カテゴリー「鉄道:JR西日本」の48件の記事

横浜駅で「富士・はやぶさ」を見送る

さて、大船駅での撮影を終えた私は、東海道線の普通列車で東京方面へ。途中、横浜まで来たとき、そろそろ、ブルートレイン「富士・はやぶさ」がやって来る時刻であることに気付く。せっかくなので、ここで下車して、「富士・はやぶさ」を見送る事にした。

現在、2009年春に廃止の方向で協議が進められていると報道された事もあり、この日の横浜駅では、カメラを持って「富士・はやぶさ」を待っているファンの姿が、ホームの両端で見られた。私は東京方の先端付近で「富士・はやぶさ」を待った。そして5分ほど経過。前方より、EF66に牽引された「富士・はやぶさ」がやって来た。

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大船からの帰り道、横浜駅で「富士・はやぶさ」を見送る事にした。

この日の「富士・はやぶさ」は、EF66 50号機が牽引していた。

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JR東西線にも進出した321系

さて、長々と続けてきました中部・関西方面への遠征記も、今回が最終章となります。

京橋駅で、おおさか東線の直通快速を待っている間、JR東西線~学研都市線の直通列車の撮影をして時間を潰していたのだが、見慣れた207系に混じって、321系電車による松井山手行きがやって来た。

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JR東西線・学研都市線の主である207系を横目に、京橋駅へ進入する321系電車。

321系電車は、東海道・山陽緩行線の201系・205系を置き換えるために2005年に登場した。置き換えの対象であった201系・205系が7両固定編成だったこともあり、この321系も7両固定編成で登場。JR東西線と、末端区間で4両編成による運転が必要となる学研都市線(片町線)には、これまで乗り入れていなかったのだが、JR東西線の鋼体架線に対応するため、パンタグラフは各車2基搭載しており、JR東西線への乗り入れ準備は整っていた。そして3月15日に実施されたダイヤ改正より、7両編成で運転できる学研都市線松井山手までの乗り入れが解禁。晴れて、321系電車もパンタグラフを2基上昇して走る姿を見る事ができるようになった。

実は、4月13日の昼前、三ノ宮駅に入場して最初に見た電車は、321系による松井山手行きだった。場所が場所だけに、JR東西線用のパンタグラフは下げられたまま。その為に、あんまり新鮮さは感じられなかったのだが、京橋駅で見かける321系は、パンタグラフも2基上昇しており、これまでの姿とは一味も二味も違っていた。JR西日本の通勤形車両のニューヒーローが、更に活躍の場を広げたことを改めて実感した瞬間であった。

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京橋駅で出発を待つ321系松井山手行き。ここから学研都市線(片町線)へ入っていく。

学研都市線(片町線)では、現在、京田辺以遠でも7両編成が入線できるように改良工事を進めている。完成の暁には、321系が一気に木津まで入線することだろう。

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おおさか東線に乗る

さて、城東貨物線の淀川橋りょうでの撮影を終えたあとは、再びぱらくま氏の車に乗り込み、先に進む。途中、昼食休憩を挟み、放出駅へ。駅近くの駐車場に車を停めて、ここから3人でおおさか東線に乗り込むことになる。

放出駅は、おおさか東線の開業に合わせて、大幅に改良工事が行われた。島式ホーム2面4線のうち、内側2線を、おおさか東線が使用する。早速、久宝寺行きが発車する2番線に向かうが、ちょうど列車が出発した後で、しばらく列車を待つ事になる。数分後、久宝寺からの列車が3番線に到着。ホームの先端から入線シーンを撮る事にした。

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城東貨物線淀川橋りょうで撮影した後は、いよいよおおさか東線に乗り込む。まずは放出駅ホームより、おおさか東線の列車を撮影してみた。

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城東貨物線 淀川橋りょうを訪ねる

慰安旅行3日目。前夜宿泊した「エクシブ淡路島」からの出発となる。

淡路島の洲本バスセンターから、高速バスで一路三宮を目指す。この日は、私だけ三宮から単独行動となる。洲本から三宮までは、高速バスで約1時間半。明石海峡大橋が出来てから10年。今や淡路島は、島のイメージが全く感じられない。

11時30分頃、三宮に到着。私はJRの駅へ向かい、快速電車で新大阪を目指す。新大阪駅では、痛勤形酷電氏及びぱらくま氏の出迎えを受ける。ぱらくま氏の車で移動し、まずは江坂のホビーセンターカトーへ。ここで買い物をした後、ぱらくま氏の車でおおさか東線沿線へと向かう。おおさか東線は、3月15日に開業したJR西日本の新しい路線。もともとは城東貨物線と言う貨物線用路線だった所を、旅客線にした路線で、今回は、大和路線(関西線)の久宝寺から、学研都市線(片町線)の放出までが旅客線として開業した。城東貨物線は、さらに鴫野~吹田信号所間が貨物線として残されているが、ここも最終的には旅客線化され、新大阪駅まで乗り入れることになっている。

まずは、江坂から放出を目指すのだが、途中で、城東貨物線最大の名所とも言える淀川橋りょうの近くを通り掛った。ちょうど貨物列車が通過する頃ではないかと言う話になり、ここに立ち寄る事にした。

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4月13日の午後、ぱらくま氏の車で城東貨物線の淀川橋りょうにやって来た。

この淀川橋りょう、最大の特徴は、ご覧の通り複線分の鉄橋を単線として使用し、残り半分を歩行者用に開放していると言う、全国でも珍しい鉄橋である。

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683系「しらさぎ」編成 身延線を走る

さて、三島駅で伊豆箱根鉄道の撮影をした後に向かった先は、身延線であった。

3月30日、身延線は開業80周年を迎えた。この日の身延線は、80周年を記念した臨時特急「80周年みのぶ号」が運転され花を添えた。さらに、鉄道ダイヤ情報の団体臨時列車運転予定表によると、JR西日本の683系「しらさぎ」編成を使用した団臨が身延線を走る事になっていた。683系の身延線入線は、今回が初めてではなく、今までにも年に数回は運転されているのだが、私はこれまで撮影した事が無かった。そこで、今回は、この列車から撮影をする事にしたのである。しかし、この列車の富士宮出発は12時56分。朝10時ごろまで高崎線北上尾駅付近にいた人間が、普通列車だけでこの列車を撮影するのは不可能な話。東京~三島間は新幹線に頼るしかなかったのだ。

三島から在来線に乗り換えると、やって来たのは沼津行き。ここで、とりあえず一駅進む。時刻表を見ると、これから先、身延線に入るには、沼津12時31分発の身延行きが一番早い列車となる。この列車までは20分ほどあり、沼津でただ待つのは味気ない。そこで富士まで先行し、まず貨物列車を撮っていた。そして、富士から沼津始発の身延行きに乗り込む。313系W1編成だった。列車が富士駅を出発した時点で、683系の富士宮出発まで5分しかない。とりあえず、どこかの駅のホームから進入を撮ろうと言う気持ちで先に進む。2駅目、竪堀で下車するかどうか悩んだのだが、次の駅まで行けるだろうと判断。これが失敗だった。次の駅、入山瀬には先着するものの、この列車はツーマン運転。車掌に乗車券を見せるため、後ろの車両から降りる事になってしまう。そして、次の瞬間、入山瀬駅のホームに、上り列車接近の自動放送が掛かる。このままでは間に合わない。ホームの先端へ走るが、先端部分に到達する前に、列車は来てしまった。仕方なく、手前から撮影する事に。

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2008年3月30日、身延線にJR西日本の683系による団臨が入線した。

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最後の寝台急行「銀河」を出迎える

では、続いても改正で去っていった列車の話題。

東京と大阪を結ぶ寝台急行「銀河」。惜しまれながらも59年間の歴史に幕を閉じた。その模様はテレビのニュースでも取り上げられたので、鉄道に興味の無い人でも、今回の「銀河」の廃止を知っていると言う人は多いと思う。

「銀河」は14日が最終日であったが、夜行列車と言うことで、東京と大阪を最終日に出発した 「銀河」が終着駅に着くのは、改正後の15日朝となる。そこで、最後の「銀河」を見ようと、今日は朝早く起きて東京駅に行ってみた。

萩山駅を5時39分に出発。高田馬場から地下鉄東西線で大手町へ出て、東京駅に着いたのは、6時40分頃である。早朝にも関わらず、「銀河」が着く10番線は大勢のファンが待ちかまえていた。あまりの人の多さに、到着ホームの出の出迎えは諦め、お隣の8番線の先端で見守る事にした。E217系の普通列車に続いて、深夜の東海道を走り続けてきた急行「銀河」が、ゴールの東京駅に入線して来た。

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59年間走り続いてきた寝台急行「銀河」が、ついに最後の日を迎えた。3月15日早朝、最終の「銀河」を東京駅で出迎える事にした。

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東京駅で「銀河」を見送る

今日は横浜で飲み会があった。

22時過ぎお開きに。そのままJR横浜駅へ行くと、湘南新宿ラインは30分以上ない。仕方なく東海道線の東京行きに乗り込む。最初は品川で降りようと思ったのだが、このまま東京まで行くと、急行「銀河」に間に合うことに気づいた。「銀河」も残り一週間。これは見ておかなくては。東京駅到着後、「銀河」が発車する10番線へと向かった。

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横浜からの帰り道、東京駅に立ち寄ると、急行「銀河」が出発するところであった。しばし足を止め、見送る事にした。

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2月24日東京着の「富士・はやぶさ」

2月24日、西武鉄道30000系の甲種輸送が到着した日は、前日から全国的に大荒れの天気となり、各地から東京を目指す夜行列車は、大幅な遅れや運休が出ていた。

遠く九州から東京を目指す、寝台特急「富士・はやぶさ」も、途中大雪の影響を受けたらしく、大幅に遅れが出ていた。外出前にネットで検索して見ると、途中駅で50分ほどの遅れが出ているとのこと。ちょうど、30000系の甲種を撮影するために東海道線方面へ出掛けるし、久しぶりに「富士・はやぶさ」を撮ってみようと思ったのだが・・・

途中大井町についた時点で、京浜東北線が抑止。川崎~鶴見間の線路沿いで火災が発生し、消火作業が終わるまで運転を見合わせるとのこと。この時点で、東海道線は強風による徐行運転のために遅れが出ていた事から、この沿線火災による抑止で、遅れが増す事になってしまった。

私は諦めて品川へ戻り、しばし休息。途中で、12時30分頃運転再開と言う一報が入ってきたので、安心して昼飯を食いに行く事にした。そして食事中、運転再開と言う情報が入る。予想より早い復帰。「富士・はやぶさ」は、横浜駅で抑止していたと聞いていたので、このままでは間に合わない。ただ、既に2時間近く遅れていることから、「富士・はやぶさ」は、品川駅で運転打ち切りになるだろうと予想していた。そこで、私は、「富士・はやぶさ」の品川駅到着シーンを撮る事に変更。既に臨時ホームには、7番線に185系回送、10番線に品川始発の横須賀線下り列車が停車していた事から、到着は8番線か9番線だろうと判断。9番線の横浜方先端にて待機する事にした。

そして12時39分頃、長旅を続けてきた「富士・はやぶさ」がゆっくりと品川駅8番線に到着した。

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大雪、強風、そして沿線火災と、様々な困難を乗り越えながら品川に辿り着いた「富士・はやぶさ」

本線から臨時ホームへ、クネクネと曲がって入ってくる姿は、終着駅到着らしい光景。本来の終着駅である東京駅までは、まだ少々あるが、この日の「富士・はやぶさ」は、本当に良く走り抜いてきたと思う。

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「はばタン号」再び

では続いても2007年12月30日の話。

姫路駅で、山陽新幹線の0系と100系を撮影する合間に、今回も地平ホームの姫新線・播但線ホームを訪れてみた。前回、2007年8月に姫路駅を訪れた際、姫新線ホームでは、「はばタン号」とよべれる特別仕様のラッピング車に遭遇し、肝心な姫路鉄道部独自のカラーの車両を見る事ができなかった。今回こそは、姫路鉄道部カラーの気動車を撮りたいと思い、姫新線ホームへと向かったのだが、待機していた車両は、またもあの車両であった。

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2007年12月30日、姫路駅の姫新線ホームにて、「はばタン号」と呼ばれる特別仕様のラッピング車と再会した。

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山陽新幹線に残る0系と100系

ここで、今年に入ってから、西武多摩湖線の225F引退や、JR東日本の201系の追跡などで、取り上げるタイミングを逃してしまっていた、2007年の年末の関西遠征記のお話を、再び取り上げたいと思います。

2007年12月30日、摂津富田で485系の「ふるさと雷鳥」を撮影した後、一旦高槻へ向かい、下りの新快速で一気に姫路へと向かった。ここでの目的は、2007年夏の遠征時に食べた、姫路駅の立ち食いそばを食べる事なのだが、それと同時に、山陽新幹線に残る0系と100系を撮るのも、今回の遠征の目的であった。

1964年、東海道新幹線開業と共に、日本の新幹線の顔として今日まで君臨してきた0系。既に、JR東海の東海道新幹線からは1999年に撤退。その後も、比較的車歴の浅い車両が、JR西日本で細々と活躍を続けていたが、この度、「のぞみ」へのN700系投入に伴い、現在「のぞみ」に運用されている500系が、8両化の上、「こだま」へ投入される事が決定しており、今年11月末には、最後まで残っていた0系も引退する事が決定している。

とりあえず、6両編成の「こだま」を撮るために、姫路駅の新幹線ホームへ向かう。一番早い「こだま」は、上り列車だった。そこで下りホームへ上がると、300系の「ひかり363号」が停車していた。この列車が出発する直前に、上り「こだま」が入ってくるらしい。ホーム上で待っていると、300系の向こう側に、0系による「こだま636号」が入ってくるのが見えた。私は、300系「ひかり363号」と、0系「こだま636号」の並びから撮影する事にした。

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2007年12月30日、引退が決まっている0系「こだま」を、姫路駅で撮影してみた。

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485系「雷鳥」を撮る

では、再び関西遠征記に戻ります。

12月30日の朝、一旦ホテルへ戻り朝食を摂ってから、再び摂津富田へと戻ってきた。ここでの撮影目的は、485系の「雷鳥」である。

関西と北陸主要都市を結ぶ特急「雷鳥」は、長い間、北陸本線の看板列車として君臨してきた。現在では、681系・683系による特急「サンダーバード」に押され気味の状態で、「雷鳥」は、1日8往復程度の運転となってしまっているものの、全国的にも貴重となった国鉄特急色の485系で運転されている。そこで、今回の関西遠征時には、485系の「雷鳥」も撮影対象としていたのだ。

淀屋橋の東横インを出庫し、再び摂津富田に戻ってきたのは、9時30分頃の事。まずは、489系ボンネット車による臨時特急「ふるさと雷鳥」が先にやって来る。489系ボンネット車自体は、急行「能登」で上野まで乗り入れており、平日の夕方には、上野発の「ホームライナー」にも使用されていることから、私のような関東在住のファンから見ても、それ程珍しいものではない。しかし、日中の撮影可能な時間帯に走行写真を撮る機会は、関東でもあまりない。その為に、ここは確実に撮っておきたいところである。先程の「なは・あかつき」と異なり、今回は先客が2名待機していたが、話しかけてみると、先客のお2人も関東からの遠征組だった。先行する223系新快速で練習をして、「ふるさと雷鳥」の通過に備えた。そして、他の列車に被られる事なく、489系「ふるさと雷鳥」がやって来た。

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再びやって来た摂津富田では、特急「雷鳥」を撮影。まずは、489系ボンネット車による臨時特急「ふるさと雷鳥」からスタート。

ヘッドマークが「臨時」と言うのが少々残念なところ。数年前までは、定期列車の「雷鳥」にボンネット車が入っていたので、「雷鳥」のヘッドマークはある筈なのだが、あえて「臨時」と言うヘッドマークしか掲出しないのは、何か「大人の事情」と言えるようなものがあるのだろうか。

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寝台特急「なは・あかつき」を撮影する

さて、大阪駅で国鉄特急形車両の共演を撮影した後は、東海道・山陽線の各駅停車で摂津富田へ。今回の遠征の最大の目的の1つである、寝台特急「なは・あかつき」の撮影に向かった。

寝台特急「なは・あかつき」は、3月のダイヤ改正で廃止される事が決定しており、関東在住の私にとっては、この遠征が撮影の最後のチャンスとなる可能性が高い。そこで、今回はどうしても撮影しておきたかったのだ。前夜お会いした痛勤形酷電氏やwakasa-express氏のアドバイスから、この摂津富田に撮影地を絞り込んだ。当初乗車予定の列車より1本後の列車になってしまったので、「なは・あかつき」通過前に到着できるか、少々心配だったが、現地には通過15分ほど前には到着する事が出来た。

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2007年12月30日早朝、廃止が決定している「なは・あかつき」を摂津富田駅で撮影した。

この日、「なは・あかつき」を牽引してきたのは、EF66 42号機。現在JR西日本に在籍するEF66の中では、一番綺麗な車両らしい。早起きして撮影しにきた甲斐があった。

ところで、この「なは・あかつき」は、摂津富田通過直前に、運転士さんがわざわざヘッドライトを減光してくれた。この日、摂津富田で撮影していたのは私1人。どうやら撮影している私を見て、運転士さんが減光してくれたようである。良い運転士さんに当たってラッキーだった。私も自然と運転士さんに向かって軽く会釈をした。

この撮影を以って、摂津富田から一旦撤退。宿泊先である淀屋橋の東横インへと戻り、青春18きっぷを取ってきた。せっかく戻ったので、東横インのロビーでおにぎりを食べてから、再び出発した。

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583系最後の定期列車 急行「きたぐに」を撮影する

では、再び関西遠征記の続きです。

12月30日朝6時、ホテルのモーニングコールで起床。前夜、なかなか寝付けず、この日は実質2時間ほどしか寝ていない。すぐに着替えて機材を整え、出発体制に。フロントにキーを預けて出発する。

この日、こんなに早く起きたのは理由があった。それは、廃止が決定している九州方面からのブルートレイン「なは・あかつき」を撮影するためだった。撮影地までの所要時間を考えると、6時半までには出発する必要性があったのだ。淀屋橋の東横インから出発して、まずは地下鉄御堂筋線で梅田へ。そしてJR大阪駅から青春18きっぷで入場する筈だったのだが、なんとホテルに忘れてきてしまった。時間が無いので、とりあえずICOCAで入場する。そして京都方面へ向かう各駅停車に乗り込むのだが、無常にも目の前で出発してしまった。ここで8分ほど足止めになってしまう。その時、ふと4番線を眺めると、583系が停車しているのが見えた。急行「きたぐに」である。じゃあ、待ち時間に撮影してしまおう。私の足は、自然と5番線へ向かっていた。

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早朝の大阪駅で583系に遭遇。新潟からの夜行列車、急行「きたぐに」だった。

急行「きたぐに」は、大阪と新潟とを結ぶ夜行列車で、今では、583系が使用される唯一の定期列車となっている。塗装はJR西日本独自のカラーとなってしまっているが、10両編成という長編成で運転される583系の姿は、やはり国鉄形車両らしい風格が感じられる。電車に乗り遅れた結果、良い物を撮る事ができた。

ところで、この「きたぐに」の停車している4番線のお隣には、こんな車両が入線して来た。

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489系ボンネット車の回送列車がやって来た。

金沢の489系ボンネット車の回送。実は臨時特急「ふるさと雷鳥」の送り込み回送だった。489系と583系、国鉄形車両の共演に思わず見とれてしまった。

この後、7番線へ移動。入線して来た321系の各駅停車で摂津富田へと向かった。

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高槻駅で「ムーンライト九州」の回送を撮影する

さて、キヤ97と近鉄名古屋線の列車を撮った後は、名古屋駅から在来線で大阪へ。米原でJR西日本の新快速に乗り換えて、新大阪に着くと、あの男が待っていた。

新大阪駅構内で、ネギ焼きを食べた後、高槻へと逆戻り。ここで、「ムーンライト九州」の回送が撮れるとの事。高槻駅に到着し、下りホームへ向かうと、既にホーム上には数名の同業者が待機していた。ここで、wakasa-express氏に初めてお会いする。まずは、手始めに「スーパーくろしお」用の381系から撮影する事にした。

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12月29日最後の撮影場所は、高槻駅だった。まずは、「スーパーくろしお」用381系の回送から。

JR東海では、残り6連1本のみとなってしまった381系も、JR西日本では、まだまだ現役バリバリ。「スーパーくろしお」用編成は、ご覧のようにパノラマ形グリーン車が連結されている。

そして381系が出てから、およそ7分後の事。EF65に牽引された14系客車が、ゆっくりと高槻駅に入線して来た。

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381系に続いてやって来た「ムーンライト九州」の送り込み回送。

「ムーンライト九州」は、2007年の夏にも、大阪駅で撮影している。14系客車(座席車)なんて、JR東日本からは、もう何年も前に消えており、色は違ってもこうして14系客車を撮影できるのは、とても嬉しいことだ。14系回送は、高槻駅で数分停車した後、始発駅へと向かって走り去っていった。

この後は、wakasa-express氏の車で、宿泊先へ。遠征初日がようやく終了した。

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再び寝台急行「銀河」を撮影する

さて、元日の終夜運転で、立川から横浜へと向かったのは、廃止が決定している寝台急行「銀河」を撮る事が目的だった。早朝に東京駅に到着する上り「銀河」を撮るには、地元から出掛けるには初電でも厳しい。そこで、この終夜運転は「銀河」撮影のチャンスと前から計画していた事だ。

横浜駅で、「熱海初日の出号」を撮影した後、喉の渇きと寒さに耐えられず、構内のBECKSでモーニングコーヒーを飲み、6時頃ホームへ向かうと、既に6番線の東京方には大勢のファンが待機していた。私も前にしゃがみ込んで「銀河」の到着を待つ。そして時刻となり、前方から「銀河」がやって来た。

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終夜運転を利用して横浜へやって来たのは、この「銀河」を撮影するためだった。

前回撮影した時と同じ、EF65 1112号機が牽引だったが、今回は上り列車ということで、前回とは違うアングルでの撮影となったので、まあ良しとしよう。

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謹賀新年

皆様、新年あけましておめでとうございます。

旧年中は、TOMOの鉄日誌をご愛顧いただきましてありがとうございました。今年も昨年同様、鉄道を中心に様々な話題を取り上げてまいります。

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JR東日本では徐々に姿を消している201系。JR西日本では、姿を変えてまだまだ現役!

今年もどうぞ宜しくお願いします。

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寝台急行「銀河」を撮影する

今週は、来年3月に実施されるJRグループのダイヤ改正の内容が発表された。長距離を走る寝台列車にも、大幅なリストラが計画されており、昭和の香りがする列車や車両がどんどん消えていくなど、国鉄形世代の鉄道ファンには、かなり辛い内容であった。

そこで、今から少しずつお名残撮影&乗車をしておこう。と言う事で、昨夜はその第1弾、急行「銀河」を撮影しに横浜へ出掛けた。急行「銀河」は、東京と大阪を結ぶ寝台急行列車。上りの東京行きは、夏だと首都圏でも走行写真が撮影できるが、さすがにこの時期は難しい。途中駅でのバルブと言う事になるのだが、早朝の撮影は、西武沿線から出掛けるにはしんどい。そこで、下りを横浜駅でバルブ撮影する事にしたのだ。

21時30分頃、家を出発し、東急東横線で横浜入り。横浜駅の東海道線ホームに到着したのは、23時10分頃の事であった。廃止発表から日も経っていることから、ファンが殺到・・・と思ったのだが、ホーム上で待機していたファンは、およそ10名程度。ちょっと拍子抜けしてしまった。先頭がどこに停まるか解らなかったので、近くにいた方に尋ねると、丁寧に教えてくれた。有りがたい。私は、その方の後ろにカメラを構えて待機する事にした。そして、時間となり、前方から機関車のライトが見える。列車が停まるまでは、正直不安でもあったのだが、その方の仰る位置にピッタリと停車してくれた。

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来年3月改正で廃止が決定している急行「銀河」

昨夜の「銀河」は、EF65 1112号機が牽引。このところ、客車が6両程度と短い日もあったのだが、年末年始の繁忙期ということで、8両(機関車と電源車を除く)に増結されていた。PF形と呼ばれるEF65の1000番台車は、私が子供の頃、ブルートレインの先頭に立ち、颯爽と駆け抜けていた。まさにブルトレ専用機とも言える時代もあったのだが、現在では、定期列車として客車を牽引するのは、この「銀河」のみ。最後の定期列車も来年3月までと言う事で、何か一つの時代の終わりを告げられているような感じだった。

撮影後、撤収作業をしながら「銀河」を見送り、東急東横線のホームへと向かった。

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懐かしのはくたか号を撮影する

さて、前記事でお解かりの通り、今日は、午前中、関東鉄道へ出掛けてきたが、守谷から久しぶりにつくばエクスプレスで秋葉原まで乗りたくなり、快速電車で秋葉原へ。そして、昼食後、今度は高崎線沿線へと向かった。JR東日本新潟支社主催の団体臨時列車「懐かしのはくたか号」を撮影するためである。

特急「はくたか」と言えば、上越新幹線の越後湯沢駅から、ほくほく線を経由して、富山・金沢方面へ向かう特急列車を思い浮かべる人も多いかと思うが、もともとは、上野駅から上越線経由で金沢までを結ぶ特急列車の名前だった。(運転開始直後は信越本線経由)特急「はくたか」は、上越新幹線開業と引き換えに廃止になり、今回運転された「懐かしのはくたか号」は、上越新幹線開業25周年を記念して企画された列車だ。

上野駅13時25分発の高崎線普通列車の乗り込み、高崎線を下っていく。沿線は、どこも人がいっぱいとの情報が入ってきた。とりあえず、私は行田へ行こうと思ったのだが、途中駅で待機している同業者の姿に圧倒され、行田へ行くことを断念。結局は、比較的人が少なめだった鴻巣で下車。この駅の2・3番ホーム下り方から撮影する事にした。上り・下りのホームの位置が若干ずれているため、ホームも多少写ってしまうのだが、この際贅沢は言っていられなかった。

普通列車3本で練習し、待つ事20分ほど。ようやく前方より489系「はくたか」の姿が見えてきた。

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上越新幹線開業25周年を記念して企画された団体臨時列車「懐かしのはくたか号」 上野・金沢方先頭車は絵入りのヘッドマーク

今回の「懐かしのはくたか」には、JR西日本の489系急行「能登」用編成を使用している。上野・金沢方先頭車のヘッドマークは、新幹線開業前に走っていた「はくたか」と比べると、若干、ブルーの色が違うような気もするが、当時の雰囲気は充分に出ていると思う。

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長岡方先頭車は、文字のみのマークを掲出。

「懐かしのはくたか号」、新潟県中越沖地震の影響で、当初はほくほく線経由での運転も計画されたが、その後の懸命な復旧作業の結果、当初の予定通り、長岡経由での運転が実現する事になった。今日は、上野到着後、尾久車両センターに回送。明日の朝、再び出庫し、金沢を目指して走り出す事になっている。

撮影後、画像をチェック。上りホームの屋根が多少気になるが、まあまあの仕上がり。ボンネット車の余韻に浸りながら撤収作業をして、次の目的地へと向かった。

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西日本の安全を守る検測車 キヤ141

8月16日の夜、福知山駅で113系を撮影していた時、1番線に見慣れないステンレスの車両が入線して来た。

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夜の福知山駅に突然現れたキヤ141系。

この車両、キヤ141系と言い、JR西日本が2006年2月に2編成4両を投入した検測車両である。JR西日本では、これまでマヤ34やキヤ191、クモヤ441443と言った、国鉄時代からの検測車両を使用してきたが、いずれも老朽化が進んできた事から、次世代検測車両を、電化・非電化を問わずに走行できるように、気動車として作る事になった。キヤ141+キクヤ141の2両1組となっており、1両はキクヤという形式からお解かりの通り、エンジンは載せていない。現在、この車両は、軌道と信号系統の検測を担当しており、マヤ34とキヤ191を置き換えるような形となった。将来的には、架線検測用のクモヤ441443も、この車両を使って置き換える予定との事で、その際には、架線検測用車両が増結され、3両編成になると言う。

新しい検測用車両のキヤ141系。この車両の運転予定は、鉄道ダイヤ情報にも掲載されており、今回の関西遠征時に8月18日の昼間に撮影予定だったのだが、それよりも前に福知山で目撃してしまったのだった。(と言うよりこの列車の存在自身を忘れていたかも?)

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ちょっとだけ加古川線に乗ってみる

では、再び関西遠征記に戻ります。

姫路で、播但線・姫新線の車両を撮影した後は、再び新快速で加古川へ。ここから三木鉄道を訪ねる為、厄神まで加古川線に乗る事にした。

加古川線は、山陽本線の加古川駅から、福知山線の谷川駅までを結ぶローカル線。長年に亘り、ディーゼルカーが活躍してきたが、2004年12月に全線が電化され、103系改造車と両運転台1M車の125系電車が活躍するようになった。姫路から加古川に到着すると、加古川線ホームには、103系による西脇市行きが停車していた。

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三木鉄道を訪ねる為、厄神まで加古川線に乗る事に。私を出迎えてくれたのは、加古川線用に改造された103系電車だった。

加古川線の103系は、播但線の103系同様、体質改善工事を実施しており、さらに前面も103系にしては珍しく貫通形としているため、103系らしくない出で立ちとなっている。この車両は、首都圏の常磐快速線で採用されていたエメラルドグリーンのカラーとなっているが、加古川線の103系には、西脇市在住の美術家、横尾忠則氏がデザインしたラッピング車両が、4本存在するが、遭遇する事はできなかった。

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姫路駅の播但線・姫新線ホーム

2006年3月より、山陽本線(JR神戸線)が高架ホームに切り替わり、イメージが一新された姫路駅であるが、姫路駅より分岐する播但線と姫新線に関しては、今でも地平の古いホームからの発着となる。せっかく来たので、腹ごしらえをした後は、地平のホームから発着する播但線と姫新線の様子も見に行く事にした。

まず、播但線の発着する31~33番線へと向かう。この数字のつけ方は、何となく京都駅に似ている。エスカレーターや連絡通路などを歩き続けると、播但線ホームが見えてきた。ちょうど寺前行き普通列車が発車待ちをしていた。

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山陽本線が高架ホームに移っても、未だ地平ホームから出発する播但線。32番線には、普通列車寺前行きが発車待ちしていた。

播但線は、姫路駅から山陰本線の和田山駅までを結ぶローカル線。平成10年に、姫路~寺前間が電化され、ご覧の赤い103系電車が専用車両として活躍している。ラッシュ時間帯は、221系による運用もあるようだが、基本的には、この103系が専門だ。播但線は、更に城崎温泉・浜坂方面へ向かう特急「はまかぜ」が経由する事で知られているが、途中まで電化された播但線で、全区間直通運転を実施する列車は、今では特急「はまかぜ」のみなっているようである。

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姫路駅の立ち食いそば

さて、加古川駅で貨物列車を撮影した後は、そのまま下り列車に乗り込み姫路へ。そろそろ時間もお昼と言う事で、昼飯を食べる事にするのだが、姫路と言えば、あのお店と言う事で、あの有名な立ち食いそばを食べる事にした。

姫路駅の立ち食いそばは、知る人ぞ知る名物そばで、かん水を用いた独特の麺で、日本そばと言うよりも中華麺のような麺となっている。実は、私自身、姫路駅のそばを食べるのは、今回が初めて。前から「美味しい」と言う評判は聞いていたので、一度は食べてみたかったのだった。

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8月18日の昼食は、姫路駅の立ち食いそば。

この日、関西地方は猛暑。何となく熱いものは食べたくなかった時に、私の目に飛び込んできたのが、季節限定の「冷やしえきそば」の看板。見た目も涼しげなこの限定品を注文してみた。

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夏季限定の冷やしえきそば

早速試食。あっさりした味付けで食べやすい。麺は、本当にラーメンに近いので、和風の味付けで大丈夫なのかと思ったのだが、いざ食べてみると、これがなかなか合っている。なるほど、この辺りが人気の秘訣なのかな。

初めて食べた姫路駅のえきそば。ちょっと癖になってしまうかもしれない。

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本線の221系を撮影する

では、再び関西ネタに戻ります。

8月18日、この日は、まず西宮からスタートする。西宮に向かったのは、ある車両を撮る事が目的だったのだが、鉄道ダイヤ情報を読み間違えて、西宮は空振りだった。

空振りとはいえ、せっかくここまで来たのだから、何か撮影していこう。ちょうど上り列車の撮影が順光になるので、下りホームから撮影してみた。外側の列車線は、架線柱が邪魔になるが、内側は全く問題なく撮れるので、各駅停車と快速を中心に撮影した。

実は、前日より少々気になる事があった。今までであれば、快速電車と言うと、221系が目立っていたのだが、今回の遠征では、確実に223系が目立っているのを感じた。一説によると、本線の快速系列車を、近い将来223系に置き換え、221系を他線区に転用させるらしい。既に、今年度も223系2000番台車が、本線に継続して増備されている。今回は、近い将来、本線から姿を消すであろう221系の勇姿を、朝の本数の多い時間帯に、撮影する事にした。たまたま運が良かったのか、あるいは当日朝発生した、草津駅での人身事故の影響か、221系の快速は、すぐにやって来た。

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登場から今年で18年、本線で活躍を続ける221系。最近では、223系が快速にも進出してきており、221系も他線区への転用が計画されている模様。

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九州への夢を乗せて・・・快速「ムーンライト九州」

さて、餘部からの帰り道、篠山口より、あの男に捕まり、そのまま一緒に大阪へ。大阪に到着してから、私にはどうしても撮りたい列車があった。それは、大阪駅を22時7分に出発する、臨時快速「ムーンライト九州」である。

「ムーンライト九州」は、青春18きっぷの時期に合わせて運転されており、この夏も7月20日から8月19日(新大阪駅発基準)までの運転である。車両は、JR西日本の14系客車「シュプール・リゾート」編成での運転であるが、関東在住の私にとっては、たとえ国鉄色ではなくても、14系客車使用の客車列車には魅力を感じる。私は、出発時刻に合わせて5番線ホームへ移動。撮影準備に入った。5番線には、223系による快速電車が入線しており、223系の快速列車が発車してから、「ムーンライト九州」出発までの2分間が勝負となる。

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九州を目指す若者たちの夢を乗せて走る、臨時快速「ムーンライト九州」

やっぱり、客車列車には電車に無い魅力を感じさせる。こう言う光景は、いつまでも残してもらいたいものだ。

さて、22時を過ぎた大阪駅と言えば、もう一つ、東京へ向かう寝台急行「銀河」がある。とりあえず、この列車も撮影しておいた。

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大阪から一路東京を目指す、寝台急行「銀河」

この日の「銀河」の牽引機は、JR東日本のEF65 1100号機。先に撮影した「ムーンライト九州」と合わせて、EF65 PF形の魅力も堪能する事ができた。

この後、私は遅い晩飯を摂り、宿泊先である淀屋橋の東横インへと向かった。

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余部橋梁を訪ねて

8月17日、この日は、今回の旅行のメインとなる余部橋梁を目指す。

朝8時5分ごろ、福知山駅前のホテルを出発。駅のコインロッカーに荷物を一つ預けた後、構内のコンビニで食糧を買い込む。そして、改札口にて青春18きっぷに日付を入れてもらい、8時20分発の豊岡行きに乗り込んだ。この列車で終点豊岡へ。豊岡から始発の浜坂行きに乗り換え、現地の餘部駅(橋梁は「余部」ですが駅名は「餘部」となっています)に到着したのは、10時51分だった。

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8月17日、橋梁の架け替えで注目を浴びている余部橋梁を訪れてみた。

橋梁の架け替えで、一般の観光客からも注目を浴びている餘部。普段は無人駅なのだが、昼過ぎ頃まで、JR西日本の社員が臨時改札口を作っており、駅構内ではオレンジカードなどの販売も実施していた。

私は、まず最初に撮影ポイントであるお立ち台へと向かう。階段を上がって、お立ち台に向かうと、次の列車の通過に備えて、数名の鉄道ファンがカメラを構えていた。とりあえず、鉄橋全体の撮影からスタートする。

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まずはお立ち台から余部橋梁を撮影。

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