懐かしの首都圏色復活!関東鉄道キハ101を撮影する
三連休初日となった今日は、残暑厳しい暑い1日となった。
先日の秩父鉄道での国鉄色復活に続き、茨城県を走る関東鉄道でも、所有する元国鉄キハ30のキハ101を首都圏色に復活させ、本日開催されるイベントでお披露目運転をする事になった。幼い頃より、拝島駅で八高線のキハ30系を見てきた者として、首都圏色のキハ101をどうしても見ておきたい。私は、関東鉄道に向かった。
実は、私自身、関東鉄道は今日が初乗車となる。自宅のある東村山市からはどうやって現地入りするか。考えた末に、武蔵野線で南流山へ行き、そこから、つくばエクスプレスで守谷へ。守谷より関東鉄道に入る事にした。関東鉄道は取手から出発するが、このキハ101を使用したイベント列車は、守谷~下妻間での運転と言う事が、つくばエクスプレスでの現地入りを決定付けさせた。
南流山からTXに乗り換えて、守谷に到着したのは11時ごろの事。途中の南流山からは、くましげさんと一緒になった。守谷から関東鉄道に入るが、この後の予定もあったので、とりあえず車両基地のある水海道までの乗車券を買ってホームへ。ホームの下館方先端には、キハ101の入線を撮ろうとするファンが10名ほど待機していた。とりあえず、私とくましげさんは、次の下り列車で一駅、新守谷駅へ移動し、同駅で送り込みの回送を撮影する事にした。10分ほど待った後に、前方より、懐かしい首都圏色のキハ101が見えてきた。カメラを構えるが、後ろから下り列車が迫ってきた。これは被られるか。際どいタイミングであったが、どうにかキハ101の入線シーンを撮影する事ができた。
秩父鉄道1000系に続き、関東鉄道キハ101が国鉄色(首都圏色)に復元。
この車両も、関東鉄道入りに際して、冷房改造などを行っているのは、秩父鉄道の1000系と全く同じ。しかし、さすがは元国鉄の車両。こうやって首都圏色に塗り替えると、冷房を積んでいても全く違和感が無い。まさにキハ30そのものである。
キハ101は、新守谷でも少々停車。前後でヘッドマークも微妙に異なっていた。僅かながらの停車時間のお陰で、落ち着いて撮影する事ができた。
この後、キハ101の下り下妻行きを撮るのだが、この列車に先着できる水海道行きは既に出発しており、先回りは不可能。そこで、下妻行き団体臨時列車もここで撮影する事にした。
守谷で折り返してきたイベント列車が新守谷に差し掛かる。
下妻行きのサボも良い感じ。
下妻へ向けて新守谷を出発!
さて、この後は、車両基地のある水海道へ往復してみる事にした。後続の普通列車でノンビリ移動。水海道手前で、車両基地があり、様々な車両を見る事ができた。一旦、水海道へ移動した後に、車内からではあるが、車両基地内に停車中の車両を撮影してみた。
車両基地内に並んだ、元国鉄キハ30形の改造車たち。
左側のスカ色みたいな車両は、キハ102と言い、2両ある旧キハ30を改造したワンマン単行運転用車両。普段は水海道~下館間で使用されている。一応、常総筑波鉄道時代の塗装にしているそうだ。
車両基地内に並ぶ車両たち。スカイブルーの車両は、昨年、映画のロケ用に塗られた車両。旧国鉄標準色のような車両は、関東鉄道の旧塗装に復元した車両。
映画のロケ用に京浜東北線を模したスカイブルーに塗られた気動車。さらには関東鉄道の旧塗装車両。今日は時間が無いので撮影できなかったが、いずれは、これらの車両もしっかりと撮影しておきたい。そう思いながら、守谷へと戻り、つくばエクスプレスに乗り込んだ。
最後に今日撮影した関東鉄道の他の車両。
現在の関東鉄道の主力車両、キハ2100系。新守谷駅にて。
国鉄キハ10・20の部品を流用して製造されたキハ0系。水海道駅にて。
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くましげの日記帳さん
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コメント
こんばんは。私の場合は川越線で活躍していた頃のキハ30系を思い出しますね。八高線同様川越線もキハ30系の天下でしたが、最晩年の頃は元ステンレス車900番台や越後線から転属してきた500番台などいろいろな種類のキハ30系がいて、今思えばバラエティに富んでました。もちろんカラーは首都圏色で、当時はこれが当たり前でしたが、今となっては懐かしいカラーですね。
関東鉄道も久しく訪ねてないので、TOMOさんの記事を読んでいるうちに足を運んでみたくなってきました(^^)。
投稿: mattoh | 2007/09/16 21:43
mattohさん、コメント有難うございます。
川越線は、八高線より一足先に電化されましたが、電化前は確かにキハ30の天下でしたね。八高線もそうでしたが、あの頃は、500番台や900番台など、様々な車両が混合で使われていまして、趣味的に見ても面白かったですね。
ちなみに、私自身、川越線電化記念の「さよなら川越線気動車列車」とか言う団臨に乗車した事があります。大宮から高崎線・八高線・川越線と経由して大宮へ戻ってくるもので、キハ30系の6両編成での運転。両先頭車は900番台だったと思います。肝心な川越線は、最後の部分だけと言う異色な列車でしたが、大宮~高崎間の高崎線を、キハ30系が自力で走ると言うこの列車、今考えてみると、かなり貴重な列車だったのではないかと思います。
さて、関東鉄道ですが、まだ京浜東北線カラーの車両もいたり、とても面白い路線です。私もいずれ改めて訪問してみたいと思っています。
投稿: TOMO | 2007/09/17 23:25