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キハ66・67系国鉄色編成と出会う

軍艦島への上陸を果たした12月12日午後のお話。

早くも東京へ戻るつぐみさんを見送る為、長崎駅に立ち寄ってみた。改札を入場し、停車していた885系「かもめ」のところまで行き見送ったのだが、その際に、1番線に国鉄色の車両が停まっているのを確認した。そこで、「かもめ」が出発した後、1番線が見渡せる0番線へと移動し、停車していた国鉄色車両を撮影する事にした。

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長崎駅1番線にて出発を待つキハ66・67系国鉄色編成。

前日、小倉駅で撮影した415系と同様、このキハ66・67系もミレニアム企画で登場した国鉄色復刻車両で、キハ66・67系としては記念すべきトップナンバー編成が、国鉄色編成となっている。

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キハ67側からも撮影してみる。

キハ66・67系は、1975年、山陽新幹線博多開業に合わせて、筑豊地区の輸送改善を図る為、30両が製造された。当時の一般型気動車では、初めて冷房装置を搭載した他、座席を転換クロスシートとして、客室設備を向上。当時の国鉄としては、かなり画期的な車両であったと思う。長らく、筑豊地区で活躍を続けてきたキハ66・67系だが、2001年の筑豊本線・篠栗線の電化(現在は福北ゆたか線と言う愛称が付けられている)に伴い、30両全車が、長崎鉄道事業部長崎運輸センターに転属。現在は、大村線・佐世保線(早岐~佐世保間)・長崎本線(長崎~諫早~湯江間)で活躍している。

さて、キハ66・67系国鉄色編成が充当されていた列車は、長崎駅を14時39分に出発する長崎本線の長与行き普通列車である。こう書くと、電化されている長崎本線の普通列車に、なぜ気動車?と思われる方もいらっしゃるかと思うが、これには訳が有る。

長崎本線は、喜々津~浦上間でルートが2つに分かれている。一つは、大村湾側を長与駅経由で結ぶ旧線。もう一つは、市布~現川間にある長崎トンネル経由する新線である。新線は、1972年に開業。その4年後には電化され、特急列車も通過するが、長与経由の旧線は、電化されていないため、大村線と同様、キハ66・67系が活躍している。

この後、まだ長与行きの出発まで少し時間が有ったので、今度は1両ずつ形式写真的に撮影してみた。

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キハ66 1

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キハ67 1

今ではすっきりしてしまった、キハ66・67の屋根上だが、デビュー当時は、双方の連結面付近の屋根上に放熱器があった。それぞれの車両の車端部の屋根が低くなっているのは、放熱器が有った頃の名残である。

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キハ66・67の連結面も撮影してみた。

ここまで撮り終えた時点で、長与行きの出発時刻となった。私は、キハ66・67の国鉄色編成を最後まで見送る事にした。重苦しいエンジン音で出発して行く姿が、いかにも国鉄型車両だなと思ってしまった。

ふらっと立ち寄ったおかげで撮影出来たキハ66・67系の国鉄色編成。この他にも「シーサイドライナー」色と「ハウステンボス」色があるが、今回撮影出来たのは、なんと、この国鉄色編成のみであった。長崎駅に隣接した車庫内には停まっているのを見ていたのだが、まだ撮れるなあと撮影しなかったら、結局撮影しそびれてしまったと言うオチ。まあ、これらは次回訪問時の楽しみとして残しておこう。

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コメント

キハ66・67形式はローレル賞受賞車両なのに、いまいちめざましい活躍がなかったですね。投入想定線区が早々に電化されてしまったためでしょうか・・・。
同年の受賞に東急8500形式があります。このまえ、私はちょうどローレル賞の名盤を付けた車両に乗車しました。
こちらはまだまだ老け込む感じではなかったですね。

投稿: バイシ | 2010/12/17 11:21

あの連結面のゴツゴツとした配管に九州色、あの頃が一番好きでした。日田彦山線の快速列車で活躍中の時に、普通列車と臨時快速列車「ふるさとライナー九州」を乗り継いで行った記憶があります。

投稿: 岩崎友裕 | 2010/12/17 21:21

この3話、涙モノでした。
生まれは北九州。幼心にキハ66・67がデビュー。
憧れの車両でしたが、多分一度も乗らず親の転勤で上京。
今の職業は建築家。軍艦島行ってみたいです!
当時の電車は低運含めてあの色でした。
1編成しかないのに捕えたなんて羨ましすぎ。
昨年(ゆふいん)一昨年(富士はやぶさファイナル)と旅行しましたが、すれ違いもしませんでした。
幸運に脱帽です。

投稿: わるわる | 2010/12/18 01:21

皆さん、コメントありがとうございます。またコメント返しが大幅に遅くなりまして、申し訳ございません。

>バイシさん
キハ66・67はローレル賞受賞車両でしたか。最初の投入線区である筑豊地区の一部路線が電化されたのは、JR化後の話ですから、長い間、筑豊地区の顔として活躍していたのですが、投入された場所が地味だったのでしょうかね。キハ66・67の活躍ぶりと言うのは、意外と話題にならなかったですよね。

>岩崎友裕さん
ディーゼルカーなのに、屋根上に集中式クーラーが載ったり、連結部にあった機器は、普段首都圏で見るディーゼルカーとは趣も違って、個性の強い車両ですよね。

>わるわるさん
九州旅行記前半編、お楽しみいただけたようでなによりです。まだまだ書きたい事がはあるのですが、なかなか時間が取れなくて申し訳ないです。これより古い物も書かなくてはいけませんし。続編も必ず書きたいと思いますので、気長にお待ちくださいませ。

投稿: TOMO | 2011/01/12 02:49

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