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流鉄「若葉」のさよなら運転を撮影

さて、練馬駅で「ローズエクスプレス」を撮影した後に向かった先は、流鉄沿線である。

西武鉄道からの譲渡車で運転されている千葉県の小さな私鉄、流鉄。この度、元西武鉄道の101系を改造した3000系「若葉」が引退する事となった。「若葉」は、同線に残った最後の3両編成。今や殆ど出番も無く、先に引退して行った3両編成の車両と同様、「若葉」も最終日となる5月15日しか撮影チャンスは無く、午後から沿線に出向き、撮り納めをする事になった。

途中、西日暮里駅付近で昼食を摂り、そのまま東京メトロ千代田線~常磐線の直通列車で馬橋へ。到着後、流鉄乗り場へ向かうと、ちょうど入って来た流山行きが、この日の主役である「若葉」だった。早速、鰭ヶ崎までの乗車券を購入し入場。まずは、乗車前に、ホーム上から「若葉」を撮影する事にした。

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この日を以て引退する事になった流鉄3000系「若葉」

「若葉」には、御覧のように引退記念のヘッドマークの他、西武時代に使用されていた種別札「快速」を模した「惜別」と言う札が下げられていた。「惜別」札に関しては、先に引退した3000系「流星」のさよなら運転の時にも使用されていたが、今回の「若葉」も、「流星」同様に、午後から「惜別」札が掲出されたようだ。

車内及びホーム上には、「若葉」の引退を惜しむファンが数多く集まっていた。あまり時間も無い事から、馬橋駅では手短に撮影を済ませて、流山方の先頭車であるクモハ3002の車内へ。車両の真ん中付近の座席に腰を下ろすと、ドアが閉まり、流山に向けて出発して行った。

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練馬駅停車!特急「ローズエクスプレス」を撮影

5月15日のお話。

西武ドームでは、今年も5月11日から16日まで、国際バラとガーデニングショウが開催された。第13回目を迎えた恒例のイベントであるが、このイベントに合わせて、西武鉄道では、臨時特急列車「ローズエクスプレス」を、池袋~西武球場前間に、平日3往復、土曜・休日4往復運転している。この「ローズエクスプレス」の注目すべき点は、何と言っても練馬駅に停車する事。普段は準急・通勤準急・快速しか停車しない練馬駅に、特急列車が停まると言うのは、異例の措置である。

そこで、今年も練馬駅に停車する臨時特急を撮影するため、出かける事にした。ただ、今年はタイミングが悪く、13日から14日までは職場の慰安旅行があった為、15日しか撮影できない。そして、15日も午後は他に予定があった為、撮影できるのは午前中のみ。更に、前日の疲れがたまっていたのか、寝坊してしまい、下り最終の「ローズエクスプレス」の練馬到着にギリギリ間に合うかどうかというタイミングになってしまった。

地元、萩山から所沢経由で練馬へ。乗り合わせた準急列車は、練馬駅に「ローズエクスプレス」の発車2分前に到着する。時刻通りの運転で有れば間に合う筈。そう思って練馬駅へ。その思惑通り、特急よりも先着出来た。あとは、準急が出発してくれればいい。準急電車が動き出した瞬間、前方を見ると、特急列車が見えてきた。このタイミングでは被られてしまう・・・そう思い、ホームのやや中程へ移動。準急列車が完全に出発してからカメラを構えると、特急列車は、すぐそこまで来ていた。

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練馬駅に進入する臨時特急「ローズエクスプレス」

島式ホーム2面6線の構造となっている練馬駅。外側の2本の線は、急行線となっており、練馬駅を通過する急行・快速急行・特急は、この急行線を通過して行く。その為、特急用の10000系車両が、内側の線を走行するのは、この「ローズエクスプレス」ぐらいだろうと思う。

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練馬駅停車中の「ローズエクスプレス」

「ローズエクスプレス」は、練馬駅に1分ほど停車した後、西武球場前駅へ向けて出発して行った。入線時の撮影が、やや中途半端だっただけに、心残りの撮影となったが、午後の予定もあったので、気持ちを入れ替え、次の目的地へ向けて練馬駅を後にした。

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西武 芝桜臨に伴う急行西武秩父行きを撮影

西武沿線の春の風物詩としてすっかり定着した、秩父の羊山公園の芝桜。西武鉄道では、毎年、芝桜の開花に合わせて、西武鉄道では、臨時列車を増発して対応しているが、今年は、3月11日に発生した、東北地方太平洋沖地震の影響により、節電ダイヤが続いており、特急列車の運転見合わせなども続いていた事から、例年通り、芝桜臨が運転されるかどうか、気になっていたが、4月18日より、平日でも特急列車の運転が再開され、更に23日からは、芝桜の開花に合わせた臨時列車の運転も開始された。

そこで、今年も、芝桜の開花に合わせて運転される急行西武秩父行きの撮影に出かける事にした。まずは、4月24日のお話。

芝桜臨運転開始2日目となったこの日。急行西武秩父行きとなるのは、2103列車と2107列車の2本。通常は、急行飯能行きとして運転される列車である。前日までの疲れから2103列車には間に合わず、2107列車の撮影をする事に。向かった先は、西所沢駅の1番ホームである。

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芝桜ダイヤによる急行西武秩父行き。今年最初の芝桜臨の撮影は、2000系による急行西武秩父行きだった。

思えば、昨年もここで急行西武秩父行きを撮影していた。あの時と、同じようなアングルではあるが、この日撮影した急行西武秩父行きは2089F。数を減らしてきたパンタグラフ2基搭載の8両固定編成である。LED対策で、シャッター速度を125分の1にして撮影したが、どうにか「急行西武秩父」と言う文字は写ってくれた。

この後、私は飯能方面へと向かった。実は、1本目の急行西武秩父行きに303Fが充当され、その後は飯能~西武秩父間の折り返し運用に入っていると聞いたためである。下り電車で飯能に到着すると、今度の西武秩父行き(5021列車)は4000系の8連。しかし、その30分後の列車は3ドア車で運転と表示が出ていた。303Fの可能性が高い。そこで、この電車に乗って高麗へと行き、3ドア車の飯能行きを撮ろうと考えたのである。

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5028列車に充当中の303F。

高麗駅に進入する303F。最近では、休日朝の快速急行西武秩父行きも、4ドア車で運転されるケースが多く、3ドア車が、飯能以遠で走る姿も珍しくなった。来年の芝桜臨では、3ドア車の活躍が見られるだろうか。

この日は、この後、武蔵横手まで入り、ヤギの姿を眺めてから戻った。

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西武新宿線 295F+311Fの優等列車を撮影

西武鉄道では、東北地方太平洋沖地震の影響による節電の為、平日ダイヤも土曜・休日ダイヤも、日中の一部時間帯の列車の運転を削減した節電ダイヤで運転されているが、ゴールデンウィーク期間中の土曜・休日は、所定のダイヤで運転された。その為、西武拝島線では、運転を見合わせていた拝島快速も運転され、ダイヤも活気が戻ってきた。

そんな中、西武新宿線では、295F+311Fによる3ドア10両編成の優等列車が運転されるようになった。3月のダイヤ改正以後、新宿線から池袋線へ、101系の2両編成2本(281Fと285F)が池袋線へ異動。更に、301Fと2067Fのトレードが行われ、その結果、新宿線で運用できる101系の電車は、2両編成の295Fと、8両編成の311Fのみ。この2本が手を組み、10両編成で運転している。どうやら、20000系の代走らしいが、これはしっかりと記録しておきたい。

ゴールデンウィーク最終日となる5月8日の事。この295F+311Fが優等運用に就いていると言う情報をキャッチ。これからの運用を追ってみると、拝島快速も含まれていた。まずは手始めに急行から撮影することに。どこで撮影しようかと悩んだが、この時点でまだ撮影していなかった、池袋線のライオンズ応援電車(20106F)の撮影も視野に入れて、航空公園駅で撮影する事にした。現地到着が、295F+311Fが充当される2658列車の2分前到着と言う、相変わらずギリギリのタイミングであるが、撮影には支障なかった。

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航空公園駅に進入する295F+311F。

新宿線での3ドア車10両運用と言うと、これまでは、2連が本川越方に連結される事が多かった。と言うのも、以前は、ラッシュ時間帯に10両編成で走り、いったん、南入曽車両基地に入庫した後、2連を切り離して、8連となって出庫と言う運用が、かつて存在していたからで、2連を本川越方に連結しておいた方が、入替もしやすいと言う事から、このようなパターンが良く見られたのだが、今回のように代走となれば、入替を考慮する必要もないと言う事か、池袋線のように前パンスタイルとなる傾向が多い。今や、本線での3ドア車自体が減ってしまっているだけに、前パンだなんだと贅沢を言っていられる場合ではないが、やっぱり前パンには魅力を感じる。

この後、所沢駅で20106Fを撮影した後、駅周辺で昼食休憩。そして、2658列車の折り返しとなる拝島快速を撮る為、地元、萩山のカーブへと向かう。この時間帯ならば、順光で撮れる筈。そう思って場所を選んだのだが、見事に曇ってきてしまった。それでも、このカーブで狙おうと言う人は多いようで、私が現地に到着した時は、既に2人、カメラを構えている方がいらっしゃった。

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折り返しとなる拝島快速を、萩山のカーブで。

節電ダイヤの為、日中の拝島線優等列車は、急行になっていた。それだけに、私にとっては久々の撮影となった拝島快速。しかも3ドア車10両編成での拝島快速が撮れるなんて、とても有り難かった。

この後、折り返しの上り拝島快速を撮影する事になるのだが、やはり前パンできちっと編成を入れたい。どこにしようか考えたが、結局落ち着いたのが、小川~東大和市間の直線。小川駅から歩いて、小川7号踏切へと向かった。完全に逆光となる時間帯。曇っていたので良いかと思っていたのだが、急に晴れてきてしまった。それでも、通過直前に少し曇って来て、幾分良くはなったのだが・・・

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折り返し西武新宿へと向かう295F+311F。

画像を見ると、やっぱり思ったよりも黄色は出なかった。まあ、前パンの拝島快速が撮れたのだから、これで良しとしなくては・・・

久々に撮る事が出来た新宿線の3ドア10両。しかも前パン。ダイヤ改正で、101系の2連2本が池袋線に異動した事で、もう見られないと思っていたのだが、295Fがしっかり残った為、今後も、4ドア車の10両固定編成に不足が生じた時などには、このような3ドア車による10両編成が見られるかもしれない。それでも、いつまで見られるか解らないだけに、運転される機会があれば、後で悔いが残らないように、しっかり追跡しようと思う。

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埼玉西武ライオンズ応援電車を撮影

計画停電の影響を受けて、西武ドームでの試合開催を自粛していた埼玉西武ライオンズ。計画停電も一段落し、いよいよ5月3日より、本拠地、西武ドームでの試合が開催されるようになった。

西武鉄道では、埼玉西武ライオンズの地元凱旋に合わせ、5月3日より6月1日までの間、池袋線で運用中の20000系(20106F)と30000系(32101F+38103F)を、「埼玉西武ライオンズ応援号」として、ヘッドマークを掲出して運転している。

このヘッドマーク付き電車を、外出した際に撮影できないかと狙っていたが、運良く2本とも撮影する事が出来た。

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32101F+38103F「埼玉西武ライオンズ応援号」 2011年5月5日、所沢駅にて撮影。

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20106F「埼玉西武ライオンズ応援号」 2011年5月8日、所沢駅にて撮影。

32101F+38103F、20106Fとも、偶然ではあるが、所沢駅3番ホームで撮影する事となってしまった。ほぼ同じアングルでの撮影だけに、新鮮味は無いが、ヘッドマーク付き編成の撮影は、見つけた時に撮影するのが一番なので、今回は、遭遇できたことに感謝しながら、それぞれ同じ場所で撮影した。

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池袋線系統の運用に就いた西武10112F

JRネタが暫く続きましたが、地元、西武鉄道ネタもしっかりと撮影はしています。ここから暫くの間、西武ネタを続けて行こうと思います。お付き合いくださいませ。

東北地方太平洋沖地震発生後、西武鉄道では、電力不足に伴う計画停電に対応するため、節電ダイヤで運転をしている。震災後は、暫くの間、特急列車の運転も中止していたが、4月1日より、ようやく土曜・休日ダイヤのみ、特急列車の運転が再開された。そして、秩父の芝桜の開花も近くなった4月18日以降からは、平日も特急列車の運転が再開された。

そんな中、4月22日頃より、新宿線で運用されていた10000系10112Fが池袋線へ異動した。当初は、芝桜輸送対応かと思ったが、新宿線へは、池袋線から10104Fが異動していると言う。貸し出しなのか転属なのか、なんとも断言できないが、特徴のある編成なので、他の編成との違いもはっきり分かるので、出来るだけ早いうちに撮影しておこうと思っていたところ、4月25日に早速捉える事が出来た。

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ちちぶ11号に運用中の10112F。2011年4月24日、西所沢駅にて撮影。

この日、私は、芝桜臨(急行西武秩父行き)を撮影するため、西所沢駅に立ち寄ったが、急行西武秩父行き撮影後、一度は撤収しようとしたものの、知人より、「ちちぶ11号」に10112Fが充当されているとの一報を受け、待機する事に。正面のLED表示を綺麗に写す為、シャッター速度を125分の1に設定して撮影に臨んだ。しかし、高速運転中の同編成を、シャッター速度125分の1で捉えるのは、結構厳しく、上手く写ってくれたのは1枚のみであった。

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ドーム82号に運用中の10112F。2011年5月5日、秋津駅にて撮影。

計画停電の影響を受けて、埼玉西武ライオンズの西武ドームでの試合の開催が遅れていたが、5月3日より西武ドームでの試合が開催されるようになり、今年も野球開催日に池袋~西武球場前間で特急列車が運転されるようになった。5月5日には、この10112Fも、西武球場前発の特急列車に充当された。

10112Fは、10000系唯一のVVVF・回生ブレーキ車両と言う事で、これまでは新宿線でしか使用していなかった。しかし、西武秩父線正丸駅構内に設置された大容量の蓄電設備により、回生ブレーキ車両が、頻繁に入線出来るようになった。その為、同編成も、池袋線で運用できるようになったと言っても過言ではない。西武鉄道の公式サイトを見ると、節電対策として、電力使用効率の高い車両を優先的に使用する事が発表されていること。更に、池袋線の特急は、今後も全列車運転される事。を視野に入れると、10112Fを池袋線に異動させた方が、少しでも節電に繋がると言う判断なのではないかと、個人的には予想している。もし、私の予想が当たっていれば、今後も、同編成は、暫くの間、池袋線系統で使用される事になるのだが、果たして真相は如何に?

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およそ1ヶ月遅れで運転を開始した南武線の快速電車を撮影

さて、米タンの撮影で訪れた南武線では、貨物列車以外にも、撮影しておきたい列車があった。

JR東日本では、昨年より東京メガループ(武蔵野線・京葉線・南武線・横浜線)の利便性向上を目指しており、該当する路線では、快速電車の増発や、他路線との直通運転の拡大などが実施されている。このうち、南武線に関しては、今年3月12日のダイヤ改正から、32年ぶりに快速電車の運転を開始する事になっていた。しかし、ダイヤ改正前日となる3月11日に発生した、東北地方太平洋沖地震に伴う計画停電等の影響を受け、快速電車の運転が中止されていた。その後、4月に入り、計画停電も一段落した事から、当初の予定よりも約1ヶ月遅れとなる4月9日より、快速電車の運転が開始された。

私自身、快速電車の運転が開始されてからの南武線には、この日が初めての乗車となった。そこで、米タンの撮影の合間に、南武線の快速電車も撮影する事にした。しかし、訪れた場所柄、快速と種別を表示して走るのは、上りの川崎行きのみで、下り立川行きに関しては、各停区間に入っている為、通常の立川行きと変わらない姿での運転だった事から、撮影したのは、全て川崎行きである。

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ナハ37編成による快速川崎行き。

山手線からの転用編成となるナハ37編成による快速電車。今回の快速電車運転開始によって、南武線の205系は、先頭車改造車以外の車両も、全て方向幕がLED式になるではないかと思っていたのだが、実際には、御覧のように、新しい方向幕が用意されており、撮影もし易いのが有り難い。

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ナハ10編成による快速川崎行き。

こちらは、南武線生え抜きタイプのナハ10編成による快速川崎行き。正面中央の方向幕の右隣にも、何やら幕があるのがお解りいただけるかと思う。生え抜きの205系には、将来の快速運転を考慮してなのか、種別専用幕が用意されていた。確か当時の鉄道雑誌の新車ガイドには、この小さな幕に「快速」と表示した写真も掲載されていたと記憶しているのだが・・・結局は、この幕が日の目を見る事は無く、行先と種別の両方が表示されるタイプのものになった。

この日、快速電車はあと1本撮影しているのだが、ナハ43編成で、1枚目にご紹介したナハ37編成と同タイプだった。南武線には、他にも209系や先頭車改造をした205系も存在するが、今回は、これらの快速電車は撮影出来なかった。

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祝日恒例 米タンを撮る

5月5日のお話。

祝日の木曜日。弊ブログでは、火曜日と木曜日が祝日と重なった場合、祝日恒例企画として、米軍横田基地への燃料輸送列車、通称米タンの観察が有る。日頃はなかなか撮るチャンスがないこの列車。今回はうまくいくだろうか。

地元、萩山から西武拝島線の電車で拝島へと向かう。いつものように北口側へ出て、駅前の専用線の踏切を渡る。すると、専用線の脇で、カメラ片手に待機している方を発見。間違いなく米タンはやってくるだろう。私は、駅近くの横田2号踏切付近で待機する事に。やがてDE10の汽笛が聞こえてきて、列車の通過が近い事を知る。それから数分後、踏切が鳴り出した。そして、前方よりDE10の姿を確認。ゆっくりと近付いて来たところで撮影を開始する。

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横田基地専用線を行く米タン返空列車

この日、専用線の牽引を担当したのは、DE10 1667号機。貨物更新機のDE10に当たる事は多いので、それ自体は珍しい事ではない。問題は、DE10の後ろに連なる貨車達だ。いつもの黒いタキではない。そう、この日の返空は、米タンとしては新顔となるタキ1000だったのだ。米タンで運用中のタキ38000の老朽化に伴い、米タン用のタキ1000が新製され、昨年中から使用されていると噂には聞いていたのだが、私が撮影に行く時は、いつもタキ38000だった。現在でも、タキ38000は使用されており、タキ1000は、タキ38000の一部を置き換えたに過ぎないようだが、今後は、タキ1000が運用されるケースが多くなっていく事と思う。

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2011年5月12日撮影の貨物列車

では、ここで順番を入れ替えて5月12日のお話を先にやります。

この日、私は仕事で、午後から新小平駅近くの会社へ行く事になっていた。先方には14時30分頃到着予定で連絡をしてあったので、それに間に合うように西荻窪を出発。まずは武蔵野線との乗り換え駅である西国分寺へと向かった。この位の時間に出れば間に合うだろう・・・と言う感じで出て行った事もあって、西国分寺では、あと一歩と言うところで、武蔵野線の電車に乗り継げなかった。まあ、次の電車でも、後の予定に影響は出ない事から、のんびりと待つ事にした。

こんな時、貨物列車でも来ないかなあ・・・淡い期待感を抱きながら電車を待っていると、何やら前方から貨物列車が近付いて来るではないか。しかも中線。慌ててコンデジを取り出して撮影する事に。

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乗り換えの合間に西国分寺で遭遇した貨物列車。牽引機は何とEF64 1047号機だった。

貨物時刻表で調べてみると、この列車は、どうやら倉賀野から川崎貨物駅へと向かう8076列車のようだ。1047号機と言えば、広島更新色を纏っていると言う事で、先日、新座駅で89列車の先頭に立つ姿をご紹介していたが、こんな形で再会するとは思ってもいなかった。

ちなみに、この時点で振り向くと、下りの配給列車も接近していた。

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EF64 1047号機とEF65 1087号機との一瞬の出会い。

背後からやって来たのは配給列車。この列車の牽引を、EF65 1087号機が担当していた。で、同機の後ろに連なる機関車、まず1両目はEH500-6号機だった。そして2両目は、なんとDD51。国鉄色の車両で、853号機であった。貨物時刻表に掲載されている機関車配置表(2011年2月28日現在)によると、この車両は門司機関区の所属となっている。しかし、ネットで検索してみると、3月以降、まず、震災復興関連で設定された磐越西線経由の貨物列車用に、東新潟へ貸し出されたようだ。そして、元の所属区に戻る事無く、愛知機関区に転属となったようである。愛知機関区のDD51の検査は、大宮車両所で実施しており、入場する際には、こうやって大宮まで回送されてくると言う事になる。出場後は、貨物更新色となってしまうのだろうか?

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EH500そしてDD51が連結されている事を解るように、後追いも撮影。

電車を待つ12分間の僅かな時間ではあったが、思わぬ珍客との遭遇で、充分な鉄分補給が出来た。

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大宮駅で寝台特急「あけぼの」を撮影

さて、長々と書いてまいりました5月3日の撮影記も、この記事が最終章となります。もう少しだけお付き合いください。

上信電鉄のデキ、そして、上越線の「DL重連レトロみなかみ号」を撮影してきた5月3日、この日最後の撮影は、大宮駅での寝台特急「あけぼの」の撮影であった。

「あけぼの」は、上野から東北本線・高崎線・上越線・信越本線・羽越本線・奥羽本線を経由して青森まで運転される寝台特急列車である。今や、上野駅に出入りする寝台特急は、「カシオペア」「北斗星」「あけぼの」の3種類のみ。昨年12月の東北新幹線新青森開業に伴い、この「あけぼの」も存続が危ぶまれたが、日本海側を経由して行く事が幸いしてか、当面は存続が決定した。

この日、朝早く、上越新幹線に乗る際、偶然にも大宮駅で上りの「あけぼの」に遭遇していた。牽引していたのは、双頭連結器付きのEF64 1032。その姿を見て、今夜の下り「あけぼの」を大宮駅で撮りたいなあと思っていた。帰宅してから解った事だが、実は、昨年の5月5日にも、1032号機牽引の「あけぼの」を撮影していた。まあ、この時点では、1032号機の「あけぼの」は未撮影だと勘違いしていたのだが・・・

私は、高崎から普通列車で大宮へと向かう。大宮に到着したのは、「あけぼの」発車のおよそ20分前の事。早速、撮影場所となる7番線の高崎方先端へと向かう。この時点で、先客は5名ほど。この日はその後もあまり増える事がなく、あるトラブルが無ければ、撮影し易かった。

21時38分、寝台特急「あけぼの」は、定刻通り8番線に到着。早速撮影を開始する。

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大宮駅8番線に停車中の寝台特急「あけぼの」

日頃は、新津車両所で製造された新型車両や、長野総合車両センターへ向かう廃車車両等の牽引を担当する双頭連結器付きの1032号機。廃車回送を担当する事から、ファンの間では「死神」とも呼ばれる同機だが、こうして、ヘッドマークを掲出して、「あけぼの」の牽引を担当しているときは、少しだけ華やかに見えた。

デキ1から始まり、「あけぼの」で締めた5月3日の撮影。改めて振り返ると、この日の撮影は、昭和の香りのする車両ばかりだった。たまには、こんな日があっても良いかもしれない。

ところで、本文でも軽く触れたように、この大宮駅での撮影には、ちょっとしたトラブルがありました。ツイッターを御覧頂いている皆様は、撮影終了後に、一連の流れをツイートしましたので、事の真相はお解りかと思います。この件を弊ブログでも触れるべきか、かなり悩みましたが、弊ブログを御覧の皆様方にも考えていただきたい事ですので、触れておくことにしました。ただ、ちょっと長くなりますので、ここから先、読みたくないと仰る方は、飛ばしていただいても構いません。

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上越国境を行く新潟色の115系を撮影

さて、5月3日は、「DL重連レトロみなかみ号」の撮影の為に、水上まで行ったが、水上駅到着後、真っ先に向かったのは、水上駅から徒歩10分ほどの所にある利根川の鉄橋付近。この時間帯、数少ない上越国境を越えてくる普通列車がある。その列車については、2008年12月3日付記事でも取り上げているが、最近になって、この列車が2両編成を2本つなげたオールMの4両編成となった事から、改めて撮り直したいと思っていたのである。

水上駅周辺に集まったファンは、皆さん、「DL重連みなかみ号」の機回し作業に夢中のようで、この鉄橋付近までやって来た人は、殆ど無く、この場所で115系を撮影したのは、私の他にはもう一人と言う状況であった。

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利根川を渡る新潟車両センター所属の115系。

国境を越えてきた115系オールM編成。その姿はとても力強く見えた。

この後、DD51の入替シーンを撮った後、昼食。そして、折り返しの長岡行きも撮影予定だったのだが、思わぬ勘違いから食事に時間が掛かってしまい、下り列車の撮影は叶わなかった。

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DL重連レトロみなかみ号を撮影

さて、上信電鉄デキの撮影を終えた私が、続いて向かったのは上越線であった。

JR東日本高崎支社では、このゴールデンウィーク期間中、旧型客車と貴重な機関車を組み合わせたレトロ列車シリーズを運転している。本来であれば、高崎支社の看板でもあるD51を登板させたいところであるが、入場中のC57の代役で新潟へと出張中であることもあり、旧型客車を使ったレトロ列車の運転と言う事に落ち着いたようだ。一連のレトロ列車のうち、この日、高崎~水上間で運転されたレトロ列車の牽引には、DD51形ディーゼル機関車が重連で担当する事になっていた。DD51と旧型客車の組み合わせ。これは是非とも撮りたい。上信電鉄のデキと掛け持ちにしたのであった。

まずは高崎から両毛線の前橋行きに乗車。2駅目の井野駅へと向かう。もっと先まで行きたいところではあるが、「DL重連レトロみなかみ号」に先行する形で、上越線の新前橋以遠に行ける列車は、既に出発しており、この両毛線前橋行きか、後続の伊勢崎行きに乗るしかなかった。であれば、SL列車などで撮り慣れている井野駅で一発目を撮ることにしたのである。

9時48分、井野駅に到着。手前の高崎問屋町駅の状況から見て、撮り鉄さん達でいっぱいだろうと思ったのだが、思ったほどではなかった。私は、いつもと同じように、井野駅上りホームの新前橋方先端へ。ホームの先端で待機していた2名の方に挨拶をして撮影準備に入る。待つ事およそ15分ほど。DD51重連による「レトロみなかみ号」が井野駅に差し掛かった。

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井野駅を通過する「DL重連レトロみなかみ号」

高崎車両センターに所属するDD51 842号機とDD51 895号機が、4両の旧型客車を牽引。下り列車の先頭を務めた842号機は、これまでに何度もお召列車を牽引した事がある由緒正しい機関車。後ろに連なる895号機も、842号機のサポート役として、お召列車牽引に備えて整備されているだけあって、2両とも大変美しい姿に整備されている。

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走り去る旧型客車を後ろ姿を撮影。

井野駅では、高崎方、新前橋方とファンの好みが分かれるようだが、新前橋方で撮影した場合、客車の後追いが綺麗に撮影できる事から、私は新前橋方で撮る事が多い。今回は、旧客だった事もあり、迷わず新前橋方先端にやって来た。JR東日本では、C61の復活に合わせて、高崎車両センターに残る旧型客車の整備も進め、扉の安全対策などが実施され、車体に側灯が設置されているのが、この撮影時にも確認する事が出来た。

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4年ぶりに復活した上信電鉄デキ1形電気機関車を撮影

ゴールデンウィーク中盤、3連休初日となった5月3日のお話。

群馬県の高崎と下仁田を結ぶ上信電鉄。この私鉄には、マスコット的な存在となっているデキ1形と言う電気機関車が在籍している。1924年、ドイツのシーメンスシュッケルト社から購入した電気機関車で、電気機関車としては日本最古参の車両となっているが、2007年に起きた脱線事故以降、高崎駅構内の車両区に留置されたままとなっていた。しかし、今年に入ってから、群馬県及び沿線市町村の支援により、復活する事になり、整備が続けられ、ゴールデンウィーク初日の4月29日、運行再開記念列車が運転された。そして、5月3日、デキ1形と500形銀河鉄道999号とのコラボ列車が運行される事になった。以前より、デキ1形の走行シーンを見てみたいと思っていた私。勿論、この列車の撮影に出かける事にした。

当日。デキ1形のコラボ列車は、高崎駅を8時23分に出発すると言う。朝早い時間帯の運転。この日は他にも撮影したい列車があったので、朝早い時間帯の運転と言うのは、何かと都合が良いが、その分、早起きをしなくてはならない。前夜、変な寝方をしてしまい、3時頃から起きてしまった私。早朝から撮影準備をして、5時30分頃出発。大宮から上越新幹線に乗り、高崎に着いたのは7時過ぎの事であった。その後、高崎駅で朝食代わりに駅そばを食べ、上信電鉄線乗り場へ。速報ブログで触れたように、ローレル賞受賞車両である1000系に乗車。向かった先は、2駅目の根小屋駅である。

この根小屋駅と、手前の南高崎駅との間には、有名な撮影ポイントが3カ所ほど存在する。その中でも、今回、私が目指したのは、烏川の鉄橋である。この鉄橋は、上越新幹線の車窓からも何度か見ており、一度訪れてみたいと思っていた場所であった。そして、弊ブログ、2009年1月24日付記事で取り上げた、留置中のデキ1形の写真を見ると、デキ1とデキ3とでは、側面の形状に違いがある事から、この違いを解るように撮影したいと言う点も、この鉄橋を選んだ決め手となった。 (追記:側面の形状の違いは、デキ1とデキ3の向きが異なる為、側面の形状が違って見えるとのご指摘を頂きました。ありがとうございます。)

私は根小屋駅から適当に高崎方面へと進んで行く。線路に沿って道がある訳ではないので、ちょっと道に迷ってしまったのだが、15分ほど歩くと、目指す鉄橋が見えてきた。高崎から乗ってきた電車の中から見た限りでは、手前のカーブ区間、2カ所の撮影ポイントの方が人も多く、鉄橋付近はやや少な目に見えた。現地に着いて見ると、車内から見た時よりも若干人は増えていたが、全体的には、やはり鉄橋付近が一番人が少なかったようだ。とりあえず、先に来ていた方達に挨拶をしながら撮影ポイントへ。早速、三脚をセットして、撮影準備に入る。準備中に1本、高崎行きが通過して行った。慌てて撮った為、露出が不足していた。これで、露出を少しプラス気味にしないと、仕上がりが暗くなる事が判明したので、結果的には良かったかもしれない。そして、露出の調整も済み、準備万端となった頃、こんな列車が来たので、撮影してみる事に。

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烏川の鉄橋を渡る500形503Fの高崎行き。

やって来たのは、2005年12月に上信電鉄入りした500形第2編成の503F。甲種輸送の際のブレーキ故障の影響で、上信電鉄入りが遅れた編成で、それ以降、上信電鉄に乗ったり、高崎駅で上信電鉄の車両を見る時に、この車両がいると、何となく安心できる。今回の撮影でも、早い段階で再開できたのは嬉しかった。

そして、503Fの高崎行きと入れ替わりに来た下仁田行きは、こんな車両だった。

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デハ252+クハ1302による下仁田行き。

下仁田のコンニャク食品メーカーであるヨコオ食品工業のラッピング車となっている、デハ252+クハ1302による下仁田行き。実は、この場所に来て最初にやって来た高崎行きが、この編成。最初の撮影では、露出不足だった事もあって、すぐに折り返してきてくれたのは有り難かった。

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今年も183系で運転 臨時快速「足利藤まつり号」

4月29日のお話。

この日、朝から西武沿線を撮影した後、午後から浜松町で開催されてい鉄道模型市と言うイベント会場へ。その後、銀座の天賞堂や秋葉原に立ち寄った後、東十条へと向かった。

東日本大震災の影響により、JR東日本では、各観光地に向かう臨時列車の一部運転取り止めを発表。このゴールデンウィーク期間中も、中央本線を走る183系・189系を使用した臨時特急「あずさ」「かいじ」や、定番の臨時快速列車「ホリデー快速河口湖号」の運転取り止めとなっているが、毎年、足利市の「あしかがフラワーパーク」で開催される藤祭りに合わせて運転される「足利藤まつり号」は、例年同様、大宮総合車両センターの183系により運転されている。ここ数年、毎年撮影している列車であるが、私自身、意外と忘れがちで、昨年も運転最終日に慌てて撮影したと言う事もあり、今年は今のうちに・・・と言う事で、上り列車が上野に戻ってくる時間に合わせて、撮影に臨む事にしたのである。

秋葉原での用を済ませた後、京浜東北線の北行電車で東十条へ。駅に到着したのは、「足利藤まつり2号」が通過するおよそ15分程前の事。早速、線路沿いの撮影地へと向かう。すると、線路沿いにはカメラを持ったファンが数名待機していた。例によって、先に来ている皆さんの邪魔にならない場所で待機。そして、準備を済ませてからおよそ10分後、前方より、183系が近付いて来た。後方から列車が来ない事を確認した後、撮影した。

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東十条駅付近を通過する「足利藤まつり2号」

この日、「足利藤まつり号」に使用されていたのは、大宮総合車両センター所属の183系OM102編成だった。上野方の先頭車は、御覧のように、逆三角形のシンボルマークも残されており、オリジナルの絵入りヘッドマークも手伝って、特急列車並みの貫禄が感じられた。

国鉄特急色の183系による「足利藤まつり号」。どうか来年も見られますように。

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昭和の原風景を房総に いすみ鉄道キハ52 営業運転開始

4月30日のお話。

先日、被災した第三セクターを救うため、チャリティー撮影会を開催したいすみ鉄道。この撮影会の主役ともなったキハ52は、その後、試運転を重ね、営業運転開始に向けて準備が進められていた。そして、ついに、4月29日から、週末と休日を中心に、観光急行列車として、大多喜~大原間で1日2往復運転される事が決定した。いすみ鉄道の鳥塚社長がこだわっていた昭和の原風景の再現。一刻も早く、その姿を見てみたい。そう思った私は、営業運転開始2日目となる4月30日、いすみ鉄道沿線へと向かった。

この日、キハ52は、1日2往復の観光急行の運用に入る前に、大多喜~上総中野間の臨時普通列車に運用される事が、鳥塚社長のブログで発表されていた。一応、自宅を朝6時前に出れば、この列車の撮影も間に合う事は解っていたのだが、そんなに早起きする気にもなれず、結局は、東京9時発の特急「しおさい3号」で大原へ。およそ1時間10分。前回は、普通列車だけで大原に向かったが、特急に乗ってしまえば、意外と近い。

大原駅到着後、1日乗車券を購入し、10時39分発の上総中野行きに乗り込む。待機していたのは、いすみ200型の単行。さすがにキハ52が運転開始したと言う事もあり、前回の撮影会の時よりも、鉄道ファンの姿が目立っていたが、それでも、思ったよりは少ない。それよりも、観光客の方が目立っていたような気がする。特に、直前に到着した普通列車からの乗り換え客が、意外と多かった事が驚いた。この列車に乗り継ごうとしたおばさん連中が、乗車券の購入に手間取った事もあり、2分ほど遅れて大原駅を出発した。

さて、どこで撮ろうかしら。適当に車内から景色を見て、ここだと思ったところで下車して撮影と思っていた事もあり、全く撮影場所は決めていなかった。そんな中、1駅目、西大原に到着すると、何人か同業者が降りて行く。何となくつられて、私もここで下車する事に。こんな時、1日乗車券だと、思いつきで行動できるからありがたい。

西大原駅。ホーム片面の小さな駅だ。駅の上総中野方を見ると、左側にカーブしており、その先は、のどかな水田が広がっているのが見えた。まさに昭和の原風景が広がっているではないか。私も、同業の皆さんの後を追うように、上総中野方向に向かっていく。歩いておよそ5分ほど。水田の畔で撮影する事に決めた。早速、標準レンズに切り替えて待機する。そして、待つ事およそ10分。大多喜から大原に向かうキハ52の観光急行列車が、前方からゆっくりと近付いて来た。

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ついに観光急行列車として営業運転を開始した、いすみ鉄道のキハ52 125。

のどかな風景の中をのんびりとやって来たキハ52。御覧のように、大原方には、撮影会の時にも用意されていた、急行「夷隅」のヘッドマークを掲出していた。では、上総中野方はどうなっているのだろうか。振り向いて撮影してみる。

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反対側は「きぼう」のヘッドマーク。

御覧のように、かつて修学旅行電車に掲出されていた「きぼう」のマークが再現されていた。鳥塚社長のブログを見る限り、震災復興のメッセージと併せて、昭和40年代の列車の再現を兼ねて用意されたもののようである。

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