にて

前の記事で触れていますように、西武鉄道では、まもなく3000系車両の本格的な廃車が始まります。それに備えて、我が家の古い写真の中から、3000系の良い写真が無いか、色々と探しているときに、1冊のアルバムが出てきました。撮影時期を記入していなかったのが悔やまれるのですが、写っている写真の中身からして、たぶん1994年頃の撮影と思われます。今回は、このアルバムの中から、何枚かご紹介したいと思います。

舞台は長野駅。まだ長野新幹線は工事中です。たぶん、当時親しくしていた仲間たちと出かけたんだと思いますが、長野まで、どうやって行ったとか、何をしに行ったのかは、はっきり覚えていません。でも、写した列車から判断すると、たぶん長野駅には昼前に到着していたみたいなので、大宮辺りからL特急「あさま」で長野入りしたのかも。

で、長野駅で最初に撮影したのは、こんな列車。

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長野駅に到着する165系急行「赤倉」

新潟からやって来た165系急行「赤倉」。この日の急行「赤倉」は、上沼垂運転区(現在は新潟車両センター)に所属する165系K1編成+K2編成での運転だった。前3両となるK1編成は、3両共165系のトップナンバー車両で構成されており、たぶん、これ目当てで長野へ行ったのかな?と言う気がする。

ちなみに、当時の急行「赤倉」は、確か妙高高原~長野間が普通列車となっていた為、長野駅到着時点では、種別幕も「普通」と表示されている。

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到着後、K2編成側からも撮影。

後ろ3両のK2編成。この編成は、原型ライトを維持したまま、1999年に三鷹電車区へ転属となり、「新幹線リレー号」や「ホリデー快速ピクニック号」の運用で注目を浴びるようになるとは、この時、全く想像もしていなかったと思う。

ちなみに、K1編成・K2編成とも、クモハ165の角形通風器が撤去されている。これは、長年、新潟地区で運用されていた165系によく見られる特徴の一つである。

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JR東海の381系「しなの」とも並んだ。

その後、名古屋行き特急「しなの」が入線してくるが、この「しなの」も、この当時は、383系が臨時列車で走り始めたばかりで、長野発着の列車は、御覧のように381系で運転されていた。この時、165系の隣に入線してきた381系は、JR東海では少数派だった非貫通の100番台車だった。

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城東貨物線 淀川橋りょうを訪ねる 2013春

4月5日から7日まで、慰安旅行で京都と有馬温泉へ行ってきましたが、最終日の7日は、私自身、どうしても行きたい所があったので、単独行動とさせていただきました。今回は、その時のお話を少々。

今回、どうしても行きたかった場所が、城東貨物線の淀川橋りょうである。この淀川橋りょうは、複線用の鉄橋として作られているが、鉄橋そのものは、単線として使用されており、空いている線路一本分のスペースに、鉄板を敷いた仮設の歩道橋(赤川仮橋)となっているのは、皆さんもご存知の通りである。しかし、城東貨物線は、2008年3月に、関西本線(大和路線)の久宝寺から、片町線(学研都市線)の放出駅までの間が、おおさか東線として旅客化されたのを皮切りに、現在は、片町線の鴫野駅から東海道本線の吹田信号場までの間も、おおさか東線として旅客化が進行しており、長年親しまれてきた、この赤川仮橋も、おおさか東線の工事に伴い、2013年秋には閉鎖される事になった。閉鎖前に、もう一度、訪れておきたい。そう思い、今回、この地を訪れる事にした。私にとっては、5年ぶりの訪問となる。

5年前は、知人に車で連れて行ってもらったのだが、今回は、公共交通機関を使っての訪問。事前にネットで調べた結果、阪急京都線の淡路駅が比較的近いと言う事が解っていた為、阪急京都線で淡路駅へと向かう。この日、関西地方は、前日の爆弾低気圧の影響がやや残っており、時折小雨がぱらつく天気であった。阪急の淡路駅からは、スマートフォンの地図を頼りに、目的地へと向かう。途中、近くの公園で保存中の機関車を見学した為、淀川橋りょうに到着したのは、淡路駅到着から、およそ30分後の事であった。早速、鉄橋の入口部分を撮影してみる。

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5年ぶりに訪れた、城東貨物線の淀川橋りょう。

淀川橋りょうの吹田側にある踏切から、まずは淀川橋りょうを撮影してみる。画面左側に写っているのは、おおさか東線の工事に伴い、橋の閉鎖を予告する看板である。

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伊吹山をバックに117系を撮影する 後編

さて、近江長岡~醒ヶ井間の撮影ポイントを撤収した後は、近江長岡駅へと戻り、上り列車に乗って、お隣の柏原駅へと移動する。米原からやって来た3214Fは、先程撮影した3211Fの折り返しで、311系による運転だった。車内より、これから行く撮影地を確認して、柏原駅で下車する。

柏原駅。ここも滋賀県米原市の駅である。しかし、先程の近江長岡駅と比較すると、駅前にはタクシーの姿もなく寂しい感じである。

さて、目指す場所は、ここから近江長岡方向へほぼまっすぐ進んだ場所。駅からおよそ7分ほどで到達する有名撮影地である。近江長岡~醒ヶ井間のポイントでは、殆ど見かける事が無かった同業者の姿が、ここでは、既に5人ほどあり、有名撮影地らしさを感じさせる。撮影準備が整った頃、下り列車がやって来た。

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313系300番台を2本つなげた4両編成による米原行き3217F。

伊吹山をバックにカーブを曲がりながら米原方面へ向かう下り列車。カーブのバックに伊吹山と言う位置関係が、何となく、西武秩父線横瀬駅周辺の「武甲山バック」にも似ている。米原行き3217Fは、313系300番台車を2本つなげた4両編成での運転。どうやら、この時間帯の大垣~米原間の普通列車は、4両編成で統一されているようで、2両編成で運転されていた頃と比較すれば、とても有り難い。

3217F通過からおよそ10分後、117系が米原から戻って来た。

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117系による大垣行き3216F。

伊吹山をバックに大垣へと向かう117系。もう少し雲が少なければ良かったのだが・・・約50分後には、米原行きとして折り返してくるので、もう暫く、この場所に留まる事にした。

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伊吹山をバックに117系を撮影する 前編

では、2013年元日のお話です。

3月16日に予定されているJRグループのダイヤ改正。各社のダイヤ改正関連のリリースが相次いで発表される中、JR東海からは、かつての名車、117系の定期運用終了のリリースが流れた。昨年3月の119系の引退に続く、国鉄形車両の定期運用終了の知らせ。調べてみると、既に2012年12月より、運用が更に少なくなり、新快速運用は消滅。快速運用も半分に。休日ダイヤに関しては、名古屋駅にも乗り入れてこなくなったとか。

119系の次は117系。これは解っていた事だ。せめて最後に117系の定期列車をもう一度撮りたい。117系らしく、快速列車を撮ろうとすれば、平日に限られてしまう。しかし、平日だとチャンスは朝しかない。一方、休日ダイヤでは、運用は大垣~米原間に限られてしまうが、日中2往復運転される。そう言えば、伊吹山をバックに117系は撮っていなかったっけ。よって、撮影は休日ダイヤに決定。あとは、どうやって行くかだが、日帰りで経費節減で行けるとなると、良い方法は・・・「そうだ、こだまに乗ろう。」

JR東海では、毎年、1月1日のみ使用出来る「新春こだま&ワイドビューフリーきっぷ」を発売している。東海道新幹線を含むJR東海全線が1月1日のみ乗り放題。ただし、東海道新幹線は、「こだま」のみ(名古屋~新大阪間のみ「ひかり」も利用可)の乗車となるが、それでも13,000円で、グリーン車用で15,000円で往復できるのは魅力的だ。2005年の元日以来、8年ぶりに、この切符を利用する事にした。しかも、今回は奮発してグリーン車用だ。

当日、東京6時56分発の「こだま633号」に乗る為に、5時30分頃、自宅を出発。高田馬場から東京メトロ東西線に乗り、大手町駅より東京駅へ。6時30分頃、東京駅に到着し、みどりの窓口へ行くと、「こだま633号」のグリーン車に三角マークが。実は、この切符を12月30日に購入した時、「こだま633号」のグリーン車は満席と言われていたのだった。急いで窓口で発券してもらう。何と出来てたチケットは、8号車でしかもD席。これは山側ではないか。有り難い。

ホームで朝食用のお弁当を購入し、いざ車内へ。700系のグリーン車は、これが二度目の乗車となるが、流石はグリーン車。座席もゆったりしている。シートを倒し、くつろぐ事に。車番から、JR東海所有の700系だとばかり思っていたのだが、走り出すと、「いい日旅立ち」が流れ、JR西日本へ譲渡された車両だと言う事に気付く。何だか、信じていた人にカミングアウトをされたような心境であった。

列車は、多摩川を渡り、神奈川県へ。遠くに見える富士山がとても綺麗だ。これは新富士付近の車窓にも期待がかかる。実際、新富士の手前では、こんな感じで富士山を見る事が出来た。

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新富士駅手前で富士山を撮影。

本当に雲一つないいお天気で、美しい富士山を、グリーン車から味わう事が出来た。

その後、早朝出発だった事から眠くなり、うとうととし始めるが、何故か浜松手前でしっかりと目が覚める。ここでは、旧浜松機関区跡地に留置されている解体待ちの車両を車内から見る事が目的なのだが、車窓から確認できたのは・・・

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旧浜松機関区跡地に留置中の117系。

2012年12月の運用縮小以降、年内に4編成が運用を離脱し、西浜松(旧浜松機関区跡地)へ送り込まれていたらしく、新幹線の車内からも117系の姿が目立つようになっていた。なお、119系の解体も進んでいるが、この時点でも、まだ数両、確認する事が出来た。

西浜松の状態を確認した後、再びうとうととして気付けば三河安城。そろそろ降りる仕度をして、名古屋駅で下車。ここから東海道本線へ乗り換える事に。

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JR西日本の205系と出会う

10月18日から20日にかけて、日本鉄道保存協会の総会に出席するため、鳥取と関西を旅行してきました。

旅の最後、新大阪駅から新幹線で東京へ戻る直前、大阪駅でちょっと変わった車両に遭遇した。その時は、新大阪へ向かう普通電車の車内にいたので、そのまま大阪駅では何もしなかった。しかし、突然、京都方面へ向かう回送列車として現れているだけに、このまま新大阪にいれば、もう1回見る事が出来るんじゃないか?突然浮かんだ悪知恵を基に様子を見る事に。すると、およそ5分後ではあるが、予想通り回送列車がやって来た。

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207系や321系と同様の配色となったJR西日本の205系。

JR西日本の205系は、もともと、国鉄時代の最後のダイヤ改正である1986年(昭和61年)11月のダイヤ改正時登場した。既に運用中だった201系に合わせて7両編成で4編成が投入されたが、民営化後は207系による置き換えとなった為、結果的には4編成として終わってしまった。この車両が有った為に、後にJR東日本が205系の投入を再開した時、車両番号を揃える為、一部に欠番を生む事となった。

ちなみに、JR西日本には、阪和線にも、仕様を変更した1000番台車が存在するが、こちらも4編成で投入は終了している為、JR西日本としては、205系自体、少数派となっている。

長年、東海道・山陽緩行線で運用されていたが、321系の進出により余剰となり、日根野区へ転属し、阪和線で運用していた103系を置き換えた際に、7両編成4本だったのを、6両編成と8両編成で2編成ずつに編成替えをしたが、使い勝手が悪かったのか?網干総合車両所明石支所に転属し、再び、東海道・山陽緩行線用として復帰。その際に、帯色を現行の207系や321系に合わせた仕様とした他、中にはリニューアル工事も受け、サハ205以外のベンチレーターは全て撤去したと言う車両もあるらしいが、今回、新大阪で見かけた車両は、まだリニューアル工事を受けてない車両だった。

205系のこのカラーを生で見たのは、実は今回が初めて。間近で見ると、意外と良いかも。平日のみの運用だったと思うので、今回は見る事が出来ないかなと諦めていたのだが、東京へ帰る直前に、こう言う形で出会えて本当に良かった。

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京都駅で撮影した特急列車

さて、慰安旅行中に撮影した列車の紹介記事も、この記事が最終章となります。

最終日である5月23日の夕方は、京都駅で1時間ほど撮影をしたのだが、今回撮影したのは、103系や113系と言った国鉄型の通勤形・近郊形だけではなく、特急列車も一部撮影している。関西シリーズの最終章として、今回撮影した特急列車もご紹介しておきたい。

まずは、山陰本線を走る特急列車から。

京都駅は、山陰本線の起点となる駅である。山陰本線は、山口県の幡生まで、約670キロにも渡る本線だが、電化されているのは、途中の城崎温泉までと、伯耆大山~西出雲間のみ。その為、京都駅から発着する山陰本線の特急列車と言うと、福知山行きの「たんば」、城崎温泉行きの「きのさき」、綾部から舞鶴線に直通する東舞鶴行き「まいづる」、北近畿タンゴ鉄道に直通する天橋立行きの「はしだて」、そして北近畿タンゴ鉄道の車両を使用した「タンゴディスカバリー」の計5種類となっているが、このうち、183系電車で運転されている「たんば」「きのさき」「まいづる」「はしだて」に関しては、2011年春より、新型車両287系が投入される計画となっており、現行の183系での運転は、残り1年を切ってしまっている。そこで、183系で運転される特急列車を1本だけでも撮っておきたいと思っていたところ、運良く「はしだて」がまもなく出発と言う状況だった。とりあえず、列車が出発する京都駅の山陰本線ホームへと向かうが、ホームは薄暗いため、思うように撮影が出来なかった。そこで、ホームの大阪方の先端から、京都駅を出発して行くところを後追いで撮影する事にした。

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京都駅を出発する特急「はしだて」

この「はしだて」に使用されていたのは、福知山電車区の183系B63編成。福知山電車区の183系は、JR東日本の183系と異なり、もともとは交直流特急形電車である485系電車を直流専用に改造したもので800番台を名乗る。更に、同じ183系800番台でも、もともと福知山線の特急「北近畿」に運用されていたグループと、1996年3月の山陰本線園部~福知山間他の電化開業により投入されたグループ、更に昨年度、北陸本線の特急「雷鳥」に運用されていた485系を改造したグループと、大きく3つに分ける事が出来るが、私が撮影した車両は、「北近畿」に運用されていた、国鉄特急色に赤帯を1本追加したタイプの車両だった。ちなみに、昨年度485系から改造された車両は、「雷鳥」時代の国鉄特急色を維持したまま営業運転に投入され、ファンの注目を集めたが、残念ながら、今年3月のダイヤ改正を機に、定期運用を離脱している。

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平城遷都1300年 「奈良デスティネーションキャンペーン」ヘッドマーク掲出編成を撮影

さて、今年は平城遷都1300年の節目の年と言う事で、JRグループでは、4月1日から6月30日までの3ヵ月間、「奈良デスティネーションキャンペーン」を展開している。今回、うちの職場の慰安旅行先が奈良になったのも、平城遷都1300年の節目の年と言うのが大きく影響しているのだが、この「奈良デスティネーションキャンペーン」を記念して、JR西日本では、大和路線を走る103系・201系・221系の一部編成に、「奈良デスティネーションキャンペーン」のヘッドマークを掲出して運転している。

慰安旅行初日の21日には、このヘッドマーク掲出編成を見る事が出来なかったが、2日目となる22日は、法隆寺へ向かうために、大和路線を利用したところ、このヘッドマーク掲出編成に当たったので、法隆寺駅にて撮影してみた。

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「奈良デスティネーションキャンペーン」のヘッドマークを掲出した201系と221系。

奈良駅から法隆寺駅までは、201系の各駅停車で移動したのだが、私がここまで乗車した各駅停車JR難波行きが、法隆寺駅を発車する際に、221系の大和路快速加茂行きが到着すると言うタイミングだった。201系と221系、出来れば、それぞれ別々に撮影したかったのだが、単独行動じゃないし、贅沢は言ってられない。と言うより、一度に両方撮れたんだからラッキーと思わなきゃいけないのかも。

法隆寺見学を終えて、タクシーで法隆寺駅に戻って来た一行。この後は、大阪方面に向かうのだが、運悪く大和路快速は目の前で出て行ってしまった。仕方なく、後続の各駅停車での移動となるのだが、早めにホームに入ると、奈良行きの201系が入線してきた。

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法隆寺駅に進入する201系。

今度は201系単独で撮影する事が出来た。先程と同様、この編成もヘッドマーク掲出編成である。良く見ると、1枚目の画像に写っている201系とは、ヘッドマークの掲出位置がやや違っている。ヘッドマークの構造に違いがあるのだろうか。ちょっとだけ気になった。

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塗装変更目前?京都総合運転所の113系と117系

さて、奈良線の103系を撮影していた5月21日の昼頃の事。ふと3番線を眺めてみたら、国鉄色の117系が停車しているのが見えた。そこで、奈良線の103系の撮影を中断して、117系を見渡す事が出来る4番線へと移動した。

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京都駅3番線に停車中の117系国鉄色編成。

国鉄時代、競合する私鉄各線に対抗するために、2扉転換クロスシート車として1979年にデビューした117系。京都・大阪・神戸を結ぶ最速達列車、新快速として約20年間、君臨してきた車両であるが、新快速の任務を、後輩の223系に譲った現在では、一部の車両が、和歌山・岡山・下関などに転用されたものの、8両編成2本、6両編成6本が、新快速として走っていた東海道本線の線路脇にある京都総合運転所に残り、湖西線や草津線のローカル列車に運用されている。

ところで、JR西日本では、アーバンネットワーク地域を除く管内各地域で活躍中の鋼製車両の塗装を、地域別に単色化する動きが進んでおり、京都地域においても、湖西線・草津線で活躍中の113系と117系に関しては、「和」をイメージした抹茶色にすることを発表しており、今後、徐々に塗装変更が進むものと思われる。117系に関しては、関西急電以来の伝統を守る塗装を纏っているだけに、何とか残してもらいたいものだが、既に岡山地区に転用された117系に関しては、中国地域の地域色である黄色に改められた車両も出ており、この京都においてもまもなく塗装変更されるものと思われる。

さて、今回撮影した117系だが、良く見ると大きな特徴があった。同編成の4号車付近をアップにしてみると・・・

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4号車のモハ116にもトイレを増設している。

JR西日本の117系は、新製時に、東京方の先頭車であるクハ117にトイレを設置していなかった。しかし、御覧頂いているS02編成と、もう1本、トップナンバー車両が含まれるS01編成に関しては、10年ほど前に、6号車のクハ117にトイレを増設。更に、昨年からは4号車のモハ116にもトイレを増設。その結果、この2編成に関しては、トイレが編成中3カ所にあると言う事になった。

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