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あれから10年

高崎ネタが続いてしまいましたが、もう一つ書き忘れていたことがあったので、お伝えしておきます。

4月7日の午前中、高崎駅に降り立った私は、駅構内の花屋さんで買い物をして、両毛線の伊勢崎行きに乗り換えた。この列車で目指す場所は新前橋駅。上越線でも吾妻線でも良かったのだが、たまたま次に出る列車が両毛線だったので、この列車を選んだ。伊勢崎行きが発車する5番線へ向かうと、湘南色の115系が停車していた。

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高崎から乗車した115系による両毛線伊勢崎行き。一見すると普通の115系だが・・・

ホームでの撮影を終えて車内に入り、車両番号を見る。その瞬間、この編成がこの地では変わった部類に入る車両である事に気が付いた。

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乗車した車両は、クモハ115-1566。

クモハ115の1500番台車ということで、この車両はモハ115の先頭車改造車である。実は、高崎車両センターには、クモハ115の1500番台車は、これ1両しかいない。この時点でも特殊な車両と言えるのだが、実はこれ以外にもこの編成には大きな特徴がある。

今から10年前。平成9年の今頃は、長野新幹線開業と引き換えに廃線となる碓氷峠区間にファンが殺到していた。俗に言う「碓氷峠ブーム」である。私も何度か碓氷峠に足を運んだが、本当に最後の1年間は全国各地からファンが訪れていた。そして惜しまれながらも最終日である9月30日を迎える。その最終日の夜に、長野から高崎まで、いつも通り、峠越えの普通列車が、長野総合車両所(現:長野総合車両センター)の115系3連で運転された。列車はいつも通りなのだが、この列車が終点の高崎に着くと、いつもとは違うものがある。この列車、高崎へ到着すると、もう長野に帰ることが出来なかったのだ。翌日からは、信越本線の高崎~横川間の列車は、全て当時の新前橋電車区(現:高崎車両センター)の車両で運転される事になり、そのままでは車両が不足する事になる。その不足分を解消するために、長野から峠を降りてきた車両が、そのまま新前橋電車区へ転属となった。その最終日に碓氷峠を通って、そのまま転属扱いとなった車両が、今回乗車したクモハ115-1566を含む3両なのだ。

今年は碓氷峠区間廃止から10周年を迎える。そんな時に偶然にも遭遇したクモハ115-1566。僅か3駅の乗車であったが、10年前の思い出が蘇ってきた。今年の秋は、久しぶりに碓氷峠に行ってみるかな?

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コメント

高崎駅に115はよく似合いますよね。両毛線の各駅も同様。
いつまでもこんな風景が見られればいいなぁ、と無理を承知で妄想しとります(^^;

投稿: ぼうず | 2007/04/12 23:14

ぼうずさん、コメント有難うございます。

仰るとおり、高崎には115系、それも湘南色の車両がとても馴染んでいます。私も高崎駅に降りる度に、この車両を見ると何となくホッとします。

でも、そんな光景がいつか見られなくなる日が来るでしょうね。

投稿: TOMO | 2007/04/13 07:59

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